ジョブ型が合っていない企業
倉重公太朗氏(以下、倉重):(ジョブ型が)合わない企業のご説明をお願いしてもいいですか?
有沢正人氏(以下、有沢):合わない企業は、例えばその企業だけの特殊なスキル・能力や価値観を持った人材が必要な、例えば伝統的な産業ですかね。企業の大小規模を問わず、人をじっくり育てるために一定の年数が必要な企業は、ジョブ型はまず合っていなくて、入れたら崩壊しかねません。
あとは例えば、「どんなスキルを身につけさせたいか」が明確じゃなくて、「とりあえずみんながんばって、できるやつになってくれ」と曖昧なことしか言えない企業。
倉重:「みんな」と括って、パーソナライズできていない時点で駄目ですよね。
有沢:そうそう。全員のスキルをいっぺんに上げるなんて無理なんですよ。落ちこぼれって言葉はあんまり良い言葉ではないんですけども。
要するに、パフォーマンスがプアーな人は一定数いるのですが、そういう人がいることを許さないとか、なんとかしてみんなのパフォーマンスを上げるんだという企業は合っていない。ジョブ型を入れると、その人たちは逆にしんどくなって、余計メンタルが追い込まれます。
「とりあえずこれ」という責任逃れの評価をしていないか?
倉重:確かに。有沢さんはふざけた話もされますけれども、すごく胆力を持って、ちゃんと上から落として向き合ってやるじゃないですか。まさにこの使い分けが大事。今の日本企業でも、「能力」を評価しているんだけども、先ほどの(評価の)3をつける人みたいに、「とりあえずこれ」っていうのでは、評価をしていないに等しいじゃないですか。
有沢:そうです。
倉重:それがジョブ型になったとしても、そのジョブにフィットしているのかとか、そこからどう落とすのかを判断しなきゃいけないわけです。これを「かわいそうだから、とりあえずこのジョブでいいか」とか、「ジョブが下がったけど、給料は一緒でいいか」とやっていたら、もうジョブ型でもなんでもなくなってしまいますからね。
有沢:そうなんですよね。単純に言えばそれは責任逃れですよね。権限の行使には責任が伴うので、責任を発揮していないんだったら、権限を持っている人はやめてくださいということですよね。
倉重:そこの胆力というんですか、特に人事の方で、向き合う力を持っている人がすごく減ってきちゃっている印象があるんですけど。
有沢:そうですね。けっこういるんですけど、そういった人が高齢化してきているのでね(笑)。
倉重:(笑)。人事パーソンは若い方もいらっしゃいますが、ネガティブフィードバックをするのが苦手という人がけっこう多くて。
有沢氏が若手の人事パーソンに期待すること
有沢:これは僕らの責任もあるんですけど、今一生懸命、外部研修等で若手の将来のCHROを育てているんですよ。有志で3ヶ所ぐらいで塾みたいにやっているんですけども、どうしても会社の仕組みやルールが先にきちゃうんですよね。例えば人事だったら、「『こういったことをやりたい』というのを見せてくれよ」と言っても、要は会社の中期経営計画からはみ出ないんですよね。
倉重:あぁー、なるほどね。
有沢:いや、それはいいんですよ。中計に基本的に沿っていることは、会社員としては間違っていないんですけども。僕が言いたいのは、中計を越えて、「20年後、30年後にこの会社をどうしたいんですか」というのを今作らないと、それはあなたの責任になりますよと。
僕が今若い人にこうやってけしかけているのは、10年後、20年後に「あの時有沢がもっと言っていれば」とか言われるのは嫌だから、言っているんですよ。
倉重:そもそもどうしたいのかという思いの部分ね。特に中計って、例えば経営企画の方々が作ったやつじゃないですか。現場もそんなに見ないで作ったり、人事的なことがわからずに作ることってありません?
有沢:そうなんです。だから中計を作る時って、(多くの企業は)あるべき係数からまず逆算するんですね。
倉重:数字ありきですよね。
有沢:まず売上、収益があって、そこから逆算していくんですよね。係数から戦略を作って、そこから組織を作るということなんですよ。
倉重:そう思いますね。
有沢:(正しくは)完全に逆なんですよ。もともと組織開発論があって、組織に戦略が規定されるので、どういうふうに組織したいか、戦略はどうしたいんだと。その戦略の結果、出てくる数字はこういう数字だったと。
それが自分たちの想像と違っていたら、組織が間違っているのか、戦略が間違っているのか、何かが違うわけですね。そこで修正をかけるべきなのに、例えば「売上何千億円達成したい」って、係数から逆算するから間違えちゃう。
倉重:そのために無理して採用を増やしたりして、育成もできずに失敗するというね。
有沢:それで離職率がすごく(高くなる)。入社3年で新入社員が40パーセント辞める業種があったりするので、これってお互い不幸なんですよね。要するにマッチングできていない。完全にミスマッチなんですよ。そういった意味では非常に厳しいと。
全員戦力化が求められる組織とジョブ型は相性が悪い
有沢:僕も今製造業にいるんですけど、一部製造業で全員戦力化を求められている場合。全員戦力化って今けっこうキーワードですよね。これを圧倒的に求められている時に、ジョブ型を無理やり入れると、うまくいきません。
倉重:そうだと思いますよ。これは差がつく話ですからね。
有沢:そうなんですよ。全員が等しく戦力になってもらわなきゃいけないという時に、「いや、私はジョブディスクリプション(職務記述書どおり)でいく」なんて言われたら困っちゃうわけですよ。
倉重:(笑)。
有沢:「そんなことを言われたって、とりあえずみんな戦力なんだから、やらなきゃいけないんだよ」という、特に比較的規模が小さいところ。僕はいろいろご相談を受けるんですけど、「はっきり言ってジョブ型は絶対やめたほうがいいですよ」と言うんです。「それよりも今のメンバーシップ型のほうがいい」「メンバーシップ型だけども、評価と処遇だけははっきりさせましょう」と。
倉重:そう。そこで差をつければ、別に悪くないからね。
有沢:うん。メンバーシップ型で年功序列であっても、明確なロジックがちゃんとあって、評価と処遇がそれに見合っているとみんなが理解してくれれば、ぜんぜんかまわないんですよね。
工場現場を中心に、70歳まで雇用する仕組みも
倉重:結局その納得感が上がるかどうかという話だと思うので。だってカゴメさんでも、製造現場の一般ラインの方は、普通にメンバーシップ的な話になるんでしょ?
有沢:メンバーシップに近いですね。うちの例えば工場の技術職の方々は、基本的には「ジョブ型」ではありません。特に技術の高い方って、やはり年齢と技能やスキルが比例する一定の傾向があります。あとうちは工場の方を中心に、70歳まで雇用する仕組みもあります。
嘱託の期間を伸ばして、かつ原則として大きくは賃金が下がらない制度を入れました。うちの生命線って、営業やマーケティングと同じように、やはり工場の現場、研究開発で作ってらっしゃる方々が大事なので。例えば60歳とか65歳になって、必ずしもそのスキルが落ちるわけじゃないんですよ。
倉重:なるほど。急に誕生日を迎えたらスキルが落ちるわけじゃないからね。
有沢:そうです。65歳になったら急に「ど忘れしちゃった」って人はいないわけですよ。
倉重:そうですね(笑)。
有沢:もちろん、制度の対象になるのは経営が認めた人たちだけなんですけども。やっぱりそういった人たちに残ってもらいたいので、70歳まで働ける道を去年作ったんです。
倉重:シニアになったからと言って、給与をガクッと下げるとかでもないですよね。
有沢:基本的にはないです。先ほどまさに先生がおっしゃっていた、給料を年齢で下げるのは欧米だったら絶対にありえない話だと。日本の場合も、昔は55歳定年だったのが今や60歳定年になって、そこから5年間の雇用延長で基本的に嘱託で(働く方もいる)。
我々は65歳までは雇用義務があるんですが、「マネジメントから外れるから、給料は基本的に下げる」という理屈がけっこうまかり通っているんですね。
倉重:役職定年?
有沢:役職定年とかですね。特に60歳で定年になったら、原則としてラインから外れてスタッフになるので、給与を下げると。一理あることはあるんですけども、下げ方に理屈が通っているかどうかですよね。先ほどの話で言ったように、「この仕事は本当にこの値段なの?」という理屈が通っていないと。今まで慣例で許されてきたものが、今後は許されなくなるんじゃないかなと思っています。
人的資本経営を進めるためには育成をしなければいけない
倉重:そうですね。大事なのは日本的なジョブ型という話ですね。
有沢:そうです。欧米流のジョブ型を導入しても無理だから、今回の日本の法制度の改革や企業風土に合わせた日本型のジョブ型が必要です。もっと言うと、各社別のジョブ型でいいんですよ。
倉重:そうなんですよ。日本的なジョブ型というのも、実は定義に正解はなくて、カゴメさんの真似をしたら、みんなうまくいくわけじゃぜんぜんないですもんね。
有沢:うちのやり方をコピペして、他の会社の社長に「これでやるとうまくいきます」ってやっても、絶対うまくいきません。
倉重:そう思います。
有沢:その◯◯会社版ジョブ型にすべきだということです。
倉重:いいですね。これからの人事課題についても見ていきたいと思います。いろいろ挙げていただきましたけど、どれを言いたいですか?
有沢:まず「現在と職務が変わらなくても昇給・昇格する」ってあるんですけど。基本的に人材育成に投資しなきゃいけないのが人的資本の考え方なんですね。
今まではいわゆる人件費だったのが、「コストじゃなくてインベスト(投資)になった」って言うんですけど。それが整理されていないから、結局いまだに人件費なんですよ。人的資本経営を進めるためには育成をやらなきゃいけないということと。あとやはり人事異動はあくまで会社権限でやっているから、名ばかりのキャリア自律になっている(笑)。
倉重:名ばかりか(笑)。中身が変わっていないということですね。
有沢氏が指摘する、言葉だけの「心理的安全性」
有沢:あとで出てくるかもしれませんけど、サクセッションプラン(経営戦略上の重要ポストが将来時点で欠けないように、その候補者を前もって管理すること)が機能しなくて、恣意的な後継者指名で「やっぱり社長はあいつだな」となっちゃうとか。
倉重:要するに政治で決まるということですね。もうポジションで求められるミッション(を達成したかどうか)じゃないってことですよね。
有沢:そのとおりです。だからそこは理屈じゃないんですね。あとこれはみんなから反感を買うなと思っているんだけど、言葉だけの「心理的安全性」。
何か言うと「心理的安全性を担保する」って、間違っちゃいないんだけど、単純に何かを緩めているだけであって。例えば「強い言葉は言わなくていい」とかって、相手の心理的安全性じゃなくて自分の心理的安全性を担保していて……。
倉重:「楽をするのとは違うからな」と。
有沢:そう。「こう言ったらハラスメントになるから」とか「それを言っちゃうと心理的安全性を担保できないから、もう言わない」とかって、僕からすると逃げ場を自分で作っているように見えます。
「パワハラになっちゃうかもしれないから」という言い訳
倉重:逃げに使っていますね。私も今日ちょうど会社のハラスメント研修をやってきました。「パワハラになっちゃうかもしれないから、指導できない」みたいな人がいらっしゃって、やはりそれは駄目です。
なぜならば、今は多様性の中で価値観が違う人たちがたくさん働いている。そんな中で常識やモラルや「普通ってこうだよね」とかは通じないんですよと。
だからはっきりとルールで一度言わなきゃいけない。もちろん怒鳴ったりみんなの前で公開処刑するのは駄目だけど、一方で言うべきことをちゃんと伝えるのはむしろやるべきことなんですよという話です。
有沢:おっしゃるとおりですね。
倉重:ここから逃げちゃいけないですよね。
有沢:そうなんです。心理的安全性って優しくするとかじゃなくて、今まさに先生がおっしゃった異なる価値観、考え方を持った人たちがちゃんと議論をし合って、お互いをリスペクトする。そこからじゃないとイノベーションって生まれないんですよ。
倉重:おっしゃるとおりですね。
有沢:同一性は会社を滅ぼすと思っているので、そのような議論ができることを担保するのが心理的安全性だと思っているんですよ。だから、要するに異なった価値観や考えを受け入れてみんなが共有しているのが、心理的安全性が担保できている状態だと僕は思っています。
倉重:そうですね。言いたいことを我慢するのが心理的安全性ではまったくないですよね。
有沢:そうじゃないんですよ。だから「こう言ったらハラスメントになるから言っちゃいけない」とかは、心理的安全性じゃなくて単に「お前に勇気がないだけだ」と(笑)。
「同質性」を求める日本の風潮がイノベーションを遠ざける
倉重:そうそう(笑)。胆力って私は言っているんですけどね。特に平和的な教育を受けてきているというか、「喧嘩はよくない」とか、「言い合い=悪いこと」って思っている人がけっこういらっしゃるなと。
有沢:そうなんですよ。だから競争という言葉が駄目だって今(言われていますよね)。
倉重:言い合いというか、罵り合いだったら駄目ですけど、お互いにリスペクトを持った上で方針が違うとか、会社や人事はどうすべきって意見はぜんぜんあるじゃないですか。それを戦わせることは、何にもおかしなことじゃないですよね。
有沢:むしろそれがない会社はやばいと思っていて。
倉重:それはイエスマンしかないということですよね。
有沢:そうなんですよ。みんな同じ人ばっかりだと、会社って本当に滅びるかもしれない。だからいろんな価値観や考え方を持った人、それこそ男性・女性とか、LGBTとか宗教とか信条とかも何でもいいんですよ。ぜんぜん違う、いろんな人たちが集まっている会社ほど僕は強いと思っている。
だから欧米の会社が強いのは何かと言うと、要は国籍とか考え方とかいろんな人たちがいるけれど、みんな議論を戦わせる。やはり彼らはディベートを学んできていて、そこのルールもちゃんと守っているから、新しいイノベーションがどんどん生まれるわけですよ。
例えばガレージで仲間と作ったものが売れた、マイクロソフトの例があるしね。ああいったものが日本でなかなか起きないのは、要するに同質性を求めるから。異なる価値観を持ってちゃんと尊重してあげることが、やはり心理的安全性の真髄だと僕は思っています。