「壊血病」は進化の過程の運命のいたずらによって生まれた

マイケル・アランダ氏:「壊血病」と聞くと、ついつい海賊のジョークを思い浮かべてしまいますが、実際は恐ろしい病気です。歯茎からの出血、皮膚の吹き出物や発疹、関節痛などの症状が見られ、適切な治療が行われない場合は死に至ることもあります。

壊血病は、過去の病ではありません。先進国でもたびたび見られ、過去数十年でも、アメリカ合衆国で何十件もの症例が報告されています。ありがたいことに、壊血病の治療はさほど難しいものではありません。高濃度のビタミンCを投与すればよいのです。

ところで、ここで一つ、留意するべき点があります。実は壊血病は、進化の過程の運命のいたずらにより生まれた病なのです。

壊血病がビタミンCの投与で治る理由は、この病がビタミンCの欠乏によって起こるからです。ビタミンが欠乏すると、体は十分にコラーゲンを生成できません。コラーゲンは、体内の結合組織の主成分であり、欠乏すると、深刻な事態を引き起こします。

命に関わるような感染症にかかりやすくなり、大量出血を起こす

例えば、壊血病にかかると、皮膚が薄く脆弱になり、怪我をしても治らず、傷口は開いたままになってしまいます。つまり、命に関わるような感染症にかかりやすくなってしまうのです。

また、壊血病にかかると、血管を形作るコラーゲンが分解されてしまうため、大量出血を引き起こします。つまり、たんぱく質、ひいてはビタミンCはとても大切なものなのです。

コラーゲンを形作るのはビタミンCに限りません。とはいえ、ビタミンCは私たちの身体が自然に生成できない、コラーゲンの唯一の成分です。私たちは、なんらかの手段でビタミンCを摂取する必要があるのです。ビタミンCが欠乏すると壊血病が発症し、投与すると治癒するのは、これが原因です。

ビタミンCを生成する能力を失った原生人類

しかし、非常に興味深いのは、自然界のほとんどの生物は、壊血病に悩むことがないことです。多くの生物は、食料での摂取に頼らずにビタミンCを生成することができます。意外なことに、人類の遠い祖先もビタミンCを体内で生成できていたのです。

600万年前、原生人類につながる霊長類の祖先は、ビタミンCを体内で生成することができました。しかし原生人類は、この能力を失っています。より正確には、人類が失ったのはL-グロノ-γ-ラクトン酸化酵素(GULO)という酵素を生成する能力です。

ビタミンCを生成する過程も、コラーゲンを生成する過程と同様に合成によるものです。ここでは単に、GULOが要であるということを把握しておいていただければけっこうです。

他の生物のゲノムは、ほとんどすべてがGULOを生成する遺伝子を持っており、この遺伝子はビタミンCの生成を微調整しています。

病気になったりストレスを受けたヤギは、ビタミンCの生成能力が上がる

例えばウサギは、ビタミンCを含む食品が乏しい冬の間は、GULOを生成する酵素がフル稼働します。

ヤギは、病気をしたりストレスを受けたりすると、GULOの生産能力が飛躍的に上がります。

海綿やクラゲのような、進化の系統樹の最下底の生命でさえ、GULOを生成する遺伝子を持っています。

つまり、GULOははるか太古から存在していたのです。

遺伝子の突然変異はランダムに起こる

GULOを生成できないのは、モルモットや何種かのコウモリと鳥類、そして多くの魚類です。ヒトを含む多くの霊長類も、GULOを生成できません。進化の過程で、人類の遠い祖先はGULO、つまりビタミンCを生成する能力を有していたのです。しかし、進化の初期段階で、突然変異によりその能力を失ったと考えられています。

大変もったいない気がしますが、残念なことに突然変異はランダムに起こります。ほとんどは無害で気にも留めないような変異ですが、時に重要な遺伝子に及ぶことがあります。そうなるとお手上げです。

この突然変異が起こったことが判明した理由は、この遺伝子が、今でもヒトの遺伝子に残っているからです。とはいえ、現在のそれは「偽遺伝子」に過ぎません。偽遺伝子とは、突然変異を繰り返し、もともとの役割を果たせなくなったDNA塩基配列です。GULO生成遺伝子は、度重なる突然変異により、完全にその機能を失っています。

偽遺伝子は頻繁に発生します。GULO生成遺伝子の変異は、ゲノムの2万もの突然変異の一つに過ぎません。そして、もともとの機能を維持しているヒトの遺伝子は、2万7千種類です。つまり、ゲノムとは、絶えず変化しているものなのです。

人類はなぜビタミンCを生成する能力を失ったのか?

話が脱線しましたが、ここで浮上する疑問は、なぜ機能しないGULO生成遺伝子が、わざわざ継承されてきたのか、ということです。ビタミンCが欠乏すると、ヒトは死んでしまいます。となれば、GULO生成遺伝子を受け継いだ初期の霊長類は、滅びてしまうはずです。

これについて研究を続けてきた科学者たちは、とある仮説に行き当たりました。GULO遺伝子を捨てることにより、人類には何らかの利益があったからではないか、というものです。

GULOは、合成過程において副産物として過酸化水素を生成します。過酸化水素は、分解されるにあたりフリーラジカルという分子を生成します。フリーラジカルとは、酸化過程で生成される遊離基の電子で、細胞を損傷したり、病気を引き起こしたりします。つまり、フリーラジカルは生成されないに越したことはありません。これは、ビタミンCを生成できないことの、ささやかなメリットであるといえます。

壊血病にならないためにできること

GULO偽遺伝子が維持された理由としては、進化の選択の圧力が十分でなかったことも挙げられます。食事で豊富にビタミンCを摂取できる場合、GULOを生成できなくても問題はありません。その点、GULO生成遺伝子を失った頃、霊長類の祖先は果物や野菜などを豊富に摂取できる熱帯地域に生息していました。そのため、ビタミン生成能力を失っても、食事により簡単に摂取できるため、なんら問題が生じなかった可能性があります。

しかし、壊血病が横行する現代では、これは困った事態といえます。残念なことに、これは進化の過程において起こる運命のいたずらなのです。私たちにできることといえば、がんばって必要なビタミンCを摂取することでしょう。