ネットが現実世界に浸透していっている

尾原(以下、尾):南さん、こんにちは。さっそくですが本(『ITビジネスの原理』)はいかがでしたか?

南:メチャメチャ面白かったです。僕もIT業界(経験・知識・スキルを500円で売買する「ココナラ」を起業)に入ったばかりだからということもあるのかもしれませんが、IT・インターネットの歴史を知る人が俯瞰的に眺めている本ですね。

尾:ありがとうございます。今回、この本を書いたことにはいろいろな観点があります。その一つは、もはやネットはネットで閉じているわけではなく、リアル(現実世界)に浸み込んできている。だとすると、リアルの人間が持つ気持ちの動きや、何が売れているかをちゃんと考えながらやる必要がある。つまり原理が必要なんですね。南さんがやられている「ココナラ」(経験・知識・スキルをネット上で500円で売買するサービス)も、ネットはきっと単なるきっかけだと思うんですね。

南:そうですね。僕もネットのことがわからないながらも、こういうサービスがあったら良いなという動機で始めています。実は尾原さんの本で、この僕の動機がキレイに説明されていました。たとえば人は物ではなく物語を買っているという話や、僕たちのサービスは何かをやりたい人の経済的・心理的・物理的コストを下げているという話などです。

ネットが可能にした、"フツーの人"の自己実現

尾:南さんのココナラは一見するとオーソドックスなCtoC(一般消費者間での電子商取引)に見えますが、今このタイミングで南さんが始められたことにはすごい意味があるように思えます。

南:ネットがツールから体験を促すものになってきているということがあるのかもしれませんね。もしココナラを5年前に始めたならば「ここで小遣いを稼ぎましょう」というメッセージになっていたかもしれません。でも、僕らは「人の役に立つのはうれしい」し、それによって「自らチャレンジできる」「生きることは幸せだ」ということを本気で生み出せると思っている。こうした価値観をベースにするのは尾原さんのおっしゃるとおり"今"だからなのかなと思います。

尾:たしかに手づくり作品のCtoCマーケットで大成功している「エッツィー(Etsy)」以降、自分の得意なちょっとしたことで身近にいる人を幸せにしよう、などのようにネットが使われるようになりましたね。

南:ごく普通の人が「人の役に立つ」ため、自己実現のためにネットを使い始めているという感覚はあります。

尾:「自己実現」という言葉は、昔でいえばキリスト教や国のために大きな物語の中で自分自身を昇華していくというめちゃくちゃ高尚なイメージがありましたけど、今の自己実現はまさにココナラのような形ですよね。自分の得意なことで誰かの役に立てて、誰かの喜びが自分に返ってくる。その方が自分らしく自分を強くできるという意味では、ネットが実現している自己実現が本当の意味での「自己実現」なんじゃないかなと思っています。

苦手なことは、得意な人に

南:本とココナラの接点を探すと、クラウドソーシングを例にタスクを細かくアンバンドル化(バラバラに)するという話が印象的でした。僕たちは今やタスクだけではなく、その人が持っている価値を部分的に切り出して表現し、またそれを求めている人に繋げることができる環境になってきているのだと考えています。それが僕らのやりたいことでもあります。

尾:コンサル的に言えばレイヤーアンバンドルという冷たい感じの言葉になってしまいますが、いちばんわかりやすいのはニコニコ動画の初音ミクですよね。絵師が絵を描いて、音付けられる人が音を付けて、ダンスが得意な人がダンスの見本を踊り、技術屋がジェスチャーを取り込むKinect(キネクト)をハックして映像内で躍らせる。

つまりは「得意な作業は俺に任せろ、だって好きな作業だもん」ということですよね。こうしたコラボレーションが自発的に起こる日本は本当にすごい場所だと思います。そしてニコニコ動画でたまたま偶然起こったことを、プラットフォーム化して自覚的にやられているココナラは本当にすごいなと思います。

twitterが見せたオンライン×リアルの可能性

南:僕も尾原さんの本を読んだ後に、たまたま起こることをどこまで"起こす"ことが出来るのだろうということをずっと考えていました。オンラインのコミュニティが今すごく面白いと思います。そもそも僕はネット住民でもなかったし、2ちゃんねるもほとんど見ていない、インターネットが大好きという人生を送ってきていません。なのに金融業界からキャリアを変えてITにふらっと来てしまった。

なぜITに来たかを考えてみると、いちばん影響を受けたのはTwitterだったと思うんですね。もちろんmixiやブログを書いてみたりといったコンテクストを持つ僕自身にとってのTwitterですけど、たとえば2009年~2010年ぐらいの僕の感覚は、リアルの友だちよりもTwitterで繋がって会う人の方が価値観が近いし信じられるというものでした。投稿のハードルが極端に低くて、みんなの感情や一瞬の思考、日々の事柄が漏れだしていた。あんなにうまく人の感情や能力を可視化できるものはないな、というものが当時の僕にとってのTwitterでした。

今のTwitterの位置付けは少し変化しましたが、何が僕にとって良かったかといえば、結局その先にリアルがあるんですよ。このTwitterで繋がる人と会って深い関係を得られるかもしれないし、得られないかもしれない。完全にオンラインだけのやり取りでは、このTwitterのワクワク感にグッと来なかったと思います。そしてTwitter自身はニコニコ動画と同じで、価値観を共有して人を動かすためのプラットフォームを意図的に設計しているわけではなかった。"たまたま"です。

でもワークした(うまくまわった)。じゃあ、どんな要素がTwitterのコミュニティを作ったのか、オープンな場が持つ可視化能力なのか、マッチング力なのか、深い体験に繋げる導線なのか。ココナラの最終的な目標を僕なりの感覚でいえば、一対一の深い関係をリアルに繋げたいので、Twitterの良い要素をどうココナラの設計に持っていくかをいつも考えています。

「ユーザーらしさ」をいかに引き出すか

尾:南さんのおっしゃるとおり、僕もコミュニティの設計で常々思っていることをファンクショナリティー(機能)ベースで言えば、ユーザーの良さをどう表出するか、それをどうマッチングするか、さらにリアルのアクションにどう繋げていくかの三つが要素です。

特に大事なのが一つ目で、サービスに人気(ひとけ)があるかどうか。人気があるとユーザーの良さが出ますから。ネットが進化するとブロードバンドで画像の解像度が上がって……とつい技術視点で人は考えがちですが、Twitterのようにふと思ったことをダラダラ流し続けることで人気が出るし、ずーっと繋がっている感覚が蓄積してコンテクストになる、そのユーザーらしさに繋がるんですね。

南:「ハイコンテクストとハイコンテクストをマッチングするのがインターネットだ」と本にもありましたが、僕にとってハイコンテクストは「人感(ひとかん)」なんです。そこに人間がいる感じ、その人らしさが表れているのが究極のハイコンテクストだと考えています。逆に言えば、向こうにリアルを感じられないと僕自身はグッとこない。この「人感」をどう作っていくかがココナラにとってのチャレンジだと考えています。

尾:まさにschoo(スクー)の森健志郎さんがわかりやすい例だと思います。発信する側がこまめに承認が返ってくる設計になっていると、発信する側がはまりやすい。より発信したくなるから発信者側が増える。そうすると必然的に受信者側からの承認も増える。こうやっていかに発信者に対して日々発信したことに対する承認が返ってくるような設計にするかが重要です。

CGM(消費者が内容を生成するメディア)は基本的にユーザー側の導線しか見えませんが、いちばん大事なのは発信者側のコミュニティ導線です。食べログはすごいです。発信者側のランキングや発信者同士のコミュニティがうまく出来ています。「あのレビュー書いたのは尾原さんなんですね」と、ぶっちゃけ食べログで良いレビュー書いているとモテるとか(笑)。

南:そういうの大事ですね(笑)。

ネットのほうがリアルな時代

尾:話を少し戻すと、人を幸せにすることと儲けることがバラバラではない感じになってきている、という話でした。そろそろ最後なので、南さんに一回お聞きしたいなと思っていたことがあるのですが、なぜ金融からITに入ってこられたのですか?

南:実は「金融から」というのはそれほど関係なく、途中でNPOをしたりと色々な経験が今に繋がっています。そもそも人に興味があることが一つと、ビジネスについては地に足のついたサービスがやりたいと思っていました。ユーザーがたくさん使ってくれて規模が拡大すれば結果的にマネタイズできるでしょ、というサービスは、どうしても自分の感覚ではできなくて。バリューが生まれたその瞬間にちゃんとお金がついて回る世界じゃないとどうも腹落ちしないので、この戦い方しかできないんです。

尾:面白いですね。ひと昔前は「ネットは最も虚業で、最も地に足がついていない」と言われた時代もありましたが、いまやネットの方がはるかにリアルだと。

南:僕の感覚ですが、ネットは地に足がついていますし、人間の根源的欲求を満たすもの、あるいは満たすのにとても役立つものだと思います。時間的、物理的制約を超えて価値に繋がれる、自分が価値提供する場に繋がることができる。ここをこれからも実現していきたいなと思っております。

尾:本日はありがとうございました。