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ネットで誰かを吊し上げて叩くと快感が得られる–脳科学者・中野信子氏が解説する「シャーデンフロイデ」という感情

ネットで誰かを吊し上げて叩くと快感が得られる–脳科学者・中野信子氏が解説する「シャーデンフロイデ」という感情

上智大学で行われた脳科学者・中野信子氏の講義「脳科学と世界の中の日本」。芸能人の不倫や不祥事を過剰に叩くときに生まれる「シャーデンフロイデ」という感情と、それが共同体のなかで果たしてきた役割について解説しました。

シリーズ
脳科学と世界の中の日本
2017年5月12日のログ
スピーカー
脳科学者/東日本国際大学教授 中野信子 氏

関係ない人が「社会のために」攻撃を始める

中野信子氏(以下、中野) 理想主義的要素が強い社会、というのを想像してみてほしいんですけれども。ちょっと窮屈じゃないですかね。 みんなが素晴らしい人間である社会とは、あなたも素晴らしい人間であることを強要される社会です。理想主義的な要素が強いというのは、裏を返せば、理想の姿ではないものはバッシングの対象になるということです。 例えば、ある不倫事件とか。週刊文春さんで話題になりました。でもきっと、これが配信される頃にはどの不倫事件かわからなくなっているでしょうね(笑)。それから、政治家のいわゆる「不適切な」発言など。糾弾するに値しないのでは、と後から振り返れば多くの人が思うようなものであっても、理想の姿から遠い状態を「問題である」と一定数の人が考え始めれば、それが「世間の総意」であるとして激しい攻撃を受けたりします。攻撃する人は、それが社会正義であるという無意識的な自認があるので。 学術的には、そのまま英単語にしただけのようですけれど、「Sanction(サンクション)」といいます。制裁という単語ですね。社会的な制裁が比較的簡単に発動する仕組みが、人間の集団には備わっている、ということになります。 これは、サンクションがあってもいい状況かもしれない、「そういう人」たちがいると社会が適切に保たれない、理想的な姿にならないと多くの人が感じるときに、みんな寄ってたかってその人を攻撃するのが正義だということが起こるわけですね。 まったく関係ない人まで「社会のために」攻撃を始めます。さらに、「オーバーサンクション」という現象が起きることもあります。 これはどういうものか。その人にはとくに責めるところなんてないんだけれども、「明示されていないルールを理解しない」「暗黙の了解に従わない」「まわりから浮いている」という要素によって制裁行為が行われてしまうという現象のことです。 いわゆる「良識」に欠ける振る舞いだとか、TPOを踏まえない服装をいつもしてくる、というのも該当するかもしれない。あとは能力以上の利得を得ている可能性があるとみなされてしまった時とか。 あとは「あいつ空気読めないよね」ということで、バッシングというか、いじめが始まったりすることもありますね。 それでは、この「ちょっと違う人」を検出するために、ヒトはどのような仕組みを使っているのでしょうか。

「メシウマ」の感情にはどんな意味がある?

ヒト社会では、「妬み」が「検出モジュール」として使用されている可能性があります。 ところで「妬みによるいじめは女性社会、男性社会、どちらのほうが起きやすいと思いますか」と聞くと、たいていみなさんは「女性ではないか」と答えるんですけれど、実は男性のほうが、妬みを感じたとき、相手の足を引っ張る行動に出やすいかもしれないことを示すデータがあるんです。妬みの相手がダメージを受けたときの快感は、男性のほうが強く感じているんです(笑)。 (会場笑) 「俺はそういうのを感じません」という人がたまにいますけど、こういう方は、その感情を覚えた時のことを忘れている忘れっぽい人か、自分の気持ちに鈍感な人か、感じるけれど見栄を張ってそう主張しているええかっこしいか、あるいは、本当に感じないサイコパスなのか、いずれかということになるので、私はそういう人を信用しません。 妬みについての実験がされていまして、前帯状皮質という部分が、この感情を感じる時に活性化している部分だということがわかりました。 一方で、「Schadenfreude(シャーデンフロイデ)」という用語もありまして、これはドイツ語なのですが、いわゆるネットスラングの「メシウマ」というのが一番ぴったりくる、そんな概念です。メシウマ、って「他人の不幸で今日もメシがウマい」の略なんですよね? シャーデンフロイデは、妬みの相手が失敗したときに感じる喜びの感情のことです。例えば、自分と同学年で同性の人が、素敵な恋人とつきあいはじめました。誰もが羨むような人とお付き合いをしている。でも、どうもそのせいか成績も下がって、なんか別れたらしいよ、とかね。 ちょっといやな感情ですね。だいたい持ってないほうがいいですよね。けれども、いやな感情だからこそ、どうしてその感情が消えてしまわなかったのか、これを持っていることに何か意味があるんだろうか、という考え方ができます。本当に必要のない感情だったらもう残っていないはずですね。脳はそんなに余裕のある器官じゃありません。そこで、その意義というものを考えてみたいと思います。

人類が共同体を作る意義

さて、人の集団では、その集団を構成する人たちがちょっとずつリソース、たとえば自分の持っている時間とかお金とか労力といったものを、その集団のために使って、集団を維持しています。 しかしながら、そのなかに1人、自分はリソースを払わない、という人がいたとしましょう。1人だけお金を払いません、1人だけ時間を使いません、1人だけ知恵を出しません。みんなの労力にタダ乗りする人です。タダ乗りする人のことは、フリーライダーと呼ばれれます。 フリーライダーがいると、そのサークルはどうなるか。タダ乗りしてもその集団の利益を享受できるのであれば、「私も労力を払わなくていいのかな?」という人がたくさん出てきます。そうすると、次第にみんな集団に対して犠牲を払わなくなっていきます。 「なんだ、ミーティングに行かなくてもいいんじゃないか」「なんだ、お金を払わなくてもいいんじゃないか」「知恵なんか出さなくたっていいんじゃないか」ということになる。そうすると、その共同体は崩壊します。 共同体が崩壊すれば、農作業もできない。それ以上に、私たち人間というのは、あまり強靭な肉体を持っていません。例えばヒグマに襲われたら、勝てる人はなかなかいません。勝つことができたらそれはニュースになりますね。普通の人は戦って勝利をおさめることはまずできない。 また、ヒトは逃げ足も遅いです。イノシシが襲ってきて、彼らは時速45キロで走るんですけれども(笑)、走って逃げるのはなかなか難しいと思います。こんな足も遅いし、肉体も脆弱な私たちがどうやって生き延びたかというと、共同体を作ることによって生き延びたわけです。共同体を作って、自分たちが寝ている間には誰か他の人が番をしているとか、1人が戦ってる間に他の人は子育てをしているとか。 また、肉体的に脆弱であることに加えて、子どもを育てるのに20年ぐらい必要で、非常に時間がかかります。こんな外敵に対して弱い、子どもを育てるのにも非常に労力の掛かる種が、今は75億を超える個体数という繁殖をしているわけです。 共同体を作る意義っていうのは私たちにはものすごく大きいわけです。いわば、共同体を作るということが、ヒトの唯一の武器であったといってもいいかもしれません。 すると、それを壊すという行為は、種の保存にとってきわめて都合が悪い。これを「悪」「好ましからざるもの」と感じる機能が発達していくことで、共同体を守りやすくなり、種として生き延びるのがより有利になるというわけです。

バッシングには快感が伴う

このような事情で、みんなのためにリソースを払わず、そのリソースにタダ乗りする人は制裁されなければならない、というバッシングの下地ができ上がります。 ひょっとしたら、その排除の圧力が働く集団だけが生き延びてきたのかもしれません。制裁を加えなかった集団、「まぁいいじゃないか」と寛容に対応してきた集団は、内部のフリーライダーに対して脆弱な構造を持つため、集団ごと滅びてしまう。生き延びてくることができなかった、ということなのかもしれない。 しかし、サンクションにはデメリットというか、リスクがあります。一言でいうと、「逆ギレされる」というやつでしょうか。 集団内の誰かに対して、「こういう振る舞いはいかがなものか」と苦言を呈したり、あるいはもっと直接的に「出ていきなさいよ」と言ったり。サークルの中だったら「もうサークル来ないでください」とかね。すると、復讐される危険性が生じます。その危険性がありながらも、集団の存続、種の保存という観点からはバッシングが必要だという事情がある。 そこで、そのリスクを乗り越えるために、脳が工夫をしたのが、「バッシングに快感を持たせる」ということです。叩くと気持ちいい。誰かを責めて、泣くまで締め上げると気持ちよく感じるようにできている、というわけなんです。その快感がシャーデンフロイデなんでしょうね。 よくマスメディアやネットで見ませんかね、こういう光景。誰かを吊し上げて、みんなで一緒に叩くと、非常に多くの人が喜ぶ。 サンクションのメリット、つまり叩く快感のほうがリベンジのリスクよりも大きい時、これは匿名で叩くという行動の時にリスクが少なくなるわけなので、相対的に制裁行動のメリットは大きくなります。 先ほどお話した、理想主義的な要素の強い環境は、とても制裁行動が発動しやすい環境なんです。というのは、ある理想の一定の姿がある時に、それにそぐわない人は叩いてもいいという大義名分を与えられてしまうから。これが、理想主義の本質的な姿です。 「理想の姿」でないものは、なんであれバッシングの対象にすることができる。そしてそこからは、叩く快感を無尽蔵に得ることができる。これが、理想主義的な社会の輪の暗い側面でしょう。いつか、ベッキーさんや不倫騒動で話題になってしまった人たちと、このお話をしてみたいものです。 さて、こうした理想主義的要素の強い社会では、自分が何かを達成する、何かを実現するというよりも、なるべくバッシングを受けないようにするのが生き延びるのに最善の戦略となります。ほどほどの幸せ、ほどほどの利得ということが一番賢いやり方だと、両親にも先輩たちにも言われるのではないですか。 目立たないように、突出しないように振る舞って、自分の利益はこっそりと仲間内だけでおすそ分け、というのが一番いい戦略になります。あんまり希望のない話で申し訳ないようですけども、日本こそが、そうした戦略が適応的である社会です。これが世界的に見たときの幸福度の低さに反映されているという考え方です。

  
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