学校や先生の役割を再定義すべき時代

猪熊真理子氏(以下、猪熊):先ほど山口さんのお話にもあったんですけど、反転授業についてです。まだご存知ない方もいらっしゃると思うんですが、今のお話だと、学校で授業を受けた後や、冬休み、夏休みなどに、家庭学習の中でスタディサプリが使われていたりしますよね。反転授業はどういったものでしょうか?

山口文洋氏(以下、山口):反転学習は、英語でいうと「Flipped Learning」です。これは、そもそも学校はどういう場所なんだという問いかけから始まっているんですよね。せっかくリアルに集まった場所なのに、先生と呼ばれる人から一方通行で聞くだけ。それがリアルな場として有効なのかと。

逆にいうと、家に帰って宿題のときに、自分の頭を使って悶々と解いていますよね。そうじゃなくて、授業みたいなものは家庭学習の中で行い、基礎的なところをわかった上で、学校の授業の中でみんなで知恵を出し合って問題を解いたり、問題がわかった人がわかっていない人に教えたりする。

反転授業は、こうしたインタラクティブな場にしていこうというものです。いろいろな定義があるんですけれど、それに対しては、スタディサプリのようなオンラインビデオ学習のツールは、極めてそれにマッチします。この考え方は、たぶん20~30年前からあったんですけれど、やっと実現できるようになってきたんです。

だけど、完全にそこまではいけない。その理由はなにかというと、学校の先生という定義が「ティーチャー」……教えるということで、教育学部で役割定義がされて、現場に出てもそうしているので、先生方からすると、自分本来の役割が取られてしまうというか、代替えされてしまうような心理もあって、なかなかICTを本質的なものまで使っていく状況が生まれないですよね、佐藤さん。

EdTechが可視化する、学習効果のビフォー・アフター

佐藤昌宏氏(以下、佐藤):山口さんが自分のサービスについて言うと、すごく宣伝っぽくて(笑)。

(会場笑)

少しフォローしておくと、もともと「カーン アカデミー」という、アメリカの団体があって、素晴らしい動画の教材を使うんです。学校の先生たちが、「授業の動画は家で見て、学校では宿題やディスカッションをやりましょう」ということで、反転学習というかたちでやっているんですね。

水野さんがすごいのは、動画のどこで離脱したのかを1本の中でも全部分析して、それをすぐ直して、改善して、学習者の学習効果が高くなるように改善しているところです。そうした地道な活動の積み重ねで、学習効果が非常に得られる。

また、さっきの話の中で、とても重要な点を1個抜かしちゃったんですけど、「ビフォー・アフター」が必要です。なにかというと、単純にテクノロジーを使って教育の中に放り投げただけでは、EdTechとはいわないんですよ。

つまり、教育や学習のビフォー・アフターは、学習効果がどれだけ上がったかとか、教育効果がどれだけ上がったとか、これまでかかっていた時間がこれだけ短縮された、自動化された、どれだけ新しいもの……ゼロから1になったかなどのビフォー・アフターが必要で、そのあたりを徹底的に考えているサービスだなと思っています。

猪熊:学校の先生がいなくなることは、たぶんないと思うんですけど、テクノロジーが教育の現場に入ってくることで、学校の先生の役割が変わっていくのはあり得ると思います。学校の先生の役割は、どのように変わっていくでしょうか?

海外と日本での「先生」の役割の違い

水野雄介氏(以下、水野):僕が思っているのは、学校の先生は、いくつかの役割を実は並走的にやっているんですよね。一番大きなところはティーチャー、つまり教えることでした。でも、これこそ一方通行の知識伝達で、完全にICTに代替されていく。ビデオの中の本当のスーパーカリスマティーチャー、少数のスペシャリティなティーチャーだけは残りますよ。

ただそれは、動画化されて、誰かが適当に……適当にとはいいませんけど、授業をやって、何回も何億回も見られた最適な授業を、みんなが見ればいいじゃないかと。

みなさんが企業やいろいろな自治体で働いて、マネージャーになった時に、営業知識とかマーケティング知識とかを教えるよりも(やるべきこと)、たぶんマネージャーの一番の役割はなにかというと、その従業員のモチベーションを上げることですよね。それもやる気を出す、内発的動機です。

そういう意味では、先生の役割はマイノリティのオンラインビデオに登場するカリスマティーチャーではない。ベースとして行動心理学といったものを学んで、一人ひとりの生徒の強みや個性を中心に考えるメンターやコーチになるということです。

もう1つは、基礎知識をベースとしたインタラクティブな、創発的に新しい知恵を生み出していくような、いわゆるアクティブラーニングやプロジェクトベースドラーニングのプログラムコーディネーターとかですね。

あとは、実際の授業のファシリテーター。こういったものに細分化していく。だからすべてのジェネラリストが、職能別に分かれていく時代になっていかなければならないのかなとは思っています。

佐藤:まさに大勢の人に教えるのがティーチャーの役目で、大勢の人を導くのがファシリテーターの役目で、個別の人を教えるのがチューターで、個別の人を導くのがコーチという役割なんですよ。

海外では、それぞれ専門性があって独立した能力なのに、日本の学校は先生、ティーチャーの役割の中にこの4つが全部任されちゃっているんですよ。

これは非常に大変で、水野さんが言ったように、このティーチングのところ……大勢の人を教える、個別の人を教えるティーチングやチュータリングに関しては、デジタルテクノロジーは圧倒的に得意なんですよ。

最初にやるべきことは、教育学部のカリキュラム変更

水野:そういう意味では、本当の教育改革はすごく時間がかかることだと思っているんですけど、一番最初になにに手をつけなきゃいけないのかなと思ったときに、僕の中では実は教育学部のカリキュラム変更なんですよね。

基礎知識を教えるティーチングの専門知識を学んでいるのが、今の教育学部の前提になってしまっているので、ティーチングをやりながらも他の心理学やプロジェクトベースドラーニングの新しい授業みたいなものを学び、実践していくという教育課程などですかね。

その先生方が、現場に出て10〜15年が経てば、本当にICTとのベストな関係が生まれてくる。それくらい時間がかかるのかなと思っていますよね。

佐藤:ちょっと、水野くんごめんね(笑)。あとでたっぷり。

(会場笑)

猪熊:お話聞きますので(笑)。

佐藤:のってくるとね……すみません。あのね、ティーチャーという職業ですが、僕も先生ですけど、先生にとって一番かわいい生徒がどういう生徒かというと、「先生のおかげで成長できました、できるようになりました」という生徒が一番かわいいんですよ。先生から見ると。

でも先生の役割は、生徒を自立させることなんですね。自立した生徒は、無意識にかわいくないんです。なぜなら、頼ってくれないから。「先生のおかげで」とか言わないんです。ティーチャーというティーチングのアイデンティティを満たしてくれないので、あまりかわいくないんですよね。

これはティーチングのエゴでもあると思っていまして、僕はなるべくそのコーチの役割に徹するようにしています。

2020年、プログラミング教育は小学校の必修科目に

猪熊:かなり葛藤のある変化だと思うので、時間もかかると思いますし、先生になっていく過程の教育カリキュラムも変わっていかなければいけないということで、難しいと思うんです。

教育の未来を考える上では、すごく大事なポイントだなと思いました。水野さんの会社でも、かなり多くの地方自治体と取り組みをされていると思うのですが、地方との取り組み事例だったり、その中で実現させていくときに、どういった過程があるのかをぜひお聞きしたいなと思います。

水野:まず、プログラミング教育ですと、2020年に小学校で必修化されるんですよ。2021年からは中学校で。安倍さんは、2025年に、今の大学受験と同じくらいの規模になるように、プログラミング教育を入れていこうという流れです。

グローバルでは、イギリス・アメリカ・シンガポール・オーストラリアと、いろいろなところで必修化されています。でも、どの国も教える人がいないという問題は共通しています。だから、そこに対するイノベーションは別に起こっていなくて、じゃあ具体的に地方でどんなことをやっているかというと……。

茨城県では、県内からトップIT人材を育成したいというプロジェクトを、大井川(和彦)さんが先頭を切ってやっている。その中でまず、4都市ぐらいから200人くらいの中高生を集めてきて、それを僕らがリアルの場でワークショップをやって、そこでモチベーションを上げるということをやります。

そこで、40人の子どもを選抜して、その子どもたちが今度は半年間、オンラインで学びます。オンラインで学んだものを通じて、次にまたみんなで集まってオリジナルのものを作ります。ポイントは、そこに大学生という存在が絡んでくるところです。

ITのいいところはアウトプットができること

水野:やっぱり教える人がいないんですね。そこで大学生を育成して、その大学生が中高生を教えるということをやっています。そうすると、僕らのキャンプだと今、大学生が全国で500人くらいいて、年間で1万人くらいの子を教えています。

その500人のうち、150人の参加者の子どもたちが戻ってくるシステムになっていますよね。そうすると、どんどん倍々に伸びてくるので、教える人が増えれば増えるほど、教えられる側、学ぶ側も増えていくと。

そういう事例をやらせていただいていまして、実際にこの間、そのプロジェクトの発表でした。例えば、これは松戸市の話ですけど、松戸市のPR動画を高校生が作ったんですよ。

例えばちょっと前に湯布院かなにかのものでバズった動画があるじゃないですか。ああいうのを作ってみようというので、高校生が企画して自分で作っていたりします。

ITのいいところは、企画だけで終わらないということ。実際に実装して、アプリにしたり動画にしたり、音楽にしたり、なにかにしてアウトプットして、それを世の中に発信できることです。

こういうことを通じて、地方自治体さん自体に産業が育成されるような、人材がどんどん生まれてくるような仕組みを作ろうと。例えばオープンイノベーションじゃないですけど、その子たちの力を使って、例えば集客にこういうことをやったらいいよねというものを実装しているような事例がけっこうあります。

たぶん、ここに来られている方は「PBL」というものをご存知の方も多いと思うんですけど、プロジェクトベースドラーニングですね。それにクリエイティブをくっつけて「CPBL」、クリエイティブ・プロジェクトベースドラーニングとして、ものを新しく作るというところをベースにプロジェクトベースドラーニングをやる。

やっぱりアウトプットがないと、社会が変わらないんですね。そこが今、僕らが地方自治体さんとやっていることですかね。

オンライン教育のネックはモチベーションの継続

猪熊:プログラミング教育が必修化されていくということで、注目度は高かったり、なにかやっていきたいなという方はかなり多くいらっしゃると思うんですけれど、実際に地域で実現していくときの難しさはどういうところにありますか?

水野:やっぱり、オンラインだけでできないということですね。たぶん、プレイヤーの僕らとか佐藤先生とかはそう思っていると思うんですけど、オンラインだけだとやっぱり完結しないんですよ。

オンラインだけだと、なかなかモチベーションが継続できない。だからそこに、さっきの先生の役割……僕らだったら大学生の役割だったり、僕らという媒介があったりということで、オンラインとオフラインを一緒にするのがいいと思います。

とくにそのオフラインの方は、モチベーションをどう上げるかというところだったり、先生のフォローだったりがあって初めて、オンラインの学びがワークする。そこが一番、注意すべき点というか、やらなければいけない点かなと思うんです。

猪熊:どうですか、お二人(笑)?

水野:あれ? しゃべりすぎました?

(会場笑)

山口:ぜんぜん(笑)。いいこと言ってた、言ってた。

佐藤:少し、しゃべらせてあげようと思って(笑)。

(会場笑)

猪熊:オンライン、オフラインというのは、やっぱり大事ですよね。

テクノロジーはどこまで学習効果を高められるか

佐藤:水野くんが言っていたのはまさにそのとおりなんですけれども、もともとEdTechが出てきた背景の中に、物理的な場所、教育、環境、経済などの格差の問題がありました。

水野:そうですね。

佐藤:例えば学校に通うといっても、中国やアメリカの各地においては通学も格差がある。そこでオンラインで、どこまで学習効果を高くできるのか、から始まったんです。例えばSkype英会話みたいな話でも、リアルな対話型の英会話よりも、たぶん20分の1くらい安いんですよ。

そうすると、発話量はそれ以上に出せますよね。要は、テクノロジーを使った方が効果が高くなるというシーンも、これからどんどん出てくるんです。暗記とか、いわゆる脳の筋トレといった部分に関しては、もしかしたらテクノロジーの方が得意な領域かもしれない。

だから、水野くんが言っているのは、その人がどう変わるかという大きな視点で言うと、テクノロジーだけでは完結しないことも非常に多い。もう少し単位を短くして、暗記とか、ここだけの能力をつけるとか、そういった部分においてはテクノロジーが上回るタイミングも出てくるんじゃないかなと思います。