書き手の熱量を重視する「SUUMOタウン」のコンテンツ作り

田中森士氏(以下、田中):では、次のトピックにいきたいと思います。「ペルソナ設定」。マーケティング用語で補足ですけれども、「ペルソナ」というのは具体的なターゲットの人物像ですね。

これを設定することによって的確にコンテンツを出すことができるので、戦略を立てやすくなったり、マーケティング的なメリットがいろいろあったりするわけです。みなさんはコンテンツを作られるときに、誰に届けるとか意識されますか? 岡さん、どうでしょうか?

岡武樹氏(以下、岡):うちのメデイアではざっくりとはペルソナを設けていています。なんだかんだ言っても、SUUMOは引越しする人(が対象)なので、どちらかというと10代よりは20代・30代・40代とか。「ある程度お金があって、引越しができる人たち」というものは作っているんです。

ただ、それ以外はあまり「こういう人により読まれよう」というものは作らずに、記事を書いてくれるライターさん自身が読者にとってのペルソナになるかなと思っていますね。ライターさんがめちゃくちゃ音楽好きな人だったら音楽好きな人に届くし、エンジニアとして大活躍されている方であればエンジニアの方々に読まれるし。「メディアとして」というよりは、ライターベースで考えていますね。

田中:やっぱりコンバージョンを追い求めていないことが大きいんですが、そうすると次はライターさんが楽しんで書けるというのがあると思うんですよね。実は私もSUUMOタウンさんから1本寄稿依頼を頂戴しまして、いま初校を出したところです。あれはいつ頃? 4月?

:4月末から5月中にはいけるかと。

田中:「熊本に住んだらどうなるか」みたいな、熊本の暮らしがテーマの記事なんですけど、僕は昔、バックパッカーをやっていたんですよ。インドで山手線状態のバスに5時間乗って体が固まったとか、ぜんぜん関係ない話を書いて。すごく楽しかったんですけど……あれでいいんですか(笑)?

:大丈夫です!

田中:あのまま出るんですか?

:これからもう少しだけ編集します!

田中:おもしろいですね。やっぱり書き手、コンテンツクリエイター側が楽しんでやると、熱量が伝わる気がします。

:そうですね。実際「こういうふうに書いてください」と言ってきれいに書いてもらうよりは、ライターさんが一番書きたいものを書いてもらうと、結果的にすごくおもしろいものが出てくることが多いです。こちらでガチガチに固めずに、ライターさんのやりたいように、「やってよかった」と言ってもらえるようにしたいな、という感じですね。

ブルーオーシャンを探しながら制作する

田中:ヌケメさんはどうですか?「誰にこのアートを届ける」とか考えながら、制作をされていますか?

ヌケメ氏(以下、ヌケメ):あんまりないですね。ペルソナというか、「こういう人に届くだろう」みたいなことはあんまり考えないんです。でも、自己紹介のときにしたグリッチの話みたいな感じで、「こういう文脈があって、このへんに自分の作品が存在するだろう」みたいなアタリはけっこうつけますね。

先ほどあったような「街を見渡してお店とかをまわってみて、日本語が入っているものがぜんぜんないから、あったら需要があるだろう」とか、そういう見当はつけます。でも、それを買う人がどんな世代の男性なのか女性なのか、どういう仕事をして、どういう趣味なのか、みたいにはあまり考えないですね。

田中:なるほど。

ヌケメ:モノですね。モノとモノとの関係みたいなかたちで考えています。

田中:例えばイスとりゲーム的なイメージはありますか? 「あ、この席あいてる」とか。

ヌケメ:イスとりゲーム的というよりは、例えばゲーム……RPGだったら「力や防御力が強いけど精神がめっちゃ低い。精神に課金してみよう」みたいな。そういう感じですね。

田中:それはどういうことですか?

ヌケメ:マーケティングっぽい言い方をすると、ブルーオーシャンを探しているという話です。参加者があまりいなさそうなところ、分母が少なさそうなところに投資してみようかなと。

田中:今おっしゃった参加者というのは、クリエイターもそうだし、受け手側もそうだし。

ヌケメ:そうですね。耕されていなさそうな土地をずっと探している感じがします。

田中:それは確かに新しいですね。コンテンツって、けっこう真似しちゃうじゃないですか。

どんな分野・場所でも、1位になればマネタイズできる

ヌケメ:基本の考え方として「黎明期から関わっていたほうがおもしろいじゃん」というのがあるんですよ。僕は昔、地下アイドルがすごく好きだったんですけど、地下アイドルは始まりが一番おもしろいんです。売れると手を離れていっちゃうというか。

「まだジャンルとして成熟しきっていないところに、アーリーアダプターとして関わっていくと、それなりに先行者利益があるよ」というのが僕の意見なんです。

田中:私が考えるコンテンツマーケティングは、例えばかけ算でもいいんですけど、自分でイスというかコミュニティになりそうな分野を発見して、そのオウンドメディアとかを作るんです。それでファンを作ってコミュニティを作る。するとその分野で1位になれるわけですよね。

「ランチェスター弱者の戦略」とよく言うんですけど、どんな分野・場所でもいいので、何かで1位になればマネタイズできる。それと近い?

ヌケメ:近いです。猫ひろしさんがカンボジア人になったのと似てるといえば似てますよね。

田中:あぁ、なるほど。

ヌケメ:「オリンピックに出たかったら、競技人口が少ないところに行けばいい」みたいな。

田中:じゃあ本田圭佑さんがカンボジアのサッカー代表監督になる、あれもそうなんですか?

ヌケメ:本田さんのことは存じ上げなかったです。腕時計をいっぱいつけている人だなという認識しか……。

田中:どんなイメージですか(笑)。小林さんお願いします。

国や文化によるペルソナの違い

小林秀章氏(以下、小林):いや、ペルソナ設定だけですよ。制作者がいて、コンテンツを作って、受け手に届くわけじゃないですか。制作者はコンテンツを通じて間接的にしかユーザーにアクセスできないけど、コンテンツ自身は直接言えますからね。

だから、もうペルソナが目の前にいるわけですよ。今日も、道玄坂を上がってきたら、道玄坂から下りてくる人がいて、「本屋さんであなたの写真を見ましたから、写真を撮らせてください」と言ってきて。ここ(会場)の本屋の帰りだという人でした。「じゃあペルソナか」みたいな感じで。

なので、日本だと直接「写真撮らせてください」と言ってくれる人、「幸せになれる〜」と言って帰ってくれる人たちがまさにペルソナなんです。

中国だとイベントに呼んでくれるので、ポスターとかを買ってくれる人たちですね。要は、ネットを見ているとタイムラインにしょっちゅう出てくるので、「世界で有名なあの人が、わざわざ日本から来てくれた」という歓迎のされ方をします。そうして喜んで歓迎してくれる人がペルソナですね。

タイのイベントに行くとね、オカマが多いんですよ。女装やオカマの天国なんです。ごついおっさんが女装して出てきてポスターを買ってくれたりして。また文化が違うなと。

ちょっと脱線しますけど、フランスに行ったら、フランス文化の中でもパリの文化はまた違っているんです。普通に道を歩いていたら、ケツをベーン! と叩いてきた人がいて、「(自分の格好を見て)怒っている年配の人がいるのかな」と思って恐る恐る振り返ったら、高校生くらいの男の子が全速力で逃げて行って。逃げた先に仲間が3人くらいいて、「お〜、やったやった!」みたいな。肝試しの感じなんですよね(笑)。

パリって、そういういたずらっ子がいるんですよ。そういう文化なんです。フランス全体ではないんだけど、とくにパリにはそれがある。(エッフェル塔までの)道を聞いたら、エッフェル塔が見えているのに逆の道を教えるとか、そういうものまでがパリの文化なんです。

田中:今の小林さんのお話、コンテンツマーケターとして学びが多かったですね。

「コンテンツから見える文化」の発見

小林:そうそう、コンテンツから見える文化みたいなね。社会学というものは基本的に観察社会学で、自分がまるで透明人間になったような感じでいろんな文化を観察するんだけれど、そこには実験社会学があると思っていて。

要はその社会にありえないものをボンと投入したときに、どういう反応をするか。そうすることで、より積極的に文化が洗い出されることがあるんですよ。(自分は)まさにそういう社会実験をしているんだろうなと思いました。「コンテンツから見える文化」みたいなね。

田中:本のタイトルができましたね。でも、さっき僕が「勉強になりました」と言ったのはぜんぜん冗談とかじゃなくて。どういうことかと言うと、我々はペルソナを設定してから動き出すんですよね。

だけど、逆に動きながらペルソナを探すのも、マーケティングの戦略の立て方としてはすごくありだなと。いま小林さんは「国によってペルソナが違う」とおっしゃいましたよね。それは行動しなければ見えなかったと思うんです。

小林:そうですね。 あらかじめわかることではないかもしれない。

田中:そういうことですよね。現代社会はあまりにもスピードが早くて、半年も経てば世の中が変わってしまう。つまり悠長に戦略を立てている暇がないわけです。PDCAを超高速で回すためには、それを同時にやることが大事だと思っていたのですが、それを体感なさっているわけですよね。

小林:そういうことですよね。

田中:それをすでに実践されていたという。やっぱり先駆者は違いますね。

「SUUMOタウン」のコンテンツ制作のワークフロー

田中:では、次のトピックにいきたいと思います。「コンテンツ制作のワークフロー」。みなさんがどうやってコンテンツ制作に取り組んでいらっしゃるのか、時間の関係もあるので、短めにお願いできればと思います。

じゃあ岡さん、コンテンツ制作はどんなふうに進めていらっしゃいますか?

:そんなに特別なことはしていなくて、普通のオウンドメディアの制作フローと同じかなと思います。ライターさんに依頼して、原稿が来て、チェックをして……。

田中:一般的なオウンドメディアの場合は、月に1回関係者が全員集まって、編集会議をやったりしますよね。そういうのはあるんですか?

:社内の関係者で集まって月1回、というのはやっています。外部のパートナーの方とは、会議をやるよりも、その場その場でチャットをしますね。

田中:けっこう密にガチガチやり合うというよりも、やっぱり先ほどおっしゃったライターさんに任せていくところが大きい感じでしょうか?

:そうですね。

田中:クリエイターに任せている。

:はい。

田中:ありがとうございます。ヌケメさん、お願いします。

制作ワークフローの7割をリサーチに充てる理由

ヌケメ:僕は7割くらいがリサーチですね。ひたすら自分の興味の範囲でリサーチしまくる時間が続きます。さっきも言いましたけど、「こういう作品ってないな」というのを見つけるためには、「何がないか」を見つけるために、あるものをめちゃくちゃ見ないといけない。

それを10年、14~15年やっていますね。例えば、春夏秋冬のファッションショーをネットで見られるものは全部見るとか。さっきのグリッチの話だったら、グリッチと名が付いている作品はとにかく見ておくとか。そういうことをずっとやっていますね。

6~7年前からそれをスプレッドシートにまとめるようにしています。気になった作家・作品・展示会・記事とか、そういうものをシート状にまとめているんですけど、それでも3,000近いアーティストが集まっていたりします。ひたすらそれですよね。

とくに何か目的があるわけでもなく、ライフワーク的に興味の範囲内でずっと追いかけ続けて、いろいろ読んだりして。そしてある日突然、サウナに入っていると「あっ、こういう作品にすればいいや」と降りてきたりするんです。

感覚としては(数字を)ずっと足していって変な数字になったときに、きれいに割れる数字をポッと思いついて、割り算でパンと割り切れて、その割り切れた数が作品になる。そういう感じがします。足して割るっていう感じですね。

田中:足して割る。

ヌケメ:足している時間が7割くらいで、2割くらいの時間で実際に作って、1割が告知したり設置したりとか。そういう感じの……。

田中:リサーチ7割というのはおもしろいですね。研究者はそういう感じです。大学院にいたとき、もちろん修士論文を書いたわけですけれども、そういうときは先行研究とかを実際にエクセルにまとめていました。

ヌケメ:あっ、そうなんですね。

田中:新しいものを生み出さなきゃいけないから。それに近いなと思いました。

ヌケメ:そうですね。なんだか僕のアーティスト像って、そういう感じなんです。「研究者でありながら、自身も研究対象である」みたいな。それがアーティストと言われる人たちの生き方なのかなと思っています。

田中:「研究者たれ」と。新しいですね。

ヌケメ:研究者かつ研究対象というのは、すごく大事だと思うんです。

田中:なるほど。

ヌケメ:その人だけが知っている、体系化された知識や経験みたいなものがあることがすごく大事だと思います。

コンテンツの成否は、制作者の勘の良し悪しに左右される

田中:小林さんは、もうワークフローというか。

小林:俺は気がついたら(自身が)コンテンツになっていたので、責任を持って語れることはあんまりないんですよ。制作したわけでも狙ったわけでもなくて、「(結果的に)なっちゃいました」という感じです。ただ、これをコンテンツとして使ってくれる人はいるわけで、その人にとってはワークフローがあるんですけど、私にとってはあなた任せで。

「突然メールで失礼します」というメールがいきなり来て、「Web上で映像を作っているから出演してくれませんか?」「テレビに出てくれませんか?」「インタビューさせてくれませんか?」「記事にさせてくれませんか?」「本を出版するから表紙に使わせてくれませんか?」と言ってくる人がいて。その人たちにはワークフローがあるわけですよね。

成功するコンテンツとそうではないコンテンツがあって、それはやっぱり、勘がいい人とそうでもない人がいるということなんだと思うんです。最近、企業側が運営するオウンドメデイアが流行っているじゃないですか。

それも一つ来ていて、3月に取材を受けたんですよ。若い技術者のために、技術者の悩み相談にのってくれと。親身にアドバイスして、それをインタビュー記事にして、その会社のオウンドメディアとしてコンテンツにするからということで、インタビューはもう受けていて4月に公開されるんですよ。

あれがすごく心配で「僕、うまくいくんだろうか」って。本当に「制作者さん、俺の使い方を勘よくうまくやってくださいね」とすごく思っているんですけど……どうなんでしょうね。

田中:なるほど。確かに同じ素材でも、料理の仕方によってぜんぜん変わってきますよね。

小林:そうなんです。「上手に料理してください」みたいな(笑)。

田中:(笑)。小林さんとしては、あとはもうお任せするしかないですもんね。