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博報堂・川下氏「37歳が人生の転機だった」 大企業の優等生社員が、本当にやりたいことを見つけるまで

博報堂・川下氏「37歳が人生の転機だった」 大企業の優等生社員が、本当にやりたいことを見つけるまで

三菱地所株式会社が主催する「『一人多職』で生き抜け!今、ビジネスパーソンが知るべき時事キーワード」が2017年10月17日に開かれました。同イベントのパネルディスカッションでは、博報堂の川下和彦氏、チェンジウェーブ代表の佐々木裕子氏、チェンジウェーブのエグゼクティブパートナー・小安美和氏が登壇。複業を前提とする「多職」の重要性、現代の働き方について語りました。

シリーズ
「一人多職」で生き抜け!今、ビジネスパーソンが知るべき時事キーワード
2017年10月17日19時のログ
スピーカー
博報堂 PRディレクター 川下和彦 氏
株式会社チェンジウェーブ 代表 佐々木裕子 氏
株式会社チェンジウェーブ エグゼクティブパートナー 小安美和 氏

「一人多職」をテーマに対談

小安美和氏(以下、小安) 自己紹介を先にしてからにしましょうね。みなさん、改めまして、こんばんは。私、小安美和と申します。よろしくお願いいたします。 IMG_5635 私も一人多職ということで、今日はこちらのプログラムを企画させていただいています、チェンジウェーブのエグゼクティブパートナーという肩書きでモデレートをさせていただきます。 私自身、名刺は3枚か4枚くらい持っていまして、ほかにいろんなことやってるんですけど、こういう仕事をしながら実は雑貨屋さんをやっていたります。 ではまず、弊社チェンジウェーブ代表の佐々木裕子です。 IMG_5627 佐々木裕子氏(以下、佐々木) はい。よろしくお願いします。 小安 佐々木も多職の……。 佐々木 多職ですかね。どうかな? 小安 今日実は案内では川下さんと私の対談ということになってたんですけど、「あっ、もう1人多職がいた」ということで、急遽登壇してもらおうと思いまして。多職の佐々木裕子さん、ちょっとお話しいただければ。

「変革家」の華麗なる多職ぶり

佐々木 仕事としては、変革家をやってまして。でも、変革家自身が多職かもしれないですね。 そういう意味でいうと、変革をやると言いながら、人材育成の研修やったり、地方創生をやったり、あと女性活躍やったり、先生たちの研修やったり、いろいろです。 あと保育園を経営してまして。保育園も認可の小規模保育園をやったり、介護の会社を立ち上げたり。なんでしょうね、これね(笑)。 川下和彦氏(以下、川下) :何個あるのでしょうか?(笑)。 小安 (笑)。 佐々木 何個あるんだろう? でも、名刺は2つですよ。 小安 ひとつ大きな枠でいうと変革家という職業を持ちながら、最近介護の会社を立ち上げた。 佐々木 ざっくりと言うとそうですね。ありがとうございます。介護も立ち上げまして、今日その打ち合わせに行って来ました。 全部、個人的なニーズを自分で解決するという。子どもが生まれたら託児所とか、うちの親が80代を超えてきて、私が介護と仕事の両立は無理だろうと思ったので介護、みたいな(笑)。自分でエコシステム作って。 川下 でも、自分の興味あることを自分の仕事にしちゃうというのが一番いいですよね。 小安 さっき(川下氏の講演での)の「好き度」のところもきっとそうですよね。

リクルートを経て起業、多職の道へ

小安 この3人なんですけれども、ずっと基本的には1つの企業に所属しながら、いくつかのグループ会社を兼務したり、あとは著作もされているという川下さんと。 私は実は昨年までリクルートという会社に勤めておりまして。それを辞めて、自分の会社を立ち上げて、チェンジウェーブにも参画して、かつ雑貨家のオーナーもやってるという、そんな多職です。 佐々木のほうは……。 佐々木 まあ、いろいろ。 小安 いろいろ。起業をして、さらに2個目の会社を起業したという、そういう多職の代表ということで。 佐々木 そうですね。 小安 今日ちょっとみなさんには、できればなにか持ち帰れるものがあるといいなと思いますので、どんな関心を持って来られているかなというのをおうかがいできればと思っています。 今、企業に勤めるビジネスパーソン、企業にお勤めで、すでに副業をやられているという方、どれぐらいいらっしゃいますでしょうか? (会場挙手) 佐々木 お、すごい。けっこういますね。 川下 けっこういらっしゃいますね。 小安 企業にお勤めで副業をこれから考えたいという方、どれぐらいいますか? (会場挙手) あとは、もうすでに企業を辞めてご自身でなにかをやられて、さらに多職を目指してるみたいな方っていらっしゃるんでしょうか? (会場挙手) 佐々木 おお、すごい。 川下 ほぼ全員じゃないですか? 手を挙げた方。 小安 すごいですね。

北海道・北見旅行でのエピソード

小安 まず、川下さんに先ほど講演をいただいたんですけれども、この部分をもう少し深堀って聞いてみたい方、いかがでしょうか? 佐々木 私、聞いていいですか? 小安 はい。 佐々木 私、川下さんとずっと仲良しで、一緒に北見に行ったことがあるんですよ。 川下 北見に行きましたね。北海道の北見。 佐々木 2泊3日団体ツアーみたいので。 川下 あ、2人で行ったんじゃないですよ(笑)。 佐々木 2人じゃないですよ。2人じゃないので大丈夫ですよ(笑)。 小安 (笑)。 佐々木 とある方々とグループで行って。大貧民とか夜中にやりましたよね。 川下 やりました、やりました。機嫌悪くなるんですよね。すぐに。トランプゲームなのにね。 佐々木 (笑)。でも、その時は川下さん、まだぜんぜん多職じゃなかったじゃないですか? 川下 多職じゃなかった。おっしゃるとおりですよ。 佐々木 ですよね。あのあとにすぐ私は娘が生まれて、娘がちょうど昨日5歳になったので、この5年ぐらいの話ですよね。

37歳が川下氏の転機だった

佐々木 あの時はPRのど真ん中におられて、それでブイブイやってた時代だったんですけど、なんでこの5年だったんですか? 川下 すごい、いいご質問ですねぇ! 池上彰風に。 小安・佐々木 (笑)。 川下 37歳の時までは逆に、ものすごい優等生路線を走ろうとしていたんですよ。優等生って自分で言うのもなんなんですけど、会社の中でその部署の中のメインストリームを歩もうとしてきたという。 ところが、37歳というのが僕にとってやっぱり転機だったなと思ってて。1個は震災があったということですね。今やっている仕事楽しいし、ただ本当に一番やりたい仕事かどうかというとわからなくて。 そんな時に震災があって「人生そんなに長くないかもしれない」って思ったら、本当にやりたいことがやりたいなって思ったのが1つですね。 IMG_5645 もう1個は、40歳というのはちょうど区切りとしてはやっぱりいいというか、第2成人みたいな意識があったので、そこのタイミングで本当に好きなことに挑戦したいなって思ったのが理由でした。 そこから変わって、40歳の時に1冊目の本を出して、やっぱりそこのタイミングからまた変わっていって。

社会の人との接点を増やしていった

川下 なんだかんだで僕も支度するのに3年ぐらいかかったような気がするなと思って。そこからいろんなコツを覚えてくると、2個目より3個目、3個目より4個目のほうが習得速度が短くなったなという。 小安 ちなみにどんな支度を? 川下 どんな支度をというと、答えになっていないかもしれませんが、時代の変化でいう「人とつながりやすくなった」というのがあって、ネットワークをつくるようになりました。 まず自分がやりたいことを相談してもらえる人に話したり、あるいは新しいことをやろうと思ったときに、別の人に会いにいったりとか、そういうことをやりましたね。社会の人との接点を増やしていったという。 なので、どんどん会社では不良と言われるようになってたんですけど。 でも、会社にいる時間が減った一方で、「結果を出さなきゃ」って思うようになったから、ベターっとは会社にいないけど、「あいつ仕事できてるよね」って思われなきゃいけない緊張感をつくるようになりました。

組織に属するからには……

小安 会社の中でなにか別のことをやろうとしたときに、会社の中ではやっぱり本業にちゃんと軸足を置いて、なにかを成果を出しているという状態を作らないとできないような雰囲気だったり、縛りというのはあったんでしょうか? 川下 うちの会社はいい会社なのでわりとそこは柔らかいんですけど、ただ、どこでもそうなると思うんですよね。給料払ってるのに仕事しないわ、いないわってなると、そらね、「お前……」ってなると思うんですよ。 小安・佐々木 (笑)。 川下 そうなってくるとほかの人にも負荷がかかってくるということなのでよくないと思うので、だからそこの「ちゃんとうまくやってるよね」というのができてこそ、次にいけるかなって思います。とくに1つ目の職が、組織に属するものである場合はとくにそうだと思います。 小安 会社から「これだけはやらないでくれ」とか「こういうことだったらいいよ」みたいな、会話やコミュニケーションはあったんですか? 川下 そういう意味でいうと、品位が失われるみたいなものは当然ダメだし、あとはいわゆる「同業じゃん」みたいな。副業にはなっても、その会社で培った職能で別のことをやってるだけみたいのは、会社はやっぱり投資してるわけだし、そこはたぶん疑問符がつくだろうなとは思いますよね。

やりたいことだからこそ臆病になっていた

佐々木 あともう1個、すごい外から見てて素朴な疑問いいですか? 川下 もちろん。 佐々木 私と川下さんと同じ年に本を出しているんですね。最初の年に。ずっと最初は書けない2人で、2年ぐらい出版社さんに「すいません、書けません」って言って、「不良ライターですね」って言ってたんですよ。それぐらい遅筆だったじゃないですか? 川下 遅筆、遅筆。似たような感じで。 佐々木 なのに、今すごい連載とかバンバンしてますよね? これはどういうことなんですか? なにが起きたんですか? 川下 なんですかね? 佐々木 なんだろうなと思って。多職の2つ目を、最初の一歩ってたぶんすごく時間がかかったりするんだろうなって、私も本を初めて書いたときそう思ったんですけど。 でも、がんばってやり続けてると回転するようになるのかしら。その時なんでそれができるようになったかなというのが。最初から書くの好きだったんですか? 川下 これおもしろくて、僕、今日の昼に判明したんですよ。ある方と話してて「ああ、そういうことかな」って自分で思ったんですけど。僕にとって物を書くのがすごくやりたいことだったんですよね。だから、神聖なことだったので、それを自分のダメさで汚せないというか。完璧主義になっちゃったという。 佐々木 最初? 川下 最初。だから書いてるんだけど、「なんこれ、自分的にイケてないな」みたいな。好きだし、やりたいがゆえに聖域だったというか。 なので臆病になってたんだと思うんですよね。臆病というか、あとは完璧主義で何回も、それこそ日本史の勉強し始めて原始時代から抜けられないみたいな。 佐々木・小安 (笑)。 川下 第1章で、そこで「満点取りたいんだ!」みたいのでやっちゃうと、近現代史までいかないみたいな。完全にその状態でしたよね。

多職生活はどうバランスを取るのか?

川下 なんですけど、そこを突破してなんか、それ抜けた瞬間に「じゃあもっといろんなこと書いてみよう」とか、1回そこの土地に踏み入れたらいけるようになったかなという気はします。 小安 私もそれ聞きたいですね。私もそれでいうとまだ多職1年目なんですけど、やっぱり「どうバランスを取るのか?」とか、あとは新しく始めたほうのことに対しては、どう習得をしていくのか。 川下 でも、やっぱりその完璧主義×時間の作り方がまだうまくなかったというのがあったので、そういう意味でいうと、さっきの丸3年ぐらいかかってたな。僕の場合は。もっと器用な人だったら、もっと早くできたのかもしれないなとは思いますけどね。 小安 なるほど。じゃあ、器用そうな佐々木さん。 佐々木 いえいえ、器用じゃないですよ!でも、私、「会社として、こういうことをやるんだ」って決めるまでに丸1年かけています。会社だけは立ち上げちゃったんですけど。 ちなみに会社を立ち上げられた理由は、さっき川下さんもおっしゃってたみたいに、自分には軸足があって、チェンジウェーブという会社がもうすでにあって。 それがあるので、わりとそんなにすごいリスクを取って、もうそれに心血を注いでというふうに立ち上げているわけじゃなくて、やりたいなと思って、「ちょっとやってみよう」というので、まずはあんまりそこまで詰めないで立ち上げてるんですね。 実はみんな立ち上げメンバーはフルタイムじゃなくて、全員自分の会社を持ってる人なんですよ。全員が多職取締役? みたいな感じで、集まるのも週に1回集まれればいいかみたいな。基本的に合宿でガンって決めるみたいな感じでやっているので、時間かかるんですよね。 川下 かかりますよね? 佐々木 かかるんです。でも、ある程度見えてこないとアクセル踏めないから、見えてくるまでは無理せず、ある意味気長に。でも、試行錯誤しながら、集まって議論して、インタビューとかやって。ようやく1年ちょっと経って見えてきて、今じゃあちゃんと資金調達しようってなってるという感じです。

  
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博報堂・川下氏「37歳が人生の転機だった」 大企業の優等生社員が、本当にやりたいことを見つけるまで

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