昭和の大成功をいまだに引きずっている日本企業
小田裕和氏(以下、小田):もう1個重要になると思ったのは、今の経営層ってそういう実態(新規事業を長期目線で回せないこと)がわかりつつも、結局そこに向き合えない、ある種の株主からのプレッシャーがあるじゃないですか。これって海外だと実情は違うのか。日本特有の厳しさがあるんでしょうか。
守屋実氏(以下、守屋):まぁ同じといえば同じだし、違うといえば違うんじゃないですか。大企業はやっぱり同じようなかたちで、なるべくトラブルを消そうとするわけじゃないですか。もうラチェット機構(回転を一方向に制限するもの)になっていて、閉まる一方向にしかいかないと思うんですね。これは全世界共通といえば共通だと思うんですよ。
違うといえば違うというのは、やっぱり多少の差分かもしれないですけど、昭和があまりにも衝撃的に成功しすぎたのを、引きずっているんじゃないですか。
小田:確かに。僕はバブルが崩壊した年に生まれているので、世代的にはそういう状況をぜんぜん経験しないままです。
守屋:僕はまっただ中で、かなり謳歌しましたよ。山手線の内側(の土地代)でアメリカ全土を買えるっていう。世界のロールス・ロイスの3台に1台を、我が国が買っているとかって、意味のわかんない時代に「ウェーイ!」ってやっていました。
小田:その時はやっぱり実験っていうか、試すスピード感もものすごかったと、守屋さんからおうかがいしました。実際に学生の時にいろいろツアーを企画したりされていたとか。
守屋:「2連敗したら3連勝すればいいんですよ」と国民全員が思っていて、暴走して弾けちゃったという。
小田:なるほどね。どこかでおかしくなっちゃったわけですね。
守屋:そう、そう。「いやいや、それはおかしいと思うよ」って人がもうちょっと国民にいたらよかったんだけど、全員がそういう感じだったから弾けちゃったんです。
役員、リーダー、現場の3層構造の重要性
小田:なるほど。「大企業を諦めない」って言葉がありましたけど、いかにちゃんと試行錯誤、実験することを評価していけるのかですね。
守屋:大企業の中の全部が変わってくれというのは無理だと思っています。基本、本業があるんだし、変わっちゃだめだとも思っています。ただ、承認する役員クラスと、実行するリーダークラスと、現場の人とで、野武士が1人ずつ3層直列になった瞬間はいけると思っている。
これが現場だけだと、結局上にあげた時にぐちゃぐちゃになるわけですよ。だからそういうのも含めて、3層直列になった瞬間はいけるし、一番上の人が変わらない限りは、現行法の中でどうにかするってことだと思うんですね。
すごく厳密に言ったら、事業責任者に株を持たせてやろうよって思うわけです。だけど、そんなのあまりにも難しい話じゃないですか。現行法の中でどうにかするなら、一定程度の縛りはあるんだけれども、守ってくれる誰かがいて、リーダーががんばってメンバーにも納得してもらうのが現実的だと思います。
「負のスパイラル」を一生懸命覚えようとするのは間違い
小田:そうですね。負のスパイラルの話になりますが、やっぱり評価者のまなざしの変容ってすごく大事というか。「試行錯誤しろ」とか「実験しろ」って、さっき言ったように「現場レイヤーでがんばれ」みたいな話になりやすいじゃないですか。
それをちゃんと縦でつないで、評価者側もそういう実験・実践を繰り返していけるのが、まずすごく大事になるのかなと思いました。
守屋:本当は上がやったほうがいいんですけどね。だって新規事業なんて経営まるごとだから、「いや、それは経験のあるあんたがやるべきだろ」と思うわけですよ。これを社員の人が言うとえらい目に遭うと思うので、そういうのは僕とかが外から言うほうがいいとは思います。
小田:あらためてこれ(負のスパイラルの図)を見て、どう感じますか? 「実際そうだな」と感じる部分と、「実はそうじゃないんじゃないの?」と感じる部分と、いろいろあるかなと思うんですけど。
守屋:基本はいいんじゃないのかと。ただ、これを読んだ側が「ふむふむ」と言って、そのまんまやるとしたら問題だと思っています。こういう図を出すと、これを一生懸命に覚えようとしたりしますが、そういうのは間違った使い方だと思っています。
小田:そうなんですよ。だから僕、今回本(『アイデアが実り続ける「場」のデザイン 新規事業が生まれる組織をつくる6つのアプローチ』)の中で正のスパイラルの図を描かなかったんですよね。それは、やった瞬間陳腐化するなって、もう目に見えていたので。
「まず現状を捉えるレンズはあったほうがいいよね」というので、これを作りました。だけど、僕なんかが正解を示せるわけもないし、一緒に考えていくしかないと思ったんです。
正しい手順書どおりに回そうとする「本業の癖」
もう1つ、問いや学びを積み重ねるということで、これは野中(郁次郎)先生のSECIモデルです。
今の大企業って、形式知から形式知にずっと回っていくというか、こうやったらアイデアが出てくるよねみたいな、ある種の左側のループですね。内面化したものをすぐ表出化させて、知に落とそうとする。こうやったらうまくいきますよっていう話がすごく多い気がしています。
でも、さっきの宇井さんの話でもあったんですけど、やっぱり自分の中の心の動きや感性とか、ある種の暗黙知的なものをどれくらい積み重ねていけるかがすごく大事。
だから「実験すればいいのに」と思いつつ、右側のプロセスを極端にすっ飛ばそうとするケースがすごく多いなって感じていて、本当にそれでいいのかなぁと。野中先生とか昔から言っているはずなんだけど、そうなっていない現場がある。こういう状況に守屋さんが直面した時は、どういうふうにアプローチされていますか。
守屋:僕は「本業の汚染」と言っているんですが。本業ってずっと積み重ねているから、圧倒的に正しい手順書があるじゃないですか。その癖が身につきすぎていて、こういうのも見ると「この手順か」といって回そうとするんですよね。
小田:そうですね。
守屋:その時点でアマチュアだと僕は思っています。いやいや、複雑なものを複雑なまま理解してどうにかするのが新規事業なわけであって、これを手順書どおりに「工程1の後は工程2ですね。次は工程3ですね」と言っている時点で、もう終わっていると。
それはいきすぎた本業の癖が出ていると思っていて、「そういうのはいったん捨ててくれ」って話だと思っているんですね。こういうのがあったほうがいいことはあったほうがよくて、やっている中で、自分が迷子にならないためにも大事なんだけど、これに従うなと。使い方が間違っていると思うんですよ。
フォーマットに従ったら事業ができるわけではない
小田:そうですね。たぶん僕が学生の時に、ビジネスモデルキャンバスがけっこう広がっていって、一時期みんなそれをやろうとしていた。
守屋:あれって穴埋めするでしょう? 「ここが埋まっていないんです」と言うんですが、いやいや、そうじゃないからと。
小田:「どうやって埋めたらいいんですか?」という質問が来るんだけど、「あなたがどう感じているのか」のほうが、ぜんぜん大事じゃないですか。
守屋:そう。あれは12マスあったとしたら、1個8パーセントとか9パーセントの重みじゃなくて、トータルで生き物として強ければいいんですよ。
だけどそういう感性がないから、ちゃんと枠いっぱいに文字が埋まっている。勤勉なところというか、本業の癖が悪く出るということだと思います。だって、そんなことは創業時に絶対していなかったと思いますよ。
小田:そうですよね。
守屋:ただ、自分たちが考えていることを人に伝える時には、ああいうフォーマットに落としたほうが伝えやすいだけで。あのフォーマットに従ったら事業ができるわけではない。でも本業だと、それだけ蓄積してきた知恵があるから、ちゃんとしたマニュアルや答えがあって、そこを外しちゃいけない。
「でも今からやることは違うことだから」って話です。そこで、武器を渡しても使い方を間違えることが、延々と起きています。
小田:結局、武器に踊らされるだけになっていたら、絶対勝てるわけがないってことですね。
守屋:はい。それをどうにかしたらいいんじゃないのかっていうのは、世の中には新規事業をやっている人もスタートアップ界隈にはたくさんいるわけで。
スタートアップが1社上場したら、社長だけじゃなくて、そこにはたくさんのメンバーがいる。創業時を共に過ごした人もたくさんいるわけだから、そこそこ創業経験した人っていると思うんですよ。別に社長だけが偉くて他がだめってことはないですからね。みんなそれなりの経験を踏んでいると思うので、普通にそういうのをバンバン(新規事業のチームに)入れればいいんですけどね。
そうすると、たぶん人間って人間に影響を受けるから、そういう人がたくさんいたら、「立ち上げる時ってそうなのかぁ」って、なんとなく影響を受けると思うんですよ。それを大企業の本業の人たちだけでやるから変なことになるわけです。
なぜか「うちの社員はだめだから」という烙印を押されている
小田:今の話って、たぶん日本企業が持っているポテンシャルの話にもつながってくるかなって感じています。結局、その中にもできている人はいるはずじゃないですか。
守屋:います、います。
小田:現場にも「この人すごいじゃん」という人って、たくさん眠っているんだけど、なぜか「うちの社員はだめだから」みたいな烙印を押されていたり。「俺がやることじゃないよね」みたいな、距離を置いているケースがすごくある。
こういうところをちゃんとポテンシャルとして捉えて、その人たちが試行錯誤したくなる気持ちをかき立ててあげるのは、すごく大事かなって思うんです。
守屋:そうですよね。大企業ってガタイがでかくて1万人とかいるから、出現確率が異常に小さい0.1パーセントでも、整数になるわけですよ。そういうのから考えると、どんなにレガシーな会社でもそういう選手が必ずいると思うんです。
ただそれが3層直列でないと、現実のミルフィーユのような会議体とかを突破できないので、そこはうまく揃うといいんですけどね。
小田:そういう人って、守屋さんが介入する時に発掘されたりするんですか。
守屋:そういう人に声をかけてもらうってパターンですかね。数万人いる会社の全員に会うなんてぜんぜん無理だし、外野の僕が1人で入っていって、詮索して「この人だ!」って当てるのは無理ですよね。何らかの機会で、向こうが声をかけてきてくれるパターンはあります。
小田:逆に言うと、今みたいな人たちが組織の中で自然と増えていくというか。土壌で言うといろんな微生物がいて、多様に分解しあうみたいな話もありますが。いろんな価値観の、ある種のポテンシャルを持った人たちが活躍をしていく場をいかに作っていけるかが、僕の本での一番の関心かなと思うんです。