訪日観光客1億人、インバウンド消費30兆円の実現可能性

柴田啓氏(以下、柴田):それでは、ここで具体的な質問を1つしたいと思います。もし、みなさん一人ひとりが、日本の観光庁長官になったとしたら……。

星野佳路氏(以下、星野):さっきの、この1億人、30兆円の数字(を目指すための話)はいいですか?

柴田:いきますか?

星野:次のスライド、僕のが出てきちゃうんじゃないかな。

柴田:大丈夫です。

星野:あ、そうですか。それはあとで。

柴田:たぶん大丈夫です(笑)。はい、では、要はこのすごく野心的なゴールを達成するために、なにをしたらいいのかという質問の延長線上で、もしあなたが観光庁の長官になって、観光振興のために100億円の予算を急にもらって使えることになりました。そしたら、どう使いますか? 1つでも2つでもいいんですけども、その施策を教えてください。

じゃあ、まずは……。

星野:これこれ。

柴田:その話はちょっと……。こちらの話、やりましょうか、先に。

星野:そうですか? この話のために来たようなところがありましたけど、今日は。

柴田:おー! ちょっと。

(会場笑)

柴田:じゃあ、この話をやりましょう。

星野:え、今ですか?

柴田:ぜひ説明してください。星野さん。

星野:……、1億人、30兆円っていう話で、今日、みなさんのスライドを見て、僕が一番真面目に考えてたんだって、なんかちょっと損した気分になったんですよ。

(会場笑)

実は減っている日本国内の観光消費額

星野:少し話をさせてほしいんですけれど、1億人、30兆円って目標、これは観光業界にいる人にとっては、狂った目標なんですね。そもそも1億人来て30兆円になるってこと自体が、今の観光の概念ではありえないんですよ。

だって今、2,000万人来ていて、2.5兆円ぐらいですから、インバウンドの消費が。それが1億人、5倍になると、なぜ15倍になるんだろうっていう。つまり、単価がめちゃくちゃ伸びてるってところなんですよね。

だから、これは新経連らしい、三木谷さんあたりが、またエイヤッで決めた数字なんじゃないかと、私はちょっと思った。

(会場笑)

星野:そう思ったんですが、そこで真面目に僕は考えてみたんですよ。みなさんに今日、ぜひ知ってほしいのは、2013年から2014年に日本で起こったことなんですね。13年から14年に、インバウンドは1.7兆円から2.2兆円に伸びたんですよ。

外国人観光客がドサッと伸びたにもかかわらず、なんと日本人の日本国内の観光が減少したがために、その減少分が大きかったために、なんと日本の観光消費額が減ったんですよね。ですから、マスコミや観光庁が出しているイメージとは真逆のことが、実は13年から14年に起こったんです。

実は見ていただくと、日本の観光消費の90パーセントが日本人による日本国内観光なんです。もう、これは巨大な需要があるんですよね。

柴田:これですよね?

星野:そうそう。

柴田:実は、これは僕が寝ずに作ったんですよ(笑)。国内消費が、ずっと下がっていっているのは、すごくわかりやすいと思うんですけど。

業界の常識を越える“狂った目標”を達成する方法

星野:そうですね。それで、(スライドを)戻していただきたいんですけれど、それを30兆円にするために、実はインバウンドを増やす以上に大事なことが、国内需要をいかに維持するかなんです。

今回、初めてこれをやってみたんですけど、2030年の推計では、今の国内需要の参加率が減らなかったとして、人口減少分だけ減少させてます。人口減少分だけ減少させて、そして、インバウンドは4倍ぐらい伸びると、非常にアグレッシブな目標を立てたんですね。

4倍って言ったら、もう、2,000万人の4倍で8,000万人でフランスと同じになるというときに、やっと全体で27兆円になる感じなんですよね。だから、既存の概念を非常にアグレッシブに、全部うまくいったときにこうなってるんですね。

でも、日本の国内消費は、実は参加率が落ちていっているんです。日本人の1人あたりの国内旅行回数が落ちていっているんですね。

ですから、それをなにかうまく挽回したとして、このくらいの数字がやっとなんじゃないかなと思って、次の2晩ぐらい、また僕は考えてたんですけど。やはり今までの概念で観光を見ていると、1億人、30兆円っていうのは無理なんですけれど、極端に単価を伸ばす策を考えれば、私は可能だと思うんです。

それが、例えば、医療観光とかなんです。つまり、長くいてもらうんですね。例えばのケースでいうと、ガン患者に日本で6ヶ月滞在してもらうみたいな。そのくらいの、観光の派生版の長期滞在型に持っていくと、さっきお話したように、1人あたりの消費単価を劇的に伸ばす効果があるので、そうするとインバウンド1億人、……1億人じゃなくてもいいんですね。

僕は1億人は無理だと思っていて、5,000万人、6,000万人で、さっきの10兆円、20兆円が可能になる可能性はあると思う。

どうやって長期滞在してもらう?

柴田:例えば、移民受け入れのお試しみたいなのをやったらどうなんですかね? 日本に住んだらどうなるんだろうって。

星野:日本人になってみるお試しとかね。

柴田:そうそう。

星野:やはり今までの観光の概念って、どうしてもビーチとか、観光してまわるとか、見てまわる、体験してまわるとかに限っていたんだけど、もっと極端に長い滞在を目指した観光が、もし可能なら、単価を極端に高くしていくことは可能で、「1億人、30兆円」って数字がちょっと現実的に、……現実的にはならないですけどね、まだ。

柴田:あの、僕、毎年、ニセコにスキーに行くんですけれど、オーストラリア人だらけなんですよね。

星野:トマムにぜひいらしていただければ。

(会場笑)

柴田:あ、今度、トマムに行きます(笑)。それで、ニセコの話をすると、オーストラリア人、だいたい2週間、3週間、平気で泊まってるんです。

星野:そうですね。

柴田:だいたいアジア人はみんな2、3泊、3、4泊で帰っちゃう。あと、バリ島、今度?

星野:ええ、バリ島。そうですね、オープンします(2016年夏「星のやバリ」を開業予定)。

柴田:バリ島もけっこうオーストラリアの人が多いと思うんですけれど、すごく長期滞在するじゃないですか。

星野:長期滞在ですね。やはり長期で休める国の人たちが長期滞在になるんですけれど、私がさっき少しお話したように、1億人、30兆円っていう変な目標が飛んできたので、初めて考えてみました。1億人っていう数字の問題よりも、1億人でどうやって30兆円払わせるかってほうが問題で、それはやはり滞在を極端に長くする観光に転換していくということしか、本当に目標にするなら、僕はないんじゃないかなと思いました。

英語だけでも生活できる環境が移民を増やす

柴田:ピーターさん、日本の魅力が徐々に高まってきていると思うんですけれど、例えば、僕の周りでも、外国人が日本に来て感動して、「ここで働けたらいいな」とか、「ここで少し生活したいな」と思う人が、なんとなく増えてきた気がしていて。

でも、そういう人たちはみんな、規制もあるし、あともちろん言葉の問題とか、いろいろな問題があって、けっこうな人がギブアップしちゃうんですよね。こういうのってどうやって変えていけばいいんですかね?

ピーター・ランダース氏(以下、ランダース):そうですね。2014年11月に香港から新しいエディター、編集者が来まして、アメリカ人なんですけれども、日本語がまったくできない人で。けっこう苦労すると思ったら、意外と、なんとか英語で東京で生活できることがわかりました。

これは大変な進歩で、私は90年代ずっと東京に住んでましたけども、当時はそのようなことはありえなかったと思います。今ようやく、レストランとか、不動産とか、いろんな日常生活のなかでも、もちろん日本語ができたほうがはるかにいいけれども、ある程度、英語だけでなんとか生活できるようになった。

さらに、東京以外の都市でもそのような生活ができるようになれば、お金持ちじゃなくても、一般の給料でなんとか英語だけで生活できるような環境ができ上がれば、もっと若い人が仕事に来ると思います。

自由に使える100億円の観光予算があったら?

柴田:では、さっき質問しかかったところに戻って、「じゃあ、なんとか達成しちゃおう」といったときに、100億円あったら、そのお金どう使うんですかと。この質問にいきたいんですけれど、山本さんから具体的なアイデアがあったので、これいきましょうか。

山本:そうですね。私が100億円の予算を持っていたら、基本的には、ポケットWi-Fi系のルーターを空港で無料で貸し出して、旅行中、ずっと無料で使ってもらうことにフォーカスします。

この意図は、日本に来た人に日本に来たことを自慢してもらう。InstagramやWeChatもしくは微博(Weibo・中国のソーシャルメディア)とかに、どれだけ「日本でなにしてるよ」という話が流れるかということが重要だと思っておりまして、そのために1つのハードルになっているのが、Wi-Fiスポットが少ないっていうところがあると思うんですよね、日本の場合。

もちろんいろんな市区町村でWi-Fiスポットやられていますけれども、Wi-Fiスポットが少ない代わりに日本ってすごくいいのが、3G、4Gのネットワークがすごく強い。どこ行ってもハイスピードのインターネットが使えるというところで。

それをWi-Fiに変えて配っちゃえば、30万個配れば、もうほとんどの外国人の旅行者の方が日本にいるときに、ずっとスマートフォンがインターネットにつながっている状態にできる。そういうところが、一番インパクト大きいんじゃないかなと考えています。

柴田:なるほど。そのWi-Fiは全部楽天で……?

山本:それはあとで社長と相談させてください(笑)。

外国人発の日本の情報を増やすための施策を

柴田:(笑)。井上さん、どうですか?

井上高志氏(以下、井上):はい、そうですね。Wi-Fiが整えば発信できるということになるので、会場のみなさんも考えてみていただきたいんですけど、この1年とか2年ぐらいの間で、海外旅行に行った方、たくさんいらっしゃると思います。

なんの情報を見たか、どんなページで現地のおいしいものを探したか、観光スポットを探したかというと、現地のブロガーの(情報)を見たって方、実はそんなにいないんじゃないかなと思っていて。日本語できれいにまとめられた観光ガイドみたいなものをワーッと見て、そこからレビューを見たりとかして行ってる方が多いんじゃないかなと思います。

なにを言いたいかというと、外国の方が日本のいったいどこに「わー、これすごいじゃん」って感じるかというのは、外国の人に発信させたほうがいいと思うんです。100億円あるんだったら、アルファブロガーとかユーチューバーのイケイケの人たちをどんどん招いて、しばらく日本であっちこっち観光地めぐりをしてもらって。

この前もテレビでやっていたんですけど、微博で猫のいっぱいいる瀬戸内海の島をつぶやいてたら、中国人はみんな知っていて「そこに行きたい」と。島の中にいっぱい猫がいるわけです。でも、そんなこと、テレビ番組で見るまで、僕はぜんぜん知らなかったわけですよね。

だから、日本人が日本の売りにしたいところを一生懸命売るというよりは、実際に来て体験してもらった外国人が、自分たちの国の人たちに微博とか、Twitterとか、YouTubeとか、いろんなものを使いながら、どんどん発信していってもらう。

そして、「行きたいなあ」「体験してみたいなあ」ということを、1,000人ぐらい日本に招いて常駐してもらって、観光費用も全部出してあげると、1年ぐらいで相当なコンテンツになると思うので、それを見た人たちが「行きたいな」って来てくれたらいいかなと思います。

動画とか写真の威力というのもあります。1枚の写真を見て、「あ、この景色見たい」ってなるので、写真素材も全部フリーでばらまいて、日本のいいところ、いろんな写真で、どんどん発信していただくようにしていったらいいんじゃないかなと、そんなふうに思います。

柴田:なるほど。僕、すごくそれ同感なんですけど、なぜならば、お客さん全部外国人なんですよね、インバウンドって。最近いろんなところで、インバウンド振興のための会合とかイベントとか、いろいろ行われているんですけど、日本人しかいないものがいっぱいあるんですよね。

「あれ、なんかおかしいんじゃないかな」って、いつも思うんです。まさしく今、発信を海外の人にしてもらうっていうことは、すごく重要だと思う。視点がぜんぜん違ったりしますもんね。

休日分散化が業界の収益率を上げる

じゃあ、星野さん、いかがでしょうか? 100億円あったら。星のや、建てるのはダメですよ。

星野:いや、わかってますよ。

(会場笑)

星野:100億円あったら、僕は持論として昔から話しているんですけども、さっき見ていただいたように、日本にはすでに20数兆円の観光需要があるんですよ。これって日本で5番目に大きな産業なんですね。金融と同じなんです。

ところが、金融と比べて、または自動車産業、ほかの産業と比べて、なにが問題か。需要が問題じゃなくて、実は収益力が問題なんですね。利益を出してる人が少ない。20数兆円も売上があるのに、利益を出している事業者が地方には、ほとんどいないんですよね。そこが問題なんです。

なぜ利益が出ないかというと、楽天トラベルさんなんかもそうだと思うんですが、100日です、観光需要があるのは。日本国内の20数兆円の需要のうちの90パーセントは日本人ですから、日本人による日本国内観光。オーストラリアとか海外は、10パーセントぐらいしかないですからね。

その90パーセントの日本需要は、なんとゴールデンウィーク、お盆、年末年始、シルバーウィーク、土日に集中しちゃってるんですよね。100日しか儲けられないから、非正規雇用が増えるし、100日しか儲けられないのを265日の赤字で埋めるので、全体が赤字になる。なので、僕は休みの平準化を提唱してるんです。

柴田:休日分散化。

星野:休日分散化。ですから、ゴールデンウィークとシルバーウィークを、日本を5ブロックに分けて、各地域ごとに違った週に連休を取ろうと。

柴田:うちの会社、今やってますよ。

星野:すばらしいですね。そういう会社が日本中に増えれば一番いいんですけど。そうすると楽天トラベルさんなんかもきっといいでしょ? もっと売上が上がるはずなんですよ。もっと利益が出る。旅館側も正規雇用を増やせるし、もっと稼げる日が増えるんですよね。

ですから、需要が問題なんじゃなくて、収益力が問題なんだってこと。休みの平準化に一番反対してるのが全銀協(全国銀行協会)さんとかなんですけども、例えば、銀行のプログラムを書き換えなきゃいけないとか、そういうところに100億円を使ったらいいんじゃないかなと思いました。

もう1つ……。

(会場笑)

もっと若者が旅するように「若者割」を

星野:もう1つ。

(会場拍手)

星野:ありがとうございます。さっきも申し上げたように、国内需要が減少してるんです。国内需要は、1人あたりの旅行参加率が落ちていってるんですね。特に20代の若者です。アメリカの調査によると、若いときに旅行する習慣がある人は、結婚しても旅行するし、子供が生まれても旅行するし、子供が育ったあとも旅行し続けるんですね。

ですから、若いときの旅行習慣って大事なんですよ。それを、日本人の若者はなぜか旅行しなくなっている。ところが、日本の観光地に行くと、JRも、飛行機も、美術館も、映画館も、シニア割引があるのに若者割引がないんですよ。

だから僕は「シニア割引をやめて、若者割引をやってくれ」と言っているんですが、もし100億円あったら、日本全国の観光施設に対して、若者割引をやる。JR、飛行機、全部そうですね。

柴田:ちなみに、星のやでは若者割引は?

星野:「若者旅」っていうのをやってるんですよ、もうずっと。これは1万9000円っていう極端に安い価格で日本の温泉旅館に泊まってもらおうっていう。20代限定ですけどね。その代わり、「旅館とはこういうものだ」みたいなものを読んでもらったり、いろいろ勉強していただくということも一緒にやってるんですけど。

観光産業全体で取り組むべきですよ。20代に旅行してもらうと、やはり、結婚しても、子供が生まれても、そして、そのあとも、ずっと旅行し続けてもらえる習慣がつくんです。これはけっこう深刻な問題だと、僕は思ってます。

観光地がもっと手軽に質の高い翻訳をできるように

柴田:そこを、もう少し聞きたいんですけれど、その前にピーターさんの答えを。

ランダース:Wi-Fiは本当にすばらしい提案だと思います。たしかにみなさん、日本に来るときにWi-Fiに苦労するから。そんなに大したお金はかからないのに、みなさんの旅が便利になると思います。

もう1つの提案、100億円があるとすると、どこかに、京都でもいいし、地方でもいいんですけれども、日本全国の市町村と、地方自治体と、あとお寺のような非営利団体のための翻訳をする本部みたいなところを作ったらどうかと。

というのは、各地方に行くと、例えば、お寺やすばらしい文化遺産があるけれども、翻訳に苦労していることがよくわかります。あるいは、日本語の長い詳しい説明があるのに、翻訳しないで英語とか中国語ではなにも書いてない。海外からの観光客がせっかく観に行ったのに、十分に文化遺産の意味を理解できないということが、よくあります。

そういうところは、そもそもどこで翻訳してもらえるのか、よくわからないだろうから、この翻訳本部に頼めば、安いお金でやってくれると宣伝する。しかも、言葉が平均的になるしいろんな言語で、質のいい翻訳ができる。そういうのがあれば、いろんな観光スポットが外国人にわかりやすくなると思います。

英語だけじゃなくて、中国語、韓国語も必要だと思います。