「一人多職」の2つの目的

川下和彦氏(以下、川下):3つの時代の変化についてご紹介してきましたが、今度はできるできないはこれから議論するとして、「一人多職」をぼくがおすすめする理由について紹介したいと思います。

できるならやったほうがいい理由その1。これはシンプルです。「複数収入源の確保」です。お財布が1つより3つか4つかあれば、当然資金的には苦労しなくなるという簡単な理屈です。

もう1つは「複数収入源の確保」と似ていますが、「リスク分散」です。再起は「AIが普及すると、仕事がなくなるかもしれない!」というように煽る風潮もありますがよね。他にも「テクノロジーの発達によってあなたの仕事はなくなるかもしれません! なくなる仕事ベスト10」のような記事を見かけることもあります。

でもそれは現実にあり得ることですし、昔あった仕事が今はなくなっている、ということはたくさんあるわけです。こうした時代の流れのなかで1つの仕事しかしていなくて、もしその仕事が必要とされなくなったら食い扶持がなくなってしまいます。

ところがそんなときいにいくつか仕事を持っていたら、1つがダメになっても他の仕事で補うことができうるわけです。

希少価値を高めるシナジー効果

さきほどのイノベーションの話にも通じますが、多職によりシナジー効果が生まれると思っています。複数の領域にまたがった知識や経験が身につくと、「あ、あれとこれを組み合わせたら、こんな面白いことができるよね」という具合に、新しい発想が生まれることもあります。

ぼくは大学院までコンピュータ・グラフィックスを専攻していましたが、そこでもアート系の人とプログラミング、理工系の人の発想をどう融合していくか、というのが課題でしたが、1人の頭の中で融合させられたら、もっと面白いものができるのではないかと思ったこともありました。

あと視野が拡大していく、ということも言えるでしょう。専門性を追求して、1つの組織にどっぷりつかって、何時間、何日、何年と過ごしていると、職能が磨かれる反面、価値観が固定化しかねません。

ところがほかの仕事を持っていると、もっと視野を広く持つことができますよね。さらに「希少価値の増進」と書きましたが、職業を複数持っていると、個人の希少価値を高めていくことができます。

例えば英語ができる人は10人に1人いるかもしれませんが、それに加えて会計ができる人となると、100人に1人というようにどんどん希少価値が高まっていきます。

ぼくはよく「1/nのnを大きくしていくことが大切だ」と言っていますが、nの値が1, 10, 100, 1000と大きくなっていくにつれて、それだけ貴重な人材になるというわけです。そうなると時間単価が上がるので、仕事の生産性が高まってくるとも言えるのではないでしょうか。

「夢の実現」していますか?

最後に、「夢の実現」と(スライドに)書きました。今本当にやりたいことを仕事にすることができている方はいらっしゃいますか?

(会場挙手)

あまりいらっしゃらないですよね。

ただ多職を実践することができるようになると、1つの仕事で着実に収益を生みながら、もう1つの職業はチャレンジする、ということがやりやすくなります。そうすると本当はやりたかったことに取り組むことができるようになり、夢の実現が近づいていくように多い巻いた。

では「多職」の時代がきていて、そこにメリットがあることはわかったけれど、実際どうすれば、「一人多職」を実現することができるのでしょうか。

みなさんが所属されている組織によって、まだまだ多職は難しいという状況があると思いますので、ぜひいろいろ議論させていただければと思います。

最初の仕事を軸足にせよ

ここからは、あくまでご参考までに、ぼくがどのようにして多職を実践することができるようになったかを話させていただきたいと思います。ところでみなさんは「ピボット」という言葉をご存知ですか? バスケットボールにも使われる言葉で、軸足を固定して、もう片方の足を動かすことです。このピボット感覚が大切だと思っています。

まず1つ目の仕事もきちんとしていないのに「副業やります!」「3つも4つも仕事をやります」と言ったら、1つ目の仕事が危うくなりかねません。まずは1つめの仕事をしっかりできるようになることが大切です。

僕は『勤力を鍛えるトレーニング』、略して「勤トレ」という本を書いたのですが、働くという字をじーっと見ているうちに「人が動く」という意味でもあると考えるようになりました。そしてビジネスは人が動くこと、つまりスポーツと同じだと考えました。

勤力を鍛えるトレーニング(勤トレ)

ビジネス書を書いていながら言うのもなんですが、ビジネス書を読むだけだと仕事ができるようにはなりません。逆上がりもそうだと思うんですけど、やり方を勉強しただけでは逆上がりは上手くなりません。ところがずっと逆上がりをやってるうちに、なんとなく体で感覚をつかんでいけるのと一緒で、ビジネスもやっている少しずつ上手にできるようになっていくものです。

そうした意味で会社のような組織はジムのように考えることもできます。ジムを使い倒して、自分を鍛えないと損ですよね。

少しずつ自分を鍛えよう

ではみなさんのなかに筋トレされている方はいらっしゃいますか?

(会場挙手)

ありがとうございます。ぼくは「筋トレ」と「勤トレ」は同じだと思っています。筋肉が強くなるメカニズムを簡単に紹介すると、筋肉は筋繊維と呼ばれる繊維が集まってできています。重たいものを持って、筋肉に負荷をかけると筋繊維が傷つきます。

筋繊維が傷つくと、体がそれを修復して、もっと強くなろうとして筋繊維が太くなっていくわけです。そうやって筋繊維を傷つけることと修復することを繰り返していくうちに、どんどん筋肉がついていくんですよね。

そう考えると多職を実践したいからといっていきなり難易度の高いことをやろうとすると、事故を起こしてしまいかねません。筋トレで言えば、50kgの重さしか持てない人が100kgのものを持とうとすると、大怪我してしまうのと同じです。50kgしか持てない人はまず地道に52.5kgに挑戦し、そのうち55kgに挑戦して、ということの繰り返しかなと思います。

今日は管理職の方もたくさんいらっしゃると思いますが、部下にいきなり相当難しいことをお願いしたら失敗するのは当たり前で、少し背伸びしてチャレンジしたらうまくいかないことがあるかもしれないけれど、そこから学んで成長する、というぐらいの負荷をかけることができればよいのではないかと思っています。

会社の仕事を個人の成長につなげよう

それからぼくは常にどんな仕事でも「やらされている」と思うと損で、命じられたことでも「この仕事を通じてどう成長しようかか」と思うことが大切です。

例えば自動車業界のプランニングの担当しなさいとぼくが言われたときに、「大変だな~」ということだけじゃなくて、「こういう車ってあるんだ」とか「この業界の勢力図ってこうなってるんだ」とか社会常識を学んだり、車のことを学んでみたり、なにか吸収してやろうってやってると仕事が楽しめるように思います。

最近はスーパー大学生とかスーパー高校生がいるくらいなので一概には言えませんが、大抵の人は最初「・型(てんがた)人材」です。

専門性がない状態、たいしてなにもできない状態で働き始めるわけですが、さきほどの勤トレを繰り返していくとどんどん専門性が伸びていって、縦に成長していきます。

生産性を上げるとは常識を外すこと

ここまではおそらくみなさんやられているのではないかと思います。そのあと多職するためにどうしたらいいかと言うと、最初はやったことがない仕事に取り組んでいると、なかなかうまくいかず時間もかかります。「いっぱいいっぱい」「多職なんてとてもムリ!」という時代があると思います。

ですからまずは1つ目の職業の生産性を上げる。仕事の種類にもよりますが、原則としては労働時間を減らしてパフォーマンスを向上させるように取り組みます。

それができるようになると同じ仕事をするにも時間を短縮することができ、もう1つの仕事に挑戦することができるようになります。

そのときにぼくすごく大事だなと思うのは、常識を外して考えることです。会社の外に出て、普段会わないと話してみるとか、箱の中から出て、新しい刺激を得ることが大切ではないないと思います。

ぼくがよくやるのは好奇心を辿るということです。この仕事をやって、こんなことに興味が出てきた。そのことをさらに深堀りしてみよう。そこでまた新しいことに興味が出てきた。そうしたら、またそれについて勉強してみよう。という具合にどんどん面白いと思ったことを辿っていくようにしています。

就活は何回だってできる

そして「重就職」にチャレンジします。「再就職」ではなく、職業を重ねるので「重就職」です。 リンダ・グラットンという方が『LIFE SHIFT』の中で、「レクリエーションからリクリエーションの時代になると書かれていましたが、新しい職能を再度クリエイトするということで、 1個の職業を持ったから終わりじゃなくて、2個目の職業を作っていく、「Reクリエイトする」というのがいいんじゃないかなという点で、私も同じ考え方です。

昔は就職活動一発勝負。失敗したらその後もずっと望まない仕事を続けなければならないというイメージも少なからずあったように思いますが、多職、重就職ができるようになると、最初うまくいかなくてもリベンジすることだってできるわけです。

いよいよ終盤に近づいてきました。ここでお伝えしたいのは「やりたい」を「できる」にしていくということです。2つ目以降の職業は食っていくためだけではなく、本当にやりたいことに挑戦することができます。

最初は希望の会社に入れなかった、希望の部門に配属されなかったということもあるでしょう。むしろ希望した会社で、希望した仕事ができているという人のほうが少ないかもしれませんよね。

1つ目の仕事が「できる」状態になってきたら、今度は「やりたい」仕事に挑戦していく。「やりたい」と「できる」のバランスをちゃんと取っていくというのが大事だと思います。

自分自身を整理しよう

リンダ・グラットンさんは複数の仕事に取り組む人のことを「ポートフォリオワーカー」とおっしゃられていました。ポートフォリオとはポケットが複数ついていて、いろんな書類が入れられる書類ケースのことですよね。

(スライドを指して)たとえばこの表のようにキャリアポートフォリオを作ってみるといいのではないかとぼくは思っています。

ぼくのケースをご紹介すると、1つ目の職業がPRです。正確にはマーケティングもそうですが、ここではわかりやすくPRとさせていただきました。これ軸を縦横に書いてみました。縦軸が「収益性」で、横軸が「(仕事に対する)好きな度合い」です。

そのときに本当に好きで、利益が出ていて、できる仕事、という意味でPRがここに位置します。収益性がより高いもので言えば、クリエイティブ・ディレクターの仕事があります。新規事業開発がうまくいったときには一番高い収益が出るとしまましょう。そうするとこのような配置になります。

そのほか執筆業は好きでやっているものの、ほかのものと比べると現時点では収益性が高くないので、このあたりに来ます。このように自分の現状と「どこに向かいたいか」ということを整理して、キャリア戦略を考えてみるとおもしろいと思います。

自分の名前を通用させる

多職を持ちはじめると、最終的には「〇〇さん、あれできるよね」という固有名詞で仕事ができるようになります。「あの人はこれできるよね」とか「こういうことを相談したらいいよね」というふうになってくると理想です。

最後ぜひご自宅に帰られたら、この職業ポートフォリオ作成にチャレンジしてみてください。今はこの仕事ができて、収益性が高い。今の時点では収益性が高くないかもしれないけれど、こういう仕事をやってみたい。という具合に座標に書き落としてみると、頭の中を整理することができるように思います。

最後に1つ目の仕事から、2つ目、3つ目の仕事にどうやって挑戦していくか、ということですが、自分のどんな能力が価値になっているかを考えることです。

僕の場合はクリシティビティやライティング能力を伸ばして仕事をしてきたので、その力を生かして2つ目、3つ目の仕事へと発展させていきました。この図の矢印は、その能力を意味しています。

本日のお話は以上です! 長時間お話を聞いていただき、ありがとうございました!

(会場拍手)