冨樫は乾いたところに火をつける

山田玲司氏(以下、山田):(『HUNTERXHUNTER』作者の)冨樫メソッドは、この間見てた「壬申の乱」の番組見て思い出したんですけど、最終的には大友皇子っていう若い天皇が大王を倒すという話じゃない? それで倒した大海人皇子が初代天皇を名乗る。

乙君氏(以下、乙君):そう。天武天皇。

山田:天武天皇になるっていうさ。それでどうやったかって言うと、不満が溜まってた豪族たちを味方につけて、「悪いのはあいつだからやっちまえ」って言ってやったっていう話だけどさ、これの解説で上手いこと言っててさ。

「炎上するというのは乾いたところなんですよ」。

乙君:乾いたところ?

山田:つまり不満が溜まってた豪族。だから不満が溜まってる。要するに潤ってない。乾いてる。火がつきやすい。だから誰かに火がついたら「そうだ!」って言ってバーっと(炎上するように)なる。これは暴動や内乱や革命もそうなんだけど、ヒットもそうなんじゃねえのっていう話に繋がるんですよ。

つまりヒットする要素というのは乾いたところに火をつける。どこが乾いているのかと言うのを感覚的にわかっているやつが、ヒットメーカーになるっていうことで、いろんな人がこのパターンで成功しているんだけど、実に上手いのは冨樫はそれをミクスチャーで見事に時代ごとにやってて。

乙君:おっ! ほうほうほうほう。

山田:それがすごくおもしろい。

乙君:ちょっと詳しく。

山田:『幽☆遊☆白書』のあたりから始まるのは、(『ドラゴンボールの』)天下一武道会でしょ。要はそれまでのジャンプスキルが入るんだけど、すげー上手いなと思ったのが『HUNTERxHUNTER』は(スタートが)98年でしょ。何が最初に始まるかというと、ポケモンスタイルでスタートするの。

乙君:ポケモンスタイル?

山田:ポケモンの冒頭みたいな感じで冒険が始まるの。「俺はポケモンマスターになりたい!」みたいな感じで出て、仲間ができてみたいな。それで「ジムに行くぜ!」みたいな感じで。

乙君:『ONE PIECE』みたいな感じですよね。

山田:そんな感じでハンターになる、よくわからない抽象的なもの。しかも「父ちゃんがやってたらしい」みたいな漠然とした感じだよね。これ実はRPGのスタートで始まるの。

乙君:そうですよね。(『ドラゴンクエスト』の)パパスがいて、みたいなことでしょ?

山田:そう。そこから始まるのが資格試験なんだよ。

乙君:そうですね。

山田:あとあと、学校内バトルっていうのがね。

乙君:『NARUTO』とかもそうですよね。

山田:『NARUTO』もそうだし、『ハリー・ポッター』もそうだし、『バトル・ロワイアル』もそうだし。

乙君:『暗殺教室』もそうだし。

山田:そうそう。

ハンター開始以前は「外」へと向かう物語

山田:実を言うと、それまでの物語というのは、混乱があって「外へ出て行け!」で終わるんだよ。

乙君:はいはいはい。ここではないどこかへ。

山田:どこかへ! だから(『少女革命ウテナ』の)ルカはアメリカに行くんだよ。

乙君:ルカはアメリカに行きますよね。

山田:最終回は空で終わるんだよ。飛行機飛ぶんだよ。だからウテナも外の世界に出ていく。

乙君:はいはい。

山田:「外の世界になんか出られません」って振り切るのがこのあたりなんだよ。

乙君:おー。

山田:俺と同じ世代だったら、外に出ようとするんだよ。だから「行け! 現実と戦え!」って終わるんだよ。俺の漫画もそう。

乙君:マダガスカル行きましたもんね。

山田:マダガスカル行くし、最後だから空で終わってます。ほとんど。

乙君:だいたい空で終わってる。確かに(笑)。

(一同笑)

山田:『ゼブラーマン』も空で終わります(笑)。だけど、このあたりから「空なんか見ねぇ」っていう話になるわけよ。「この中で生き抜くしかねぇんだよ」。『AZUMI』もそうだけど、なんなら『バトル・ロワイアル』は周りの人間を殺してでもいい。

そういう気分は「結局、なんだかんだ言ったって塾行かなきゃだめじゃん。この世界は学歴がなかったらダメじゃん」っていう絶望感を受け入れることをよしとした、諦めたゼロ年代の世代に対して、設定がそこで「ガチャン!」とハマってるの。これが98年にやっているところが憎いな。

時代にチューニングを合わせる

山田:実を言うと『NARUTO』が翌年から始まる。それで『ONE PIECE』は外にいくんだよ。1年前にスタート。

乙君:もう永遠と外。外しか目指してない。

山田:永遠と外側をグルグル周る。この冨樫の流れが今どこにあるかというと、おそらくは『進撃の巨人』なんだよ。中にいたいんだけど外から来ちゃうよっていう話。

乙君:あー。

山田:「頼むからこないで!」ってなってる。

乙君:それがキメラ=アントだ。

山田:キメラ=アントはそうなんです。それでそれを時代ごとにやってて。

乙君:おおー。ホントだ、ホントだ(笑)。

山田:それでどんどんチューニングを合わせていくの。違うなと思ったら合わせちゃう。だから最初のうちは暗黒武術会やっているんだよ。だけど止めちゃう。

それで今、実を言うと『進撃の巨人』もそうなんだけど、学校の中もダメだ。異世界に行っちゃってます。だからほとんどの作品が異世界です。今。だから『けものフレンズ』も異世界っちゃ異世界でしょ。

乙君:ファンタジーですね。

山田:だからその行くところまで行っちゃってるっていう。そういうことは止めましょうよっていう精神が、俺らの世代だったらあるんだよ。Get Wildだからね(笑)。

「外に出てこい!」なんだけど、平気でそれができるというのが上手かったな、というのがあるなと。あと日本人の夢が、そもそも外に行って活躍するというので成功していた時代っていうのはバブルまでなんだよ。だからロックフェラーセンターを買収するんだ。『島耕作』みたいな(笑)。

外に行くことが成功だったみたいな。ダメじゃんってなって閉じてしまった時に、俺たちの下の世代はどう思ったかというと、「とりあえずいい資格をとろう」と思ったの(笑)。これが流行るんだよ。

とりあえずいい大学に行けなかったら資格を取りましょうと。それで『HUNTERxHUNTER』はずっと資格を取ろうとするんだよ。資格争い。資格取りバトルをずっとしているんだよ。

このへんがなかなかちょっとおもしろくて、夢の切符が資格試験になるっていう所で変わってるというね。それで時代を追うごとにどんどん殺伐としていくという。ゼロ年代の『バトル・ロワイアル』以降がどんどん、どんどん、チューニングが上手くなっていく。

だから望月峯太郎が最初『バタアシ金魚』で「ふわっ」と始まるんだけど、『ドラゴンヘッド』になっていくじゃん。ああいう流れっていうの? ああいう流れを同じ作品の中で、しかも少年誌でやってしまう。

RPGと故郷・山形から着想を得ている?

山田:なんでこれをやれちゃうのか? おそらく山形から来ているからだと思うんだよ。

乙君:はっ?

山田:山形の新庄市という所から高校卒業して大学まで山形にいるんだよ。20歳でデビューだから。それですぐに漫画家になるんだよ。中心に来ちゃうんだよ。そこから寝る時間もなくずっと漫画描いてる。それでこの人ゲーム好きなんだよ。要するになにを見ているかというと、山形の風景とゲームしか見てないわけよ。

乙君:ああ!

山田:おまけに『RPGツクール』大好きなんだよ。この人。それで『レベルE』の中でRPGツクールが出てくるの。要するにゲームをつくるんだよ。漫画の中で。こういうのは俺の世代だとやっちゃいけないことだと思うわけ。

乙君:そうなの?

山田:そうだよ。外に出なきゃいけないんだから。お前らそれは、だから(『少女革命ウテナ』の)幾原邦彦と一緒なんだよ。

乙君:ああー、なるほど。

山田:それは「嘘だぞ」「虚像だぞ」「ウテナ、外に出て行け」っていうのが俺の世代なのに、しれっとそこに行けてしまうというね。

乙君:グリードアイランドか。

山田:そうです。それで03年のキメラ=アント編で、食われる人間という時代の恐怖感、生々しさが『進撃の巨人』に繋がっていくんだけど、いよいよヤバイぞというのを自分で察知して早いんだよね。

ハンター選挙編の時代背景

山田:あと閉鎖国家というのが出てくるわけね。閉鎖国家は正にジャパンだよね。閉じていかない。その後に、すげーなと思ったのが選挙やるんだよね。

乙君:選挙やりましたね。

山田:十二支ん?

乙君:十二支ん。

山田:AKB選挙花盛りの時代ですね。これね(笑)。それもいけるんだみたいな。すごいよね。その後外の世界は暗黒大陸だっていう話は、もはやこれは『進撃の巨人』と一緒だよね。「外の世界は怖いよー」。それで冨樫にとっての外の世界って何かと言ったら、少年ジャンプ以外の漫画業界。暗黒です、暗黒なんです。

山田:ということが、どこかで出ちゃっているよなっていう話で、これすげぇなと思って、これは奥野さんね、ミクスチャーですね。

だから先週ヤンサンでね、限定の中で吾妻ひでおを倒したのは『マカロニほうれん荘』だった。鴨川つばめだった。それはミクスチャー世代の第一世代だったという話をしたじゃん。あれが『Dr.スランプ』になって。

その先に、このミクスチャーメンタリティというのをそのまんま完全に受け止めたのが冨樫で、サザンオールスターズスタイルなんだよ。

乙君:えーっ!

山田:ミクスチャーのネタ元がわからないぐらい冨樫にしていくの。

乙君:あー、確かに、確かに。

山田:サザンオールスターズはネタ元がはっきりしている。山下達郎もそう。でも、あの2人はネタ元が溶けてわからなくなるぐらいオリジナルにしてしまうということをやる。

だから、初期はネタがバレやすい。元ネタがバレやすい。だけどよく見ると多分これだなって。実はヒップホップスタイルだし、ミクスチャー時代の漫画家であると。

乙君:なるほど。

山田:だからずっと、そして問題は、読んでてなぜか恥ずかしいんです。知り合いが「『幽☆遊☆白書』で泣くのが恥ずかしい」って言うの。「だからサラッと読むようにしてたんです」っていうんです(笑)。 何でかというと、ものすごいベタで中2なんです。

乙君:そうそう『幽☆遊☆白書』は。

山田:俺たち大人になると、キルアのようなセリフを言いそうになったら恥ずかしいでしょ。

乙君:キルアのようなセリフ?

山田:ドラが言ってましたけど、普通は言いたくない。

乙君:ああ「眩しすぎて」みたいなやつ?

山田:そう。

乙君:ああ! はいはいはいはい。

山田:みんなわかってる。

乙君:俺もわかってます。

中2の心を失わない理由

山田:その中2みたいなものは、普通、俺ぐらいの歳になると、もう消えているんだけど、なぜかそれをずっと保持したまんま、ずっと着地しないでいるという。

乙君:ああー、はいはいはいはい。

山田:つまり、「学校から帰ったらゲームだけが楽しみです!」っていう世界の中2感。そして「世界は俺が変えてやる!」という、飛影みたいなキャラ。「悪」とかそういうやつ。

乙君:ダークヒーロー的なものがいれば。

山田:ダークなやつとか、そういうやつ。

乙君:蔵馬とかね。

山田:ああいうやつをずっと心の中に入れておくのは難しいんです。でも、彼は一度死んでいるんです。いつでしょうか? はい。『幽☆遊☆白書』執筆の冒頭で死んでいるんですね。あそこで死んだまま中2の生霊白書になっているわけです。あの人は。

これが「中☆坊☆白書」になったわけですね。実はあのキャラクター(浦飯幽助)はすぐに生き返ってますけども、冨樫は生き返らなかったんだよ。そこで死んだまま中2の亡霊となって、いい意味でですよ。中2マインド、中2魂のまま着地しないでいるからロックなんですよ。彼は。

乙君:ああ。

山田:これができないから少年誌は描けなくなってくる。そこのチャンネルはいつも合ってなきゃいけないんだよ。すごい大変。

なんでかというと、売れた漫画家ってどうなるかというと。ポルシェ買って、ゴルフやるしかなくなっちゃうの。一気に大人の世界に間を飛ばして行っちゃうの。大ヒット漫画家って。

乙君:うんうんうんうん。

山田:彼はそれをしなかったのね。

乙君:ずっとゲームやってたわけね。

山田:要するにRPGツクールやってたわけね。そうそう。だからそのマインドが彼の最大の強さだなと。

冨樫は読者とともにさまよい、苦しむ

山田:だから、まとめますね。冨樫義博が売れる理由は、読者と共にさまよい、そして読者と共に苦しんでいるんです。

乙君:いや、まさにそれはその通り!

山田:誰や?

乙君:それはホンマにそうやと思う。

山田:その通りなんですよ。

乙君:それはそうやわ。

山田:それでね、説教が始まらないんだよね。混迷してるから、ずっと混乱しているし。

乙君:そう、そうなんですよ。

山田:だから『金八先生』にならないのあの人は。

乙君:そうです。ずっとサバイバルしているんです。

山田:「どうしよう?」ってなってるの。だから、まっとうなキャラクターを中心に置こうと思ってねゴンを置いたんだけどね、いい子過ぎて動かないから昏睡状態にしちゃっているんだよ。それで中2っぽいやつばかり勝つんだよ。そのほうが今の読者に合うっていうのをわかっているの。(読者の)気分がゴンじゃない。

乙君:ゴンじゃないんだ。

山田:ゴン寝てろと。

乙君:そう、もうゴンをこれ以上描けないんですよ。ルフィみたいだから。そうじゃないと。だからクラピカしか描けないと。

山田:だから、さまよい苦しむ。悟らない、語らない、混乱している、そして、自分はダメ人間だという自覚がある。ここも読者と一緒。さすが見事。

最後に川本真琴さん作詞、岡村靖幸作曲の『愛の才能』っていう曲がありますよね。あれを最後にみんなで聴いて終わりましょうか。あっ、ダメか(笑)。

乙君:なに言っているんですか(笑)

(一同笑)

成長しないことを漫画の神と約束した

山田:冨樫さんの話を読んでて、考えててずっと流れてたのがその曲だったんですよ。頭の中で。「成長しないっていう約束じゃん」っていう歌詞なんだよ。

漫画の神と成長しないっていう約束をしたんだよ。だから「愛の才能ないの今も勉強中よ」って言ってる。冨樫は勉強中なんです。休ませてやってください(笑)。

乙君:何かめっちゃ悲しいんやけど、それ(笑)。

(一同笑)

山田:でも、漫画家としては一番幸せなんです。なんでかといったら「次、どうなるの?」ってみんなに。だから、冨樫よかったな、(山形県の)新庄いって美味いものでも食ってゆっくりしろよな。会ったこともねぇんだよ。すみませんでした。以上でーす。

乙君:やっぱり集英社からいろいろ・・。

山田:違うよ。俺は冨樫のために戦おうって言っているんだよ。みんな、冨樫に優しくしてくれよ。

乙君:なるほどねぇ。少年漫画家中の少年漫画家なんですね。なるほど、なるほど。

山田:なっ? そうだよな? これは同じ時代に苦しんで漫画家をやってた同い年だからわかるんだよ。どんだけ大変だったかって。

乙君:一見、少年漫画って言われると、ジャンプの友情、努力、奨励みたいな、そういうこと。小学生でもわかるみたいなことだと思うじゃないですか。それも時代ごとの少年の変化によって変わる。

山田:変わるのよ。だから今は楽しくないんだよ。メソッドとかスキルとかできたらそこに寄ろうじゃないんだよ。

乙君:だから中2のバージョンアップだけをずっと続けているわけですね。自分は成長せず。

山田:成長しないって約束したから。

乙君:そっちはわからないけど。

山田:同じじゃねぇのかー? まぁ、漫画の神に約束したんじゃねぇの? しかも奥さんも月に代わってお仕置きするんだからさ。成長するわけじゃないじゃん。

乙君:確かに(笑)。

山田:「あんたそろそろ」なんて言わないわけよ。

乙君:そっかぁ。

山田:そう。それでいいんだよ。だから、よく頑張ってください(笑)。以上でーす。ありがとうございました。

乙君:ありがとうございました。