「24兆ベクレルの汚染水漏出」にも目を背ける人々
"3.11への無関心"はどのように形成されたのか?

未来を忘れないための想像力 #1/2

3.11から丸3年以上が経過し、原発事故に関するニュースも人の関心を集めにくくなってしまいました。名だたるアーティスト達のMVを手掛けてきた映像作家・丹下紘希氏は、この状態を「無関心」だと指摘。日常に追われ、大事故の続報から目を背ける人々に警鐘を鳴らしました。(TEDxFukuoka 2014より)

未来の子供たちへ向けて今、伝えたいこと

丹下紘希氏:こんにちは。……「こんにちは」って、いい言葉ですね。

(会場笑)

僕は、福岡に移住してきました。家族で。2人子どもがいて、下の子はこっちで生まれました。同じように、移住してきた人たちってたくさんいるんですよ。やはり同じように、小さい子どもたちが一緒にいるんですね。子どもたちを思う、心配する親の気持ち、それはみんな同じだなあと思います。

この1通の手紙を読みたいと思います。子どもに向けて。

「未来の人よ。あなたは、私たちを許せないだろう。未来を想像しなかったことを、怒りをもって、責めるだろう。今後10万年も処理のできない、危険なものを残したことを、怨むだろう。

何をするにしても、先ず壊して、膨大な量のゴミを処分しなくてはならないときに、憤るだろう。大地の中を破壊し、汚したことに、嫌悪を抱くだろう。そうした負の遺産を生みだした先人を、憎むだろう。

未来の人よ。あなたは、私たちを許せないだろう。『金』以外の人類共通の価値観を持てなかったことに、嘆くだろう。国境を越えたルールを作れなかったことを、がっかりするだろう。発展を罪と考えなかった過去を、『馬鹿げている!』と、声高らかに笑いながら、泣くだろう。

未来の人よ。私たちはあなたに責められて当然だ。目の前の利益を優先して、あなたのことを考えなかった。今が良ければいいと、物事を短期的にしか考えなかった。他人のことを、我がことのように思えなかった。小さな欲望を煽って、社会を、複雑化してしまった。そして、隣人を信じられなかった。空も、海も、自分の一部と考えられなかった。

未来の人よ。本当に、すまない。ごめんなさい。

許してはもらえないだろうけど、これから、出来うる限りのことを、自分の魂に沿って、やっていこうと思います。今を生きる誰もが、経済効率を語る前に、あるべき美しさを語り、あなた方の幸せを真剣に考える。そんな道に繋がれるように、努力したい。ここに、そのことを、記しておきます」

現在は、今、ここにいる人、つまり置き換えれば、自分。未来は、どこか遠くにいる人、置き換えれば、他人。そういうどこか遠くの他人と、その未来と、今の自分をつなげる。この手紙は、自分にとってそういう装置なんです。

日常を疑うことで生まれる新たな視点

原発事故が起きて3年がもうすぐ経とうとしてますが、みなさん、どうですか? もうまるで、何もなかったかのようになってないですか?

僕はあのとき思ったこと、考えたこと、感じたこと、それが自分の掌からどんどん、毎日、消えてなくなるような気がして、それがすごく怖いんです。事故直後よりもずっとずっと、怖いんです。どうして、忘れてっちゃうんでしょうかね?

忘れるって、人間にとって大事な機能だと思うんですよ。つらいことがあったら、忘れて前に向いて生きてく。だけど、忘れたくないことまで忘れちゃう。それって、何でなんですか?

多分、自分の目の前にどんな大きな事件があっても、毎日、それがあって眺めてたら、どんどん自分の日常の一部に当たり前に溶け込んでいって、見えなくなってしまうんです。見えてるけど、見えない。そんな状況が起きちゃってるんだと思います。

それを新鮮な目で、新しい視点をもって、見ること。それがすごく大事な気がするんです。そうするには、どうしたらいいのか。僕もわからないんですけれども、それを何か掴めないかな、と思ってます。

で、僕はちょっと前にやった実験のことを思い出したんです。実験というか、僕の作品なんですけど。以前ですね、ちょっとやってみたんですけど、今みなさんにもチャレンジというか、想像してもらいたいんです。

ここに釣竿があって、僕が釣竿をもって、このビルの前に出て、外で釣りをやってるところを想像してみてください。コンクリートの脇に、下水が流れてる所に蓋してありますよね? あそこに釣り糸を垂れて、僕が釣りをする。僕じゃなくてもいいです、誰でもいいですけど。

みんなどう思いますかね? それって「変」ですよね。こんな都会の中で変ですよ。だけど、その変だと思う考えを、一旦疑ってみてください。僕これ、実は福岡でまだやってないですけど、東京でやってみたんです。

こんな感じですね。こうやって、釣りをする。「この人変」じゃなくて、「釣れる」って、みんな想像してみてください。アイスボックスの中にたくさん魚がいる。

この渋谷の、ちょっと臭う都会の地下の水が、釣れるって肯定するだけで、急に足元から小川のせせらぎがきこえてきて、魚がたくさん泳いでるようなところの上に自分たちがいる。そんな気持ちになりませんかね?

これは、想像力を使って、自分の環境を変えてみる。そういうプロジェクトだったんです。疑って、別な視点で見てみる。それってすごい大事なことのような気がします。

3.11の記憶はどこに?

僕は「NOddIN」ていう芸術運動を最近、仲間たちと一緒に始めたんです。

NOddINていうのは、3.11という地点を通って、僕たちは価値がひっくり返るような気がした人の集まりです。

「今まで自分たちが信じてたことって何だったんだろう。自分たちがどこかの誰か、たとえば福島の人とか、そういう人を犠牲にして成り立ってるとしたら、自分たちはこれから、どうやって生きて行ったらいいんだろう」って、すごい思いました。だから、新しい視点をもって生きて行きたいって願う、そういう心の集まりだっていってます。

で、エキジビションをしたんですけれども、このNOddINていうロゴを見ていただくとですね、新しい視点をもつ、という意味で、逆さまに見てください。「NIppON」になります。そういう意味でつけた名前です。

40年前に原発を作った人も、未来に事故が起きるって、想像しなかったんですかね?

僕は、想像したと思います。想像したんだけど、目の前の現実に負けてしまった、飲み込まれてしまったんじゃないかなと思います。自分の目の前の圧倒的な日常、そこに飲み込まれていく。毎日毎日、精一杯生きてるの、みんな一緒じゃないですか。だから僕たちも今その状況になってると思いますよ。

3日前でしたっけ、また汚染水が漏れたって。1リットルあたり2億4千万ベクレル、それが100トン。2兆4千億ベクレルですか? (※編集部註:計算の結果は24兆べクレル)それって、どんななんですか? そんなニュースが流れても、「もう聞きたくないよ」ってみんななってる。つらすぎてね。でも、それじゃいけないと思うんです。

じゃあどうやってそれを自分たちの中に取り込んでいくかって、それはやっぱり、新しい視点をもつことだと思います。いうまでもなく、最大の敵は無関心だと思います。その無関心は、なぜ、どうやってできていくのか。

僕は無関心じゃなくて、それは見えてないだけなんじゃないかなと思います。その見えてないものを見るには、まず疑って、想像して、新しい視点をもつ。

僕はそれが、どこかの偉い科学者に任せるとか、テクノロジーに任せるとか、そういうことじゃなくて、誰でもできる、この圧倒的な日常に抵抗する、ひとつのささやかな手段だと思います。それができれば、社会問題にしても、他人事じゃなくて、自分のことのように考えられるんじゃないかなと、思います。

まず、想像する、(新しい)視点をもつ、疑う。それに僕は、大きな希望をもちたいと思います。ありがとうございました。

<続きは近日公開>

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