髪の毛で音を感じる装置

本多達也氏:みなさん、こんばんは。私は、髪の毛で音を感じる新しいユーザーインターフェース「Ontenna(オンテナ)」を研究開発している、本多と申します。よろしくお願いします。

今日はこの、髪の毛で音を感じる装置Ontennaがどうしてできたのか? そして、富士通に今年(2016年)1月に入社して、今、このOntennaのプロジェクトを進めてるんですけれど、今後どうしていきたいかということを発表させていただきたいと思います。よろしくお願いします。

私は、大学1年生のときに、ろう者の方と出会ったことがきっかけで、手話の勉強を始めるようになりました。手話通訳のボランティアだったり、手話サークルを大学内に立ち上げたりなどして、ろう者といろいろな活動を行ってきました。

ろう者はまったく耳が聞こえません。ですので、例えば電話が鳴ってもわからないですし、アラームが鳴ってもわからない。それから動物の鳴き声なんかもわからないというなかで生活をしています。

例えば、シルウォッチという製品があるんですけれど、これは腕時計型のデバイスで、「ピンポーン」と玄関のインターホンが鳴ると、ここに「玄関」と表示されたり、あとは、電話が「プルプルップルプルッ」と鳴ると、ここに「電話」と表示されたりする、そういったデバイスになっています。

でも、この装置はすごく記号的なインターフェースだと僕は考えています。例えば電話が鳴ったとしても、それがどういうリズムで鳴っているのか、どういうパターンで鳴っているのかということがわからないということ。あとは、彼らは手話をしたり家事をしたりするので、腕に負担になってしまう、そういった問題があります。

そこで私が提案するのが、人間の髪の毛を用いて音を感じるという新しいユーザーインターフェースです。猫のヒゲが空気の流れを感じるように、人間の髪の毛が音を感じることができる装置といったコンセプトで、デザインをしました。このような感じになっていて、ヘアピンのように取りつけて振動と光で音を感じる装置になっています。

髪はセンシティブで振動を知覚しやすい

「なぜ髪の毛なのか?」ということなんですけれど、髪の毛だと振動を知覚しやすいということ、あとは間接的なので麻痺やブレが少ないという特徴があります。それから、手話をするときや家事をするときに腕に負担がかからない特徴もあります。

これまでにたくさんのプロトタイプを、ろう者の方と一緒に作ってきました。プロトタイプを作っては使ってもらって、また作っては使ってもらってというように、どんどん繰り返してきました。最初、バイブレーターを直接肌につけると、ろう者の方から「気持ち悪い」「蒸れる」「麻痺する」というようなことを言われてしまって、服につけてみると「ちょっとわかりにくいね」と、いろんな部位を試していたんですね。

たまたま、その振動子を髪につけたときに、「髪の毛、ちょうどいいじゃん」となったんです。髪の毛はすごくセンシティブで振動を知覚しやすいし、風とかが吹くとサーッと髪がなびいて方向がわかったりするじゃないですか。だから、人間の髪の毛はただ生えているけど、生えているだけじゃなくて、新しいインターフェースとして使えるんじゃないかということが発想の原点で、こういったものをデザインしました。

装置の原理なんですけれど、30〜90デシベルの音圧、つまり音の大きさを256段階の光と振動の強さにリアルタイムに変換することで、ユーザーに音の特徴を伝えるそういったインターフェースです。実際にろう者の方に使ってもらったときの様子をお見せしたいと思います。

(動画再生)

例えば彼女は、生まれてから耳が聞こえないんですけれど、Ontennaをつけることでリズムを取っていったり。あとはセミの鳴き声、ろう学校ではセミは「ミーンミーンミン」と鳴くとしか教わっていなくて、それがどういうリズム、パターンなのかということがわからなかったらしいんですけれど、こういうふうに音に応じてリズムを取っていて、音がなくなるとちゃんとなくなったということがわかっているようでした。

車の音も、音が大きくなると振動が強くなりますので、例えばコーナーを曲がっていくときの音と直線を走るときの音の違いがわかったり。遠ざかるとだんだん音が小さくなっていって、車が近づくとだんだん大きくなるみたいなことがわかっているようでした。

では、Ontennaがあることでろう者の生活がどのように変わるかということを動画にしたので、ご覧ください。

(動画再生)

例えば、ろう者の方は耳が聞こえないので、掃除機をかけていて途中でコンセントが抜けても、気づかないままずっと掃除機をかけちゃうということがあるらしいんですね。でも、Ontennaをつけていると、(動画の様子を指して)このような感じで、コンセントが抜けると振動がなくなるので、「あ、コンセントが抜けたんだ」ということがわかったり。

あとは、本とかを読んでいて視覚情報が集中しているときでも、(動画を指して)リズムに応じて振動することによって、「あ、お客さんが来たんだ」ということがわかったり。携帯の着信音もリズムが違うので、「あ、着信がきたんだ」ということがわかる、そういった特徴があります。

(動画に出ていた)彼女も生まれてから耳が聞こえないんですけれど、このOntennaをつけることで、実際に「ピンポーン」という音と「プルプルップルプルッ」という電話の音の違いがわかるようになったり、掃除機のシーンも、撮影の際に実際にコンセントを抜いて、「音がなくなったらリアクションしてください」と言ったんですけれど、ちゃんとリアクションすることができていて、「家に持って帰って使いたい」と言ってくれたのがすごくうれしかったです。

富士通に入社し、さらにブラッシュアップ

このOntennaを作っているときに、「髪の毛以外の部分にも取り付けられるようにしてほしい」という、ろう者の意見がありました。そこで作ったのが、Ontennaイヤリングというタイプです。これは耳たぶ型のデバイスで、耳たぶが振動することによって音の特徴を感じることができる装置なんですけれど、これをつけて、42年ぶりにろう者の方が笛を吹いた時の様子をお見せしたいと思います。

(動画再生)

彼も生まれてからすぐに高熱が出て、耳が聞こえなくなってしまいました。最初は強く吹くと強く振動するので、自分の振動の強さというのを手に持って確かめているような様子でした。それで、実際につけてもらいました。見た目はちょっとシュールなんですけれど(笑)、でも、吹くと振動するからちゃんと自分が吹いているという感覚が出てくるそうなんですよね。

これで何回か練習していくと……、(動画の中で)「なるほどね」とおっしゃっていますね。42年前の教科書をわざわざ持ってきてくれて、それで練習したんですけれど、ろう学校では音楽の先生から「もっと強く吹きなさい」とか、「もっと弱く吹きなさい」「長く」「短く」といちいち怒られていたらしくて、「42年前にこのOntennaがあったら、家で1人で練習することができただろうな」みたいなことをおっしゃってくれました。

そんななか、ちょうど1年半前ぐらいに「VentureBeat」というアメリカの大手メディアにOntennaを取り上げていただいて、世界中のろう者の方から「どこで買えるんですか?」とか「応援しています!」とか、そういった声をたくさんいただくようになりました。

僕は2015年4月に新入社員で某大手メーカーに入ってデザイナーをしていたんですけれど、こういったたくさんの応援の声を聞くたびに、「なんで僕、プリンターのデザインしてるんだろう?」みたいなフラストレーションがどんどん溜まってきて、そんななか、僕の夢を後押ししてくれる企業が現れたんです。

それが、富士通だったんですよね。富士通は、昔から障がい者の雇用にすごく力を入れていたり。LiveTalkという製品があり、音声を文字に変換することで聴覚障がい者の情報を保障するという、そういったサービスになります。そういった大企業のリソースをうまく利用して、Ontennaを世界中のろう者の方たちに届けたいという思いで、今年1月に富士通に入りまして、今、Ontennaのプロジェクトを進めているという状況です。

富士通に入ってからどういったことをやってきたのかということを紹介したいと思います。今はOntennaのプロジェクトリーダーをやらせていただいています。デザイナーやエンジニア、あとは実際にろう者の方にもプロジェクトに入ってもらいながら進めています。コアメンバーはこの2人です。

新しくなったOntennaでも、実際にろう者の方にお願いをして、写真を撮らせていただきました。プロダクトも、僕が大学時代にはI/Oデバイスみたいなものを使って作っていたんですけれど、すごく基盤が飛び出していて、日常で扱えるようなものじゃありませんでした。でも、富士通に入って実際にプロのデザイナー、エンジニアに入ってもらうことで、ここまできれいにブラッシュアップすることができました。

「あ、そこに音があったんだ。いたんだ」

あとは、PVの撮影なんかにもいろいろと携わらせていただいて、Ontennaをどうプロモーションすればいいのかということを監督さんと話しながら作ったりもしました。どういったCMができたのか、ご覧ください。

(動画再生)

主人公がいて、主人公の周りにはたくさん音があるんですけど、主人公がろう者の方で音を知ることができないというようなものを表現しています。

実際にOntennaを手に取ると、フワッと周りが鮮やかになって振動することで、例えばウォーターサーバーの「ポコッポコッ」という音とか、小鳥のさえずりとか、あとはやかんが吹く音とか。将来的にはOntennaを使うことで、音色や音質みたいなものもわかるようになればうれしいなと考えています。

2016年の2月、六本木にTechShopという場所がオープンしました。もしかしたら行かれたことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、ここは3Dプリンターやレーザーカッターとかを自由に使えるような施設になっています。そこでプロトタイピングをしたり、ワークショップを開かせていただいたりして、いろいろとオープンイノベーションというかたちでプロジェクトを進めているという状況です。

この「Innovated by FUJITSU」というのも、Ontennaのために作ってくれたブランドになります。PVも、無印良品のCMを作ってる監督にお願いをしたりしています(笑)。なんか無印っぽいでしょう? 富士通っぽくないという(笑)。無印好きなので、そういったところで作ってもらったり、ロゴも、もともとはヘルベチカというフォントでドンという感じだったのが、もっとやさしくて温かみのあるロゴに変更したり。

さっきの「あ、音がいた」というキャッチコピー、これは実際にろう者のコピーライターの方がOntennaを見て「すごくすてきな製品だね」と言って、コピーを考えてくれたものになります。「音がいる」という表現、Ontennaを使ったときに「あ、そこに音があったんだ。いたんだ」ということを感じたとおっしゃってくれて、すてきなコピーだなと思ったので、こういったPV、プロモーションにしています。

これからの取組み、やっていきたいこととしては、Ontennaを将来的に販売していきたいと思っています。今はなにをしているかというと、ユーザー調査を行っています。Ontennaは今、全国のろう学校とか、ろう団体に配布して「Ontennaをどういうところで使いたいですか?」とか、「形はどうですか?」「振動はどうですか?」ということをいろいろな方、当事者にヒアリングして、それをプロダクトに落とし込んでいるという状況です。

ろう者たちが知りたい音

実際にどういったユーザー調査を行っているか、少しだけご紹介したいと思います。

(動画再生)

例えば彼は野球部で、ボールがミットに入る「バンッ」という、その音を知りたいとおっしゃっていたり。ろう者の方、カラオケに行くこともあるんですけど、そこで歌えないからOntennaがあったらいいなとおっしゃってくれたり。彼女は大学のダンスサークルに入っているんですけれど、ダンスするときにズレちゃうということをおっしゃっていたり。

「家で家事をしていて、お湯がわいたことに気づきたい」とおっしゃっていたり。救急車の音とか、さっきまで鳴ってた警報の音なんかもそうだし(注:講演中にビルの警報がなるアクシデントが発生)。「めちゃあるやん!」みたいな感じなんですけど(笑)、そうやって、僕たちじゃ想像がつかないことを当事者の方にヒアリングして、本当に彼らに使ってもらえるものを作りたいと思って、今はプロジェクトを進めています。

では、最後なんですけれど、今年の7月に「TEDxHaneda」というイベントがありまして、そこでろう者の方と一緒にドラムを演奏するパフォーマンスを行いました。その様子をお見せして、終わりにしたいと思います。

(動画再生)

ちなみにこれは練習風景なんですけど、彼女もろう者なので耳が聞こえないんですが。やはり耳が聞こえないとリズムが取りづらいらしいんですね。間のあった後の、最初のタイミングみたいなものがどうしても毎回毎回ズレちゃって、なかなかうまくいかなかったんですが、さあ、本番どうなったか、ご覧ください。

(動画再生)

やっぱり叩くと振動するから、叩いているという感覚があるそうなんですね。ここから音の強弱がついてきます。弱く叩くと弱く振動して、強く叩くと強く振動するので、その強弱みたいなものも練習しやすくなったとおっしゃっていました。この動画みたいな感じで、なんとか演奏することができました。ちなみに僕はこの時、38度ぐらいの熱が出てたんですけど(笑)。

さっきのリズムも、洗足学園音楽大学という音楽大学の打楽器の先生が「Ontennaのための楽曲を」ということで提供してくださって、演奏したんですが、そうやっていろんな方々に支えていただきながら、プロジェクトを進めている状況です。

1日でも早く世界中のろう者にOntennaを届けられるように、これからもがんばっていきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

(会場拍手)