「上から目線」にならないために大事なこと

久保彩氏(以下、久保):ちょっと気になっているのは、冒頭で(メンターのコミュニケーションを)スキルとあり方に分けられたところ。例えば、相手に向き合う時に「まず自分を整える」というのが、あり方なのかなと思ったんですけれども。そのあたりのポイントを聞かせていただけますか。

池原真佐子氏(以下、池原):おそらく今日、集まってくださっているみなさんは本好きの方なので、読んだことがある方もいるかもしれないんですけれども。私はエドガー・H・シャインがすごく好きで、『人を助けるとはどういうことか―本当の「協力関係」をつくる7つの原則』という本があります。

メンターとは「ちょっと先を行く人」だという話をしましたけれども。やっぱりそういう関係って、助ける・助けられるみたいな傾斜ができやすいんですよね。そうすると何が起きるかと言うと、ちょっと上から目線になっちゃったり。

「私のほうがちょっと先行ってるわ」みたいな感じになっちゃうことがあると知った上で、人と向き合って、対等に相手からも学ぶという意識を持つのはけっこう大事だと思います。

ある企業では、メンターをやった人の昇給率・昇格率が5倍アップ

池原:私たちは今、100名以上のプロのメンターがおりますけれども、みなさんメンタリングを通して、「私のほうがすごく学んでます」といつもおっしゃるんですよね。

久保:教えるメンター側がメンタリングをやることで、むしろ教わる。

池原:そう。実はエビデンスもあります。ある外資系の企業でメンター制度を入れましたと。メンターをやった人とやってない人の昇給率・昇格率を比較したら、メンターをやった人のほうがステップアップが早かったそうなんですね。

やっぱり人に経験をシェアするスキルによって、メンターとして向き合うだけじゃなくて、日々のビジネスとか子どもとか周囲の関係性そのものが変わっていくので。結果、(昇給率・昇格率が)5倍違ったそうなので、自分のキャリアにとってもすごくポジティブな変化があるという、耳寄りなお知らせだと思います(笑)。

久保:そうですか。自分の経験を振り返っても、リーダーになってメンバーと向き合う経験を経て、自分自身の整え方もちょっとアップグレードした感じがします。

リーダーとして答えようとする経験によって、すごく自分を客観視して乗り越え方を考える、自分が自分のメンターにもなれる感覚がありました。よく「先生が一番学ぶ」なんて言葉がありますよね。リーダーが一番学べるなと思ってましたが、メンターが一番学べるというのも、同じような構図ですね。

池原:そうなんです。しかも若い人だったり、違う業界の人の本音や考えてることを知ることで、自分のキャパシティをどんどん広げていって、視野が広くなると思います。

久保:うーん。なるほどなぁ。みなさんのチャットも見ていますが、「常に相手から学ぶ姿勢が、beingとして確かに大事ですね」と書いてらっしゃいますね。

相手が答えにつまった時は「今何が浮かんでますか」と聞く

久保:質問もちょっと出てましたね。少し前の会話に出ていた「7秒待つ」ということについて、「7秒経っても相手がずーっと黙っている場合、何か促す言葉があるといいんでしょうか。それとも……」というご質問ですね。

池原:ありがとうございます。これもメンターのスクールにあるテクニックなんですけれども、まず相手がどんな止まり方をしているのかを観察する。例えば、相手が「うーん」って考え込んでる時であれば、ただ待ってあげる。相手がポカーンとして「ん? 私、次、何話すの?」みたいな顔で、思考がすぐ終わっちゃってる場合とは、やっぱり違うと思うんですよね。

「次に何を話せばいいの?」みたいな感じで、すぐ相手に(話を)戻しちゃうタイプの方には、深く考え込むような問いかけをして、自分に潜る練習をちょっとずつしていただく。

例えば「3年後どうなりたいんですか?」と聞いた時に「ん? 3年後、特にありませんけど?」みたいな感じになっちゃうケース。「過去楽しかった経験を3つ挙げてみて」と言うと、自分の過去のことだから、必ず何かしら思い出して答えられるんですよね。

そういうテクニックを使うと、「あぁ、過去ですか……」と、ちゃんと内省するモードになってくれる。あるいは考え込んじゃって、1分ぐらい経ったとか、ピクリとも動かないみたいな感じの人には、「今何が浮かんでますか」と問いかけます。

「今、何を考えてますか」と聞くとダメなんですね。思考モードになっちゃって、理論的に返さなきゃって相手が焦っちゃうので、「何が浮かんでますか?」と聞く。これはカウンセラーのテクニックとも言われてるんですよね。

そうすると「いや、ちょっと思い浮かばないんです」とか言いやすいので、ぜひ使ってみてください。

久保:なるほど。すごく迷ってる時でも何かしら言葉は浮かんでたりするので、「何が浮かんでるか」と聞かれると、「(話が)つながってなくてもいいんだ」という感覚になりますもんね。

池原:そうそう。

リーダーが失脚する原因は、だいたい似ている

久保:ありがとうございます。メンタリングにもいろんなスキルがあって、それを身につけていくと自分が一番学ぶことができて、キャリアにも生きると分かってきました。他にも、メンター側をやることによって、どういう変化がありうるのか。何かみなさんを見て感じてらっしゃることがありますか。

池原:そうですね。社内・社外のメンターを見ていて、メンターをやっていく方々はあきらかに変わっていくなと感じます。まず1つは、聴く姿勢がナチュラルに作れるようになることですね。もちろん帽子をかぶる瞬間もあると思うんですけれども。

私がINSEAD(欧州MBAスクール)に行ってた時に、リーダーシップの教授から言われたのが、世界中のエグゼクティブを調査した結果、リーダーが失脚する原因はだいたい似ていると。

1つは人の話を聴けなくなること。リーダーになればなるほど、意思決定にスピードが求められ、人の話を聞いてる場合じゃなくなる。専門性が上がって、自分のほうが知っていると思っちゃう。あるいは地位が上がって、自分のほうが優れていると思っちゃう。あとは年を取ると、どうしてもせっかちになり、待てなくなる。

これを続けていくとだいたい失脚するとおっしゃってたんですね。でもそれぐらい、実は聴くって難しいことなんです。

メンターのキャリア1on1のスキルは筋トレなんですよね。私もふだんできてるわけではないので、やっぱり日々筋トレしていかなきゃいけない。

でもこれができると、聞ける人・待てる人になっていく。そうするとチームメンバーが意見を言いやすい。あるいは都合が悪いことでも言ってくれるようになるから、不祥事がちゃんと防げるというメリットが1つあります。

聞くこととアドバイスすることの筋トレが重要

池原:2つ目は、先ほどプッシュとプルのスキルの話をしましたが、プッシュ型のアドバイスのスキルって、やっぱりめちゃくちゃ難しい。気をつけないと「居酒屋で語り出す武勇伝」みたいな感じになってしまいます。これには「スリーステップでアドバイスしましょう」とか、アドバイスの種類はいくつかあります。

そういうテクニックを学ぶことで、「これだったらお役に立てるかな」と(自分の)教訓を効果的に渡せたり、「これだったら、相手が考える材料になるかな」という選択肢を渡せたりする。アドバイスについての質問もありましたけれども、これを学ぶことで、お子さんとの関わりや部下を育成するスキルが格段に上がります。

やっぱりマネジメント、あるいは年齢が上がる中での立ち位置の違いによるスキルの変化にも対応できるのかなぁとは思います。

久保:なるほど。これはすごく耳が痛い指摘でしたね。

池原:私もすごく耳が痛いんです。

久保:リーダーという役職かどうかはともかくとして、自分が聞けなくなるのはちょっとありえそうで怖いですね。

池原:本当に、年々聞けなくなっている自分に気づきます(笑)。

久保:確かに。聞くこととアドバイスすることの筋トレと言われてましたけど。別に役職ではなくても、子どもや親御さん、友人関係や夫婦もそうかもしれないし。(この筋トレで)本当にいろんな人との関係性が変わる。

池原:絶対変わります。メンター育成のスクールで実際にあった話なんですけど、「実はお子さんが不登校で、すごく悩んでた」と。そこから「コミュニケーションを遮断していた子どもが、このスキルを使ってから話してくれるようになった」というお礼のメールを、今まで2名の方からいただいたことがあるんです。あとは夫婦や上司との関係が良くなったと、講座中にみなさんおっしゃってました。

久保:部下だけじゃなくて上司もそうなんですね。もちろん自分も聞くんですけど、聞いてくれるメンバーと一緒に仕事をしてるとすごく楽しいんですよね(笑)。

経験を積むほど、相手の話を聴けなくなるわけ

久保:「聴けなくなるのは年齢のせいでしょうか」という質問です。先ほどいくつか原因を挙げてくださってましたね。

池原:そうですね。年齢もあると思うし、役職が上がるごとにスピード感を求められて、ゆっくり話が聞けなくなるとか、1を聞いただけで10が分かっちゃうとかもあるかもしれないですね。

久保:そうなんですよね。専門性とも言われてましたけど、判断する基準が自分の中にできちゃっているから、聞いてる途中で「あ、それはね」ってなっちゃう(笑)。

池原:そうなんです。

久保:ご質問を2つだけいいですか。「傾聴に男性・女性・年齢による違いはありますか」ということが1つ目です。もう1つが、「女性の部下がロールモデルがないことを気にしてる。モデルがないと進めないと思わせたくないんですが、どうしてあげたらいいのか」と。

池原:まず1点目ですね。男女差とか年齢差は、もしかしたらあるかもしれないんですが、それよりも個人差が大きいかなと思います。年齢が高くても若くても、聞ける人・聞けない人、男女ともにそれぞれいらっしゃるかなと思います。

久保:あと、傾聴もプル・プッシュのアドバイスも、学んでトレーニングすれば誰でも身につけられるって前におっしゃってましたよね。

池原:そうそう。その型をひたすら意識するところですね。ちなみに習慣化するのにどれくらいかかるかのデータがあるんですけれども、簡単なものだったら3週間、難易度が高いものだと1年近くはかかるんですね。

人によって難易度がどのくらいかにもよるんですが、ずっとやっていれば必ずできるようになります。これがまず1点目の質問(に対する答え)ですかね。

「ロールモデルがいない」状況がもたらす、キャリアへの影響

久保:じゃあ2つ目、お願いします。

池原:「女性の部下は何かとロールモデルがないことを言ってきます。モデルがないと進めないと思わせたくないです」ということで、この女性の部下のことをすごく思ってらっしゃるんだなと伝わってきたコメントでした。

実はキャリア理論の中の1つに「モデリング」というのがあります。人は無意識に、身の回りにいる人の行動特性・思考特性を取り込んで、自分のキャリアや意思決定に影響させるという理論があるんですね。

ですから、ロールモデルがいないのは、実はけっこう(その部下に)影響しています。みなさんもどうでしょうかね。アジア人が誰一人いない会社に入って、「あなたがアジア人初のリーダーになってください」と言われても、身の回りに似てる人がいないと、なかなか勇気が出ないと思うんですよね。(部下が)これを言うこと自体は自然なことかなと思います。

また、女性がリーダーになりたがらない1つの理由として、「同性のリーダーをやっている人が身の回りにまったくいない」ということを、経済産業省が実際にデータとして挙げています。「見たことがないものにはなれない」というのは自然なところかなと思います。

ただここで止まるわけにはいかないので、できれば同性のロールモデルがいるほうがいいかもしれないですし、そういった機会を作ってあげることも1つの手かなと思いました。例えば「flier book labo」の会に行けば女性リーダーに触れ合えるよとか、「こういう勉強会があるよ」というのを、上司が勧めてあげるのも1つです。

相手にとっての「パーツモデル」になる

池原:2つ目は、性別は変えられないですけれども、自分がパーツモデルになってあげる。相手の話を聞いて、どういうところに課題を感じているのか。なりたくない原因は何なのか。何が不安なのかをじっくり聞いてみると、性別を超えて、上司の方自身の経験からアドバイスできることもあると思うんですよね。そのように自分がパーツモデルになることもできると思いますので、応援しております。

久保:なるほど。今日の会の中で、ロールモデルに対してパーツモデルというキーワードがありました。ちょっと気になっていながら残しておいたんですが。パーツモデルというのは、例えば意思決定のやり方とか、日常の習慣的な学び方とか、すべてではなく一部のモデルであるという考え方ですかね。

池原:そのとおりでございます。

久保:確かに。私にも男性のリーダーがいますけれども、学ぶことがすごくあります。パーツモデルはとてもしっくり来ました。それでは池原さん、たくさん教えていただき本当にありがとうございます。

池原:ありがとうございます。