“自分の欲が出てこない状態”の危うさ

佐々木康裕氏(以下、佐々木):今のお話の流れで次の質問に行ってみたいと思います。「『やりたいこと』はどうすれば見つかりますか?」。これは質問をリフレーズしたいと思います。先ほどからお話をお聞きしていると、もうちょっと手前側で、どうしたら自分のことをより理解できるようになれるのかが大事な気がします。

桜林直子氏(以下、桜林):そうですね。やりたいことというと、仕事や職業名で探してしまうことが多いのですが、単純に欲だと思うんですよ。「何もしたくない」も交えて、「あそこに行きたい」「映画を見たい」とか、「本を読みたい」という知識欲とか。

欲が出てきにくい状態がまずいというのは確かにそうだと思います。満たされないと、自分が楽しくないじゃないですか。「本を読みたければ読める」のが幸せです。読みたいのに読めないからしんどいんですよね。「読めていたら、もっといい自分だったんじゃないか?」とか(笑)。

欲が出てこなくなっているなら、ちょっとでも出たほうがいいとは思います。「やりたいことを見つけたほうがいいよ」と言うとちょっと違うけど、「自分の欲は知っておいたほうがいい」という考えなんですよね。

私が、なぜ若い時に欲が出てこなかったかというと、それどころじゃなかったからなんです。「何をしたい」「あれがしたい」が出てきても1個もしてあげられないから、「今はちょっと待って」と後回しにしている感じでした。それよりもやらなきゃいけないことがあったから。(欲を)抑えていたのは自分自身です。

「今はそれどころじゃないから」「出てきても困るから」といった感じで、抑える癖があったんですよ。だから本の中でも「やりたいことがないなら、何があるのかを探す」と書いています。

私の場合はそこに「困りごと」があって、「まずはこっちを解決しなければならない」というのがありました。欲が出てきにくい理由は一人ひとり違いますが、その原因を見つけて、時間をかけてでも掘っていくと、小さな欲を見つけられるのかなと思います。

“やりたいことリスト”を書こうと思ったら、1つも思いつかなかった

佐々木:本に「友だちが、やりたいこと100個リストを軽やかに書いていたことに衝撃を受けて、自分で書こうと思ったら1個も思いつかなかった」と書かれていましたよね。

桜林:そうです。これは私の癖ですが、「書けないから書かない」のではなくて、「書けなさ」を観察します。「今、これを書こうとしたけど、やめた時に何が邪魔していたのか」と。

「そんなの自分勝手だよ」「そんなのできるわけないじゃん」「私がこんなことを書いたら恥ずかしい」とか、いろんな声が邪魔をして書けないんですよ。それを観察するために、書けなさを味わうところがあります(笑)。

佐々木:(笑)。

桜林:常に「ないもの」について考えるのが、癖(へき)と言いますか。「なぜやりたいことがないんだろう?」もそうで、「ないもの」を見ようとするんですよね。

佐々木:なるほど。

桜林:それは、書けないなりの楽しさでもあります。

佐々木:数年間かけて、そういうものを書けるようになったといった話もありました。やっぱり、それくらい時間をかけてやるべきですよね。

桜林:そうだと思います。「ざっと2年かかるよ」と雑に言うんですが、考えてすぐにできることじゃなさそうだと思います。

三宅香帆氏(以下、三宅):欲が出てこなかった人が、桜林さんとの雑談の中で欲が出てくる瞬間は、「自分の蓋に気づく」ということなんですかね。

桜林:蓋にはけっこう早いうちに気づくんです。「どうせこれだ」というのはだいたいわかっていて、小さいものは自覚があるけど(蓋の)取り方がわからない。そこに時間がかかるんですよね。頭ではわかっているけどできない状態が長い。

どうすればいいかもわかっているけど、どうしてもできないとか、前のやり方でやってしまうとかで、どちらにしろ時間がかかりますね。でも、できる時が各自のタイミングで来て、とてもおもしろいです。

小さな成功体験を積み重ねる

桜林:3年間ずっと話し続けている子がいて、私たちは同じような話をし続けていました。その都度「そうだよね。やってみる」となるけど、どうしても毎回もとに戻ってしまっていました。

でもある時、「上司に頼まれたことを断れた」とか、そういうすごく小さいことですが、「できた」となりました。「失敗すると思っていたけど、やったらできたわ」みたいに小さな成功体験があると、芋づる式にできることがあります。「これ、やったらできたんです」という話になったら、しめたものです。

佐々木:なるほど。

桜林:「ずっと言ってたじゃん」みたいなことが、行動につなげるのが難しいんですよね。

佐々木:やっぱり3年はかかるんですね。おもしろいな。

三宅:お話聞いていると、佐々木さんも3年かかっているのかなと。

桜林:(笑)。

佐々木:そうです。今、まさに真っ最中だと思います。「小さいことができるようになった」というのはすごくわかりますね。僕もまさに同じような感じです。

カウンセリングの中で、「次までにこれをやってみよう」とノートに書いて、それをするようにしているんです。「バス停で知らない人に話しかけてみる」というレベルの、めちゃくちゃ小さいことを書いていますね。

桜林:そうなんです。だから、ゆっくりやったほうがいいですよね。突然、飛び級のようなことは難しいです。頭ではわかっているんですよね。

佐々木:そうなんですよね。

日本の会社員が受けている“強い圧”

佐々木:僕が問いを変えたのは、「やりたいこと」と「仕事」を結びつけている傾向がある中で、今の話にも通じるかもしれませんが、三宅さんは本(『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』)の最後の章で「半身社会」を提唱されています。

よく新しい概念を「〇〇社会」と名付けたりすると思うんですが、三宅さんは「これからの日本は『半身社会』になるべきだ」と提唱しています。そして、僕は三宅さんがそのエバンジェリストになってくんじゃないかなと思っていますが、「半身社会」とはどういうことかも含めて、ご案内いただいてもいいですか?

三宅:『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を書いていて私が感じたのが、日本の会社員は「全身全霊で会社員をやりなさい」という圧を強く受けているんだな、ということです。会社に入ると、個人であることを許されない、と言いますか。まずは自我をなくして、会社の仕事に没頭できるサラリーマンになれ、という社員教育が根強いんです。

でもきっとそれは会社員だけじゃなくて、日本人全体の傾向なんですよね。例えばお母さんになったら「全身全霊お母さんでいなさい」「子どものことを考えていない、お母さんじゃない時間があってはいけないのではないだろうか」とか感じちゃう人が多い。

それと同じで、会社員は、会社や仕事のことをずっと考えているのが正解で、「仕事をきちんとするためなら、休息も必要だろうしライフワークバランスを許してあげてもいいよ」というのが会社や仕事の論理だと思うんです。

でも、先ほど桜林さんがおっしゃっていた「自分が個人であること」や、「本を読みたい」「映画を見たい」「音楽を聞きたい」という欲は、仕事とはぜんぜん関係ない文脈から出てくる欲求ですよね。

「全身」ではなく「半身」の生き方とは?

三宅:自分のアイデンティティは、仕事とはぜんぜん違う文脈の場所にいてもいい。それを確認するために、たとえば家族と過ごす時間や、地元に帰る時間、仕事と別文脈の自分を持つことで、「欲を持ち続ける自分」「本を読み続ける自分」でいられるのではないか。

つまり仕事に全身で取り組むより、理想的には半分くらいの自分を残しておく。そして、仕事と関係のない自分が本を読んだり、映画を見たり、自分の人生を仕事以外の場所で作ることで、みんなが心地いい社会をつくっていけるんじゃないかという話を(本の中で)しています。

だから現状の「全身」の反対の「半分の身」と書いて、理想の状態を「半身」と呼んでいるんですが、これは上野千鶴子先生が作られた言葉です。

(私の)本の中では、「半身」が仕事以外のところに残っていれば、会社や仕事の論理に支配されきらない個人が存在できるんじゃないか、社会はそうあるべきではないかと書いています。でも、やっぱり働いていると「半身は贅沢では?」となりがちなので、そこを本当に変えていきたいと思っていますね。

佐々木:「全身全霊って、実はラクなのである」といったことも書かれていて、それもすごく印象的だったんですよね。全身全霊で一所懸命働いているけど、実はそれはラクをしている状態なんだということに、すごくハッとさせられたんですよね。

三宅:そうですね。日本の部活文化もそうだと思うんですが、たとえば私は受験勉強に入る時に先生から「切り替えが大事だ」と言われていました。切り替えも、「全身から全身に移れ」みたいなことだなと思っています。

佐々木:(笑)。

三宅:そうやって全部をコミットさせることがかっこいいし、それでバーンアウトしたとしても、「燃え尽きるのってかっこいい」みたいな、『あしたのジョー』的な世界観がややあるんじゃないかと思っています。

家でケアしてくれる人がいる状態だったらそれでもいいと思います。でも現代では、みんなが共働きになっていたり、独身の人が増えていたりする中で、バーンアウトがよくある社会じゃ持続可能性がないのではないかと思うんですよね。

仕事と休みのメリハリをつけるのが得意じゃない

桜林先ほどお話しした「半分の時間で2倍稼ぐ」というコンセプトのもと、働き方を考えた時って、要は「半身」だったんですよね。

三宅:本を読んでいて、本当にそうだなと思いました。

桜林:時間が半分で稼ぎも半分だと困るから、稼ぎは2倍にしますというのが、私のしたいことだったんです。それができたよ、の例です(笑)。

佐々木:(笑)。

三宅:4年前にすでに桜林さんは「半身」をされている! と感動しながら読んでいました。

桜林:苦肉の策といいますか、それをしなきゃいけない状態でした。子育てや家事、休息も含めて全部使ったら身が持たないので、「半身」でやっていました。

娘が大学生なので、私は今は一人暮らしをしています。時間も自由だし、暇ができるわけです。もう少し時間を仕事に使えるけど、あまりやっていません。

私はもともと、仕事の時間と休みの時間、仕事の日と休みの日とメリハリをつけるのがあまり得意じゃないんです。みなさんの仕事が休みの日に雑談の予定が入るので、土日は仕事で、平日の空いたところで休みます。例えば「夕方から休み」「午前中は休み」など、ヌルっといろんなところに休みがあるんです。

佐々木:なるほど。

桜林:自分の予定があれば休むけど、予定がなければ仕事を入れるかたちで、休みと仕事をきっちり分けるのが苦手なんです。「全部の時間を何に使うか」みたいな考え方しかできないから、「きっちり丁寧に週5働いて、週2休む」とか「8時間働く」というのも1回捨てて、「それがなかったらどうしたい?」というのは必要なんだろうなと思います。

「週5働いて週2休む」が向いていない人もいる

三宅:「週5働いて週2休む」というのは、昭和的なままなんじゃないかと思います。

桜林:向いていない人がいっぱいいると思う。私もその代表です。本当に無理で、やれと言われてもできないんですよ。

佐々木:昨日、まさに同級生とその話をしていて。僕の妻もそれがまったく信じられないと言って、定時で働いている僕を異常扱いしてくるんですよ。

桜林:異常(笑)。

佐々木:「9時から17時、18時まで働く。12時から13時まで昼休みとか、まじでありえない」と言って、彼女はそれで会社を辞めたんですよね。

桜林:そのほうが助かる人もいます。予定を組まれているほうが仕事ができるから、組んでもらったほうがいいという人もいます。でも、私は9時に会社に行っても「やる気が出ないからやらないよ」みたいになってしまって、すごく悪い社員になってしまいます。

佐々木:(笑)。

桜林:自分のモチベーションを信じていなくて、「やる気なんて毎日出るわけないだろう」と思っています(笑)。

佐々木:(笑)。

桜林:昼だろうが朝だろうが気分が乗った時にやりたいから、そっちを信じていますね。

三宅:「会社員で、正社員で働かなきゃいけない」というと、週5で残業込みでできる人しかできない。そういう働き方しかないのはどうなんだろう? と思います。

人生の中で、自分の持病がある時期もあるじゃないですか。それなのにみんな週5で、とりあえず休みなく働けるのが当然とされている正社員がスタンダードなのは、なぜなのだろう? と思うことが多くて。それって本当に持続可能性がないよなと思うんですよね。

“休み方がわからない”という状態に陥る原因

佐々木:先ほどから、会話の流れが準備していたクエスチョンに自然とつながっています。以前からウェルビーイングなどと言われていて、三宅さんの本で言えば「トータル・ワークの危険性」と言われています。

仕事がやりたいことだとしても、そこに没頭しすぎるとバーンアウトにつながりやすいと言われていますが、心身ともに健やかに働くためにはどうすればいいですか?

三宅:私は、ある程度は「半身」を仕事以外に残しておくことが、長く健やかに働くために必要だと思っています。仕事に没頭すると、成果は一時期めちゃくちゃ出るかもしれないけど、長く続かない気がします。働き方の持続可能性は、意外と議論されていない。

桜林:働きすぎて体を壊して休職中の方が、休み方がわからないというのはよく聞きます。「休みなさい」と言われて会社には行っていないけど、英会話の勉強をしてしまったり……。

佐々木:わかる、わかる。

桜林:「意味のあることに時間を使わなければならない」ということから、どうしても逃れられないんでしょうね。「休んでいる=サボっている」みたいになってしまう。

時間が半分空いて、「空いたからこれをやろう」というのが出てくる人は、そもそも健やかです。空いても「何かで埋めなければ」と思ってしまったり、「意義のあること、意味のあること、将来につながることをやらなければ」というのは怖いですね。

佐々木:怖い。