データでわかる、企業の育成能力の低下

古屋星斗氏(以下、古屋):実際、今も継続的にインタビューなどを行っていて、若手から「余力がある」「社会人とはこんなものか」「親戚の子どものような扱いに感じる」という言葉が出てくるんですよ。

若手が自社の人事に向かって、絶対こんなことは言えないわけですが、私みたいな第三者に向けてこうおっしゃる方が、実感として半分ぐらい、10人いたら5人ぐらいはいらっしゃる。

あと10人いたら10人全員が言うのはこれですね。

「叱られたことが一度もない」「理不尽なことがない」「上司は全員優しい」とおっしゃるんですよね。本当に10人中9人、10人おっしゃいます。これは良いとか悪いではなくて、事実として職場環境が、構造的な持て余し感とか異質な他者との出会いがない状況に変わってきているのかなと。

それに伴って、こっちは良くないことだと思うんですが、大企業のデータですが、大企業をはじめとする企業の育成能力、育成投資が低下してきているというデータがあります。

2015年と2021年の1年目から3年目社員について、「OJTをどれくらい受けましたか」と聞くと、この(スライドの棒グラフの)青い部分で、40.9パーセントが計画的OJTを受けていたんです。しかし、最も近年のデータでは、30.2パーセント。4分の3になってしまっていると。

増えているのは、この(棒グラフの)紫とか黄緑色の部分で、「上司・先輩から指導を受けていない」。放置されているんだけど、彼ら(上司・先輩)の仕事ぶりを観察して勝手に学んでいるよとか、「指導は受けていないんだけど、マニュアルを参考にしていますよ」と。(若手が)放置されている。自分でやらざるを得ない状況です。

Off-JTも、時間に直すと年間で21.5時間から13.4時間に減少しています。これも大企業のデータですが、実に38パーセント減になっています。

このように「ゆるい職場が前提の社会における、若手-職場関係の転換」が起ころうとしていると考えています。「若手は企業や職場に育てもらう」が当たり前でなくなる。

10年前は、こういった(「初期の仕事から得られる経験・知識」「上司・先輩・同僚から得られるもの」「体系的な学習(研修など)」)得られるものがあったわけですけど、それらがいろいろ変わることによって、目減りしている状況が起きている。それをどう補って拡大していくかを議論しなければいけません。

今顕在化している難問は、そういった意味では良い職場環境を維持しつつ……もちろんブラック企業に戻っては絶対いけません。コンプラ的にもアウトですし、そんな会社は社会的に許されません。良い職場環境を維持しつつ、でもどう成長実感を与えていくかですよね。

若手のワーク・エンゲージメントを上げる2つの要素

古屋:これについて直近の研究内容をご紹介したいと思います。ポイントとしては「若手のエンゲージメントを上げる2つの要素」が発見されています。端的に申し上げると、現代においては心理的安全性が高いだけの職場では、若手人材のエンゲージメントが最大化できていません。

心理的安全性が高いことはもちろん大事なファクターですけど、それだけだと片手落ちです。その後のワーク・エンゲージメントが高くなる方は、今どういう職場にいるかを私が分析した結果、プラスに貢献していた要素が2つありました。1つはもちろん職場の心理的安全性。これも大事です。

ただ、ほとんど同じようなインパクトを持っていたのが、職場のキャリア安全性と呼んでいるファクターです。「このまま所属する会社で仕事をしていても成長できないと感じる」、時間的な視座で自分のキャリアを見る。

「自分は別の会社や部署で通用する仕事ができていると感じる」という市場的な視座。「学生時代の友人・知人と比べてどうか」という比較の視座、相対的な視座で見た自分のキャリアの今後の持続性。この3項目を取っています。

つまり、「自分がその職場にいて、キャリアの選択権を持ち続けられるか」という認識が、職場のキャリア安全性です。これは私の造語ですが、こういったファクターが、その後の若手のワーク・エンゲージメントに強い影響を与えています。

心理的安全性だけが高い職場は、若手社員の離職意向が高い

古屋:この2つのファクターによって、現代の若手社員が直面する職場環境は、4つに分類することができる。心理的安全性が高いか低いか。キャリア安全性が高いか低いか。

キャリア安全性も心理的安全性も高いのが、真の意味で「①Secure」な職場ですよね。心理的安全性は低いけどキャリア安全性は高いのは、ある種「②Heavy」な職場。昔の日本の伝統的修羅場企業かもしれません。

心理的安全性のみが高い状況の職場を「③Loose」な職場と呼んでいて、キャリア安全性も心理的安全性も両方低いのが「④Dangerous」な職場と呼んでいます。出現率はこんな感じ(Secureが17.8、Heavyが13.0、Looseが30.9、Dangerousが38.4)です。

問題は、職場環境別に見ると、若手の諸スコアは、もちろん①が最も高いです。キャリア安全性も心理的安全性も両方高いのが一番いいわけで、これを目指すべきですよね。④は一番低い。当たり前ですよね。ただこの②と③は、職場の状況は全然違うんですけど、実はほとんどスコアが変わらなかったんです。

心理的安全性だけを高めた状態だと、実は、若手を活かせているかという意味では、心理的安全性がとっても低い会社とあんまり変わらないかもしれない。ですから「若手のキャリアをどうサステナブルにしていくのか」、そして「心理的安全性をどう担保するのか」。これを両立させる必要がある。

それをやらない、単にLooseな職場だと離職意向がすごく高まるんです。2~3年、もしくはすぐにでも退職したい方の割合は、実はキャリア安全性も心理的安全性も低い4の、Dangerousな職場に続いて高いのがLooseな職場。心理的安全性だけが高い職場です。

ということで、今日の私の話の簡単なまとめでございます。なぜ環境が良くなっているのに不安なのか。その理由をみなさまで考えていただきたいと思っています。で、職場環境の変化。「古い職場からゆるい職場へ」とタナケン先生にまとめていただきましたけれども、そこでどう育てるのか、育つのかという新しい問題です。

そのポイントとして私が1つ発見しているのが、これはもうみなさんご存知だと思うんですけど、職場における心理的安全性。それに加えて、その職場にいて自分のキャリアの選択権を持ち続けられるのかという認識。キャリア安全性が、若手が活躍できる職場の、新しいファクターになってきているかもしれないよ、とお話しさせていただきました。

以上でございます。

職場にも見られる少子化の影響

栗原和也氏(以下、栗原):古屋さん、ありがとうございます。まさにタナケン先生にも先ほどおっしゃっていただきましたけれども、古い職場からゆるい職場に移っている変遷の背景も丁寧になぞっていただきました。

働き方改革法案に始まり、さらには今ニューノーマルな時代ということで。私も新卒採用をしばらくやっていたんですけれども、職場の人と縁する機会が少ないとか、オフィスにそもそも行く機会が少ないことも出てきているかと思います。

そういった背景の中、これからのキャリア開発はどのようにしていくべきなのかを、ぜひタナケン先生から古屋さんに対談形式で意見交換をしていただけたらと思います。ぜひぜひ、どうぞよろしくお願いいたします。

田中研之輔氏(以下、田中):古屋さん、ありがとうございます。もうめちゃくちゃ明確で統計的な数値も出ているので、我々のある種の現在地が整理されていると思うんですね。まず私の感想を述べると……私も社会動態的に分析するのは得意なので、じゃあ例えば今の若手はどういう状況か。

昭和とか平成の頭の頃の状況とは、もちろん職場のガバナンスの体系が違うのもある。本人が、社会内存在としてどういう存在か。例えばデータを追いかけていくと、僕は3人兄弟だったけど、今のゼミ生を見ると「一人っ子です」「2人です」みたいに家族がダウンサイズしている。だから、大切にされていることがまず大前提。

そしてもう1つ、社会の少子化。今の話と同じだけど、どこに行っても腫れ物に触るじゃないけど(笑)、大事に育てないといけないみたいな。かたや上司たち、今のトップ層たちは、高度経済成長を勝ち抜いた人たちで、同じ方向を向いてとにかく結果を出すぞと戦い抜いてきた。「24時間戦えますか」みたいなレジェンドが残っている。

古屋:(笑)。そうですね。

田中:いろんな要因が複合的に絡まっていると思います。この10年で文科省が一生懸命がんばったから、例えば私たちの大学現場では、キャリア自律型の教育が展開されている。

我々のところでも『プロティアン教育』という本を出させてもらいました。学校現場、高校でも大学でも「自分らしく生きていこう」「自分らしい働き方を見つけていこう」みたいな。だからこそプロティアン(変化し続ける)でもあるんですけど。

変わったのは若者ではなくて、むしろ職場側

田中:今古屋さんの話をうかがっていて、いろんな要素を考えていました。ゆるい職場の主役である若い子たちは社会的に大切にされていたという前提がある。その上で企業側は、例えば3年前は「ティール」と言っていたんだよね。

ティールとは、レッド(衝動型)と、あるいはレッドからティールに向かって、要はガバナンスのコードをゆるくしていく。ゆるいとは決してネガティブな意味ではなくて、自由度が高い、ストレッチが効く、そしてキャリア自律度が高い。だから信頼のおけるオーガニックな意思決定ができる。企業側はそんなかたちで自発的な組織を作ってきた。

大切にされてきた主人公たち。企業側はもうハラスメントできない。今は1つでも音声データを録られたら炎上しちゃうじゃない。1億総SNSの時代に、職場が360度パノプティコン(一望監視)だよね。

職場の管理職たちは萎縮せざるを得ない中での生きざまです。ただゴールとしては我々が考えないといけないのは「どうか活躍してくれよ」。それに関しては古屋さんは、若手の活躍論で言うと何をしたらいいんですかね。

古屋:本当にいろんな示唆に富むタナケン先生のコメントだなと思いました。本当にこの話だけで1時間半ぐらい話せそうです。

田中:(笑)。

古屋:ご質問に答えるというより、すごくタナケン先生の視点で大事だと思ったことをかいつまんで言うと、彼らが置かれている環境の話を社会動態的に語ることだなと思っています。私が「ゆるい職場」論にしたのは、どうしても若手育成の話をすると「若者がゆるい」みたいな若者論になってしまうという気持ちがあるからです。

私は「いや、そうじゃない」と思う。変わったのは若者ではなくて、むしろ職場側である。若手は生物的に、環境適応能力が一番高いんです。ですから職場環境が急激に変わったことの影響は、もちろんミドルの方にもベテランの方にもあるわけですけど、職場に一番適応をしようとしているのは若手なわけですよ。

だからこういうプロティアンキャリアみたいなのがすごく必要になってきた世の中に、一番適応しようとしてるのは、若手の方々だと思います。