新しい挑戦や成長の段階でぶつかるハードル

ヘナ・プライヤー氏:成功者やエリートパフォーマーは、成長するために、意図的に社会的な不安に立ち向かう方法を見つけています。

例えばフィットネスの経験があれば、どのパーソナルトレーナーも「最初は低いレベルから始めることが最も大きな成果をもたらす」と言うでしょう。フィットネスにおける上達は直線的ではなく対数的です。つまり、初心者は最初のうちは急速に実力がつきます。しかし、中級へ行くと「停滞期」に差し掛かり、成長が鈍ります。

新しいことにプロとして挑戦する際、最初は「これならできる」と確信しますが、次第に「どうなるか」と不安になります。新しい挑戦や成長の段階で直面する不安や心配、緊張。「ヒヤヒヤするキャズム」と呼ばれる自己向上のハードルに近づきます。社会的に不安定になり、バランスを崩しそうな瞬間です。この渓谷を飛び越えなければ、次のステップへは進めません。いくらか筋力をつける必要があるのです。

キャリアの最初の段階では、初心者であるため、大きな成長を感じることができました。失敗はあったけど全体的には楽しく上達できました。しかし今、仕事でリスクを取ろうとすると、その賭けは大きく感じられます。自分ですべてを賭けなければなりません。多くの場合、KPI、肩書きがかかっているのです。世間の目が自分に注がれていると感じるでしょう。

こちら側では、他人の評価や既存の快適さにとらわれ、失敗を避けようとしています。しかし、もし私たちが目立つ存在を目指すのであれば、成熟した大人でありながら、新しいことに挑戦する初心者の心構えを取り戻す必要があります。これまで情熱を注いできた分野と同じくらいの情熱で、新たな領域で学び直すことが求められます。

“筋肉の強化”は肉体的であれ精神的であれ、痛みを伴います。翌日の筋肉痛は現実のものです。「私は幸せだ、このままでいい。引退しても構わない」と思うかもしれません。しかし、もし「私は革新性や創造性、適応力を高めたい。キャリアに支配されたくない」と言うのであれば、すでに鍛えた筋肉をさらに鍛えるよりも、鍛えていない筋肉を鍛えるほうが有効ではないでしょうか。見返りも大きいはずです。

“社会的体力”の付け方

例えば、ミシェル・オバマのような二の腕にしたいとしたら、何をすればよいでしょう? 二の腕を鍛えるにはカールや腕立て伏せ、チンニングといった嫌な作業が必要になります。スキーで左旋回がうまくなりたかったら、左旋回の練習に重点を置いたはずです。これらは、弱い部分を鍛え、強化しているのです。

ぎこちなさに対する耐性を高めること、つまり“社会的体力”をつけることも、筋肉を鍛えるのと同じです。神経科学では、上達する唯一の方法は実践し、フィードバックを得て、学んだことを実行に移すことだと教えてくれています。新しいスキルを身につけるには、脳内に新たな神経回路を構築する必要があります。

神経回路を構築する唯一の方法は、不器用な状態に身を置き、間違いを犯し、ばかばかしさを感じながら、その過程を進むことです。そうしないと、すでに知っていることしかできません。

その状態で最大の可能性がある場所を見つけ出し、意図的に不安を感じさせる要因や小さなストレスを探し出す必要があります。この渓谷こそが最大のチャンスなのです。乗り越えるには、繰り返し練習することが重要なのです。

リハーサルや練習の目的はスキルアップだけではない

ここまで聞いた方は、「ああ、これは練習さえすれば上手くなるという話なのか」と思うかもしれません。しかし、常識が必ずしも正しいとは限りません。多くの分野で、リハーサルと繰り返しの練習が上達を促進する最良の方法とされています。しかし、さらに重要なのは、リスクを冒すことへの不安を軽減するために、その先の姿を予測することです。リハーサルを行うことで、その姿が見えてくるのです。

では仕事ではどうすればいいでしょうか? まず、私たちが行動を止める「承認欲求」を上手に利用しましょう。これをシグナルとして使います。心の中で、「このアイデアは気に入られるだろうか?」「手を挙げた方がいいだろうか?」「他の人はどう思うだろうか?」と感じ始めたら、その時です。これらは自分の弱点や改善の余地を示すシグナルなのです。

そして、これらのシグナルには2つの意味があります。1つ目は練習が必要だということ。2つ目は、そこにギャップがあり、上達するには鍛える必要があるということです。では、どうやってコンディショニングすればよいでしょうか?

コンディショニングや反復練習については、よく「1万時間の法則」が引き合いに出されます。しかし、これは単純化されすぎていると指摘されています。1993年にアンダース・エリクソンが唱えた理論を、マルコム・グラドウェルが『アウトライアーズ』で広めました。

基本的な考え方は、専門家レベルに達するには、ある分野で1万時間の練習が必要だというものです。しかし、2016年のデイビッド・マクナマラとブルック・ハンブリックの研究は、この考え方が単純すぎると指摘しています。

例えば、面接の練習をするならば、1人で鏡に向かって3時間練習するよりも、メンターやコーチから指導を受けながら3時間練習するほうが有益でしょう。1万時間の法則の欠点は、単に時間の長さだけに着目し、練習の質を無視している点にあります。

そこで重要になるのが、心理学者が提唱する「意図的練習」です。つまり、自分の最も苦手な部分に集中的に取り組むことなのです。そして、これを日々の習慣としていくことが肝心なのです。

新しいスキルを身につけるための神経回路づくり

比喩を使うと分かりやすいかもしれません。昔、みなさんは運転の教習を受けたことがあるでしょう。その際、苦手な運転動作がありましたね。人によって、コーナリングが苦手だったり、ロータリー交差点への侵入が苦手だったり、バック駐車や縁石沿いの駐車が苦手だったりしました。

私の夫がここにいますが、今でも私が縁石沿いに駐車しようとすると、冷や汗をかいています。私が最初に苦手だったのは、Uターンでした。幅が広すぎたり狭すぎたりしてうまくできませんでした。

そんな時、教官は私にUターンの練習をさせ続けました。リハーサルとは、私たちが安全に練習できる空間なのです。ミスをしても許される場所です。リハーサルなら、サッカーのシュートが少しずれても、子供がピアノの弾き方を間違えても大丈夫です。私自身、経験があります。

リハーサルとは、プレゼンの難しい部分でつまずいたり、模擬面接で失敗したりする場所なのです。最も弱い部分、改善の余地がある部分に集中できるのです。弱点に立ち向かい、乗り越えることを忘れないでください。

まだ半信半疑ならば、さらに説得力のある例をお話ししましょう。この考え方は何世紀も前から、ストイック哲学者たちに見られたのです。「ストイック哲学って……」と思うかもしれませんが、彼らは時代を先取りしていました。

例えば、セネカという哲学者が弟子たちに書いた手紙が残されています。祭りと断食について書かれたその手紙で、セネカは不快なことに意図的に立ち向かうことで、それに対する免疫ができると説いています。

具体的には、弟子たちに毎月数日、最も質素な食事と最もボロボロの服で過ごすことを提案しました。それらを体験することで「これが私が恐れていた状態なのか?」と問いかけさせたのです。意図的に小さな不快を味わうことで、脳に新しい回路が構築されるからです。新しいスキルを身につけるための神経回路が形成されるのです。

そうすることで、強力な教訓を学ぶのです。心の中の怖れは嘘をついているにすぎません。その怖れを表に出し、状況を演じることで、怖れに立ち向かえるのです。なぜなら、夢に向かって果敢に挑戦する人は少ないからです。私たちは、つまずくことを恐れすぎているのです。

恐れに立ち向かう4つの方法

では、どうやったら不器用な私たちが、恐れに立ち向かう準備ができるか。戦略的なアイデアを共有しましょう。方法はいくつもありますが、私のおすすめを紹介します。

まず「SUCK」という頭字語を使います。"S"は"Small(小さなこと)"です。職場で社会的成長の小さなきっかけとなる機会を探してください。NFLの選手がスーパーボウルで初めて派手なプレーを披露するようなことは避けましょう。そういう場面ではありません。

まずは、リスクが低い機会から始めましょう。私のおすすめは、スーパーのレジで携帯電話を取り出したままにしてみるとか、喫茶店や地下鉄で意図的にヘッドホンを外し、誰かと目を合わせてみるなどです。

チーム環境では、「ダメなアイデアのブレスト」をやるのも良いでしょう。会議の冒頭で5分間、わざと現実的でないアイデアを出し合います。こうすることで、その後のアイデアはより革新的で創造的になるという研究結果があります。人々のガードが下がるからです。

また、"U"の"Unfreezing(融解)"で、ミーティングで恥ずかしい失敗体験を共有するのも効果的です。会議の時間を少し割いて、その週の失敗談を語り合うのです。リモートワークが進む中、みんな同じ体験をしていますが、お互いに気づいていません。このようなスペースを作ることが大切です。

"C"の"Cringeworthy(気まずい)"は、ロールプレイングを意味します。確かに気まずいものですが、お互いに練習しないと、大切な機会に備えられません。

"K"の"Kinesthetic(身体的)"は、大切なプレゼンの前に身体を使ったリハーサルをしましょう。身振り手振りや動きを練習することで、パフォーマンスが違ってきます。私たちはそうした練習に取り組まなければなりません。

意図的に「小さな不快」を経験することの意外な効果

私はチームで詩を作るワークショップを行うことがあります。ビジネス界の人は詩を書くことなんてないので、最初は「え?」と戸惑います。しかし、緊張した面持ちから次第に笑顔に変わり、人生を愛する気持ちが芽生え、最後には拍手を送り合うのです。こういった時間を作ることが大切なのです。

"S"は"Small(小さなこと)"を探すこと。しかし、あまりにも小さすぎては駄目です。少し不快でなければなりません。なぜなら、面映ゆい不快感、特に社会的な気まずさを表す行為は、意外な効果があると研究で示されているからです。

気まずい表情や口調を見せることで、周りの人々にあなたの人柄の良さが伝わり、愛される存在になれるのです。完璧を気取らない姿に、人は安心を覚えるのです。プレゼンでクリッカーを落としちゃった、そんなあなたの不完全な姿が、人々を心地よくさせるのです。

興味深いことに、本当に恥ずかしく気まずい思いをした時に、その気持ちを素直に言葉にすると、人々はあなたを信頼でき、親切で寛容な人だと認識するようになります。

このパラドックスには深い意味があります。私たちは無意識のうちに、他者のこうした気まずさを愛し感謝していますが、自分が同じ目に遭うのは本能的に嫌なのです。だからこそ、わずかな気まずさに意図的に身を置く必要があるのです。