食事前、食事後で見た目がガラリ

フクロウナギやチョウチンアンコウなどの深海魚の不気味さに比べ、.オニボウズギスの見た目は非常に控えめで、カタクチイワシを不格好にした程度にしか見えません。

成魚の体長は約25センチメートルで、700メートルから2,800メートルの水深であれば世界中でその姿を見られます。ちなみにこの水深はほとんど光がないため、研究者たちは「宵から深更ゾーン」と呼んでいます。

オニボウズギスは、針のように長い歯が幾重にも並び、体にはほとんどうろこもありません。決して美しい魚とはいえませんが、意外にも見た目は普通なのです。しかしそれは、オニボウズギスがお食事前であった場合に限ります。

「ブラック・スワロワー(黒い丸呑み屋)」という通称のとおり、オニボウズギスは自分の身体よりも幾周りも大きなエサを捕食し、世界中のフードファイターを羨ましがらせる、長く伸びる胃を持っています。

ホットドッグ8,500個に相当する食事で死んだ個体も

2007年、ケイマン諸島の漁師が、体長19センチメートルのオニボウズギスの死骸が海上に浮いているのを発見しました。

その腸内には、なんとオニボウズギスの体長の4倍以上もの大きさの、体長86センチメートルのサバが入っていたのです。他の報告では、オニボウズギスは自らの体重の12倍以上のエサを食べられるとされています。人間の一回の食事に換算すると、ホットドックの大食い選手権の記録である70個どころではなく、8,500個近くとなる計算です。

オニボウズギスがこのような美食の限りを尽くすことができるのは、巨大な口と、伸びきると向こう側が透けて見えるほど伸縮自在な胃袋のおかげです。オニボウズギスの仲間は、腹びれが繋がってはおらず、その構造はヘビの下アゴに似ており、胸を広げて腹を膨らませられます。

魚類学者は、オニボウズギスが狩りをするときには、まず獲物を尾びれで捉え、ヘビのボアコンストリクターのように、不運な獲物がすっかり飲み込まれるまで一口ずつアゴを進めていくのではないかと推測しています。

オニボウズギスが、巨大なアゴで捉えられるものは何であれ捕食できるように進化してきたのには、十分な理由があります。深海ではエサが乏しいため、生き延びるためには、このような柔軟性はうってつけの進化です。しかし実際にオニボウズギスが捕食している様子は、まだ誰も見ていません。

ヘビが大きな獲物を捕食するときには、代謝を高め、肝臓や心臓などの内臓を拡張までして、捉えた獲物を消化します。小型のオニボウズギスであれば、大きな獲物を捕食するために似たような発達を遂げたということは十分に考えられます。

消化できずに胃の中で獲物が腐敗

旺盛な食欲は、時に仇となります。90センチメートル近いクロタチカマスのような巨大な獲物は、消化液の働きが追いつかず、体内で獲物が腐りはじめ、胃の中で腐敗してしまうのです。

腐った食べ物はみなそうですが、腐敗が進むとガスが発生します。オニボウズギスの胃は風船のように膨らみ、海上に浮上して死に至ります。ケイマン諸島で見つかった個体がまさにそれで、1860年にこの種が初めて発見されたのも、同様の経緯でした。数世紀にわたり研究者たちがオニボウズギスの標本を手に入れた理由は、深海魚が網にかかる以外では、実にオニボウズギスの食べ過ぎが原因だったのです。

今では、深海艇のおかげで、オニボウズギスの自然の中での生態を観察できます。2017年には、NOAAのローバーが、メキシコ湾でより詳細な生態を観測しました。もちろん、お腹はパンパンに膨れていましたよ。