絶対に希望勤務地にいける、カゴメの「地域カード」

倉重公太朗氏(以下、倉重):次の話ともつながるので、この「これからの理想の働き方」をお出ししていいですか。

有沢正人氏(以下、有沢):理想の働き方は、先ほどからお話ししているように、「働き方のオプション」を自分で持つということです。例えばどの時間で働くか、どの地域で働くか、どういうキャリアを歩むか。

自分の価値観で決まるというのが私の考え方で、うちは「地域カード」というのがあります。例えば奥さんと旦那さんが両方とも東京で働いてらっしゃって、お子さんがやっと待機児童から保育園に入ったと。

「私は東京から動きたくありません」という地域カードを出すと、3年間は絶対に東京地域に居させなきゃいけないんですよ。

それで逆に、例えば旦那さんは別の会社にいて、奥さんはうちの会社で働いていて、旦那さんが大阪に異動になりましたと。子どもが小さいから、できれば一緒に大阪に行きたいということで、「私、大阪行きたいです」って地域カードを出すと、絶対に大阪に行かせなきゃいけない。うちの拠点があるところに限りますけど、これは3年間有効で、かつ2回使えるんです。

ライフキャリアで2回まで、1回につき3年間有効

倉重:自分の意思で動けると。これはライフキャリアで2回ということですか?

有沢:要するに家族全員で住むのが当たり前だと。ライフキャリアで2回使えるので、ここぞという時に使ってほしい。ずっと希望勤務地に行けるようになると、みんな偏ったところに集まっちゃうかもしれないから、3年間というのはけっこう絶妙だと僕は思います。

倉重:確かにね。

有沢:しかも2回使えるとなると、やっぱりみんなどのタイミングで使おうかって考えるわけですよ。だから従業員が二千人近くもいても、みんなが一緒に出すわけじゃないんですね。(地域カードを)出す人って、年に十数人ぐらいなんですよ。

倉重:なるほど。

有沢:だから逆に、そういう人たちの希望を叶えられる可能性が高まるわけです。

倉重:確かに2回だったら、けっこうタイミングを考えちゃいますよね。

有沢:考えます。制度を作る時に考えたのは、やはり保育園とかに入ったら、3年間はいたいよねと。小学校に入ったら、4年生までは基本的にそこに居たいよねとか、中学の3年間とかを考えて決めました。

2回というのは、お子さんが2人生まれる可能性があるなと思ったからです。1人目、2人目のお子さんが生まれた時に使っていいようにしたいと思ったんです。

倉重:例えば地元に残りたいとか、あるいはやはり家族が離れて過ごすって不健全ですから、奥さんと一緒にいたいとか。一方で、「この部署で人が足りない」という会社の都合とどう調和させるか。ここも日本的なジョブ型の人事運用が求められますね。

年間総労働時間が1,900時間以上の人は副業禁止

倉重:あともう1個、キャリア志向というのが次のスライドで、副業ですね。

有沢:これは5年前、副業制度を入れているいろんな会社に聞きに行って、「他社と違うものを作ろう」という私の邪な考え方でやっていたんですが。うちは年間総労働時間が1,900時間以上の人は、副業できないんですよ。なぜかと言うと、我々は主たる雇用主として、従業員の健康管理義務があるからです。

倉重:そうですね。

有沢:1,900時間以上働いている人は、うちの場合は働き過ぎだということです。逆に1,900時間未満の人は副業できて、基本的に何をやっても自由です。公序良俗や法律に反すること以外なら良いんです。

だからよくいろんな会社で「本業とシナジー効果のある副業が望ましい」なんて言われていますが、何を言ってんだと。何をやっても自由じゃないかと。なんでこれをやったかと言うと、本人が自分のキャリアを自分で決めるのに、カゴメ以外での機会を与えてあげたいじゃないですか。

例えば、副業は食品とか飲料じゃなくたっていいわけです。ITだって流通だって、何をやってもかまわない。だから仕事の内容に大きな制限を設けない、というよりも設けちゃいけないと思ったんです。

社員を囲い込むのではなく、いかにいい人材を惹きつけるか

有沢:あとうちは他社と雇用契約を結ぶのがありなんですよ。

倉重:業務だけじゃなくてね。

有沢:そうなんですよ。だからこれを入れるって言った時に、やっぱり役員会で議論が起きたんです。

倉重:労働時間を潰されたらどうするんだと。

有沢:誰が管理するんだとか、最初に言われたのは「こんなのを入れたら、いい人から辞めるじゃないか」と。私が言ったのは、「辞める方はカゴメに引き留める力がないから辞めるでしょうね。逆にカゴメがもっと魅力がある会社になったら辞めません」と。「こんな制度になったら、さらにいい人がいっぱい来ますよ」と言ったんです。

倉重:すばらしい。ここがキャリア自律論の本質です。「キャリア自律されると辞めちゃうから、実施させたくない」というのでは駄目なんですよ。

有沢:そうなんです。もうまったく逆で、こういった制度を入れるといい人が来るわけですよ。だから囲い込みじゃなくて、いかにいい人材を惹きつけるかが、人的資本の考え方。

倉重:追いかけて捕まえるとかじゃなくて、自然と惹きつけるということですね。

有沢:しかも異なる価値観、考え方を持った人が来てくれるわけですから。

倉重:確かに。それが一番大事だと。

トップは寛容性を持ち、固定観念に縛られないことが大事

有沢:そうなんです。やはりこれは同質性を回避できるメリットがあって、例えばこれで仮に人が辞めたとしても、将来うちに戻ってきていいんです。そうすると、その間他社でその人のマーケットバリューを上げてくれているわけですよ。

倉重:教育を他社がやってくれているようなもんじゃないですか。

有沢:役員のうち何人かはすでに副業をやっているんですけども。当時あまり副業の導入に前向きでなかった役員も、私に副業の申請を持ってこられたりしました(笑)。

倉重:ある制度は使わないとね(笑)。

有沢:やはりそうやって役員から副業をやりだすと、下の人たちが「あっ、俺たちもやっていいんだ」って思うわけですよ。だから役員が副業をやることって、ぜんぜん良いと思います。

倉重:やはり上からやるというのを基本にやられていますね。

有沢:そうなんです。うちの社長はやはり偉くて。役員が(副業を)やられることに何にも文句を言わないし、「いや、そうやって幅を広げるのはいいんじゃないか」と。やはりそういった意味では、トップは寛容性と、固定観念に縛られないことが大事です。

「働かないおじさん」を生み出してしまう人事制度

倉重:有沢さんを連れてきたところからもそうですけど、社長さんはやはり人事にすごく課題を持っていた。最優先課題だって言っていたのは、なんでそう思ったんですかね? 

有沢:やっぱり僕を採ってくれた西(秀訓)さんという社長は、もともと人事部長をやったことがあるんですけど、限界を感じたらしいんですよね。これはプロパーの人間には変えられないと思ったと。

倉重:常識が染みついちゃっているからね。

有沢:カゴメってすごく良い会社なんですよ。みんな良い人だし、真面目だし、正直だし、本当に良い人たちなんですよ。でも、やはり一定の同質性があって、しかも当時はあんまり危機感がなかったので、逆に僕から見たら「いやいや、これはあかんやろ」というのがいっぱいあったんです。

みなさんを刺激するという意味で、中途採用で異なる価値観を持った人間を入れることによって、健全な議論が起きて、イノベーションが生まれる。

倉重:適量の刺激を入れると。さっき働かないおじさんはパフォーマンスが悪いみたいな話もありましたけど、そういう人ってみんな悪人なのかと。悪辣に残業代を上乗せしたり、ただ座ってお金を稼ごうと思ってきた人なのかと言ったら、そんなことはなくて。

おそらく入社の時は燃えていたし、真面目にやってきた。でも結局評価の付け方とか、異動・昇進・昇格の問題とか、どこかのタイミングでモチベーションを失ってしまった。でもお給料は下がらないとなったら、それはそうなりますよね。

つまり人事制度がそういう人たちを生んでいるわけです。「ジョブ型にすればいい」とかじゃなくて、まず現状に合った制度にしていかないと、変えられるわけないですよねと。

有沢:そうなんですよ。守りの経営の時代は、そういった人たちがいても基本的には成り立つんですけど。少子高齢化がどんどん進んで、国内需要がどんどん衰退するのがわかっていますから、今の時代は攻めていかないといけないし、どんどん変わっていかないといけない。

会社と個人の理想的な関係性

倉重:(2040年には働き手が)1,100万人足らなくなるみたいですね。

有沢:そうなんです。労働者もいなくなって、どんどん採用が厳しくなっていく中で、従来的なことをやっていてはいけないんですよ。だからジョブ型をうまく使えればいいんですけども、使い方を間違うと、本当に今いる社員がいなくなっちゃうかもしれないし、モチベーションを下げるかもしれない。そういった意味では、うまくジョブ型を使ってほしいし、人的資本もうまく使ってほしいなと思います。

倉重:このスライドに書いていただいた、最終的に目指すべきは(会社と個人の)フェアな関係って、理想ですよね。

有沢:そうです。だからよく、「うちの会社は個人と対等なんですよ」って言われる(企業の方がいる)んですけど、「ほんまか?」って私は思っています。個人が自分のキャリアを決められることと、自分の価値観に応じた多様な働き方を自分で選べることを、ちゃんと会社が担保する。それも心理的安全性のために大事なんですよ。

倉重:これが今後の一番理想的なあり方です。私は労働組合に言いたいんですけど、やはり労働組合も今までの価値観から変わらなきゃいけないと思っています。みんな一律に「ベースアップだ」「定期昇給だ」ってやっている時代じゃない、「がんばろう、おー!」じゃないわけですよ。

一人ひとりの交渉をうまくいかせるための情報提供とか、キャリアサポートとか、あるいは現場の情報を伝えてあげるとか、今新たに必要な役割って絶対にあるので。そっちに舵を切っていくところが増えるといいなと思っています。

有沢:そうですね。組合でさえも、同質化すると経営との良質な緊張関係が保てないですよね。

倉重:そう。「みんなで一緒に」みたいな。

有沢:「大多数の意見は」って言われた瞬間に、僕は萎えるんですよ。いやそうじゃなくて、「できれば少数の意見を聞きたいんだ」というのはありますよね。

人事制度は本当に現場の人々をハッピーにしているか

倉重:もうあっという間に1時間過ぎてしまったんですけども。キャリア自律というキーワードと、ジョブ型。つまり政府の今回の労基法改正でも、なんとなくジョブ型を入れさせたがっている空気感はありますが、「それは本当に御社に必要ですか?」「その前にやるべきことがありませんか?」「テンプレじゃなくて、まず自社の課題は何かを把握しませんか?」と。 

こういう話かなと思いますが、ちょっと現場の人事の方にメッセージをお願いします。

有沢:今日は私の拙い話をお聞きいただきまして、本当にありがとうございました。いつもながら口が悪くて申し訳ございません。ただ、やはり制度と仕組みは本当に誰でも作れるんですよ。そうじゃなくて、それをどうやって運用するかなんです。

だから、みなさんが作った制度や仕組みが本当に現場の従業員の方々に受け入れられて、みんながハッピーになっているかどうか、ぜひ見に行ってほしいです。それが駄目だと思ったら、撤退する勇気を持ってほしいと思うんですよね。

人事制度って、入れたら一生変えちゃいけないわけじゃないんです。柔軟に変えてもらいたいと思うので、特に今日これを聞かれている人事とか経営の方々は、柔軟な思考と勇気と覚悟を持って、次の一歩を踏み出す。

既成の事実にとらわれず異なる考え方を受け入れる、大きな心を持っていただきたいなと思います。ちょっと偉そうなことを言って申し訳ないんですけど、ぜひそうしていただきたいと思います。

倉重:やってみなはれ、ですね。みなさん、ご清聴ありがとうございました。

有沢:どうもありがとうございました。