最短最速の意思決定を

田中良直氏(以下、田中):みなさん、すばらしいポイントを押さえていらっしゃいます。最短最速で意思決定をしていくこと、これは特にスタートアップの企業にとっては非常に重要なことですよね。ある程度大きくなっていくと、また変わっていきます。私は大企業のクライアントの仕事もさせていただいていますが、こんなに違うかというぐらい意思決定のスピードが違います。

成長盛りのベンチャー企業と、何年も歴史がある大きな企業の部門間調整による意思決定のスピードは、ぜんぜん違います。体感で言うと3万倍ぐらい違う(笑)。みなさんにはぜひ、最速の意思決定で進んでいただきたいと思います。

そして、プロセスをマネジメントしていく。そこに、仮説を持って検証していく。いずれも非常に重要なポイントです。

最初にお話しした、戦略的にものを考える5つのポイントという話なんですが、私がこれまでずっとコンサルティングをやってきて、戦略思考と言った時に「これが一番重要だよな」ということが5つあります。戦略思考に絶対に必要な5つの要素があります。この5つは絶対に押さえておきましょう。

まず1つ目。全体観を持つことです。これが非常に重要なポイントです。今この瞬間から体に、脳に叩き込んで覚えてください。人間の視野や思考は、なにか課題がある時とか、問題がある時は、どんどんフォーカスしていくんですね。それは当たり前なんです。だから問題解決ができるということでもあるんですけれども。

特にプレッシャーがある時、それもネガティブなプレッシャーがある時はもっとそうなります。売上を上げなきゃいけないとか、何か問題が起きている、これを解決しないと会社の事業のスピードアップがまずいとか。そういうプレッシャーや問題、課題があればあるほど、人間の視野はどんどん狭くなってくる。

目の前の情報がすべてではない

それから、いろんな情報を得た時。不思議なもので、情報を得るとその得た情報というものが前提であり義務になるんですね。そこに勝手に枠を作って、そのなかで物事を考えるというのが、人間の普通の思考方法なんです。それがプレッシャーがあればあるほど、課題があればあるほど、どんどん狭くなっていってしまう。それで全体観が見えない、見失ってしまうことが多々あります。

ここがまず非常に重要で、目の前に見えていること、目の前に見えている課題、目の前に見えている市場、目の前に見えているお客さん、目の前に見えている競合、それがすべてじゃないんです。もっと広いものが世の中にはあります。その全体観を必ず見ることが、一番重要なポイントです。

ことわざに「木を見て森を見ず」という言葉があります。これまでに、「ああ、このことわざは言い得てるな」と、そんなことを思った方はいらっしゃいますか? 「『木を見て森を見ず』ということが、確かに人生にはあるよな」と。ありますよね(笑)、なにか見失ってしまうことがね。

人間である限り、小さな些細なことでもあると思います。ビジネスではそれが致命的になるので、全体観を必ず見る、広げることが非常に大事になります。ポイントとして、自分が重要だと思っていること、自分が今、目の前で見ていることが、必ずしも最重要じゃない可能性もあるということです。

市場分析をやる時でも、顧客のプロファイリングを分析する時でも、戦略を考える時でも、今自分に見えているものが重要だと、人間はデフォルトで考えちゃうんですよね。でも、違うスキームで考えると、ぜんぜん違うものが重要かもしれない。

例が1つあるんですけれど、私が駆け出しのころに経験したプロジェクトのなかで、エレベーターの事業戦略がありました。エレベーターをどうやって拡販するか。

エレベーターはビルについていますよね。建物についています。私はその時に、日本のエレベーター市場を分析しようとして、建物の種類別に分析を始めたんです。いったい、どんな建物にエレベーターがついているのか。どこに需要があって、誰が意思決定をして、誰に売りに行けばいいのか、ということを調べるために、市場分析をやっていたんですね。

建物は大きく分けるとお金の出どころとして、民間とパブリックがあります。官公庁の建物と民間の建物。どっちが多いと思いますか? 官公庁と民間。年間に建物が建つ数。

参加者4:民間?

田中:民間、その通り。民間のほうが多いです。官公庁の建物、例えば県庁の建物とか、霞が関の建物とか、毎年バンバン建てませんよね(笑)。民間はどこそこに新しいオフィスビルが建つとか、再開発をやるとか、新しいマンションが建つとか……。バンバン建ってますよね。圧倒的に民間の建物のほうが多いです。数も多いし、それだけ金額もでかいですね。比べると、官公庁のマーケットはちょっとしかない。

本当に狙うべきマーケットはどこか?

その視点から、私は民間のオフィスビルとか、マンションとか、そういった市場のほうが絶対に重要だと思ったわけです。だって、こんなに大きさが違うわけです。それでそっちを主体に分析をやっていて、官公庁の市場というのは、言ってみれば軽視していたわけです。大した市場じゃなかろうと。

そうしたら、クライアントの役員の方に指摘をされたんです。「君、それは間違っているよ」と。「君の見方は狭すぎるよ」と。お叱りを受けました。何故かと言うと、官公庁のマーケットは、あまりシェアが動かないんです。役人は保守的じゃないですか。それまでとぜんぜん違う、大きな意思決定をしたがらないのです。

民間だったら、例えばどこかの企業がコストダウンをしたとか、どこかがサービスをよくしたとか、ガラっとシェアが変わることがあるんです。1年で5パーセントのシェアが動くことが、民間市場ではあるんです。

官公庁市場だったら、絶対にありえない。よっぽどなにか……、シンドラーのエレベーターが前に事故起こして問題になりましたけども(注:2006年に東京都港区の特定公共賃貸住宅でシンドラー社製エレベーターによる死亡事故が発生)。ああいうできごとが起きると発注停止になるので、そうなると動いちゃいますが、そうでもない限り、官公庁市場のシェアはそんなに動かないんですよ。

ということは、弱いメーカーにとってはありがたい市場なんです。あと、官公庁のマーケットはそんなに価格も変わらないんですね。変動が少ない。なので、だいたい去年と同じぐらいの売り上げが見込めて、去年とほぼ同じぐらいの利益が取れるという安定した市場なんです。

市場の大きさは違うんだけれど、メーカーの立場……、メーカーも強いメーカーから弱いメーカーまでいるわけで、あるメーカーの立場から見ると、官公庁市場というのは非常にありがたい、大事な市場なんですね。なので、スタンスが変わると、重要なものが違ってくる。

私はその時に、市場の大きさということしか見えていなかったので、「こっちのほうが絶対に重要だ。そちらにフォーカスしていくべき」と考えていたんですけれども、実はそうではなくて、利益確保という面では、この小さい市場がメーカーによっては非常に重要であるという構造があるんですね。

つまり常に市場全体を見る、常に顧客全体を見る、常に全体を見て、本当にこれはどこが重要なんだろうということを、常にレビューしていく必要がある。全体を見たうえで、本当にそれが重要だとわかってフォーカスするんだったらいいんですけども。そうじゃなくて、明確な理由なしにフォーカスしてしまうと、大切なほかのものを見落としてしまうことがあります。

みなさんも今日から、常に自分が今見てる市場、顧客、ビジネスは、全体を捉えているだろうかということを、意思決定の時に自分に自問してみてください。「自分が見ている市場、顧客、ビジネスは、全体を捉えているだろうか?」。ぜひ、これ書いておいてくださいね。こういうことを常に自問しておいてください。これが全体観ですね。

お化けが生まれた理由から学べること

2つ目。2つ目に重要なこと。それは構造です。構造の把握。かたちがよくわからないもの、仕組みがよくわからないもの、仕掛けがよくわからないものに対して、有効な手が打てるでしょうか? なかなか打てませんよね、なんだかよくわからないものに対して。

日本の昔話にお化けがでてきますよね。いろんなお化けがいるじゃないですか。読んでみると、お化けが「実は壊れた番傘が引っかかったものだった」とかいうオチがよくあります。夜暗い時に、明かりがなくてよくものが見えない時に歩いていて、壊れた番傘が引っかかってバァーっと風でバタバタしていると、それをお化けだと思った人がいたわけです。

実際には、それはただの番傘なんです。壊れた破れた番傘なんです。でも、実態がわかっていないから、それがなんなのか、仕組みや仕掛けがわかっていないから、そこに勝手に恐怖が生まれて、お化けというものができた。そういう話が多々あるんですね。

市場に関しても同じことが起きます。お客様がよくわからない。市場がよくわからない。競合がなにをやっているのか、よくわからない。わからない状態で意思決定すると、番傘がお化けだと思って意思決定をするのと同じことが起きます。不要な恐怖とか、不安とか、あるいは誤った情報、誤った思い込みで判断してしまうことになります。

なので、その対象がいったいなんなのか。どういう仕組みで、どういうからくりで、どういう構造になっているのかということを徹底的に知ることが、2番目に大事なことなんですね。構造を知るということ。

これも1つ例があるんですけど、私がお手伝いをしているクライアントさんに、体のエクササイズを提供しているところがあります。インナーマッスルという体の体幹部分の筋肉を刺激して、それによって骨格の歪みを矯正して、それで体が元気になると。これがとても効くんですよ。そういうビジネスをやってらっしゃるところがあります。

このエクササイズをやるとなにがよくなるかというと、例えば70代の腰が曲がったお婆ちゃんが、このエクササイズをやって1ヶ月経つと腰がまっすぐに伸びるということが起きるんですね。骨は筋肉が支えているので、筋肉の付き方が変わると体の姿勢とか、不具合が治るということが起きるんです。

とてもよく効くんですが、過去数年ビジネスの規模はあまり伸びていない。コンサルティングをやっていくなかで、彼らが市場の構造を十分把握できていないという点に気が付きました。彼らは、年寄りだとか、腰が曲がってるとか、股関節が動かないとか、あるいは足を引きずって歩いているとか、そういう人たちに対してものすごく効果が出るので、そういう市場を狙っているわけです。そういう市場に入っていくわけです。だけど、「インナーマッスルを使って体が元気になるという機能が狙える市場構造はそれだけですか?」ということを問いかけたわけです。

市場構造を知って成功確率が高い場所を狙う

実は市場構造をよく見てみると、痛みがあったり、不具合があったり、それを治すという市場もあれば、問題のない人をもっとよくするという市場もあれば、将来的に問題がありそうな人を予防する市場もあれば……。実は、たくさんの市場が構造的に並んで連鎖しているんですね。

痛みとか不具合がある人が行くのは、例えばマッサージだったり、整骨院だったり、柔道整復師だったり、そういうところがあります。あと、カイロプラクティックですね。そういうところは、もう過当競争になっていて、価格競争になってるんですね。

そこの会社は7年間ビジネスをやってるんだけど、「売上がなかなか伸びない」と相談を受けたわけです。で、まず市場の見方を確認してみたところ、そこの市場構造がちゃんと把握できていない。どこに自分たちのサービスがマッチするのか、市場構造の一部分しか見えていない。構造が把握できていないということであり、その結果、全体観が見えていないということでもあるんです。

市場の構造をみたら、カイロプラクティックと競合するような、問題がある方に対するサービスだけではなくて、もっと健康に近い市場も対象になりえる。たとえば、ロコモ症候群(注:運動器症候群、ロコモティブ・シンドロームとも言う)、年配の方々がだんだん体の筋肉が弱って、いろんな不具合が起きてくる症候群の予備軍がいる。4,700万人いると言われてますね。

じゃあ、4,700万人を対象にしたビジネスを展開していったほうが、ビジネスとして成長確率が高くなる可能性がある。ポテンシャルが大きくなる可能性がある。構造を把握して見方を変えれば、事業ドメインと言いますけれども、自分たちの事業がどこまで成長するかという可能性が、ぜんぜん変わってくるんですね。

このように、市場の仕組み、仕掛け、構造、これを理解する。徹底的に理解することが2番目に、非常に重要なことです。

私はその方(エクササイズ事業を展開するクライアント)に、「この領域で、日本で一番市場構造に詳しい人になってください」とお願いしました。徹底的に調べて、徹底的にいろんな人に話を聞いて……。

カイロプラクターの人は、カイロプラクティックの周りしか見ていない。ジムのトレーナーは、ジムに来る人たちのことしか見ていない。そういうものを全部見て構造化して、日本で一番詳しい人になってください、と。そうすると今の数億の売り上げは、短期間で数十億にいける可能性がある。構造を明確に把握できると見方が変わってくるからです。これが2つ目です。