サイボウズ青野社長が語る「働き方改革の違和感」

青野慶久氏(以下、青野):みなさん、こんにちは。サイボウズの青野といいます。

今から45分間ほどお時間をいただきまして、働き方のお話をしたいと思います。45分というと、ちょっと巻きになりますが、よろしくお願いします。

私の自己紹介になります。青野慶久といいまして、今、46歳でして、愛媛県出身です。このサイボウズという会社を作って、丸20年が経ったところになります。ただ、私がよくメディアに取り上げられるのは、この一番下のものですね。子供が3人いるのですが、生まれるたびに会社に来なくなる、育児休暇を取って会社から消える上場企業社長ということで、よく取り上げられています。

これがサイボウズの会社概要になります。そうですね、拠点がずいぶん増えまして、十いくつの拠点になっています。あと、……そうですね。サイボウズは、グループウェアという情報共有のソフトを作って売っております。「情報共有すれば、もっとみんなチームワークよく働けるでしょ」ということで「チームワークあふれる社会を創る」、これが私たちの企業理念です。

いろんなソフトを作っていまして、今日ご紹介したいのはこちら、kintoneですね。情報共有の基盤のようなソフトをグローバルに展開しておりまして、日本だけではなく海外でもずいぶん売れるようになってきた、という会社です。

それでは本題に入ります。今日お話したいのは、働き方のお話なのですが、よくメディアで働き方改革と言われますよね。その代表企業のようにサイボウズは言われることが多くて、「サイボウズさん、働き方改革がすごいですね」と言われるのですが、実はちょっと違和感がありまして。サイボウズはあまり改革をしたつもりはないのですよね。どちらかというと、多様化をしてきたということが、私たちがやってきたことなのです。

進めたのは「改革」ではなく「多様化」

多様化というのはどういうことかというと、「みんな残業はしなくていいよ」「むしろ残業すんな」ということではなくて、「残業してもいいし、しなくてもいい。むしろ短時間でもいい」という、それがサイボウズがやってきたこと。

会社も「来てもいいし、来なくてもいい」といったような。「全員リモートワークだ」などと会社から追い出すわけではなくて、「来てもいい、来なくてもいい」。その選択肢をどんどん、どんどん増やしていった、というのがやってきたことです。

そこで、ちょっとこの話をしたいのですが。違う業界の方とお話をするとですね、たいてい言われるのが「うち、業界が違うから」と。これをよく言われます(笑)。この働き方の多様化というのは、あまり業界は関係がないと思っています。その業界ごとにたぶん多様化の仕方が違うだけであって、いろんな多様化ができますので、ぜひこの飲食業界でもできると思って聞いてください。

2つ目は、もう話を聞いたら「サイボウズすごすぎ」、圧倒されて「いや、うちそんなん無理」とおっしゃるのですが、サイボウズもここまで来るのに12年もかけていますからね。12年間かけて来ているので、あくまでも最初の1歩は小さいものだったということであります。

あと、3つ目もよく言われます。「サイボウズができるのは、それは青野さんが創業社長だからできるのでしょ」と言われるのですが、まあ、創業社長かどうかはさておき、やる気になれば誰でもできるようなものだと思っています。

そんなに難しいことをやっているわけではなく、いろんな人がいることに合わせて1個1個多様化を進めていった結果こうなったということなので、ぜひみなさんもチャレンジしていただければと思います。

100人いれば100通りの人事制度をつくる

では、入ります。サイボウズが働き方の多様化に取り組むことになったのは、会社が危機的状況だったためです。これはサイボウズの離職率を表します。

創業してから、だいたい15パーセントから20パーセントぐらいの確率で辞められてしまう会社でして、まあ、IT業界的に言うと標準ぐらい(笑)、だったのです。

ところが、これが2005年には28パーセントまで上がってしまいました。こうなると、4人に1人は1年後にはいないということになってしまいます。そうすると、採用するのに広告をバンバン出して、応募をいっぱい取って、面接を次々としないといけませんよね。さらに、採用した後は教育もしないといけない。でも、教育しても4人に1人は1年後に辞めていく……「ザルになっているぞ」。これはさすがに経営効率が悪いねという状況です。

これぐらい辞めていくと、もう「次は誰が辞めるんや?」というような感覚になります。毎週金曜日に送別会などをするわけなのですが、送別会をしているとなんだか雰囲気が悪くて「次は誰が辞めるんや?」という感じになるし、運が悪いとあっちの部署とこっちの部署で送別会をしまして、2ヶ所から辞める人の話が聞こえるという、こんな空気になっちゃいまして。

「これはまずいね」ということでいろいろと策を練りまして、「給料を引き上げてやるから辞めるな」など姑息な手も使いましたが、結局いっこうに辞める人が止まりませんでした。そこで、ちょっと考え方を変えたのです。

どうも、辞めていく人一人ひとりと話をしていくと、事情が違う。ある人は「結婚をしたのを機に辞めます」、ある人は「出産を機に辞めます」「残業が難しいので辞めます」「学校に行きたいので辞めます」「友達が起業するので、それを応援したいのでついていきます」「もっと給料が高い会社があるので、こっちに行きます」。本当に、いろいろ。

いろいろだということが、いっぱい人が辞めていく過程でわかったので、「じゃあ、わかった」と。「どんな人事制度を作ればみんなが辞めないかなんてことはありえない。だから、一人ひとりに合った人事制度を作っていけばええやんか」と。

つまり、100人いたら100個の人事制度があれば、基本的には全員辞めないはず。こうした発想をしました。

これは言い換えると、公平性を捨てるということになります。ある人は朝9時から来ている。ある人は10時から来ている。それで9時から来ている人が「なんであの人10時から来るんですか? 僕は9時から来てるのに」と言ったときに。

「それはな、個性や」と。

(会場笑)

「なんで僕は毎日会社に来ているのに、あの人は週1回しか会社に来ないんですか?」。 「それはな、個性や」と。

こうした感じですよね。みんな違うのだから、公平じゃなくて当たり前であるということです。「その人は週に1回しか会社に来たくないという人だから来ないだけであって、あなたも週何日か来たいのであれば、それに合わせて人事制度を作ってやるよ」という、こうした発想なのですね。

ITベンチャーなのに「残業したくない」「はぁ?」

「100人いれば100通りの人事制度があってよい」という、これをスローガンにしまして、一応会社内に発表しまして、「これからは個性を拾っていくからわがままを言ってください」というようにメンバーとコミュニケーションを開始しましたら、出るわ出るわ、わがままのオンパレードですわ。

(会場笑)

もう最初に「残業したくない」などと言うわけですよ。それ、もう「はあ?」ですよ。ITベンチャーに入って「残業したくない」とは「おまえ何しに来たん?」という感じですよね。

(会場笑)

この感覚、わかります? だってITベンチャーですよ。ね? 寝食忘れて働いてね、ガツガツいくという、これがITベンチャーなのに、「残業したくないです」「はあ?」という。まあ、でも、個性と言ったので、「はい、わかりました」と。

次は短時間です。「子供のお迎えがある」「はい、わかりました」。挙げ句の果てには、週3日ですよ。「え、僕、週に3日しか働きたくないのですが」「はあ?」と。「少なくとも月火水木金は働くんちゃうの?」と思うじゃないですか。まあ、「じゃあ、わかりました。週3日オッケー」。

このように、1つ1つ足していった感じです。なにかを大きく変えたわけではなくて、その一人ひとりの事情に合わせて1個1個足していくと、いっぱいに増えていました。ですから、人事制度は変えるものではなくて足すものだというのが、僕たちの基本的な考え方になります。

その時間の選択肢をいろいろと増やしていきました。働く場所の選択肢も増やしていきました。それから育児休暇も、それまでは1年などでしたが、別に1年で戻ってこなくても、2年でもいいし、3年でもいいし、4年でもいいし、5年でもいいし、6年でもいいしということで、最長6年までは育児休暇を取れるようにしました。それから副業も自由化して「サイボウズで働きながら、他で働いてもいいよ」というように、それも自由にした。

こうして、いろいろと増やしてきたというのがサイボウズです。これを全部説明しているとたぶん2時間ぐらいかかりますからちょっと端折りますが、今でも、日々人事制度が足されていっています。足され、改修され、それを続けていっております。

離職率5%以下でみんなが楽しそうに働く会社

これをやりました結果として、ガバガバガバガバッと離職率が下がっていきまして、今は、5年連続5パーセントを下回っております。たぶんIT企業としては、相当低いだろうと思います。

これをさらに、売上と重ねてみるとおもしろいのですが、……あ、ここ写真撮られるとちょっと恥ずかしいような感じがありますが(笑)。

この離職率が高かったドベンチャー時代は、売上が上がっていたのですね。みんな必死で働いてね、えっちらおっちら売上が上がっていたのです。

ところがですね、この多様化を進めて離職率が下がってきたこの2008年に、リーマンショックが起きてしまい、保守契約をガツガツと切られてしまうということがありまして。さらにまずいことに、Googleがグループウェア市場に参入してくるという。Googleが参入してくるこの恐怖感、わかります?

もうね、「うわっ、殺される!」と。あのテクノロジーで安い価格でグループウェアをやられたら……という。それでサイボウズは、この頃にはもう消えてなくなる説もあったのですが、ところが、会社の中の雰囲気がよくなってきていましてね、どんどん離職率も下がって、みんな楽しそうに働く会社になってきていました。

「じゃあ、いけるところまでいってみよう」「会社がなくなってもみんなが楽しけりゃいいか」ということでがんばっていましたが、この辺り、2011年〜12年辺りにですね、「Googleに負けないクラウドサービスを作る」などと言い始めて、いいのができてきました。

そこから、そのクラウドサービスがグワーッと上がって「うわー、なんか伸びてる」「うわー、すごいね」と。それでみんな、なんだか離職率も低いまま、というような。結果的には、こういうことが起きています。

ですから、働き方の多様化を進めてみんなの定着を促すことが、必ずしも業績につながるとは言えないのですが、ただ、モチベーションが高くてロイヤリティの高いメンバーが「がんばろう!」と思っている状態から、なにかが生まれないはずはない。

その状態が維持できれば、……まあ、野菜で例えるならば、土がいい状態ですね。そこで育った野菜は、やっぱり良く育つよねという。そんな印象を持ってこれを見ています。

これは今、私たちの社内でのブームなのですが、働き方を9種類から選ぶようになっています。時間の選択が3種類。時間を長く働く人、短く働く人。あと場所も、自由な場所で働きたい人、会社もしくは「出張をしてもいいですよ」という人。こんな感じで分かれていまして、これを選択できるようになっています。

それもなにか、グループウェアでメッセージを出すと、夜中でも返ってくる人はいるわけですね。でも、会社では見たことがない。そういう人、A3の人ですね。会社にはいるのだけど、短時間で勤務をしている。これは、C1ですね。お互いにそれは何を選択してるかを知っています。マネージャーもそれにしたがって、その人に仕事を渡していくと、こういう制度になっています。多様な感じになっています。

台風で誰も来ないゆるい会社

こうした制度が定着していきますと、台風が来るとテレビ局が来るようになりまして、これは4年ぐらい前に大きな台風が関東平野を直撃するということで、フジテレビが飛んできまして、私にこんな質問をしました。

「明日の朝、これ、台風が直撃するじゃないですか。青野さん、なにかやるんでしょ?」と言われたので、「いやー、もう明日はほとんど来ないんじゃないですか」などと、まあ、ノリと勢いで言ったら、それがなんと全国の『スーパーニュース』で流されて、「なんというゆるい会社だ!」と、すごく恥ずかしい思いをしまして。

「ゆるい会社だな」とTwitterでも書かれました。それで翌朝、台風が猛威を振るい、その台風が過ぎるやいなや自分が出社してみたら、誰もいなかったという、そうした感じですね(笑)。

(会場笑)

電気もついていないような、そんな感じなのですが(笑)。ただこれ、みんな休んでいるわけではなくて、家で働ける環境をかなり入れましたから、すべての仕事ができるわけではありませんが、わざわざ台風の日にね、ビショビショになってまで出社しなくても、家でできることをやるような、そういう会社に変わってきました。

そして、私みたいな古い人間が、なんかこう雨の中を濡れて行ったら、みんな「いや、青野さんすごいね」とほめてくれるかなと思って行ったら、見せる相手すらいなかったという、そういうことなのですが。

(会場笑)