優秀な人が陥りがちなトラップとは

篠田真貴子氏(以下、篠田):「認知がうまくいってないと何が起きるか」という例を思い出したので、ちょっと話を重ねていいですか。どこかに書いた気がするんですが、ある有名大企業の若手のチームのみなさんが相談に来たんですよ。

彼らは高い志を持ってその会社に入り、業績や社会的な意味も含めて良い会社になってほしいと思って、すごく貢献したいと思っています。ところが、古い立派な会社なので組合という仕組みがあって、組合の人たちにアンケートをとったところ、「この会社で働くことを友人や親戚に薦めますか?」(という質問に「はい」と答えた人の割合が)がめちゃくちゃ低い。

一方で、「あなたはこの会社にどれだけ勤めると思いますか?」という質問に対して、「一生」が一番多い。このギャップがヤバいと思っていると(その会社の若手チームから)言われました。私のその時の反応は「これは採用ミスだと思います」。

その会社の先輩方は本当に立派な方々なので、志高くゼロから事業を作って、しかも再現性を上げようとして成功した結果、今の立派な会社になっているわけです。そうなったら、ここから入るべき人は先輩方と同じ人ではむしろダメです。仕組みを十分に回すタイプの人か、作り替えるというぜんぜんまた違う資質の人がちょっといる、というバランスでよいのに。

有名企業になって人が採れるようになったから、前の先輩方がうれしくなって、自分と同じタイプの人を採っちゃってるんですよ。そうすると入ってきた人たちが、志高くいたいのにできないというギャップが生まれるんですよね。これが、優秀な人が陥るトラップだなと思ってます。

優秀な方、特に若い方が「なんか良さそうな道」というふうに見えているものって、すでにオワコンなんですよね。オワコンだからむしろ報酬は良かったりするし、安定もしてるんですよ。ビジネスモデルとして完成度が高いから儲かってるんですよね。

でも、そこに惹かれちゃうという構造の矛盾はそうじゃないと思う。優秀な人ほど、むしろそうじゃないところに来てほしいという話です。

深井龍之介氏(以下、深井):そうですね。

日本社会を変える方法は、転職意思を素直に表明すること

深井:急に煽ると……労働市場で悩んでる人が転職活動をする時に、理由をちゃんと言うとめっちゃ社会が変わると思います。転職を薦めるためにここにいるわけでもないし、この瞬間までこの話を言うつもりもなかったんだけど。

日本の社会が一番変わるだろうなと思ってるやり方は、(転職で)迷ってる人が「やっぱり転職します。転職する理由は、僕が意義があると思って『これをやりたい』と言ってるのに、この会社の上層部がずっと金儲けのことしか言わないからです。だから辞めます」という人が、もしホワイトカラーの1割から出たら確実に会社は変わりますよ。

変わらざるを得ないでしょう。だって、人的資本経営をしないと生きていけないわけだし。これから生成AIが出てきて、優秀な人の定義がどんどん変わっていく。優秀な人を絶対に採らないといけないのに、その人がそういう理由で辞めてるという事実を突きつけたら、マジで速攻で1年とかで変わりますよ。迷ってる人は全員「辞めよっかな」と言ってみてください(笑)。

(会場笑)

深井:会社に言うだけでいいです。それだけでも変わると思います。

篠田:……周さん、頭が回ってますね。

山口周氏(以下、山口):僕の知人がフランスのパリで、日本の企業とフランスのビジネスをつなぐコンサルティングをやっていて、ヨーロッパではソシャゲのモデルがうまくいかなかったんですよ。

彼の担当を紹介した時に、「子どもがゲームをやって、親はお金を払う。だから構造的に絶対に儲かるんだ。なぜなら、理性のない子どもが利用の購入判断をするが、子どもはお金がないからお金を払うのは大人なので、絶対に成功するビジネスモデルだ」と言った時に、相手が「こんなビジネスが日本で許されてるのか。有り得ない」と言って出て行っちゃったんです。

日本の“ソーシャルガラパゴス化”を防ぐには

山口:もう1つ僕が思うのは、顧客のリテラシーというか、働く人と顧客の成熟度の問題があって。例えば今、アムステルダムではFairphoneというスマートフォンが出てきていますよね。

AppleやSAMSUNGみたいに優位性を訴えずに、ただ単に「長く使えて、壊れたら自分で修理ができて、部品の交換も自分でできる。だから環境への負荷が低いんです」と言ってシェアを伸ばしているわけです。つまり、多少使い勝手が悪かったり、最先端じゃなくても、そういう商品だから使おうという顧客がいるからちゃんと出てこられたわけです。

ソーシャルというと、一般的にはビジネスでイニシアチブを取る側の問題ばかりに議論が集中しがちなんですが、「こういう社会は世の中に必要だから、ぜひ自分はここで働こう」「パートナーとして一緒にやろう」という人や、「この会社の製品は多少高かったり、性能は落ちるかもわからないけど、すごく大事なことをやっているから買おう」という顧客がいる。

今日のHAC THE CAPは「Hack the Capitalism」の略ですが、僕は「資本主義をハックしよう」と言っているんです。そしてFairphoneの創業者たちは、「我々がやっているビジネスは社会運動だ」と言っています。

社会運動なんだけど、プラカードを掲げてAppleを攻撃するということじゃなくて、あくまでビジネスの枠組みで、ビジネスのルールに則って、社会とコミュニケーションを取って、啓蒙して(社会を)変えていっているわけですね。ビジネスは、社会を変えるものすごく大きな力がありますから。

だから深井さんの話を受けて思ったのは、儲かる・儲からないとか、キャリアとしてどうこうという以前に、社会全体を取り巻くいろいろなプレイヤーの成熟度が上がっていかないと、日本はますますソーシャルガラパゴスになる可能性があるということ。あと……なんか話そうとしたんだけど、忘れちゃった。

(会場笑)

深井:思い出したら。

篠田:思い出したら、ぜひ。

資本家だけが富み続けるのが資本主義

篠田:今の話も2方向に掘れるなと思っていて。1個は今、山口さんが「ソーシャルってヨーロッパにおいてはこういうことで、それって日本の状況とはちょっと違うよね」ということを問題提起してくださいました。

同じ問いに戻っちゃうんですが、日本で私たちがやろうとしているソーシャルビジネスと、海外で言っているソーシャルビジネスがあります。ヨーロッパとアメリカでまたフレームは違うんですが、「ヨーロッパ的なやつをモデルにして、そこに未来があるんだろうかね?」というのが1つあるんですよね。

深井:そうそう。

篠田:もう1個掘れるかなと思った方向性は……私も忘れちゃった。

(会場笑)

篠田:もう1個、思い出しました。田口さんが「COTEN RADIO」に出られた時に、田口さんたちがやっているボーダレス・ジャパンのモデルは、むしろビジネスより社会運動に近いんじゃないかと話されていました。

今の話を聞いて、田口さんはご自身の活動をどう思っていらっしゃるか。アップデートもあると思うので、深井さんはそれをどうご覧になっているか、お話しいただくといいのかなと思います。

田口一成氏(以下、田口):そうですね。資本主義というテーマでいくと、資本主義は資本家が富み続ける仕組みですよね。株式会社を象徴的な存在として、お金があって、資本がある人たちがチャレンジする人にお金を貸す。そのリスクを取ったので、代わりに利益が出たら自分にリターンをくださいねという仕組みです。

結果、この状態の中でリスクを取れる人はもともと資本家である人であって、資本家だけが富み続ける。つまり、資本主義が結果的に格差を広げることがあります。これは、ビジネスがダメというよりは仕組みがダメなんじゃない? というのが、僕が思ったことです。

売上の1%を各社が拠出する仕組みを作ったわけ

田口:じゃあどうしたらいいのかというと、投資家・資本家というかたちで新しいものの立ち上げに関わるのではなくて、投資じゃないかたちで、新しいチャレンジにお金が回る仕組みを作っていくことがポイントじゃないかと思います。

例えば今、僕らは13ヶ国に51社ぐらいあるんですが、各社の売上の1パーセントをみんな拠出するんですね。(グループ年商は)86億円ぐらいあるので、8,600万円ぐらい集まります。

篠田:赤字の会社も売上の1パーセントを拠出する。

田口:そうですね。ちなみに実験はいろいろとやっていまして、昔は余剰利益が出たらにしていたんです。ただ、「出せるところだけ出しましょう」とやっていると、ずっと出さない人たちが「自分は便益だけを受けていて貢献できていない」となる。

自己貢献感がないコミュニティは居づらくなってくるので、どんな人も出せるほうがいいんじゃないかということで、今は1パーセントでやっています。だけどこれも実験しながら変えていってます。

現時点では、売上の1パーセントを拠出する。そうすると、今の時点ではほっといても年間で8,600万円が出てくるので、事業を立ち上げる人たちに「このお金を使って立ち上げてください。それを使って事業に邁進してください」と。

売上が立ち始めたりうまくいった時には、恩返しするんじゃなくて自分も出す側に回って、次のチャレンジャーにお金が流れる、この流れを一緒に大きくしていく。なので、投資対リターンという見立てをしないで、みんなでチャレンジを応援していく仕組みです。

大学時代に先輩から奢ってもらった時に、「お前、後輩にも奢ってやれや」というように、受けた恩を次に送る「恩送り」も人間の1つの本質かなと思って。人間のそういう部分をビジネスの世界でかたちにする。1つはこれかなと思います。

篠田:ありがとうございます。

「社会の解像度」が高いのに、お金儲けを続ける人

篠田:今のだけでも十分おもしろいんですが、深井さんは(COTEN RADIOでは)どっちかと言うとこれはムーブメントというか、社会運動みたいだと言っていたんですね。覚えていない?

深井:覚えていない……(笑)。

篠田:そうか(笑)。

深井:でも、社会運動みたいだなと思います。そういう意味では、さっきのFairphoneの話と一緒ですよね。活動としてはビジネスとしても見なせるんだけど、儲けるだけじゃなくて、本質的にはもっといろんな因子が動くポイントを持って動いているってことですよね。

PLだけじゃなくて、PL以外の影響度合いを考えながら動いている社会運動としてやっている。それは、社会の解像度が高いからそうなるんだと思うんです。社会の解像度が超高いのにずっと金儲けをしている人って、ホモサピエンス的には難しいと思っています。

篠田:「社会の解像度」って、どういうことなんですか?

深井:例えば、「こういうところでは幸せだけど、こういう地域ではこういうことが起こっていて……」みたいなことを、いろんな軸で理解している人。

山口:宮沢賢治の『雨ニモマケズ』があるでしょう。その中で、どの一節が重要かは人によって意見は分かれるんですが、「ヨクミキキシワカリ」というくだりがあるでしょう。あれでソーシャルビジネスをやる人は絶対にいると思うんですよね。

世界中がよく見えていて、よく聞いて、わかっていて、洞察力がある。だから自分がやるべきことが見えている。おかげさまで、それをちょっと思い出しました。

深井:ありがとうございます。

システムを変える方法は「離脱」か「発言」の二択

篠田:ちょっとその話から。ぜんぜん宣伝という意味じゃなく、また本を出されるんですよね。

山口:宣伝させてください。

(会場笑)

篠田:宣伝していいんですけれども。ちらっとですが、どういうテーマで本を書こうとされているかをうかがった時の話とつながるなと思って。

山口:そうですね。2024年4月26日なんですが、『クリティカル・ビジネス・パラダイム』というタイトルで本が出ます。副題が「社会運動とビジネスの交わるところ」ということで、まさに先ほどお話ししたようなことなんですが、ぜひよろしくお願いします。さっきの深井さんの話で、忘れていたことを思い出しました。

篠田:思い出した? お願いします。

山口:会社を辞める時の理由を、みんなおためごかしに「一身上の都合で」って言うんですよね。

篠田:退職エントリーで「本当にひどい会社だったと思います」とか。

山口:「この会社がマジでクソすぎて」と言ったほうがいいということについて、アルバート・O・ハーシュマンという経済学者が『離脱・発言・忠誠』という本を出していて、超絶おもしろいんです。

篠田:『離脱・発言・忠誠』。

山口:要するに、システムを変えようと思ったら「離脱」か「発言」のどちらかしかない。株主も、会社の株主総会で文句を言ったり、株を売ったり、顧客も文句を言ったり、取引をやめたり、離脱も発言も両方できる。

だけど、従業員は離脱も発言もなかなかできない。本来であれば、一番システムに修正をかけられる人がこれをできない状態なので、難しい。アメリカだと、ちょっとでも会社がつまらないと人がどんどん辞め出すんだけど、日本だとそれが難しい。

経営者が「最も一生懸命やらなくちゃいけないこと」とは

山口:でも、1つチャンスというか、大きく状況が変わるだろうなと思っているのが、まさにさっきおっしゃった人的資本開示の問題です。

人的資本開示は、従業員がどういう状況かを株式市場に開示しないといけなくなるわけです。今までだったら、財務諸表や知的財産をどれぐらい持っているかとか、そういうもので開示していればよかったんだけど、単純に言うと「自分がこの会社にいて、めっちゃやる気になっています」という人がどれぐらいいるのかを出さなくちゃいけないんです。

僕は組織のコンサルをずっとやっていたのでわかっているし、最近はマッキンゼーもそういうレポートを出しましたが、「自分の仕事にどれくらいやる気を感じているか」というのは、長期の業績を予測する上で一番説明力のある関数なんですね。

だから、そのスコアが低い会社はこの先企業価値が下がるはずなんです。ということは、会社の経営者が最も一生懸命やらなくちゃいけないことは、実はバランスシートをきれいにすることよりも、「この会社の仕事はめっちゃやりがいありますよ」という感じで仕事をやっている人を増やすことです。

21世紀の中盤から後半にかけては、これがものすごく大きな企業経営のアジェンダになってきます。そうなると、やはり放っておけない問題になる。(篠田氏は)ご専門ですけどね。

篠田:いえいえ。

“働き方の変化”に手を打つ会社が伸びていく

篠田:今のお話にちょっとだけ追加すると、この変化に気が付いて手を打つ会社と気づけない会社の差が、ここから3〜5年ぐらいですごく広がるなという肌感はあります。

さっき言っていた話じゃないですが、インパクトが長期であることと、見えにくい課題であること。あと、多くの企業において、過去のパラダイムとものすごく違うんですよね。組織には半ば無意識的に共有している人間観があって、その人間観に注目するのが私はすごく好きなんです。

雑に言うと、これまでの組織は「人が機械のようになればいい。24時間365日、イーブンに稼働することが理想である」という前提が無意識にあったんだけど、これから真逆で、「人はさまざまであって、さまざまである者が出し合えた時に価値になるのである」というシフトがあるんですね。

やる気が出る・出ないというのは、ここで言うシフトの後者なんだなということに気が付いて、そこに手を入れた会社からいい方向に変わっていくんですよね。極めて質的に意識しづらい変化を遂げなきゃいけないので差が開くんですが、気が付き始めている会社はすでにあります。

実際、その変化を働く人が実感するにはもう少し時間がかかるんですが、早くて3年から5年ぐらいで意外な会社がすごくいい感じになると思います。

深井:そうですね、すごく良くなる気がします。