たくさんの思いを込めてメダルを取りにいった

司会者:それでは羽生選手。今の金メダルを首にかけた気持ち、一夜明けたお気持ちをお聞かせください。

羽生結弦氏(以下、羽生):昨晩もありがとうございました。まず、ソチオリンピックの時とは違って、非常に非常にたくさんの思いを込めてこの金メダルを取りに行きました。そして最終的に、自分が思い描いていた結果になり、自分が思い描いていたメダルをかけていることが本当に幸せです。

司会者:ありがとうございます。さて、まず海外記者団のみなさんより、手短に英語での質疑応答を受け付けます。羽生選手には、英語でお答えいただきます。

(羽生選手、驚きの表情を見せる)

(会場笑)

海外記者のみなさま、ご質問はありますでしょうか?

影響を受けたスケート選手は

記者1:こんにちは。『オリンピックチャンネル』の◯◯と申します。英語での質疑応答を受け付けていただき、ありがとうございます。あなたはオリンピック大会2連覇を成し遂げられましたが、一方でたいへんお若くていらっしゃいますね。これほどまでの重圧の下で、どのように自己管理をなさっていらっしゃるのでしょうか?

羽生:そうですね、世界には、メンタルコントロールやメンタルマネージメント、心拍や身体について多くの知識があります。多くの知識がありますし、レポートもたくさんあります。

スケートができなかった期間、僕はメンタリティについて、レポートや本を何冊か熟読しました。僕は、心理学や競争についてのメンタリティについて学ぶことが大好きですので、僕にとってのスケートは、辛くは(聞き取り不明)ないのです。実際のところ、今回のオリンピックに僕が出られたのは、このおかげだと思っています。

記者2:ありがとうございます。CNNのコール・ワイヤーです。9年間NFLでプレイしてきましたが、羽生さんのように、ファンからの熱狂と反響を得ている人を見たことがありません。羽生さんは、このことをどうお考えでしょうか。また、あなたが影響を受けている人はいますか?

羽生:僕がスケートを始めた時、まさかオリンピックに出場するとは思ってもいませんでした。4歳の時には、オリンピックを知りませんでしたから。しかしスケートを始めた後は、オリンピックを見て、とても影響を受けるようになりました。いつのオリンピックかは、はっきり覚えてはいないのですが、ソルトレイクシティ(2002年)でしょうか。それで僕は、ぜったいにオリンピックでメダルを取りたいと思うようになったのです。

うーん、何が言いたいのかわからないですね。僕のヒーローは、エフゲニー・プルシェンコ、ジョニー・ウィアー、ステファン・ランビエール、 ハビエル・フェルナンデスもそうですね。偉大なスケーターであった、ディック・バトンもそうです。

ディック・バトンの滑りを見ることはできませんでしたが。でもとてもすばらしいスケーターですよね。今回のオリンピック2連覇にあたり、ディック・バトンは僕をとても応援してくれました。だから彼にはとても感謝しています。彼の記録を破って、3大会制覇できるかはわかりませんが、現時点では、今のタイトルを勝ち取ることができて、僕はとても満足しています。ありがとうございました。

プーさんは森にかえす

記者3:こんにちは。NBCの◯◯です。前にも質問は受けたとは思いますが、ぜひお聞かせ願います。リンクに投げ込まれた、膨大なくまのプーさんの数で、皆さんとても驚いていますよね。あのプーさんはどうされていますか。全部持ち帰るのですか。もしくは、いくつかは手元に置くのでしょうか。チャリティに寄付すると思うのですが、寄付先はどのように選び、見つけていらっしゃるのでしょうか?

羽生:どう言えばいいんでしょうね、プーさんたちはみんな森にかえします。冗談です。

(会場笑)

本当は全部自宅に持ち帰らせていただきたいところなのですが、それは難しいし、できませんので、大半はスケート連盟、その他の連盟、子どものチーム、そういったところにプーさんを寄付します。思い出に残すために、いくつかのプーさんは、自宅に持って帰ります。こういう答えで、よろしいでしょうか。

記者3:つまり、チャリティに寄付すると。

羽生:そうですね、スケート連盟に寄付するので、チャリティとして活用してもらえるのでしょうね。ありがとうございました。

記者4:ロイター通信のエレイン・リーズです。

羽生:あなた、日本語おできになりますよね。

記者4:ああ、オーケイ。

(会場笑)

(日本語で)じゃあ、ロイター通信のリーズですけど。昨日はいろいろ日本のマスコミとのインタビューもあったと思いますが、それ以外に祝い方とか、なにか連覇を祝われた今の気持ちをあらためてお願いします。

羽生:今日の気持ちとしては……英語でしゃべらないといけないのかな、これ?

(以下英語)今回のタイトルについては、とくにお祝いはしなかったです。寝る時間もなかったので。このタイトルについて、お祝いはするとは思いますが、家族とか、チーム、クラブなどでやると思います。

僕の気持ちは、フリースケーティング前と今とでは、僕の中ではっきりと変わりました。夢がもう、叶ったからです。僕は今、とても満足しています。

司会者:外国記者団のみなさんからは、ご質問は以上でしょうか。

(羽生選手、腕で大きなバツ印を作る)

司会者:それでは、次の日本の質問。

スケートを辞める気はない

記者5:フィギアスケートマガジンのヤマグチともうします。おめでとうございました。

羽生:ありがとうございます。

記者5:一般的にスポーツでは、人間力が競技力に結びつくと考えられているんですけれども、競技以外でこれから何かにトライしていきたい(こと)。例えば旅をしてみたいだとか、なにかこういう分野で勉強したいとか、競技の練習以外に挑戦していきたいと思っていることはありますでしょうか?

羽生:とりあえずスケートを辞める気はないので。あっ。

司会者:いや、日本語でいいです。

羽生:トランスレートありですか?

司会者:いや、大丈夫です。どんどん日本語で次に行きましょう。

羽生:すいません、日本語でいきます。とりあえずスケートを辞める気はまだないです。ただ、先ほども言ったように夢は叶ったという気持ちは実際にありますし、やるべきことはやれたな、という実感もあります。清々しい気分でもいます。

ただ、言ってみればまだやりたいことはスケートの方では残っていると思います。スケート以外のことで何か喋れるとしたら、うーん……そうですね。うん、一応いま考えましたけど、一周回ってきてやっぱりスケートのことだったので(笑)。

本当に、今までの人生をスケートに賭けてきて本当に良かったって心から言えますし、これからももうちょっとだけ、自分の人生をスケートにかけたいと思っています。

4回転アクセルを目指す

記者6:フィギュアスケートライフのハセガワです。金メダルおめでとうございます。

羽生:ありがとうございます。

記者6:今言っていましたが、フィギュアスケートでもう少しやってみたいこと、というのは4回転アクセルとかもあると思うんですけど、それも含めてどんなことがあるのか教えてください。

羽生:はい。先ほども質問で出たように、4回転アクセルはやりたいなと思っています。それは前人未到だからとか、まあ多分小さい頃の自分だったら「前人未到だから」って言うと思います。ただ、今の僕の気持ちとしては、自分にとってやっぱり最後の最後に支えてくれたのはトリプルアクセルだったし、やっぱりアクセルジャンプというものに賭けてきた思い、時間、練習。

質も量もすべてがどのジャンプよりも多いし、なによりも僕の恩師である都築(章一郎)先生が言っていた言葉が、「アクセルは王様のジャンプだ」と言っていたので、そのアクセルジャンプを自分は得意として、そして大好きでいられることに感謝しながら、4回転アクセルを目指したいなと思っています。

順風満帆だったらメダルは獲れなかった

記者7:夢が叶ったとおっしゃっていますけれども、ソチが終わってこの日のためにこうやって行こうという青写真は頭のなかで描いていて、そのとおりに行ったのかということと。スケートにもう少し捧げるということですけれども、終わった後に何をやりたいのかという。なんでしょう、スケートコーチになりたいのか、学者になりたいのか、そういうのも教えてください。

羽生:はい。まず、キャリアを終えてからの自分のやりたいこと。僕はまだまだ英語が下手くそだし、もっと勉強しなきゃいけないこともたくさんあるし、もちろん日本でも学ばなきゃいけないことがたくさんあると思いますが、世界中でいろんな所を回りながら、スケートで本気で1位を目指している人になにか手助けをしたいなと思っています。

僕は本当に幸いにも最初は日本で練習して、最終的にはカナダに行って練習することになって。いろんなことを学べたし、なによりも今現在のフィギュアスケートの技術だとか演技だとか、そういった分野の中で幸いにも一番上のところに来たと、自分が胸を張って言えるので。そういった経験をみんなに伝えるお仕事ができたらなと思っています。

それはコメンテーターでもあるのかもしれないけれども。でも、テレビというよりは、できれば直接選手の手助けがしたいと思っています。えーっと、あとはなんでしたっけ? ごめんなさい。あ、4年前から今日までってやつですね。

はい。全然ですね。19歳の時に(メダルを)獲ったあれから、すぐに世界選手権があって。あの時一番覚えているのは、メディアでもいっぱい捉えられて、自分もいっぱい見たので覚えています。「一番最初に何がしたいですか?」「練習。サルコーの練習」って言いました。

フリーのリベンジがすごくしたくて臨んだ世界選手権であって、そしたらサルコーの練習ばっかりしていたら、ショートで絶対の自信を持っていた4回転トウループでミスをしてしまって、非常に悔しかった。そしてフリーでなんとか挽回して優勝できた。そういう記憶があります。

その一番最初の試合から、中国(杯での事故)があって。そして手術もあって、捻挫をし。本当にケガと病気と、そういったものにずっと苦しみながら過ごしたわけですけど。それは思い描いてなかったですね。はっきり言って思い描けなかったですし(笑)。

でも、でもですけど。正直に言えるのは、こうやってもし何もなくて、このNHK杯でケガをするまで本当に順風満帆で何もなくて、うまくいっていたとしたら、たぶんオリンピックで金メダルは獲れていないです。やっぱりそういういろんな経験があったからこそいろんな勉強ができたし、いろんなことを学べたし。それを活かせたのが、今回のケガからの復帰だと思っています。

痛み止めがなければ、到底飛べる状態ではなかった

記者8:報知新聞のタカギです。4回転アクセルですけれども、右足首に掛かる負担は怖くないのか、ということと、あとどれくらいで習得できると現時点で想定しておりますか?

羽生:えーっと、右足の負担は正直言って大きなものになるとは思っています。実際にここまで来るにあたって、4回転ループが飛べたのが移動する前日。そして4回転ルッツに関しては全くやらず、もうトリプルルッツが飛べるのも本当にギリギリだったので、痛みとの闘いの中、なんとか、なんとか飛べるようになったジャンプだったので。

これからそのジャンプたちをどうしていくかはわからないですけれども、4回転アクセルに関しては右の足首の状況を見ながら習得を目指していきたいなあと思っています。

まあ正直言ってしまうと、やっぱり今、若干満足しちゃってるんで、自分に。きっと多分いま幸せだから、またすぐ不幸がたくさん起きて、きっとすぐつらい時期が来るんだろうなと思っています。ただ、それはきっと次の幸せのためのステップだと思うので、ケアも治療もリハビリも、すごくつらい時だってわかりますけれども、そういうものに専念できる時間が取れたらなというふうにも思っています。

記者9:産経新聞のタナカです。大会連覇おめでとうございます。

羽生:ありがとうございます。

記者9:先ほど4回転アクセルへの目標も語りましたけれども、もうちょっと滑りたいという中で、次に進むモチベーションというのは、すぐに出てくるものなのでしょうか? ソチ五輪の後は全く休まずに次のシーズンから連覇への挑戦を続けてきましたけれども、この後のご自身は、休むという選択はなく続ける予定でしょうか? もしわかれば。

羽生:足首次第です。本当に痛み止めを飲んで、注射が打てればよかったんですけど、注射が打てない部位だったので、痛み止めでなんとか飲んで飲んで、という感じだったので。はっきり言って、今状態がちょっとよくわからないです。ただ、はっきりといえることは、痛み止めを飲まない状態では到底ジャンプが降りれる状態ではないし、飛べる状態でもないということはわかっています。

なので、治療の期間が欲しいというふうには思います。ただそれがどれくらい長引くのか。あとは、アイスショーの関連とかもありますし。やっぱりせっかく金メダルを獲ってきたからこそ、いろんな方々にすぐに伝えたい、すぐにみんなに笑顔になってもらえるような演技がしたいというふうにも思ってはいるので、そこは前向きに検討していますが、競技としてということを考えると、ちょっと治療の期間が必要だなと思ってます。

また、モチベーションに関しては、スケートをやめたいということは全くないです。何よりモチベーションはすべて4回転アクセルだけなので(笑)。もう獲るものは獲ったし、やるべきこともやったと思っています。あとはちっちゃかった頃に描いていた目標、夢じゃなくて目標を叶えてあげる。それだけかなと思っています。

この3ヶ月のメンタルについて

記者10:英字新聞『Japan News』のナミキと申します。今の質問と被るんですけれども、ケガをしてから足の状態はどんな状態で、どこまで回復したんでしょうか? そしてその時の、3ヶ月間どんな心理状態だったのか教えてください。

羽生:ケガの状態については、はっきり言って詳細がよくわからない状態です。検査もちゃんとしたんですけれども、もともと(ケガを)していて靭帯が損傷してしまっていた部位。また、その時にやってしまった方向があまりにも複雑過ぎてかんたんにはわからなかったという点もあり、いろいろな痛みが出てきてしまって、正直いってどれがどこまで傷んでいるか。そしてなんの治療が最適なのか。ちょっとわからない状態です。これくらいでしょうか。

えっと、3ヶ月間のメンタルに関しては、うーん……、なんて言ってほしいですか?(笑)。うーんと、とくに自分の心から、自分の頭が先導で、ネガティブなことに引っ張られることはなかったですけど、環境、状況、状態、条件。そういったものから、外的要因からすごくネガティブな方向に引っ張られました。

やっぱりそれだけスケートというものにいろんなものを賭けたし、いろんなものを捨てたし。「スケートだけでいいや」って本当に思っているので。だから、「これでスケートを辞めなきゃいけなくなったらどうしよう」ってまでも思っていましたし、実際に今もどうなるかわからない状態なので。ちょっと複雑な状況でした。

「ほんとのほんとの気持ちは、嫌われたくないってすごい思う」

羽生:ただ、こういう質問で終わるのもなんなので……うん。やっぱ、ねえ。明るい話なんで、僕の場合は。やっぱりこうやってスケートを滑れて本当に幸せです。オリンピックのマークがあってこんなに沢山の方々に応援してもらえて。

ほんとのほんとの気持ちは、嫌われたくないってすごい思うし。いろんな方に見られれば見られるほど、いろんなことを喋れば喋るほど嫌われるし、いろんなこと書かれるし。なんかウソみたいな記事が、これからもっともっと出てくるんだろうなって思います。

ただ、僕が喋ったこと、僕が作ってきた歴史。それはなに1つ変わらないし、自分の中で今回は誇りを持って、本当に誇りを持ってオリンピックの金メダリストになれたと思っているので、これからの人生、オリンピックの金メダリストとしてしっかりまっとうしたいと思います。

ありがとうございました。