中国のインターネット上でいかに「信用」を築いたか

チャーリー・ローズ氏(以下、チャーリー氏):以前、「アリババ」のビジネスは「信用を築く」ビジネスだとおっしゃっていましたが、これについては? 中国では商売といえばface-to-faceでしょう?  なのにどうやって信用を築くのでしょうか? 

ジャック・マー氏(以下、ジャック):そうですね、インターネットビジネスはお互いの顔が見えないからです。お客様から見たら私たちの顔は見えないし、私たちからもお客様の顔は見えません。だから売る側と買う側の間に「信用」が必要なのです。

eコマースで最も重要なものはこの「信用」です。私が初めてアメリカに行った時、それは、ベンチャーキャピタルから投資を受けるために商談に行ったんですけども、たいていの人々は当初全く相手にしてくれませんでした。

「おいおい、ジャック、何を言っているんだい。どうやってインターネット上でそんなビジネスが成り立つというんだい? インターネット上でそんな信用をベースにした商売なんて不可能だよ」。私たちがこの14年間で築き上げてきたものは、他でもない「信用」です。システムに対する信用だったり、ありとあらゆる信用を、ね。

チャーリー、私は今日、とても誇りに思うよ。現在の中国は信用とはほど遠い社会じゃないですか。政府も人々もお互いを信用できないし、メディアも信用できない。みんながまるでだまし合いっこをしているような社会だからね。

けれども私たちの会社では、毎日、1日あたり6億件の取引が成立している。人々はお互いのことを知らない、私たちはお客様がどんな人物か全く知らないけれども、注文されたものをお送りする、お客様は私たちが実際どんな会社か、どんな人が働いているかを知らないけれども、注文した商品の代金を支払う。

こうやって知らないもの同士が取引をして、商品が海を超え山を越えて販売される。信用がなければ、とてもこんなことできませんよ。

バカバカしいと非難された「前払い制」が成功した理由

チャーリー:「アリババ」は前払い制ですよね? 代金が支払われたことを確認してから、商品を発送するシステム。

ジャック:まさにおっしゃる通りです。サイトを立ち上げてから最初の3年間は、ただの情報掲載サイトでした。こんな商品があるよという情報をただサイトに載っけているだけで、サイトを介してお金のやり取りまでをする仕組みにはなっていなかったのです。

その後私はサイトを介して商品を販売するべく、銀行に交渉をしました。しかし、銀行は取り合ってくれませんでした。彼らに言わせれば、「その方法では事業が立ち行かなくなる」と言うのです。

また、サイト上で金銭のやり取りをするということは、当時の法律に抵触するものでした。ライセンスが必要だったんです。でももし私がやらなければ、eコマースというシステムは誰もやる人がいなかったわけです。そこで私は、リーダーとして討論の場を設けました。時代の先駆けとなるリーダーシップとは、責任を負うことです。私は友人や同僚たちに電話をかけました。

「『今』やるんだ! 今すぐに! 実行してもし万が一、何か法的な問題があれば、私が責任を取って刑務所にでも入ってやろう。それくらいの覚悟はできている。それでも、今やらなければいけないんだ。eコマースは中国にとって、そして世界にとって、非常に重要なシステムなんだ。でももし万が一、君が何かしら非正当な手段で、詐欺だとかマネーロンダリングだとかの不純な方法でeコマース実現化のためのプロジェクトに取り組んだならば、逆に私が君を刑務所に送ってやる」

人々から「代金を先払いするシステムなんてバカバカしい。よくもまぁそんなバカバカしいアイディアを思いついたな」と非難されることは確かにあります。でも私は言いたい。本当にバカバカしいアイディアだと思うなら、誰も使おうとしないでしょう? 

実際のところ、今現在で800万人のお客様に代金先払いシステムを利用して頂いているんですから。時として、バカバカしいと揶揄されるアイディアこそが有効な方法だったりするんですよ。

中国政府とは「結婚」してはならない

チャーリー:お金の話はひとまず置いておいて。あなたは中国政府からは一切お金を受け取っていなんですよね?

ジャック:ええ、一銭も受け取っていません。創業当初は確かに中国政府から少しでも資金的な援助が欲しいなぁとは思いましたけど、今は逆に援助してやると言われてもこっちからお断りします。

もし一企業が政府から資金的な援助を受けたら、その会社はダメになっちゃうんですよ。ビジネスをするなら、お客様やマーケットから自力で資金を得る方法を考えないと。それがお客様が成功する手助けにもなりますし。それが私の経営哲学です。

チャーリー:中国の銀行からも一切投資を受けていないんですよね?

ジャック:はい。これも創業当初は投資して欲しいなぁと思っていましたけど、今は逆に「投資してやるよ」と言われてもこちらからお断りします。

(会場笑)

チャーリー:あなたと政府との関係とはどんなものですか? 

ジャック:つまり、どういうことですか?

チャーリー:私の質問の意図は、つまり「あなたの会社は、競争相手のいない環境にあるから存在(存続)しているのだ」というようなことを言う人がいます。一般企業として、厳しい競争相手がいないことはとてもいいことではないでしょうか?

ジャック:うーん、そうですね。私が思うに、私たちの会社と政府との関係はとても興味深いものでした。創業から最初の5年間は、私は起業する前、元々中国政府関係のパートタイムの仕事で渡米したわけですから。

それが1997年から14ヶ月間ですね。そのときの経験から私は、政府の関係機関ではeコマースはできないということを学びました。それで、起業するにあたって、私は自分の会社で働く人たちや自分のチームに、こう言い聞かせたんです。「政府と恋愛しなさい、でも結婚はしちゃだめだ」

もちろん、政府を尊敬しないといけませんよ。人はよく、「わぁ、政府のお役人とeコマースやインターネットの話をやっているなんて」とか何とか言いますけども、私たちのやっている仕事というのは、eコマースやインターネットの重要性について政府と対話するための機会であり、また責任でもあるのです。

インターネットの力で帰省する大勢の中国農民を救った

チャーリー:それから雇用機会を創出するという意味でも非常に重要ですよね? 

ジャック:そうです。多くの人は失業率、雇用機会に関して政府を敵に回してディベートや闘争をしたりしているけれども、起業してから最初の12年間は、誰も私たちのオフィスに来ませんでしたよ。

だから私はオフィスを訪れてくれた人には、相手がどんな人であろうと、座ってじっくり話をしました。私たちの会社がどれだけ経済の役に立っているか、どれだけの雇用機会を創出しているか、なぜ中国をインターネットで発展させなければならないのか、といったことを説明していました。

インターネットは、当時どこの国の政府にとっても新しいもの、未知のものだったからです。だからもし誰かがそこに参入すれば、そこでチャンスが与えられるんです。今日の私はとってもおしゃべりですね。私が今日ここに来たのは、たくさんの人々にこの話をしたかったからなんですよ。

チャーリー:(笑)。それで政府がやってきて、あなたに「雇用機会創出のために何かして欲しい」とお願いをしてきたわけですか?

ジャック:基本的に、政府がやってきて「ジャック、このプロジェクトやって」と言ってきたら、私は毅然とした態度で断ります。それに対して興味を示す友人知人を紹介することはできますが。でももし政府が継続的に何度もお願いしに来たら、私は「わかりました、やりましょう」と返します。

但し条件があって、私はチャージを課すことはしません。チャージを課すのが好きではないので。ただ、今回は無償で協力するから、お願いだから次は私のところには来ないでね、と言います。

でも、最近は政府からの依頼で仕事をしたんですよ。例えば、春の列車のチケット。これ、とっても難しいんです。ものすごい数の農民たちが、春のシーズンになると都市部から一斉に田舎に帰省するんです。あまりにすごい数の人々が駅のチケット予約に殺到するもんだから、駅の予約システムがダウン(クラッシュ)しちゃうんですよね。この5年間、毎年それが起こっていて。

だから私の判断で、うちの会社が協力して助けてあげることにしたんです。協力するにあたってチャージ(チケット代金以外の上乗せ料金、追加料金)は頂きません。お金のためにやっているんじゃないからです。

政府のためでもありません。単純に、列車を利用して帰省する大勢の農民たちを助けたいから。私たちが協力することで、農民たちはわざわざチケットを買うために、雪の降る凍える寒さの夜に駅の窓口に並ぶ必要がなくなります。オンラインで携帯やパソコンから予約システムを使ってさくさくっと予約ができてしまうんですから。

アリババ創業時、中国の投資家には頼らなかった

チャーリー:Yahoo!に対して、あなたは数十億ドルもの投資をされましたよね。すごく大きな投資だと思います。あなた自身が起業するときは、中国ではなくアメリカの投資家たちから資金を集めたんですよね?

ジャック:ええ、私はすべての投資家の皆さんに感謝していますよ。1999年〜2000年にかけて、人々から、Yahoo!からさえも私はこう言われました。「ジャックは気が狂ってる。あいつのやっていることはよく分からない」と。

人々は私のやっていたことを理解できなかったのです。多くの投資家たちは、基本的に新興ビジネスに対して前向きです。なぜなら、それがアメリカ的な(投資ビジネスの)スタイルだから。でもアリババに対しては、「そんなビジネスモデルは見たことがない」と言われました。

チャーリー:だから「クレイジーなヤツだ」と言われていたわけですね? 

ジャック:そうです。ただもう「ジャックはクレイジーなヤツだ」と。私が初めて『TIME』誌に取り上げられたときも、「Crazy Jack(クレイジー・ジャック)」と書かれたんです。

私は「クレイジー」ならまだいいか、と思っていました。私たちは確かにクレイジーだけど、「バカ」ではないですよ!(笑)

もしもみんなが私のアイディアを「いいアイディアだ」と評価してくれたとしたら、私たちにチャンスはないんです。私たちに投資してくれた投資家たちはたくさん儲けられるし、鼻高々ですよ。

中国政府に顧客データを渡したことはない

チャーリー:ご存知だとは思いますが、アメリカではプライバシー問題について話題になりました。Googleに、Appleに……。そこで質問ですが、政府が一企業の保管している顧客情報にアクセスできる仕組みについて、あなたは賛成ですか? 例えば中国政府がこんなふうに言ってきたらどうします? 

「あなたは取引に関わるたくさんの顧客情報を持っている。それを政府に開示しなさい」

ジャック:これまでのところ、私たちは中国政府との間でそういう問題を抱えたことはないですね。国家のセキュリティ対策として反テロ対策を手伝う、犯罪者に対するセキュリティ対策というのは確かに必要で、それだったら私たちも政府と協力しながら何かしらの対策に取り組みます。

しかし、私たちがやっているのはあくまでビジネスですから、データというのは非常に重要なものです。もし私たちのビジネスの仕組みやデータをどこにでも提供したら、それこそ大惨事です。

それともう1つプライバシー問題に関して言えば、例えば100年前、人々はお金を銀行に預けずに、枕の裏に隠していました。なぜなら銀行を信用できなかったからです。でも今はどうでしょうか? お金を銀行に預ける方がセキュリティ上、余程安全です。

プライバシーの問題に対して、現時点では私たちは明確な解決策を導き出すことはできませんが、私たちの若い社員たちならその解決策を導きだすことができると思います。これから先10年〜20年の間に、決定的な解決策を見つけられると確信しています。

「不可能」が「可能」に変わる人生を描きたかった

チャーリー:あなたの人生は、「不可能なことは何もない」という教訓を教えてくれる、理想的な成功例ですよね。でもある人が「あなたに不可能なことは何もない」と言ったとき、あなたは「いや、まだ始まったばかりだよ」とコメントしました。どうしてですか? 

ジャック:そうですね、私が若い頃は、「不可能なことは何もない」と思っていました。でも今は違います。すべてのことが可能とは限らないと悟ったからです。私たちは自分たちのこと以外にたくさんの人々のことを考えなくてはいけない。

例えばお客様や、社会のこと、社員のこと、投資家のこと、考えないといけないことが山ほどある。もし全力で長期間働き続けたら、その先に「不可能」が「可能」に変わる可能性があるでしょう。起業から最初の5年間は、自分たちの会社が存続できるかどうかも分からなかった。

チャーリー:2002年の頃ですか? 

ジャック:ですね。最初の3年間は利益を出せなかったんです。だけど私たちは一丸となって一生懸命頑張りました。私はよく社員たちと共にレストランに食事に行きました。ある日レストランで食事をした後、精算をしようとしたら、お店のオーナーがやってきて「お客様、他の方があなたの分の支払いを既に済ませてくれましたよ」って言うんです。

それで私は小さなメモを受け取りました。

「こんにちは、Mr.マー。私はアリババグループの顧客の1人です。私は仲買人として、あなたのサイトのおかげでたくさんのお金を稼ぐことに成功しました。でもあなたはおそらく、全く儲けになっていないのではないでしょうか? だからここは私が払います」

こんなこともありました。ある日、とあるカフェでコーヒーを飲んでいたら、誰かが私にタバコをプレゼントしてくれたんです。私はタバコは吸わないんだけども、よく見るとそのタバコにはメッセージが貼られていて、「いつもありがとうございます。私はあなたの顧客の1人です」と書いてありました。

それからもう1つ記憶に残っているのは、北京のシャングリラホテルでタクシーに乗ろうとした時、1人の男性がドアを開けてくれました。実は彼、ボーイではなかったんです。ボーイはまだホテルの入り口付近にいて。それでその彼は私にこう言ったんです。「ありがとうございます、ジャック。僕の彼女が僕より稼ぎがいいもんだから、僕はアリババのサイトで稼ごうと思います」って。

もし何もやらなかったら、不可能は不可能のままです。もし何か行動を起こせば、少なくとも希望は持てます。

「ちりも積もれば山となる」がインターネットのいいところ

チャーリー:インターネット販売はほとんどが少額取引なので、商品取引から得られる収支より広告料としての収支が大部分を占めているのではと思いますが、広告料からの収支はどれくらいですか? 

ジャック:ごく僅かですね。

チャーリー:ごく僅か? 

ジャック:はい、収支はごく僅かです。広告料からも、商品取引からも。でもですね、ひとつひとつの利益は確かにごく僅かですが、「ちりも積もれば……」で私たちは相当な数の取引を抱えていますから。現在抱えているスモールビジネスの数は1億にも上ります。私たちはWalmartに僅差で追従しているのです。

チャーリー:Walmartに僅差で追従しているんですね。

ジャック:ひとつひとつの取引から得られる利益は僅かでも、それがすごい数集まると大きな利益になる。そうやって私たちのビジネスは大きく成長してきました。Walmartのシニアマネジメント担当者が過去に一度私たちの元を訪ねて来たとき、「ジャック、君のやっている仕事は素晴らしい!」とかなんとか言われた記憶があります。

そのとき私はこう言いました。「たぶん10年後は、Walmartより私たちの販売額は大きくなっていると思いますよ」そしたらそのWalmartの担当者は「それはそれは、たいそうな夢ですね」と笑ったんです。

(会場笑)

でもね、冗談じゃなくて本当に、Walmartより私たちの販売額は大きくなっていると思いますよ。もし仮にWalmartが新しい顧客を1万人捕まえようとしたら、新しい倉庫なんかの付随する設備投資が必要になってくるでしょう? でも私たちのビジネスの場合は、たった2セールスです。

チャーリー:今現在、Walmartとのマーケットキャップの差はどれくらいですか? 

ジャック:わからないですね。

チャーリー:僅差?

ジャック:だと思いますよ。あとで確認してみないと正確にはわかりませんが。