マーケ領域への理解の解像度の粗さが、採用ミスマッチを生む

山口義宏氏(以下、山口):前に日比谷さんと僕が何かのイベントの帰りに、一緒に夜風に吹かれて歩いている時に、「ブランドやマーケティングのコンサルをやっている人たちって時々、『話を聞いてもよく分からないけど、これつっこんではいけないのかな』とか、『これが分からない自分が頭悪いのかな』と思わせる圧力を発している人がけっこういますよね』とおっしゃってて。

日比谷尚武氏(以下、日比谷):名前は少し言えないけどありましたね。

山口:僕も、この仕事をしはじめたころは、いろいろな人の本やセミナーを受けて、たまに「理解できない俺が頭悪いのかな?」と思ったんだけど、「いや違う。もっとリテラシーの低い人に、変なミスリードはせずに、理解されやすい説明があるはずだ。説明側が不親切なんだ」と時間の経過と共に考え直し、その改善に多少の使命感を持ちまして(笑)

まぁ、このブランドやマーケティングの世界の「正しい説明」と「わかりやすい説明」の良し悪しは、それこそいろいろと流派で考えが違うので、わりと安易に触れると燃えるポイントだったりはしますが、僕は、別に言論統制された国や業界じゃないんで、それぞれの人が世に問うて反論されて……というプロセスで淘汰や洗練されていけばいいと思っています。

日比谷:でも世の中で需要が多いというのは、仕事のカテゴリとかスコープは曖昧だが、なんとなく広いマーケティングという仕事や機能の中で、「どこかしら欲しいのだけど」「困っているんだよね」という人はいて……。でもそれを細分化した時に、どこの領域かはまだよく分からないの?

山口:それは求職者側も、人が欲しい採用側もその理解の解像度が粗いことはすごく多い。

日比谷:そうなんだ。

山口:そのミスマッチが僕はすごく社会的損失だと思って。ミスマッチの現場って互いにすごく不幸じゃないですか。

日比谷:そうですね。おっしゃるとおり。

山口:なのでミスマッチを避けるというのは、会社も人生も幸福度を高めるポイントだと思うので、ミスマッチを減らしたいなと思って、本でそのような整理をした感じですかね。

日本のレガシー企業が、マーケティングの上級職を外部から招き始めた理由

山口:マーケターの仕事の成長ステージという観点で言うと、本では6つで分けているんですけれども、マネジメント側のキャリアとスペシャリスト側のキャリアがあると思っていて。スペシャリストを大きく分類すると、商品企画のスペシャリストとか、ネット広告のスペシャリストとか、PRのスペシャリストとかいろいろあると思うんですけれども。

スペシャリストとして、周りから評判を高めていって、事業会社内で「あいつはあれが強い」と評価されたり、日比谷さんのようにアウトソースの受託側にいながら仕事を受ける方もいる。

ステージ4以降は、マネジメントとして全てを見渡した上で全体最適なディレクションとリソース配分ができて、最後に売上と収益を上げることができる人。つまり、マーケティング領域に知見がありマネジメントができるという人です。

最近だとCMO(チーフマーケティングオフィサー)というタイトルで呼ばれますが、複数のブランドを持つ会社であれば、どういう施策に投資するかの前に、どのブランドにいくら投資するのか? という投資の傾斜配分を決めるのも大事な仕事です。

このようなマーケティングの上級職の仕事や存在感が日本で知られ、見える化し、事業会社から「うちの会社に良いCMOが欲しい」という需要が発生したのは森岡(毅)さん、西口(一希)さん、足立(光)さんなど元P&Gの方々のご活躍が大きいと思います。

日本の上場企業の大手、クラシックな企業でマーケティングの責任者を外部からいきなり入れるのは昔はなかったと思うんですけれども、そのような方々が注目されたことで、今は日本のクラシックな大手企業でも、普通に執行役員くらいの待遇でマーケティングに強い人を外からいきなり引っ張ってくるということが急増してますね。

日比谷:僕が少し覚えているのが、20代の頃にITの会社をやっていたんですけれども、会社にマーケターとかマーケティングという仕事がなかったんですよ。

企業から直受けでシステム開発をするとか、別に幅広いお客さんの相手をするわけではないですから、結果的になくても大丈夫だったと思うのだけれども。その頃よく「これからはマーケティングだ」とか「CMOを置くべきだ」と経営コンサルの方や先輩経営者から言われて。確かにCMOサミットとか「CMOとは」みたいなのがすごくビジネス誌に踊ってた時代があったなと今ふと思い出しました。

山口:今また、それらの方々の活躍で、もう1回CMOブームが来てる気がしますね。

需要の高さは、これからマーケターとして働きたい人には追い風

日比谷:それだけCMOが必要とか、もしくは実績があって役に立つぞと思われていることでもあるのかな?

山口:活躍される方々がメディアに出たことと実績のすごさを見て、もう1回着目されて需要が劇的に高まったけれど、そんなことができるスキルや組織マネジメントができて転職意向のある人がすごく少ないので、需給のギャップが大きいのが現状です。需要があるだけで供給が少なすぎるという話ですね。

もう1個はスペシャリスト枠に関しても、スペシャリストって程度はピンキリ感があるじゃないですか。今年で2年目ですというプロの入り口の人と、その仕事を5年10年やって相当知見を持っていらっしゃる方とは違うんですけれども、すべてのレベルにおいて現在はマーケティングの仕事の需要は旺盛にあると思っています。

初心者レベルですら需要が増えていると感じるのは、ITエンジニアで素人を教育・育成してから紹介や派遣をするという事業が、一時期流行っていましたが、そのマーケティング版が増えているんですよね。

マーケター未経験者を集めて、教育して紹介や派遣で送り出すという事業が今ものすごく増えて成長し始めている。当然ミスマッチがあったり、人によっては初心者に研修したくらいでは現場でワークしなくて、すごい摩擦もたくさん起きています。

日比谷:そうか。「あなたも3ヶ月でマーケターになれる」みたいな感じですかね。

山口:そうそう。そういう会社がいくつか例としてあるので、逆に言えば、今はそれだけ未経験者に研修したぐらいの人でも需要があるというぐらい増えている。猫の手も借りたい会社がある。まぁ、実際に猫の手だと現場は困るんですが。

日比谷:それでもありがたいんだ。逆に言うとスペシャリストで、リスティング広告だけやっていましたとか、Web広告だけ強かった人が、別のところにチャレンジするとか。まったくの初心者だけれども、ちょっと飛び込んでみたいという人でもチャンスがあるんですかね。

山口:そうですね。いわゆる玉石混合の混沌としたカオスな時期で、雇う側には当然いろいろリスクがありますけれども、マーケターとして働きたい人からすると、すごく敷居が下がっているので。未経験者ですら教育・育成によって紹介・派遣という道ができているので、今はとても参入しやすい時期だと思いますね。雇う側は、その採用の見極めと、採用後の育成がすごい大変ですが。

日比谷:なるほどね。

マーケターのスキルや知見は、「実践」でアジャストしないと伸びない

日比谷:思い出すと、僕もSansanでマーケティングの立ち上げをしていたんですけれども。実はその時まで未経験で、Webのシステム開発の会社をやっていたものだから、Webはできるだろうと。

ホームページを作ったり、Web広告とかできるから、これからネットマーケティングもできるんじゃないかという周りの声と、自分の思い込みで何とかなるでしょうと言って、見よう見まねでなんとかなったけれど、今思うとめっちゃリスキーでしたね。

山口:僕の私見ですけれども、実践学というか、マーケティングはスポーツに似ていると思っています。例えば僕は、10代の時にアイススケートを一度だけやって、転びまくってこりゃだめだなと思ったんですけれども。僕がそこから3ヶ月間アイススケートのフォームとかをビデオで見てるだけでは、たぶんそんなに上手くならないじゃないですか。

日比谷:スポーツは自分に置き換えても無理だなと思って聞いてたけれど。

山口:つまり、実践と学習の相互の行ったり来たりがないと伸びないと思っているので、日比谷さんがおっしゃった、事業会社で自分の事業や範囲を持って数字と向き合うのは僕はすごく良いことだと思っています。市場・顧客は常に変化していくので、マーケティングは外部環境への変化適応という面は強く、スポーツと近いですよ。

たぶんテニスでもゴルフでも野球でも、球の速度をすごく遅くしたら、誰でも理想的な球の芯をとらえることができる。でも、実際は球が速いので芯をとらえられない。マーケティングも同じ難しさがあり、球の速度、つまり変化の速度に対応しながらアジャストしていくことに慣れ、人と協働しながら成果を出していく現場経験は大事です。

日比谷:現場で叩き上げみたいな。

山口:本にも書いたんですけれども、事業会社って別に社員や外注先のマーケティングの知識にお金を払っているんじゃなくて、成果にお金を払っている意識が強いんです。日比谷さんを雇っていた当時のSansanさんは日比谷さんのマーケティング知識が3倍になったからお給料を増やしたいと思うんじゃなくて、日比谷さんががんばった結果、リード顧客が増えたら大きく増やしたいと思うわけじゃないですか。

日比谷:そういう構造ですよね。確かにそうだ。

山口:だから実践と向き合わざるを得ない環境でやってみて、やりながら試行錯誤、失敗もしながら身につけていくのは、すごく良いことだと思っているというか。

マーケティング支援会社のマーケターと、事業会社のインハウスマーケターの違い

山口:逆に言うとマーケターという自覚意識があるかどうかは別として、事業の数字やお客さまと向き合う立場の人はみんな、マーケティング的な考えや思考を身につけざるを得ない環境にいると思うんですね。

お客さまの志向を無視して施策をやって当たるはずがないので、成功させようとがんばったら顧客を理解しなければいけないし。当然、それを届けるデジタルやツールのテクノロジーを理解しなければいけないので、極めて自然な話だと思いますけれどね。

日比谷:外部でコンサル的に動くタイプの方と、事業会社の中でインハウスでやるのだとぜんぜんキャリアの先の広がり方も変わりそうですよね。

山口:無理やり相対化すると、例えば外注でマーケティングの支援をする会社は基本的には9割9分どこか専門領域を絞っているので、マーケティングの同じ領域の仕事を短いサイクルで繰り返すんですよ。

なので、日比谷さんがSansanという事業会社の中で何かマーケティングをやっていたら、たぶん当然SEOだけをやるわけにはいかなくて、LP作って、何かやって、イベントも自分で司会をやってみて。

日比谷:チラシを作って、イベントの設営もやった。

山口:営業から「リード顧客の内容がいまいち」とか言われたりして改善対応をやっていくみたいに、事業会社はバリューチェーンが社内でつながっているので、比較的全体最適にならざるをえない圧力が働くんですよね。そこで周囲とも連携せざるえないし、事業会社で育った方はマーケティング業務の視野が広がるんですよ。

日比谷:確かに幅広い。最後は、何でもやれることはやれという感じになる。

支援会社と事業会社の、それぞれのマーケター職のメリ・デメを理解する

山口:PR会社でも広告会社でもSEOでもデザインでも何でもいいですけれども、外から手伝う支援側の会社は尖った専門性がないと外注してもらえない。だから9割の会社がどこか尖った専門領域を売りにして仕事を取るので、それ以外の領域はそんなに触らせてもらえない。

場合によっては必要がなかったら、事業会社もそんなに周辺業務や生々しい事業数字のインプットをしないじゃないですか。最低限の情報共有に留めるコントロールをする。「あの施策、上手くいきましたよ」ぐらいの評価は聞けても、本当にリードが何人とかコンバージョンが何人という数字が、タイムリーに意外と教えてもらえるようで教えてもらえないですよね。

日比谷:そうそう、そうなのよ。

山口:同じ領域だけをすごい短期で繰り返すから、仮に1年でPRの汎用性ある専門性を身につけましょうという話だったら、一般的なPRリテラシーの事業会社の広報部所属の1年よりも、PR会社の1年選手のほうが、たぶん専門性は早く身につくんですよね。ひたすら、その領域だけを、多くの業種を相手にして実行を繰り返すので。

日比谷:確かにいろんな現場でいろんな打ち手をね。

山口:だからそこは、どちらが良い悪いかというよりかはメリット・デメリット両方がありますという感じですかね。事業会社の良さは、視野の広さが身につきやすいけどジョブローテもあるから広く浅くになりやすい。外部からの支援会社の良さは、狭く深く繰り返すので狭い領域でも専門性のフラグは立てやすい知識は身につきます。

日比谷:なるほど。昨今のマーケターのキャリア分布というわけじゃないかもしれないけれど、整理としてはよかったです。