植物も“風邪”をひく

Michael Aranda(マイケル・アランダ)氏:風邪をひいた時には、くしゃみや咳をしたり、鼻水が出たりしますよね。こういった症状は、病原体にとって拡散することに役立ちます。

植物も、バクテリアやウィルス、カビや寄生虫など、あらゆる病原体により病気になります。でも、植物は病気になっても鼻水は垂らしませんよね。また、歩き回ってドアノブに触ったりもしません。植物につく病原体は、極めて特異な戦略を展開して繁殖や拡散をするのです。そういった植物の病気には、驚くようなものがあります。

バクテリアが引き起こす「根頭がんしゅ病(クラウンゴール)」

「根頭がんしゅ病(クラウンゴール)」は、アスパラガスからアプリコットの木に至るまで、600種以上の植物がかかるガンの一種で、バクテリアの一種が起こします。しかし、感染の全プロセスは、実はバクテリア内に潜んでいる「プラスミド」により操られているのです。

プラスミドとは、バクテリアの染色体内部に独立して存在する、環状のDNAです。プラスミドは、大抵はバクテリアのライフサイクルに必須のものではありません。バクテリアは、実際のところ、プラスミド抜きでも十分に生きていけます。しかしプラスミドは、バクテリアに栄養を与えたり、生息場所を提供するなどの利益を与えます。これは実はすべて、プラスミド自体が生存するためのものなのです。

まず、プラスミドはバクテリアに、土壌に近い茎部に傷があるような脆弱な植物を感知させ、取りつかせます。特に、接木栽培されることが多い果樹などは、非常に脆弱です。

植物に首尾よく侵入したプラスミドは、植物のDNAに自身の一部を注入します。プラスミドの遺伝子は、注入先の植物の細胞の育ち方に変化を与えます。植物の細胞は、ゴールと呼ばれるコブを生成します。このようなコブは、通常であれば植物が作らない、オパインと呼ばれるバクテリアのエサを生成します。

さて、ここからが佳境です。バクテリアが、植物からこのような栄養素を取り込んで摂取することを可能にしているのは、なんとプラスミドの遺伝子なのです。

また、プラスミドを宿していないバクテリアが接近した場合、プラスミドは現在の宿主であるバクテリアを媒介者として、新たに来たバクテリアに取りついてしまいます。

こうしてプラスミドを宿したバクテリア群は、土壌中に広がり、別の脆弱な植物に取り付くのです。しかも、この環状DNAのプラスミドが取りついていない限り、バクテリアにはこのような行動は決して見られません。

さて、「根頭がんしゅ病」の拡大を止めるには、プラスミドのこのような生態をうまく利用した、たいへん巧妙でユニークなバイオ・ハッキングの手法が使われます。

近年の種苗家は、台木に果樹の若芽を接ぎ木する際には、同じ系列のバクテリアを土壌に混ぜ込んでおきます。これらのバクテリアには、別の種類のプラスミドが寄生しています。これらのプラスミドは、病気を起こす種類のプラスミドよりも強いため、病気を起こすプラスミドは、足がかりとなるバクテリアに入り込めません。

ブルーベリーにつくカビ「マミーベリー」

「マミーベリー」は、これとはまったく異なる戦略を持つ、ブルーベリーにつくカビです。このカビは、繁殖するためにブルーベリーとその媒介者の両方を乗っ取ってしまいます。さらにこのカビは、ブルーベリーが休眠に入る冬の間でも、生き延びられる戦略も持っています。

このカビのライフサイクルは、ブルーベリーが新芽をつけ、若葉が出る春に始まります。カビの胞子は、まだ弱い新芽に取りつくと、新芽を覆うように成長し、さらに胞子を産生する皮膜を形成します。この皮膜は、紫外線を反射し、果汁のような香りを放って、甘くねっとりとした粘液を分泌します。

つまりこのカビは、新芽を偽物の花に変えてしまうのです。人間にはとうてい花には見えないような代物ですが、花粉媒介者はすっかりだまされて、新芽を訪れては花粉の代わりに胞子をせっせと運びます。

こうして運ばれた胞子は、本物のブルーベリーの花へとたどり着きます。カビの胞子は、未熟な果実の内部へと根を伸ばし、豊富な養分をものにします。取りつかれた果実は成熟できず、ピンクに変色してしわくちゃとなり、落下してしまいます。ミイラになったようなその姿から、「マミーベリー(ミイラのベリー)」という名がつけられました。

これらのミイラは地表で春まで越冬し、目覚めると、エイリアンのような見た目の子実体を形成し、胞子を産生します。こうしてできた胞子は、風に乗って飛ばされ、新たに餌食となる新芽を探すのです。

花に化ける詐欺師のカビを殲滅するには、ミイラを処分してしまうことが有効です。ブルーベリー農家は、ミイラを摘み取ったり埋めたりして、この薄気味の悪い病気の拡大を防ぎます。

スギとリンゴを行き来して感染するカビ「スギリンゴさび」

植物に寄生するカビは、これだけではありません。「スギリンゴさび(リンゴや洋梨などにさびの斑点を引き起こすサビ菌の病気)」は、そのライフサイクルを完遂するために、スギとリンゴの両方を必要とするカビの一種です。スギとリンゴは遠い親類同士にあたり、感染による症状は、同じ病気とは思えないほど大きく異なります。なんだか必要以上に煩雑に見えますが、実はたいへんよくできた仕組みです。

まず、リンゴの感染が春に起こります。カビ菌は、葉に付着するとオレンジ色の斑紋を生じます。

最終的には、葉の裏にまでカビの管が成長します。

晩夏から秋口にかけて、管からオレンジ色の粉状の胞子が放出され、これらの胞子は、スギだけに感染します。リンゴの木は冬には落葉するため、カビは常緑樹であるスギに感染して生き延びるのです。

胞子が取りついた箇所であればどこにでも、スギは丸く固いコブを発症します。コブは、18か月の間、ゆっくりと成長するカビを守り栄養を与えます。つまり、カビは1冬のみならず2冬を越冬するのです。

2巡目の春、適度な気候になると、カビは、タコとクリスマス飾りのコラボのような見世物を展開させます。

ゼラチン状の触手がコブから飛び出してきて、大量の粉状の胞子をばらまき、リンゴの木だけに感染します。胞子は風に乗り、リンゴとスギの間を行ったり来たりしながら新たな宿主を探すのです。これらの木は、1キロメートル以上も離れている場合もあります。

スギから拡散される胞子は、リンゴのみに寄生し、逆もまたしかりであるため、この2種を離れて植えれば一番の予防になります。また、スギに奇妙な触手が生える前の、コブのうちに切り取ってしまうことも有効です。

もし植物に心があったならば、病気にかかって鼻水を垂らすなど、たいへん気持ちが悪く薄気味が悪いと考えるに違いありません。とはいえ、我々が知る限り、植物は考えることはできません。植物の病気は、我々人間には非常に奇異に映ります。鼻水同様、これらの病状の目的は、宿主を殺すことではなく、うまく利用することです。そしてその手段は、とてつもなく奇妙なものなのです。