いかに生まれた街への愛着を育てていくか

土屋敏男氏(以下、土屋):鎌倉って、街の力があるんです。もちろんお寺があったりとか、海があったり山があったりするんですけど、さっきのカマコンバレーじゃないですけど、ベンチャー企業があったりとか、若いやる気があったりとか。

例えばレストランにしても「鎌倉でやってみたい!」っていうイタリアンとか、和食とか、やる気のあるやつがいるんですよね。その力だと思うんですよ。

鎌倉へ行くと新しい店があるとか、新しい古民家カフェみたいのがあったりとか、そういうのを民間でドンドン作っている人がいるから、そのやり方を、いろんな街にヒントというか、マニュアルみたいなものをドンドン渡していくっていうやり方がいいだろうな、って思ってますね。

ふくだ峰之氏(以下、ふくだ):鎌倉は、やっぱりね、歴史がある街だし、観光客も来るし、住んでいる人たちも「俺たちは鎌倉に住んでる!」ってプライドがあるしね。どちらかっていうと、レベルが高いところからスタートしている街おこしのような気がするんですよ、僕は。

だけど、歴史はあるけれども、誇れるような歴史かとなると……。そこを象徴するような仏像があるわけでもないし、何があるわけでもない。人は、100年も200年も前から住んでました、っていうところで、例えばこういうことをやって、コミュニティは成り立つかもしれないけど、そこから人を呼ぶだとか、経済を発生させることは、難しそうな気がするんですけど、そこはどうなんですかね?

土屋:それは全然ない、って言ったらおかしいんですけど。僕は、何を発生させるべきかっていうと、愛着だと思うんですよ。自分が住んでいる街、自分が暮らしてる街、自分が育った街に対する愛着をいかに増やすか。愛着を増やせば「この街をどうしたらいいか」っていう力が湧くでしょ。その愛着が写真だと思うんですよ。

昔から住んでいる人から聞く話。そうすると、「昔ってこうだったんだな」とか、「昔、ここの山はこうだったんだな」とか、「商店街はこうだったんだな」とか、その街の知識を得ることによって、愛着のポイントが増えるわけですよね。

自分の物語みたいなものが増えていく、そうすると必ず「じゃあ、どうしようか」ということになると思うんですよね。これが観光になるかっていうと、鎌倉で観光に来た人は、ひょっとしたら思うかもしれないけど。

でも、一番おもしろいのは、今住んでいる人なんですよ。新しくここに住む人が、「ここはマンションだったけど、前は映画館だったんだね」っていうこと。「いつも自分が学校に通っている」とか、「自分が買い物に行っているこの道はこうだった」ということは、今住んでる人なんですよね。

今住んでる人たちと、前住んでる人たちとのコミュニケーションが生まれる。コミュニケーションが生まれるから、次の力が生まれるんだと思うんですよね。

それが、さっきのビデオにもありましたけど、お年寄りが「ありがとう」とか「ごめんなさい」とかしか、何十年も交わしたことがなかった。だけど、そうじゃない可能性が生まれてきた時に、お互いに愛着が生まれてくるんですよね。まずは、愛着を地方、地方、街、街で生むことに、僕はそのスタート地点になるなと思ってるんですけどね。

写真が世代の違う人とのコミュニケーションのきっかけに

土屋:経済って消費を考えた時に、外から来た人が消費するのも、中に住んでる人が消費するのも、消費としては同じなわけじゃないですか。鎌倉で言えば、東京に勤務していて、帰りに新橋で飲んで帰ってきて寝るだけ、じゃなくて、とりあえず鎌倉に帰ってきて、「あそこは昔居酒屋だったけど、今寿司屋だから行ってみよう」とかね。

ある種の、インバウンドだね! 中に住んでいる人たちが、外に消費していたものを、自分の故郷で消費していくっていうのが、形が変わったインバウンドになるかもしれませんね。

この間、宮崎の人たちと話をしたんですけど、例えば宮崎ってスナック街があると。昔から行っている人はいるけど、若い人たちって、ちょっと行きづらかったり、ちょっとハードルが高かったりするじゃないですか。

でも、そこに今昔写真みたいなものがあって、昔のママさんが若い時のママさんで、ここのスナック街があったりすると、そこに行くきっかけとか。

例えば、そこにママさんのプロフィールがあって「○○高校」と。「あ、ママさん、OBなんだ!」「先輩ですね!」みたいな感じのことが、どんどんそこに生まれてくる。多分、そういうことだと思うんですよね。

ふくだ:ある種の、写真を使ったアナログとデジタル含めたSNSみたいになってくるんですね。

土屋:そこの中でのコミュニケーションが生まれていくきっかけの写真になるし、お年寄りとか高齢者って、どこか閉じこもりがちじゃないですか。でも、写真なら「あるよ!」ってかたちで、自分の押入れの中にある写真が提供されて、役に立つわけですよね。

それが、永遠にさっきのこの中に含まれる。お年寄りたちにとっても、とてもうれしいことだし、ってことですよね。

さっきのふたりの海岸の、これなんかは。これが、昭和25年。1950年ですから、65年前。こっちのお嬢さんが、今こっちのおばあちゃまになっているんですけど。後ろの稲村ヶ崎は変わってないわけですよね。

これって、個人の写真なわけじゃないですか。オフィシャルに街の歴史じゃなくて、個人の写真だけど、こういう物語のある写真がドンドン溜まってくるというか、集まってくる、っていうことで、そこにある歴史というか。この写真見ただけで、何かこう、この物語が語れそうな感じというか。その可能性がこれにはあるなと。

ふくだ:見てみたい感じだよね。歴史ってすごいなって思うのは、撮った1週間後だと、その辺の記念写真と同じになっちゃうのも、50年っていう歳月になった瞬間に、人を惹きつけるものになってるんだね!

写真は10年、20年後につながっていくコミュニケーション

土屋:別に鎌倉じゃなくても、写真って多分ありますよね。50年前に家族写真を門の前で撮ったものがある。それを、みんなが久しぶりに集まって、同じポーズで撮ってみようよ、こうなったら、自分の家の前の写真でも圧倒的にすてきですよね。

ふくだ:価値が出てくるよね。

土屋:間違いなく。それが、自分の街にたくさんあったとしたら、心が温くなるじゃないですか。『電波少年』やってた人間とは思えないコメントかもしれませんけど(笑)。

ふくだ:なんか、コメント書かれてましたよ、「人情派になったのか!」みたいな(笑)。

土屋:そういう部分もあるんですよ! 有吉とかなすびとかいろんなことやって、「あいつは鬼か!」と。それは、人間に対する興味ですからね。人間に対する興味が同じなんです! 人間というもののドキュメントがここにはあるし、昔の『電波少年』にもあったというふうに思っていただきたいなと。

ふくだ:昔の『電波少年』の写真ってないんですか? 逆に言うと、昔の『電波少年』でやったのを、今行って、同じように撮ってくる、『第二・電波少年』みたいな。

土屋:みんな触れたがらないんですよね(笑)。有吉にしても、なすびにしても、みんな過去に触れたがらないというか、トラウマになっているというか。僕ともみんな会いたがらないし。

だからさっきの、「50年前の東京オリンピックの聖火ランナーの今」とか、そういうことをイベントにする、っていうね。「この写真いいから、みんなで集まってこれを再現しよう!」みたいなイベントになるし、そこにコミュニケーションが生まれるし。

ふくだ:これがあって、次のこれがあって、また10年後とか20年後に、また次の写真があって、繋がっていったらおもしろいよね。

土屋:日本中の街で、極端に言えば世界中の街で、別に観光資源がなくても。例えばパタゴニアっていうお店が鎌倉にあるんですよ。そこが写真を出すことによって、パタゴニアの1973年のショーツで、今のショーツはこれですよと。ちゃんと今昔になってるんです。42年くらいたってるんです。

でも、例えば「素材が違いますよ、ちゃんと環境に優しくなってます」っていう文章があって、ホームページに飛べるようにもなってて、「より環境によった作りになってますよ、クライミングショーツ」と。パタゴニアは、これを維持するお金を出してくれてるんです。

鎌倉だから成功しているわけではない

ふくだ:例えば、鳩サブレー。これも、スポンサーなんですか?

土屋:これは豊島屋さんもお金出してる。

これが、2代目の缶です。これが今の缶です。今昔になってるんですね。

そして、これが初代の缶です。

ふくだ:これは! これ、絵じゃないじゃないですか! 鳩じゃないですか、単なる。

土屋:これが、初代の鳩サブレーの缶。こういうの、豊島屋さんは持ってるけど、別に外に出さないわけですよ。でもこういうのって、僕らが見たらおもしろいじゃないですか。このアプリの運営費とかを出して、地元のスポンサーになってくれてるんですね。こういう鳩サブレーの前の缶とか。

土屋:これなんかも、豊島屋の創業当時の写真っていうのが。明治27年の時の最初の写真がこれなんですよね。これが今の豊島屋さん。鳩サブレーの。

ふくだ:ずいぶん立派になりましたね!

土屋:この頃、まだ鳩サブレー売ってないんですよ。瓦煎餅なんですね。そのお店が代々持ってる昔の写真をこういうふうにすることによって、こんなに歴史があるのね、という感じ。そういうことがわかるという。

「鎌倉だから」とか、「鎌倉は歴史があるから」っていうことではない、っていうことがわかっていただけるといいなぁ、と思うんですけど。

これなんかも、鎌倉女子の女子高生の普通のグループショットですけど。こういうふうに使ったりとか。本当に一般の方々から、歴史のある、関東大震災の時の写真なんかもあるんですけど。こういう感じで、今85枚。

タグ付け機能を使えば横のつながりを作り出すことも

ふくだ:これ、益々増えているんですか?

土屋:毎週1枚から2枚、ドンドン更新をしていますし、これを見て、「俺のところにもあるよ!」って、ドンドン集まってきてますので。提供してくれる人もドンドン増えて。

鎌倉ビールとか、昔は鎌倉の駅前にはデパートがあったとか。本当に10年20年前の写真でも、びっくりするようなことがたくさんあるので、そういうことをやっていると。

ふくだ:『電波少年』のコンセプトは同じだけれども。

土屋:人間ですからね!

ふくだ:表現の仕方がずいぶん変わってきたな、ということですね。

土屋:変わってますね。

ふくだ:目の付け所が『電波少年』。

土屋:そうです! 目の付け所が愛、ですかね。人間愛(笑)。

正直、予想をこえるというか、あのイベントやった時の、お年寄りたちの喜びようって、僕なんかが予想したことのはるか上をいって喜んでくれましたから。そういうコミュニケーションが生まれたっていうことが、日本中でやったら可能性があるなと思いますね。

ふくだ:日本中もそうだけれども、海外の人だって同じ思いがあるから、アジアの国々とかで同じようなことを街でやりたいって言ったら。

土屋:北京なんか、ガラッと変わってますからね。

ふくだ:そういうことも、十分考えられる。それこそもしかしたら、世界のプラットフォームになるんじゃないですか?

土屋:そうですね! 写真にタグってあるじゃないですか。例えば「1950年代の子供」っていうタグを付けて、全国で共通してやると、1950年代の子供の笑顔なんかが、ダーっと出てくる見たいな形にもできるし、「1960年代の若者」とか、「街並み」とかってやると、世界でやれば、「パリではこんなだったんだ」「ベルリンはこんなだったんだ」「アフリカではこうだったんだ」っていうことも、横のつながりも、タグを付けることによってできる、っていうプラットフォームにもなり得るなと。