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成功要因は「やってみた」に尽きる–キンコン西野氏×FREETEL増田氏が語る、成功への最短距離

成功要因は「やってみた」に尽きる–キンコン西野氏×FREETEL増田氏が語る、成功への最短距離

キングコング西野氏が作ったワクワクしたい大人のための学校、通称「SA-CUS(サーカス)」。2017年3月5日にJ-WAVEで放送された番組「SUNDAY SESSIONS」では、プラスワン・マーケティング増田氏とアソビシステム中川氏をゲストに開講しました。本パートではプラスワン・マーケティング増田氏が、現在注目を集めつつあるSIM端末フリー製造と通信事業「FREETEL」の立ち上げ経緯などについて語りました。

シリーズ
J-WAVE「SUNDAY SESSIONS」 > キングコング西野×プラスワン・マーケティング増田×アソビシステム中川
2017年3月5日のログ
スピーカー
キングコング 西野亮廣 氏
プラスワン・マーケティング株式会社 代表取締役 増田薫 氏
アソビシステム株式会社 代表取締役 中川悠介 氏

誰も知らないものを知りたい「フューチャー学」開講

西野亮廣氏(以下、西野) J-WAVE「SUNDAY SESSIONS」ナビゲーターの西野亮廣です。 突然ですが、学生時代、勉強みなさんお好きだったでしょうか? 僕は、もう言いわけができないぐらいアホで。で、勉強っておもしろくないなぁと思って、この世界に入りました。 それで、この世界入っていろんな方とお話してると、例えば茂木健一郎さんの脳科学の話だとか、でんじろう先生の理科の話だとか、先輩芸人さんの歴史の話だとか、聞いてたらすごくおもしろくて「あれ? おもしろい!」って。 帰り道にその人たちから教えてもらった話に関係ある本とかを、ほぼ教科書みたいな本を買って、家で熟読するんですけど。気がついたら僕、勉強してたんですよ。「あれ? 勉強、超おもしれぇじゃん」みたいな。 では、どうして学校の授業ってあんなにおもしろくなかったのかなと考えた時に……。これはもう定義したんですけど、勉強は絶対におもしろい。勉強はおもしろいけれど、それを伝える先生があまりおもしろくなかったのではないか、みたいなところから発想を得ました。 だったらもう「おもろい先生しか登場しない学校を作っちゃおう」と思いました。それで、スマイル・アカデミック・クレイジー・ユニーク・スクール、通称「SA-CUS(サーカス)」という学校を作っちゃったというわけです。 校長は私、西野亮廣。わくわくしたい大人のための学校サーカス、今夜、電波の中で開講です。それではさっそく今夜も授業を始めていきたいと思います。 本日みなさんと一緒に勉強をしていくのはこの学科、「フューチャー学」。フューチャーと言っても、未来ではありません。 僕が考えるフューチャーとは、おもしろい、誰も知らないものを知りたい、誰も見たことのないものを知りたい。これこそがフューチャーであり、おもしろいものだと定義し、フューチャーを生み出すための授業を行っていきたいと思います。

SIM端末フリー製造と通信事業を同時展開

まずは、今週から2週にわたって一緒にフューチャー学を授業していく学科長を紹介します。 SIMフリー端末の日本メーカーであり、通信事業者でもあり、アプリの開発も行っている「FREETEL」ブランドを展開する、プラスワン・マーケティング株式会社代表取締役、増田薫さんです。よろしくお願いします。 増田薫氏(以下、増田) よろしくお願いします。増田です。 西野 増田さん、初めましてですね。よろしくお願いします。どういったお仕事をされてるんですかね? 増田 まぁ簡単に言うと、今だいたいみなさん携帯電話お持ちだと思うんですけれども、だいたい毎月1万円ぐらいお支払いになってると思うんですね。 西野 はいはい、そうですね。 増田 うちはその中で、携帯電話をまず作ってるメーカーです。で、あとさらに通信もやってますと。それで、うちのFREETELのスマートフォンと通信を使うと、今まで毎月1万円かかってたものが、だいたい1,500円ぐらいになりますよ、と。 西野 えっ? 増田 85パーセント削減できます、というのを日本でやってる会社なんですね。 西野 そういうことをやって、なんかどこかからブーブー言われたりしないんですか? 増田 ぜんぜんないです、ないです。携帯電話って当然必要じゃないですか。昔は自動車電話とかあって、僕のまわりでも、お金を持ってるやつだけ自動車電話持ってましたけど、要は贅沢品だった。 今ではもうライフラインじゃないですか。でもやっぱりまだまだ通信料金が、1つの世帯って4人家族らしいんですけど、年間で40万とか50万とかかかってて。 西野 高いですね。 増田 やっぱり平均年収の10パーセントぐらいが通信に消えちゃうって、ちょっともったいないじゃないですか。そのなかでうちは……日本の一般的なキャリアでの通信料は海外に比べてもちょっと高いですから、海外並みの料金をしっかり提供したいなと思って事業をやってるんです。

日本人にとって精密機械はお家芸

西野 なんでそれが可能なんですか? そんなん、みんなやってほしいじゃないですか、こっちは。 増田 これね、MVNO、今「格安スマホ」とか言われてるマーケットなんですけど。 それこそドコモさんとかソフトバンクさんとか、いろんな電波飛ばすためのアンテナをバーッと日本中に張り巡らせてますよね? 当然コストを掛けてやってらっしゃる。うちは、そのアンテナとかを使わさせていただいて。 西野 お借りする、と。 増田 はい。お借りして、通信を提供している。だから莫大な通信設備とかの投資が必要ないので、安く提供できますっていう。 西野 そのかわり、ドコモさんとかソフトバンクさんとかに「お前ちょっと、お前んとこのそんなに安くしてもうたら、うちお客さん来ぇへんやないか」とか言われたりしないんですか? 増田 そこもね、うちはドコモさんから回線を借りてやってますんで。 西野 へぇ~! 増田 しかもちょうど安倍首相が、去年か一昨年とか、携帯電話ちょっと安くさせようってやってたじゃないですか。そういうふうに、国もちょっと推してくれているので、このマーケットがスーッと日本にもできてきた。 西野 はぇ~。 増田 その中で通信を「じゃあうちもやりまーす」っていうのはたくさんあるんですけれども、「メーカーもやってます」はうちだけなんですよ。 西野 端末を作られてるっていうことですね? 増田 そうです、そうです。 西野 開発されてる? 増田 ここにはめちゃめちゃこだわってまして。やっぱり日本人は、こういった精密機械ってお家芸じゃないですか。実際に僕、子どもの時にソニーのウォークマン、すごく欲しかったんですよ。「かっこいい~」と思って。 西野 超かっこいい。 増田 お金なかったんで、AIWAだったんですけど……。 西野 ははは(笑)。AIWAあった! ありました。 増田 しかもだいたい電池がなくなると、鉛筆にカセットテープ入れて、くるくる回して巻き戻す(笑)。 西野 ありましたね(笑)。 増田 ああいう日本のメーカーさんがすごくがんばって、世界中にわーっといろんなものを出してって、「日本の品質すごい」ってなったわけですよね。

増田氏「日本メーカーで世界一になりたい」

でも、だんだんその製造拠点も海外に移していっちゃったりとか、ノウハウが逃げてっちゃったりとか、気づいたらみんな外資系の製品使ってるわけですよね。 西野 そう、実はそれを感じていて。自分が旅行で、例えば海外に行ったときとかに、電気屋さんに入ったら、もっと日本の家電がズラッて並んでると思ったんですよ。なんだかんだ言っても日本の製品が売れていると思ってたんですけど、そうでもないですね。 増田 やっぱいないんですよ、これが。本当なくなっちゃったんです。 西野 なくなっちゃってますよね。でも日本人はまだたぶん思ってますよ。「家電は日本でしょ」みたいな。 増田 僕もそう思ってたんですよ。でも、会社起こしたの4年半前なんですけど、その前は外資系のパソコンの会社で、そこで携帯事業を途中からスタートさせて、製造の工場とかいろいろ見てまわったんですよね。 そこで見たら……僕、最初は外資系のものづくりって舐めてたんですよ。バカにしてたんですよ。「ほら、こんな雑な作り方してる」みたいな。「日本は違うよ」と思ってたんですけど。 西野 雑なイメージありますけどね。 増田 そこで日本の製品も作られてた、と。 西野 なるほど。 増田 「あれっ?」と思って。「えっ? これ、どういうことだ?」と思って。ぜんぜん、イメージしたよりも、もっとちゃんとした工場で、すごくしっかりしていた。 でも、この製造ラインではAっていうメーカーとして作ってて、その隣ではBが作られてて、その隣がCで、その隣が日本メーカーみたいな。 西野 なるほど。なるほど。 増田 「えっ、これが日本メーカーの今なの?」って。ムカついて速攻会社作って。 西野 (笑)。なるほど。プライドもありますからね。 増田 そうですね、やっぱり日本のものづくりをしっかり受け継いで、それでやっぱり日本のブランドをもう1回世界に広めて、それで世界一になりたいなと思って、それで会社作りました。

人生は1回、だからいいものを作ることに集中する

西野 はぇ~! それ、おいくつぐらいの時ですか? 増田 4年半前、40歳のときですね。 西野 で、もう作られたんですか。 増田 はい、作りました。本当にあれ見て、ガクッときて。 西野 わかんないですけど、携帯電話の会社って、そんなにフラッと作れるんでしたっけ? 増田 まぁ(笑)。最初みんなに「お前なにやってんだ」と、絶対無理だって言われましたけど、でも意外と作ってみたら作れちゃうっていうか(笑)。 西野 えっ、携帯電話の会社って作れましたっけ? わかんないですけど(笑)。だんご屋を開くのとワケが違うでしょ? だって、いや、だんご屋を開くのも大変ですよ? 増田 いや、これね、すごくラッキーで、人の縁だったんですけど。やっぱりもう日本メーカーは、僕たちが思ったようなかたちとぜんぜん違う、世界からもどんどん消えてってる。 そういった日本のメーカーさんで働いてて、それこそちょうど引退間近という方たちがいらっしゃるわけですよ。「昔はよかった」って言って。 僕は「いやいや、日本のものづくりをしっかり受け継いで、いいもの作りたいんだ」と思ってやってたら、最初に会社を作った時って4人だったんですよ、今250人なんですけど。 西野 今250人いるんですか! えっ? 増田 で、これが、「一生懸命いいものを作るんだ」って意地を張ってやってたら、そういった方々がどんどんどんどん……。 西野 あっ、寄ってきた、と。はいはい。 増田 最初はもう、完全にもう引退されてるので、もう別に給料もいらない、「一緒に作ろうよー」みたいな感じでどんどん集まってきて、人が人を呼んでいって。それが今、開発陣だけでも100名以上の組織になって。 西野 はぇ~。でも、コンセプトが明確だったんでしょうね。日本のいい製品をもう1回作ろうっていうのが。 増田 これ、すっごく大事だと思いました。会社作った時に、やっぱり、なんて言うんですかね、お金ってどんどんなくなっちゃうわけでしょ、会社って。 簡単に、楽して儲かりそうなビジネスとかもあったし、どうしようかなぁと。「こっちに魂を売り渡す」じゃないけど、こうしたら儲けも出るしどうかなって思うことも一瞬あったんですけど、結局そういうのって全部うまくいかなくて。 西野 あぁ~。 増田 結局、人生1回だから、やっぱり本当にいいものを作る、それだけに集中しようって思ってから、逆にいろんなものがいいほうに転がり始めました。

最初の製品を出すとき、ぜんぜんお金がなかった

西野 へぇ~。一番の大ピンチはどこでした? 増田 一番の大ピンチは、最初の製品を作るときですね。 西野 はいはい。 増田 製品作る時って、先にお金が必要なんですよ。 西野 あぁ、なるほど。それも、ちょっとやそっとのお金じゃないですよね? 増田 まぁ、億……。 西野 はぁ! 増田 最初、うちの資本金、30万ですから。 西野 え~っ? 増田 そのものづくりの現場見て、頭来て速攻会社作ったんで、僕の嫁に隠し口座であったところが30万しかなかったんで、それで作ったんですよ。今はおかげさまで資本金77億円になったんですけど。 西野 ははは(笑)。 増田 でも最初の1発目の製品出すときって、お金がぜんぜんないわけです。 西野 それでもスタートできたんですか? 30万ですよね、要は。どうやってやったんですか? 増田 これね、思い起こすとちょっと泣きたくなっちゃうんですけど……。 西野 泣かんとってくださいね、第1回目の放送で泣くにしては早すぎる(笑)。なに? 聞きたい。

中国人スタッフ「あの、自分の家、抵当に入れてきました」

増田 まず、いろんな製品のコンセプトとかできてたから、それで例えば○○カメラさんとかあるじゃないですか。っていうところに行って、「じゃあこんだけの台数発注するよ」っていうのはもらってたんですよ。 でも、先にお金がないと作れない。なので、分割して納めることにしたんですよ。4分割して納めますと。そうすると、最初に必要な資金は億だったけど、それがまぁ1,000万単位になってくるわけですよね。とはいえ、資本金30万ですからどうやっても追いつかない。 そこで、それこそ先輩の経営者の方とかいろんな方にお会いして、もう夢語って、それで「少し貸してあげるよ」みたいなかたちでやったんですけど、それでもどうやっても足んなくて。 そしたら、4人でやってた時のそのうちの1人、中国からの留学生でその後も働いてる人がいたんですけど、僕が払えなくてどうしようかなと思ってたら……。しかもその時、ちょうど中国にいたんですよね。工場が中国だったんで。「コンコン」ってその子がこう来て、しかも旦那さん連れて。「どうしたの?」って言ったら、「あの、自分の家、抵当に入れてきました」って。 西野 えーっ? 増田 「えっ?」「えっ、どういうこと?」。「いや、私たちにとってもこれは夢だから、それに賭けます」って言って。 西野 え~っ? 増田 そんなのダメだよダメだよって言ってたんですけど、その日のうちに契約書にサインしちゃって(笑)。それで作った。だから本当に想いが詰まってる。 西野 いやぁ、もう「プロジェクトX」みたいな話じゃないですか。なんすか、これ? 本当にそんなのあるんですか? 増田;だけど本当にあの時はもう、みんなでもう、なんか……。 西野 泣くやつじゃないですか。 増田 製品ができて、日本にボーンって来て、お客さんに納めて、それが売り場に並んだのを見た時、みんなで本当に……。 西野 いや、泣くわ~。 増田 ○○カメラさんだったんですけど、見た瞬間にみんなボロボロ泣いちゃって。 西野 いや、わかる~。 増田 あやしい人みたいな(笑)。 西野 だって今、僕の脳内で中島みゆき流れてますもん、「ヘッドライト・テールライト」。へぇ~! 

半ば強引に上海へ乗り込み、技術協力者を説得

でも、思いはあったとしても、増田さんに携帯の知識っていうか、専門的なノウハウはあったんですか? 増田 僕はね、技術を勉強したわけではないんで、確かにそういった意味では開発者ができるかって言ったら、そんなことないんですよ。その時にじゃあどうしようかなと思って、実は2つ作戦を自分で実行したんですよ。 1つはなにかというと、技術者じゃないけどエンドユーザーじゃないですか。だから、ユーザー目線で「こういう製品だったらいいなぁ」っていうのを突き詰めようと思ったんですね。 1発目の製品は、その時はまだSIMフリーの端末って市場には1個もなくて、しかも日本で売られてる携帯電話の平均単価は7万円から8万円という。 西野 高いですよね。 増田 その中で目玉をボンと付けるためには、スペックはそんなに高くなかったですけれども、9,800円にしたんです。 西野 なるほど。 増田 Androidで、一切機能制限しない。でも9,800円。しかも色も6色。というのを目玉にしたんですよ。で、あともう1つが、うちは4人でやってるし、みんな技術者じゃないから……。 西野 4人でやってるって、みんな技術者じゃないんですか? 増田 麻雀と同じ人数なんですけど。 西野 (笑)。あの卓で携帯電話が生まれるんですか? 増田 もうそんな感じ。会社に行っても、会社っていっても僕の家だったんですけど。 西野 自宅から? 増田 自宅です、自宅です。 西野 え~っ。 増田 自宅なんで。自宅いいですよ。絶対に会社に遅刻しませんから。 西野 いやいや……まぁ起きりゃいいですもんね(笑)。 増田 そうです。開発力も必要じゃないですか。でも開発陣いないじゃないですか。携帯電話って、中にCPU、脳みそ部分が入ってるんですよね。 例えばクアルコムとか、メディアテック、スプレッドトラムっていうのがあるんですけど、スプレッドトラムのCPUは、日本に入ってなかったんですよ。 西野 なるほど、なるほど。 増田 で、これはスプレッドトラムを逆に日本に、うちの製品に入れて出すことによって技術協力が得られるんじゃないかと。それは前職がDELLだったし、パソコンのメーカーでそういったチップセットの会社とはだいぶ付き合いもあったので。それで本社が上海だったので、乗り込んで。 西野 行っちゃうんですね。 増田 しかもその時、そういったことを考えてるっていうことで、テレビの取材が入ってたんですよ。それでもう、チップセットメーカーに連絡して「取材が入るからとにかく会ってくれ」っていう強引な開け方して。 そうしたら「じゃあ技術協力しましょう」ということで、常にそこのチップセットの会社さんから4~5名の技術者がうちに常駐されるようになったんです。 西野 へぇ~! 増田 それで開発力を高めていったんです。

やっちゃえば、なんとかなる

西野 へぇ~。でも、なんか、やれるんですね。要は、みんなあの手この手で言いわけを作って、「いや、これだからできない」「あれだからできない」っていうのって、みんな言うと思うんです、やれないときって。理由を。 でも今のお話うかがってると、できない理由はもう山ほどあるじゃないですか、話を聞いてるだけでも。「4人で」とか、「30万で」みたいな。それでもやれるんですね、やっぱ。 増田 僕も思いました。やっちゃえと思ってやっちゃったら、なんとかなるかな、みたいな。 西野 なるほどね。 増田 でもコンセプトさえ外さなければ、魂さえ変えなければ。 西野 そこでブレなかったからよかったという。おもしろいなぁ~。今その会社を大きくしてみて、なんだろう、海外に比べて日本がちょっと劣ってるなってところって、比べてみてどうですか? 増田 劣ってるとこですか。例えば人っていうので見たら、劣ってるものって決してないと思うんですよね。 西野 なるほど。 増田 本当に新しいものを世の中に生み出して、例えば音楽の世界とか、どんどん世界に出て行かれてる方もたくさんいらっしゃるし、クリエイターの方とか。 なので、実は十分、日本人はクリエイティブの精神を持ってるし、しかも「よっしゃ、俺たちも乗っかってやってみよう」ってなったときのパワーは、すごく強いものがある。 西野 はいはい。 増田 ただ確かに、4~50年前にソニーさんとかがわーっと世界に出ていったときと比べるとちょっと落ち着いちゃった感はあるので、どう出てっていいかわからない。そもそも出ていけるもんだと思ってなかったという人が多いのは事実ですね。 西野 なるほどね。だから本当にそこは見習って、増田さんを見習って、まずは行っちゃうほうがいいっすよね。 増田 まずやっちゃえと。 西野 まずやっちゃうっていう。その、なんかすぐに会議して、あーだこーだ、こうでもないああでもないって言って……。 増田 しかも4人しかいないから会議しようもないですけどね。 西野 それがいいよなぁ~。

成功要因は「やってみたこと」に尽きる

増田 結局なにが成功要因だったかっていうと、やってみたこと。 西野 やってみたことね。 増田 まぁそれに尽きるんじゃないかと思います。 西野 いやぁ、いい言葉ですね。 増田 やっぱりみんなリスクって当然考えるし、これやったらどうなるかな、こんなこと失敗できないとかいろいろあるじゃないですか。それはそれで事実で、そう思うことはいいと思うんですけど、でも「まあいっか、やっちゃえ」という。 西野 それむっちゃいいっすね。 増田 けど、最後はそこじゃないですか。「1回やっちゃおっか」みたいな。今まででも、学園祭の時でも、どんな時でも、最後なにかやるときは「まぁやっちゃおうよ」っていう。 西野 もうずっとそうだったんですか? 増田さん。 増田 うーん、そうですね、やっちゃえ系だったかもしれないですけどね。 西野 最初の4人、残りのお三方もそういう感じだったんですか? 増田 3人ともそういった意味では、「じゃあやっちゃおうか」って時に「そうだね」って言っちゃいがちですかね。みんな酒好きで。 西野 ははは(笑)。 増田 全員酒好きで。酒飲んでわーって盛り上がると、「じゃ、やっちゃおっか!」「やっちゃおー!」みたいな(笑)。 西野 気持ちいい(笑)。釣りバカ日誌みたい。 増田 本当ですね。 西野 釣りバカ日誌に出てきそう(笑)。 増田 わいわいわーいって、とりあえず進んじゃえば……。そこで1歩踏み出すのと1歩踏み出さないのでは景色が違うし。1歩踏み出してみたら、意外と「なんだ、こっちにもチャンスあんじゃない?」、逆に「こっちが道だと思ったけど、これはなかったね」とかいろいろわかる。そうすると、ますます自分の心が研ぎ澄まされていくんですよ。 西野 なるほどね。出てみたらね、やっぱりね。 増田 人生1回なんで。その時にじゃあ自分はなにやるんだって。僕、クリアに思ってたのが、やっぱり楽しいじゃないですか。その気持ちが強くなればなるほど、まぁ失敗したとしても後悔しにくいというか。 言われた人生だったら後悔するけど、やっちゃえってやってみて失敗したら、まぁ笑い話になるし。 西野 あぁ~、おもしろいなぁ。

  
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