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炎上を経験したCNN美人キャスターが若者に贈るメッセージ「失敗を認め、謙虚さを持って優雅に立ち直ること」

炎上を経験したCNN美人キャスターが若者に贈るメッセージ「失敗を認め、謙虚さを持って優雅に立ち直ること」

CNNのキャスター、ブルック・ボールドウィン氏が、母校であるノースカロライナ大学チャペルヒル校の卒業式に登壇。自身の夢だったCNNでの仕事を掴み取るまでを振り返り、その後に起こった炎上事件から学んだことについて語りました。

シリーズ
卒業式スピーチ > ノースカロライナ大学チャペルヒル校 卒業式 2017 ブルック・ボールドウィン
2017年5月14日のログ
スピーカー
CNN ニュースキャスター Brooke Baldwin(ブルック・ボールドウィン) 氏
参照動画
Brooke Baldwin | 2017 Spring Commencement Address | UNC-Chapel Hill

成功者たちの多くは、天職を見つけるまで回り道をしている

ブルック・ボールドウィン氏 カロライナ! 故郷って最高! 私からなにか賢いアドバイスがあるかもしれませんので、このスピーチに期待してください。なぜなら、「天井が屋根だ(原文“ceiling is the roof”)」と唱えた地元の著名人の名言を超える賢いアドバイスほどいいものはありません! マイケル・ジョーダン氏、ありがとうございます。 今日は、私がこのスタジアムで、このローブに身を包んだ16年前のあの日以降のことについてお話ししようと思います。私がどうやってCNNで仕事を始めたかについて話します。過ちについても白状します。そして2017年にジャーナリズム業界で働くことがどんなことかもお話しします。 でもその前にみなさんのことを話しましょう。 家族のなかで初めて大学を卒業した人がみなさんのうち17パーセントいます。すごいことですよ! 賞賛に値します。60パーセントが女性の学年です。2年生の時に、我々の伝説のコーチ、ディーン・スミス氏を亡くした学年です。そして4年生の時に、我らのノースカロライナ大学(以下、UNC)バスケットボールチームが勇気をもって戦い、優勝して母校に凱旋した学年です! ここで過ごした日々がとても楽しかったです。私がジャーナリズムに携わろうと決心したのもここです。人々は私のことを信じてくれました。この力こそが、自分がやろうと思ってることを実現させてくれます。私はこういう人たちを「信者」と呼んでいます。 まず、もっとも重要な信者はもちろん私の両親です。(会場を指差して)おそらくあのあたりにいると思います。ママ、パパ、愛してるわ! そして大学では、私の友人たちが信者でした。また、本学のキャロルホールで教授が「なんであなたはカメラの後ろに隠れてるの? あなたはアンカーを務めなきゃダメでしょ」と言ってくれました。そう言われた時に感じた興奮は、これまでの私のキャリアのなかで感じた興奮と同じでした。すべてここで始まったのです。 さて、卒業後にやりたいことがわかっている人もいると思います。でも、まだわからない人たちも、少し時間がかかるかもしれませんが、大丈夫です。でもこれだけは言っておきます。成功者たちの多くは、天職を見つけるまでさまざまなことをやってきました。 私が卒業した頃は、FacebookもGoogleもTwitterもありませんでした。今のみなさんは、自分がやりたいことをまだ見つけられていなくても、周りに良い仲間がいます。そして僭越ながら親御さんにお伝えしたいのですが、奨励と信頼がこの若い人たちに対する最大の贈りものです。 2001年の夏に私は本学を卒業しましたが、最初の仕事はバージニア州のシャーロッツヴィルでした。テレビ業界には200局あり、ニューヨークが1番で、アラスカ州のどこか小さい町にあるのが200番目で、シャーロッツヴィルは192番目でした。私はなんでもやりました。ウォルマートでガラス屋根に関する議論から、『グリム(米ドラマGrimm)』さながらの殺人事件まで。 でも、ここで私は最初の過ちをおかしました。中継番組で私はフリーズしてしまいました。そんなハプニングがあっても私は昇進し、午前2時の番組のメインキャスターに抜擢されました。そのため、大学の級友たちが土曜日の夜に楽しく飲んでたりしても、私は仕事に向かっていました。ワンマンショーだったので、テレプロンプターを足で回しながら、数時間分の番組記事を私が書き、編集し、プロデュースしていました。 私の初仕事の雇用主が今どこにいるかわかりますか? ここ、UNCです。どこにいるかわかりませんが、先生、ありがとうございます!

CNNで働くという夢をかなえるまで

次にウェストバージニア州に行きました。言っておきますが、そこで出会った人々は最高でした。でも、本を読んでいるとき、章が変わり、トーンが変わり、暗雲が立ちこめ、ちょっとしたことがうまくいかなくなり、主人公がなにか悲しげになるということがありますよね。私がまさにそうでした。 正しい決断をしたのかどうか自信がありませんでした。さまざまなことに希望を持てませんでした。しかも、クリスマスイヴに私は仕事をしていました。そんな時、母がなにをしたかわかりますか? 私に弟をよこしました。私たちはセブンイレブンで夕飯を買い、しばらくの間、私は独りではありませんでした。これまで体験したなかで最高のクリスマスでした。いま振り返ると、さまざまなことを体験し学べた大事な3年間でした。 そして契約終了後、ようやく私はワシントンDCで仕事に就くことができました。これが厳しい試練となりました。スピード、プレッシャー、そして納期について私は素早く学びました。そしてなにが一番よかったかというと、最高のフォトジャーナリストと仕事ができたことです。 学ぶ意欲を見せたことで、話術、視覚的に人を引き付けるインタビューのやり方、そしてタフでいるための方法を教えてもらいました。今までとはまるで違うレベルのもので、期待どおりでした。 2年後、次のオファーをもらった時、私は準備が整っていました。CNN、私の夢でした。でも自由の国での仕事ですので、最初の一歩に過ぎず、なにも保障されていませんでした。そのため、29歳で私はワシントンDCの自宅から、高校までを過ごした実家に戻りました。 仕事のお誘いを引き受けたかったのですが、粘り強さと強引さという紙一重の部分を歩き、自分自身の価値を認めてもらう必要があると思いました。仕事に就かず、給料ももらわない日々もありました。それにもかかわらず、なんとしてでもテレビに出るため、CNNに出向いて話題を売り込んだり、プロデューサーにメールを送ったりしていました。 2年半後、終わりなき不確定要素、実家から遠く離れた場所での仕事、報道室で過ごした休日を振り返り、価値があったことなのか疑問に思うようになりました。 2010年の4月、私はミシシッピー州のガルフポートでオイル流出について報道していた時、電話が鳴りました。相手は私の上司で、CNNが私に常勤の特派員としての仕事をオファーしてきたのです。本物でした。その時に感じた深い帰属意識を最後に感じたのは、ここ、カロライナでした。ありがとうございます。 典型的な1日の生活について尋ねる人がたくさんいます。でも生中継の番組を持っている以上、典型的な1日なんてありません。毎朝6時15分頃に目覚ましが鳴り、Soul Cycle(ソウルサイクル)に行き身体だけではなく頭にもスイッチを入れ、メール、各種新聞、Twitter等を読み漁ります。 そして8時30分にはチームの招集に加わり、さまざまなプロデューサーの話や意見を聞き、その日の主要なニュースの取り扱いについてどういう切り口で話すかとかゲストとなにを話すかということを相談します。時には軍や国会議員や目撃者の話を読んだりします。 それから電話をかけます。物理的にこの人たちを探し始めるのですが、素早く探し始めます。9時になると、その日の流れや主要ニュースを誰がレポートするのかを説明する社長主導のネットワークの呼び出しを聞き、10時15分頃にヘアメイクを始めます。起きた時はこんな顔していませんので。 (会場笑) 11時までには自室に戻り、確定したゲストを再確認し、どのゲストに私から直接連絡をするべきかを確認します。そしてインタビューのための準備を始め、CNNをはじめ他局を含め4画面でニュースを確認します。1時間後には私のジェダイ戦士とでも言うべき制作責任者と話し、各コマでの焦点をより狭めて、なにを聞くべきかを再確認しますし、影響をもたらす意見を持った2人のゲストに対する想定される扱い方を準備します。 そしてオンエア10分くらい前に着替え、ニュース編集室の真ん中にあるセットに移動し、最終的なメイク確認、イアホンを耳に入れ、コントロール室に挨拶し、ライトが付き、東部標準時間の午後2時に生放送番組が始まります。 だいたい2時14分くらいに最初のコマーシャル休憩が入ります。メモを確認しながらメールを確認し、Twitterも読んだらまたオンエアになり、今度はFBIについてのコマになります。3人が待機し、2人が私の隣に座っていて、1人がワシントンにいます。 会話が始まってから1分が経とうとしている時、まだ隣の人の話を聞いている最中でしたが、コントロール室にいる制作責任者のエリックが落ち着いたしっかりした口調でイヤホン越しに「ブルック、銃撃事件があった」と言いました。私は一息ついて、テレプロンプターにはなにも表示されなくなり、その日のためにした準備が一瞬で無意味になり、ゲストの方々に感謝を述べると同時に退席を促し、カメラをしっかり見つめ、速報のテロップが流れ、全米および世界各国にいる私のゲストを迎えます。 「速報です。警察によりますと、カリフォルニア州サンバーナーディーノで銃撃があり、複数の死傷者が出ている模様で、犯人は逃亡中です」。 画面には銃撃事件の現場を映し出す地図が表示され、情報が少ないなか、私は世界中になにが起きているのかを落ち着いて伝える必要があります。私は絶え間なく最新の情報を伝えていましたが、残り2時間のなかで、目撃者やレポーターなどインタビューできる人を、裏で私のチームが探してくれていて、コントロール室はまさにカオス状態でした。その間、私は落ち着いて、親切に、そしてなによりも正確に情報を伝えなければなりませんでした。 私はこのような日を何度も経験しています。いまだに慣れません。

ジャーナリストを続ける理由

小学校1年生が20人殺害されたニュータウンでの出来事を忘れません。 今まで見たことがないほど、想像を絶するような光景を見た強健な消防士をインタビューしました。小さい白い棺をたくさん見ました。帰宅後、私は暗い部屋で夕焼けを見ながら、もう二度と夕焼けを見ることがない犠牲者たちを想いながら泣きました。 人種差別主義者による銃乱射事件の現場となったチャールストンの教会に実際に行き、生存者である1人の女性をインタビューしました。ボストンでは、マラソンのフィニッシュラインで男の子を抱きかかえたベテラン消防士が、インタビュー中にこみ上げてくるものを抑えられないでいました。 昨夏、49人の犠牲者を出したゲイクラブでの銃撃事件があったフロリダ州オーランドに行きました。事件の犠牲者や生存者についての悲惨なニュースを伝えなければなりませんでしたが、大統領選挙の年ということで別の側面から報道する必要もありました。つまり、選挙そのものや、候補者、そして有権者がテロ事件によってどのような影響を受けるかについてまで考える必要がありました。 この2年間で私はパリ、イスタンブール、ニースで無差別テロを見てきました。これは人間の最悪な状態です。無実の命が奪われ、家族はボロボロです。答えることができない質問ばかりです。 でもこれだけは言えます。事件現場に捧げられるカード、ろうそく、涙、言葉には人間のもっとも素晴らしい一面も見ることができます。テロに屈することなく生き続けなければならないという非常に強い決意の現れと、私たちの自由に対する攻撃を徹底的に排斥するということです。 2016年は大統領選挙もありました。私の人生も変わりました。2015年の6月、トランプ氏が大統領選挙の共和党予備選への出馬を表明し、単に一時的に注目を浴びたい候補者に過ぎないと思っていた多くの人々を混乱させました。 1年5か月にも及ぶカオス状態のなか、私は討論会、予備選挙にも足を運び、もっとも重要だったのは、いろんなコミュニティーに属する有権者に直接出向いて話を聞いたことです。 驚いたことに、アイオワ州で行われたバーニー・サンダース氏の集会で若い女性に会ったのですが、彼女たちにしてみれば、米国初の女性大統領を選出するのは大したことではないということです。自分たちが生きている間に確実に女性大統領は生まれると思っていたからです。 でも、ニューハンプシャー州の80歳の女性にしてみれば、これが最後の機会だと言ってました。アメリカを再び偉大にするための答えは億万長者のテレビスターだと語るバイク乗りと一緒にハーレーに乗ったり、アトランタでは美容室ではどの候補者も信じられないと言うアフリカ系アメリカ人と話したりしました。 選挙戦は何ヶ月もの間に及びました。なお、選挙戦の行方について言及したことはありませんが、世論調査と人々との間に確実に温度差があったことは確かです。報道されているほどの数はなかったように思えました。 ちなみに、選挙戦の行方について尋ねられた時の私の標準的な答えは「ウルフ・ブリッツァー(CNNキャスター)が言うまで待つわ」でした。 そして、11月9日の2時47分に彼がトランプ氏勝利を宣言してから早6ヶ月が過ぎようとしていますが、いまだに彼が選出された理由がわかりません。もちろん、民主党からしてみれば理由はさまざまあると思います。でもこれだけは言えます。誰もしっかり話を聞かなかった。誰も十分に話を聞かなかった。この原因があるからこそ、私はこの仕事、ジャーナリズムを続けています。

あらゆるメディアから攻撃を受け、わかったこと

私は最前線で、世界で起きていることを見ていて、声も持っています。これ以上の贈りものはありません。人々の話を聞き、人々に自分の意見に責任を負わせたり、我々のリーダーを注意深く綿密に調べたり、呼び掛けたりするのが我々の仕事です。いろいろ言われていますが、今まで以上に2017年のジャーナリズムはライブ感満載で、非常に重要になってきます。今週目の当たりにしましたよね。 人々は事実を欲しがり、私たちはすべての政策について提供します。我々の話は市場を動かし、人々の考えをかたちにし、立法に影響を与え、そして世界の暗い部分に光を与えます。視聴者や読者に対して正直で、バランスの取れた、そして正確なニュースだけを提供することが我々の義務だと強く思っていて、CNNでは毎日やっています。 そしてジャーナリズムの業界で女性が働くことについて。良いニュースは、ジャーナリズム業界で働く女性はたくさんいます。CNNでは非常に有能な控え選手たちがいます。また、他局でのことですが、上司に対して正義と性差別について呼び掛けた非常に勇敢な女性がいます。 そしてこの春、大物が倒されました。ある女性ジャーナリストが有名番組のホスト、この人はあまりにも影響力のある男性だったため誰も今まで立ち向かうことができないと言われていましたが、ニューヨークタイムズ誌のエミリー・スティールが彼から性的嫌がらせを受けていたことを告白しました。 でも彼女は態度を変えませんでした。引き下がりませんでした。彼女のジャーナリズム的な声が人々に届きました。当のテレビ局はいまだにショックを受け続けています。ちなみに彼女も我々の仲間です。エミリーもターヒール(UNC同窓生のこと)です。これが、私たちが毎日やっている仕事です。この時代、この瞬間に女性であることを誇りに思います。なぜなら、真実に対する切望は誰にも侵されてはならないからです。 友人や家族がいなければ、私は今ここに立っていません。最後に1つだけ話しておきたいことがあります。 2015年の春、ホワイトハウス記者協会主催夕食会でオバマ大統領は私の名前を読み上げたし、当時私はさまざまな番組を持ち、雑誌でも取り上げられ、標高5,895mのキリマンジャロに登頂しました。なかなかいい時期でした。でも私は大きな過ちを犯してしまいました。 ボルティモアで警察に拘束された黒人青年が移送中に負傷し、その後死亡した事件を報道していました。現場は非常に熱気に包まれていて、生放送のインタビューをした際、数日前に注意されていたにもかかわらず、我が国の退役軍人に対する見識を低下させることになってしまいました。 私が話題の中心になりました。光の速さで私の言葉はインターネット上で話題になりました。Twitter、Instaglam、YouTube、FOXニュース、あらゆるメディアから私は攻撃を受けました。 私は孤独を感じ、危険にさらされ、恐怖に襲われました。私の友人、家族、そして支持する団体にいる退役軍人が侮辱されたように感じましたし、私は仕事を失うかもしれない、炎上したインターネットから私は正常に戻ることができるのかと不安に思いました。 その晩、私はホテルに戻り、ドアを閉めました。食べることも、考えることも、寝ることもできませんでした。そして夜10時にドアをノックする音がしました。中学1年生の時からの古い友人の1人、アメリカ海軍中佐ラシャード・ジョーンズ(Rashad Jones)は、いくつもの州境を通過して車で私のところまで来てくれました。 あの日の夜、私はひどく落ち込んでいました。そんなとき、ラシャードがいてくれました。こういう時に、本当の友達が誰なのかわかります。翌朝、私は生中継番組で謝罪しました。その間、CNNはずっと傍で見守ってくれました。

偉大なアドバイスは多いが、人生はあなた自身のもの

この話で伝えたいことは2つあります。 1つ目は立ち直ることです。2017年度の卒業生のみなさん、あなたたちは必ずどこかで失敗することがあります。ポイントは、失敗を認め、そこから優雅に、そして謙虚さを持って立ち直ることです。 2つ目は友情です。友人は自分自身の本質を明らかにし、自分自身を向上させ、人生の喜びであり、成功を祝ってくれます。そしてお互いを必要な時に側にいてくれます。もしかしたら、この先の人生を共に歩んでいきたいと思えるような人になるかもしれません。そんな人を見つけるまで私は36年かかりましたが、私はまさにそうでした。ジェームス、あなたとの日々は私にとって贈りものだわ。 あなた方の周りにいる人々はあなた方を信じている人たちで、あなた方の最善の部分を引き出してくれる人たちで、あなた方がベストな状態でいられるようにあなた方を支えてくれます。 私も、父がコンサルティング業務のために毎週のように飛行機に乗って出かけて行くのを子供ながら見ていたのを覚えています。彼は例えば「最後まで徹底的にやり通す」「世界を見る好奇心を持て」と言いました。 私の母は、親切心、謙虚さ、感謝の気持ちを教えてくれました。なんというタイミングの良さでしょう、今日は母の日! ここにいるすべてのお母さんたち、称賛します。 家族と言えば、あなた方のお母さん、お父さん、兄弟姉妹、おばさん、おじさん、おばあさん、おじいさんがあなた方の卒業を祝いに来ています。もちろん家族全員に対しても尊敬の念を持っています。 私たちには特別な共通点があります。そう、みんなターヒールの一員です。我々はこの先の人生、お互いを助け合っていくことになります。時間が経つにつれ、我々の絆は強まっていきます。10年、20年後にあなた方を訪問するかもしれません。私のメールの受信ボックスが溢れていて、仕事に追われていても、「ターヒール」という言葉さえあれば、即座にそれまでやっていたことをやめ、そのメールを開封して読み、返信します。あなた方もどうか同じようにしてください。 ターヒールのなかには宇宙に行った人もいれば、オスカー受賞者もいれば、病院で人々を救うために夜間勤務をこなす人もいれば、亡くなるまで手を握っていてくれる人もいます。学校で子供たちを支援するため残業をこなす人もいれば、起業家もいますし、福音を説く人もいますし、国のために戦争で闘った人もいます。 キャロライナで得た社会的地位は重大で、長年受け継がれていて、責任があります。これはどこへ行っても誰にも奪われないものです。 教授、親、友達から言われるアドバイスは偉大なものが多いですが、「人生」という名の乗りものを運転しているのは最終的にはあなた自身です。自分の心に耳を傾けてください。1人でいる時間を大切にしてください。あなた自身の価値を知ってください。夢を持ってください。そして、どこ出身かを決して忘れないでください。 2017年度卒業生のみなさん、おめでとうございます! がんばって!

  
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