もはや着れる彫刻
義足のモデル エイミー・マランス氏が語る「可能性」としての義足とは

My 12 pairs of legs #1/2

義足はもはや障害ではなく、人間の可能性を広げるものである。義足のモデル、Aimee Mullins(エミー・マランス)氏はそう語ります。11年前のTEDでのスピーチをきっかけに、ファッションやアートの世界との交流を進め、義足が「欠けた状態を補うもの」ではなく、「新しい何かを加えるもの」だと気づいた彼女が作り上げた、新しい脚の世界。12の義足を持って現れた彼女の話に耳を傾けてみましょう。(TED2009より)

義足に触れた子供たちの反応の変化

エイミー・マランス氏:300人の6歳から8歳までの子供たちにむかって子供美術館でスピーチをしていました。バッグいっぱいに、あなたたちがここで見ているような義足を詰め込んで持って行き、それらを机の上に並べました。

私の経験では子供たちは生まれつき知らないもの、わからないもの、異質なものに興味津々です。大人が行儀よく振る舞うようにしつけたり、好奇心を抑えたり、いい子でいるように質問を抑制することによって、子供は異質なものを怖がるようになっていきます。

ちょうど私はロビーで先生が1年生の子供たちに「どんなことがあっても、彼女の義足をじっと見つめてはダメですよ」と言っているのを見ました。

しかし、もちろんそこが要点であり、そのために私はそこにいたのです。私は彼らに見て回り、探検して欲しかったのです。私は先生方と「子供たちが大人なしで先に入り2分間自由にする」という約束をしました。

ドアは開かれました。子供たちはテーブルの上の義足に押し寄せ、押したりつついたり、そしてつま先を動かしたりしていました。また、彼らは全体重をバネ付きの義足に乗せてみて、何が起こるかをみようとしていました。

私が「今朝起きた時、家を飛び越えてみたいと思いました。大きすぎない1階か2階建ての家です。動物、スーパーヒーロー、漫画のキャラクター、どのような足であれば私が家を飛び越えられるか考えられますか?」と言いました。

そしてすぐに子供が叫びました。「カンガルー!」「いや、カエルだよ!」「ううん、ゴーゴーガジェットだよ!」「違う! Mr.インクレディブルだよ!」そして私がよく知らないものがあげられました。

それから8歳の子供が言いました。「空も飛びたいでしょ?」そして教室全体、私も含めて言いました「そうだ!」当初、教育を受けた子供に私は「障害者」として映っていましたが、その後「彼らが持ってない未知の可能性の体を持っている女性」になりました。面白いですね。

TEDでのスピーチが人生の転機になった

あなたたちの中の何人かは私を11年前にTEDで見たでしょう。TEDには自己啓発についての話がたくさんありました。スピーカーと参加者双方に影響を及ぼします。私も例外ではありません。TEDは私の先10年の人生探求における重要な出発点となりました。

そのとき、私が紹介した義足は人工装具のなかで革新的なものでした。チーターの後ろ足をモデルにしたカーボンファイバー素材の短距離走用の義足です。そしてまるで本物の足のようなシリコン素材の義足です。

伝統的な医療用補装具のコミュニティーの外にいる革新者たちへ、科学と芸術の才能を借りるため連絡をしました。機能性と審美性を分けて考えることをやめて、違う価値観を作るためです。

そして幸運なことに沢山の人が連絡に答えてくれました。TED参加者であり、今日も会場に来てくれているはずのチー・パールマンと共に興味深い旅が始まりました。彼女は「I.D.」という雑誌の編集者であり、表紙で私を紹介してくれました。

面白いことにチーターの義足について世界中から講演の招待がありました。講演のあとには男性、女性問わず沢山の人が会いに来てくれました。そして「エイミー、あなたはとても魅力的だよ。とても障害者には見えない」と言ってくれました。

そこで私は思いました。

「なんて素晴らしいことだろうか。私は障害を感じない」

その会話は私の目を開かせ、「美とはなにか」という探求を可能にしました。女性が持つべき美しさとはなにか? 魅力的な体とはなにか? そして、障害をもつというのはどういうことなのか。パメラ・アンダーソンは私より体内に人工装具を持っていますが、だれも彼女を障害者とは呼びません。

義足はファッションになるか

グラフィックデザイナーのピーター・サヴィルによって手がけられたこの雑誌はファッションデザイナーのアレクサンドラ・マククウィーンとフォトグラファーのニック・ナイトという2人の元へ行きました。

TEDへの出演から3ヶ月後、私はロンドンで初めてのモデルの撮影をしました。その表紙が「ファッション化?」。

3ヶ月後、私はモデルとしてソリッドアッシュの木でできたハンドメイドの義足をつけてアレクサンドラ・マククウィーンのショーに出ました。

誰も義足とは知らず、みんな木のブーツだと思っていました。これが本物。ぶどうのつる、マグノリアの花の模様があり、とても美しいものです。

詩。詩は芸術の分野で、ありふれたものや忘れ去られたものを高めます。詩は人々が恐れるものを、興味や理解さえもするように変えることができます。

芸術家のマシュー・バーニーの映画『クレマスター・サイクル』で私は義足が着ることができる彫刻になりえると気付かされました。そして、この時点で既に私は理想の美しさについて追求し、本物の足らしさ表現する必要性から離れていました。

「ガラスの足」として親しまれるボーリングのボウルと同じ素材のポリウレタンで透明な義足を作りました。重いです!

これは土の中で鋳造された義足で、ポテトやテンサイが根をおろしています。つま先は愛くるしい真鍮。

これがアップ画像です。

それからほかにも半分女性、半分チーターのキャラクター。アスリートとしての私とのちょっとしたオマージュです。足関節、鉤爪、ゲッコウのようにしなる尻尾のあるクリーチャーになるのに14時間も人工装具をメイクアップしました。

それからこれもポリウレタン製のクラゲのような義足。これらの義足の映画以外の唯一の目的は感覚を引き起こし、想像力に火をつけることです。そう、感情の問題です。

義足は不足を補うものでなく、何かをプラスするもの

今日、私は12個以上の義足を持ってきました、様々な人が私のために作ってくれました。それらは私の足の下でそれぞれの意味合いを持ちます。

私は自分の身長を変えることができます。5種類の異なる高さの義足を持っています。今日は185センチです。この義足は数年前にイングランドのドーセット州で作りました。そしてマンハッタンで、これを装着してとてもおしゃれなパーティーにいきました。

私の通常の身長である173センチを知っている女友達がいました。彼女は愕然として私を見て「とても背が高いのね!」と言いました。私は「知ってるわ、面白いでしょう?」と言いました。つまり、それは竹馬の上で竹馬をつけているようなこと。

しかし私はドアの枠にぶつかってしまいました。今までこの身長になるなんて思っていなかったからです。しかし私はそれも楽しみました。彼女は私を見て言いました。

「でもエイミー、それはフェアじゃないわ」

素晴らしいことに、身長を自在に変えられることが、彼女は本当にフェアじゃないと思ったのです。

私は社会が大いにこの10年間で変わったことを知りました。義足はもはや不足を補うものではなく、何かを足すことであると。それは可能性の話。人工装具は欠如を補うためのものではないのです。

それは着用者が力を持っているということのシンボルです。そのスペースに創り出したいものはなんでも作れる力です。一度は障害者として見なされていた社会でも彼ら自身の体をデザインすることによって、自信をつけ自身のアイディンティティーを確立し続けられるのです。

今、私は最先端技術のロボット工学や生体科学と古い詩の融合に興奮しています。私たちがお互いに同じ共同体として理解しあうこと。私たちが持つ人間らしさに最大の可能性を見出したければ誰もが持っているすばらしい長所や偉大な欠陥を褒め称える必要があります。

シェイクスピアのシャイロックで「もしあなたが私たちを刺せば血は流れて、そしてもしくすぐられたら、笑うだろ」という言葉があります。それが私たちの人間性である、そしてすべての可能性はその中にあります。それが私たちを美しくします。ありがとうございました。

<続きは近日公開>

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