「跡継ぎ企業経営」が再び強くなる可能性

深井龍之介氏(以下、深井):僕が注目しているのが、跡継ぎ企業経営。いわゆる世襲の経営者の企業が、意外と日本でまた一番強くなる可能性はあると思います。

篠田真貴子氏(以下、篠田):「次のトヨタ」みたいなのが出てくると。

深井:トヨタがどうなるかまったくわからないですが、地方にある豪族系企業とか。

篠田:豪族系ね。

山口周氏(以下、山口):(笑)。わかるわかる。ありますよね。

深井:地方豪族系企業。

山口:いろんな事業をやっている会社ですね。

深井:お金だけはめっちゃ持っている。殿様みたいな社長がいて、その殿様がUターンしてきた若い人材に「お前の好きなようにしろ」と言ってくる。この現象が起こると、日本でソーシャル系がめっちゃ勃興するというのが僕の予測。

篠田:おもしろい。

深井:これは日本にめっちゃ向いてます(笑)。

篠田:日本に向いている。

深井:日本向けの資本主義だと思っている。

山口:そう。

COTEN深井氏が考える“日本ならではの強み”

山口:さっき深井さんと、「意外と江戸時代からずっと続いている」という話をしていて。地方へ行くと、新聞社も持っていて、ガソリンスタンドも何軒もやっていて、料亭も持っている企業がいる。

そのあたりの文化的な重要な施設が取り壊しになるとなったら、そこの会社が買って、儲からなくてもいいから「料亭でもやれ」と言って残す。半ばソーシャル、半ばキャピタル、みたいなのもありますよね。

深井:ある意味、自我の範囲が町レベルまで広がっている状態ですよね。

篠田:なるほどね。全地域じゃないかもしれないけど、日本の社会だとそういう資本がある地域もある。

深井:そうですね。あと、最後にぶっ込むのもあれなんですが(笑)。日本がこれから一番強くなりそうだなと予測している、思想を持っていきたいと思っている部分があって。日本語を母語としている人たちの傾向として、予測可能性の未来じゃないところで、身体感覚でやっちゃうところが強くあると思っているんですね。

言語知で突き詰めて、予測可能性の中でソーシャルビジネスをするのではなくて、「なんかいい」と言ってやる。「なんでですか?」と聞かれても、「アカウンタビリティとレスポンシビリティを果たせません。なので説明ができません。『なんかいい』と思ったので」と。だけど、これで出てくる事業がけっこういい可能性が高いと思っているんですね。

篠田:めちゃめちゃ大事。

深井:ヨーロッパとかからはボロクソ言われると思いますが、逆にこれを強みにして、「俺らはこれでやるわ」と言ってやっちゃったほうがいいんじゃないかなと、個人的には思っています。

40代ぐらいでスタートアップでゴールして、それこそソシャゲで上がっちゃった後に、「超金持ちだけど何をやっていいかわかりません」みたいな人がゴロゴロいるんですよ。その人たちがUターン人材で地元に戻ってきて、そういう地方豪族企業に社員として参加する可能性も感じる。

篠田:おもしろい。

深井:めっちゃ勝手な予想なんですが、すげぇパフォーマンスを出しそうだなと思います。

山口:ビジョンですよね。

深井:ビジョンですね。

篠田:でもこれを聞いて、「自分はそれかも」「そういう人がお友だちにいるかも」と思ったら、広めていただくとおもしろい未来が来そうですよね。

今、必要なのは「インパクトの数値的評価ではない世界」

篠田:「時間です」と言われちゃったんですが、みなさんから質問を取るのはなしにさせていただきます。話が相当広く・大きくなったので、まとめではないんだけど、この場をいったんクロージングするという意味で最後に一言いただければと思います。

今までの流れを踏まえても踏まえなくてもいいです。せっかく集まったみなさんがいて、私たちが対話を積み重ねてきたので、「これだけこの場に出して帰ろうかな」という一言をみなさんにお願いしたいと思います。田口さん、深井さん、山口さんという順番でいいですか。お願いします。

田口一成氏(以下、田口):ありがとうございました。今日は資本主義の話が1つのテーマだったと思います。資本家の話と、もう1つは力学の話で、ついつい拡大志向に走る力学がビジネスのもう1つの性質です。

それを根本的に止められるのは何なのか。かつ、これから人が幸せになるための制度という根本的なところに立った時に、事業は小さくていい。インパクトビジネスやインパクトスタートアップって、なんだかもやもやしているところがすごくあるんです。「インパクト」と言うと、結局は今までのビジネスと変わらないんじゃないかと思うところがあって。

インパクトの数値的評価ではない世界が今は必要です。そこに、大切なものや人が取り残されている。大きい問題も小さい問題も関係なく、そこに気づいた人たちが立ち上がっていく。こういう世界がこれからは必要です。

予見性の高いビジネスモデルを作って、「こういう投資をしたらこう伸びます」という世界じゃなくて、まずはいろんな人たちが立ち上がっていく。そういった意味において、僕のメッセージとしては「be an entrepreneur」だと思っていますね。「みんな立ち上がれ」。

僕らのおじいさんやおばあさんたちは牛乳屋だったし、お米屋さんだったし、僕らは自分で食える力を持っています。今は就職することがベースになっちゃっているから、それがスタンダードなんだけど、何か気付いたことに素直に人が立ち上がっていく。規模は小さくてもいい。

多くの人が立ち上がるのはすごく大切だし、たくさんの人たちが立ち上がるために必要な仕組みはあらためて何なのか、僕自身すごく考えていきたいなと思っています。

「立ち上がる」という前提に立った時に、転職しようかどうかというのは大した話じゃない。転職して収入が下がるかもしれないといっても、「収入があるだけ、起業するよりまだマシじゃん」ぐらいに構えて、ぜひ自分の人生をおもしろおかしくやっていけたらいいんじゃないかなと思いました。今日はありがとうございました。

(会場拍手)

自分の会社だけが一人勝ちしても幸せになれない

深井:最後は煽って終わりたいと思いますが、歴史を勉強していると、やはり争いがすごくたくさんありますよね。争いの歴史と言っても過言ではないと思うんですが、逆に言うと、ホモサピエンスは基本的習性が協力だと思っているので、協力の歴史でもあるんですよ。普通に協力しまくっている。こんなに協力している動物は他にいないですよ。

今、世界を見渡すといろんな問題や戦争が起こっていますが、僕たち全員が協力したら、たぶん普通に全部解決するということがわかりきっている。わかりきっているのにもかかわらず、企業は自分の会社だけがどうやって勝てばいいかをずっと考えている。

自分の会社だけ勝ったって幸せになれないことなんて、みんなもうわかり切っているわけじゃないですか。どの哲学からも、どの宗教からも、自分たちの身体感覚からも、そんなことしたって幸せになれないということが自明な状態ですよね。この自明な状態で、ダメだとわかりきっているやり方をあと何年続けるんですか? というのが、僕からの問いです。

一番わかりやすい変わり方は、「こういう理由で転職します」「この会社がやっていることがショボいんで」と、会社に言って辞める。こういう人が何パーセントか出るだけで、超社会問題になりますし、サラリーマン経営者でも経営者は考え方を変えていくと思います。それが、我々ができるすごく簡単な社会の変え方だなと思っています。

みなさんが勇気を出してソーシャルビジネスに足を踏み入れるのは、個人の問題でもあり、さらに個人の問題でもないという状態だと思うので、動いてもらったら僕としてはうれしいなと思っています。以上です。

(会場拍手)

実は日本は世界のトップランナーになる可能性がある?

山口:実は、最初に資本主義の質問を受けたんですね。僕がおもしろいなと思っているのは、2022年のダボス会議だったと思うんですが、コロナで経済成長が難しくなったわけです。

2020年代になってから、世界の先進国の経済成長率はほとんどゼロなんですが、「ちょっと待て。『経済成長しない。大問題だ』と言っているけど、何が問題なんだっけ?」という議論になったんです。

「見てみろ。経済成長をぜんぜんしていないのに、寿命は世界で一番長くて、失業率はめちゃくちゃ低くて、健康保険も国民に行き渡っていて、電車は秒単位で走っていて、ものすごく安定している国があるぞ。日本だ」ってなったわけです。

成長が良いか・悪いかもいろいろな議論がありますし、成長の物差しをGDPで取るのか、何で取るのかという議論がありますが、ここでは踏み込まないです。ただ、1つだけみなさんにぜひ知っておいてほしいのは、裏返すと実は日本はトップランナーになる可能性があるんですね。

今のソーシャルビジネスの考えだと、近代民主主義がヨーロッパを中心に目指した、「公平で公正な権利が保障された社会が良い社会だ」というモデルを置いて、そこに走り込む、ある種のレースをやっているわけです。

みなさんにぜひ考えてほしいのは2つあって、1つは「日本的な良い社会」というものを置いた時に、欧米発の輸入ではない、新しいソーシャルアジェンダが出てくる可能性がある。日本発のソーシャルビジネス、ソーシャルアジェンダとして、「今は社会全体こっちにが向かおうとしているけど、こっちのほうがいいんじゃないの?」という提案になる可能性があって。

自分たちの足元にあるものをベースに考えた時の「ソーシャル」とはどういうものなのか、ぜひ考えてほしいということが1つです。

「わざと会社を休む」という行為がもたらす効果

山口:もう1つは、革命は終わりましたが、ジーン・シャープという20世紀の後半に全世界の民主化運動のバイブルになった本を書いた人がいるんです。彼が書いた本で、非常に実践的でおもしろいなと思ったのは、独裁者を打ち倒すために官邸に行って、砲をぶっ放したりハンマーで塀をぶち壊すのは1つのアプローチなんだけど、やれることはもっと他にもいろいろある。

例えば、会社に行ってわざとゆっくり仕事をするとか、わざと会社を休むとか、その時間で副業をやってソーシャルビジネスをやるとか。つまり、ゲリラ的な活動も、それはそれでけっこうじわじわと効いてくると思っていて。

コロナの影響でリモートワークの環境がとても整って、なし崩し的に兼業と副業を認めざるを得ないので、今、千載一遇の良い時代が来ている。そうするとみなさんは、「うちの会社は兼業と副業は禁止なんです」と言う人がいるんですが、法律で兼業と副業は禁止できません。それを勘違いしている人がいる。

過去には、兼業と副業を禁止しているという社の規則そのものが法律違反だといって、罰金を払わされた例もいくらでもあります。ですから、兼業と副業をやりたいと言って、人事から「それはうちの会社で禁止されています」と言われたら、「ちゃんと法律を見てください。過去の判例を見てください。法律沙汰になったら必ず負けますよ」と言ってください。

社業に影響のない限りで、会社は本人の行動を規制してはならないということは、ちゃんと労働法に規定されています。だからみなさん、まずはやれる範囲で動いてください。「ハードルが高いな」「リスクがあるな」「ちょっと怖いな」という気持ちはよくわかりますが、やり始めたらパスは開けていきます。

できる範囲で“本当はやりたくないこと”を減らす

山口:人間って、一線を越えると少しずつ緩くなっていくんですね。なので、まずはみなさんなりの一線を超える。私みたいに何でもかんでも一線がものすごく低い人もいれば、それなりにハードルが高い人がいると思いますので、まずはできる範囲で「やりたくない」「つまらない」「仕事がショボい」と思っているエンゲージメントは減らす。

一方で、やりたいと思っているほうに自分のリソースを少しずつ移していくことができれば、1億人の人たちがやったら確実に社会も止められない流れになりますから、まずはできる範囲でやってみるといいのかなと思います。

(会場拍手)

篠田:ありがとうございます。モデレーター役に徹するのであれば、お三方の話を何らかのフレームにまとめようとするんですが、ちょっともったいないというか。それぞれのご状況でこれをどう受け取るかが問題だと言っているので、私の変なまとめはやめます。代わりに私もここから急にパネリストっぽく、自分の見解を述べて終わりにしようと思います。

2点あります。1つは、ここにいらっしゃっているみなさんは、恐らくどこかで優秀だとされている。ご自身は「そんなことない」っておっしゃるかもしれないけど、日本全国の水準から言ったら、何らかの学業ないしは職業訓練、そして今のお仕事で、かなり良いご経験をされているのだと思います。

でも、日本に限らずなんですが、今の世の中で「優秀」って何かっていうと、複雑な概念的なことがベースにあるオペレーションをめちゃめちゃ理解して回せること。これを優秀とされるんですよ。高校以降の勉強は完全にそうです。

誰もが他人をジャッジしてしまう可能性がある

篠田:私の職歴でいうと初めは銀行にいたので、銀行のオペレーションはモロそうだし、ファイナンスも概念操作でしかないんですよね。これができる人が優秀だという話になっています。これのトラップは何かと言うと、自分の内面にある内なる声が聞けなくなるんです。

概念を操作することはものすごく難しいので、褒められるし、夢中になるんですよ。その結果、自分の内なる声が聞けなくなる。そうなると何がマズいかと言うと、自分の中の多様性や多面性に気づけなくなる。なんなら否定するようになるんですね。

「自分は○○会社で一般社員である」という事実に依存してしまう。あるいはソーシャルビジネスで読み替えると、「社会に良いことをしているのが自分である」と思っちゃう。

でも、人間だからそうじゃない面もあるじゃないですか。「良いことをしたい」と思ってがんばるのも人間だし、同時につい物を忘れちゃったり、「誰も見てないからいいよね」ってズルっこするのも我々です。その可能性や自分の中の多面性を見なくなり、果ては許せなくなって、人をジャッジするようになるんですね。

この場はすばらしいんですが、同時に若干危惧するのは、途中でも触れられていた「ソーシャルビジネスをやっている自分たちが正しくて、そうじゃない人は愚鈍である。間違っている」ということに陥る。そのけっこうギリギリのラインに我々一人ひとりがいるというのを、今日あらためて感じましたので、自分も含めてすごく気を付けたいなと思いました。

“良いことをしている時”につい見逃しがちなこと

篠田:2点目はここにつながるんですが、いざ良いことをやり始めたと思った時って、いわゆるソーシャルに良いことの場合もあるでしょうし、あるいは「この企画、みんな喜ぶな」と、夢中にお仕事やパーソナルなことですごく良いことを考えたりしている時。

吉本隆明さんという、昔いらっしゃた詩人で思想家の人がある本で書いていたんですが、「良いことをしている時は、ちょっと悪いことをしていると思うぐらいでちょうどいい」。これを初めて聞いた時、けっこうショッキングだったんです。

だって、「良いことをしているのに、なんで私の良いことをみんな喜ばないんだ?」って思うじゃないですか。でも、そうじゃないんですよ。良いことだから、良いに決まっているから、良いことをしていると思っちゃうトラップがあって、視野が狭くなるんですよね。

でも、100パーセント正しいことはないので、ちょっと見落としが出てしまったり、慢心しちゃって意外なところで人を傷つけていたりすることに気付けない。ここにいらっしゃるみなさんは優秀で実行力もあるから、その実行力を持って進んだ時の危なさが実はあるということも、今日のお話を聞きながらあらためて思っています。

資本主義があるから自分のキャリアは大事なんですけど、そこの議論のレイヤーだけで終わっていると非常に危険だなと思ったんです。

あえて最後に申し上げたかったのは、自分の中で「良いことをしたいんだけど、良いことをしたい自分って、ただの名誉欲じゃないかな?」「モテたいからかな?」って思ってしまうんですが、それでいいんですよ。

名誉欲を追求すればいいし、モテを追求すればいいんだけど、そこに対しても正直になると、我々も含めてみなさんができることやインパクトの幅が広がるかなと思いました。以上でこのパネルを終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

(会場拍手)