組織のカルチャーは、良し悪しよりも「好き嫌い」
中川淳氏(以下、中川):僕の理解では「文化」というのは、違いはあれど良し悪しはないのかなと思っていたんですが、ある視点に立つと良し悪しのある世界だということですか?
水野祐氏(以下、水野):そうだと思います。特に投資サイドの……例えば東証が推しているようなタイプの非財務情報とかは、カルチャーといっても、ある一定のパースペクティブを持ったカルチャーなんだと思いますね。
唐澤俊輔氏(以下、唐澤):確かにそのとおり、難しいですね。
水野:ダイバーシティとかもそうですよね。
唐澤:そうですよね。だから僕も、カルチャーは良し悪しよりは「好き嫌い」だと思っています。いろんな組織の文化がありますが、とにかくトップが強くて、言われたら「やります!」と言って走る会社があるじゃないですか。「営業へ行ってこい」「行ってきます!」というのが悪いかというと、そこで働きたい人はそれが幸せなんですよ。それもありだし。
でも、「自由・自律でリモートでやりたいです」という人がいた時に、「そういう人はそういう会社で働いたほうがいいよね」という合う・合わないの話なので。価値観であり、好き嫌いだと思うので、基本はどっちがいいとか悪いという議論ではないと思っていますが、さっきの事例みたいに一部悪さをするケースがあるという感じですね。
中川:「こういう文化が長く続いていると、こういうリスクが生まれそう」という。
唐澤:そのリスクはどんな組織のタイプにもあり得るはずなので、違うリスクがそれぞれ潜んでいる。自由なら自由によるリスクもあるし、厳しければ厳しいリスクもあるという感じだと思います。
中川:なるほど。
採用面接で聞かれて“一番困る質問”
中川:ちょっと話を戻しますが、「組織文化は採用の場面でも大切ですよね」という話がありましたけど、まさにそういう時代だなと思うんですよね。ものを選ぶ時にすらそこが問われるし、採用であればもう言わずもがなみたいになってきていると思うので、今回は「働く」と「ライフスタンス」と「組織文化」の話なんですね。
僕が面接で聞かれて一番困るのは、「御社の組織文化について教えてください」と言われることなんです。他はまあまあ答えられるんですが、それは本当に答えようがなくて。1つは、僕は組織のトップとして働いているから、残りのスタッフ全員とはちょっと立場が違うじゃないですか。だから文化形成においては、ある意味ちょっとよそ者というか、外れ値というか。
水野:その感覚、おもしろいですね(笑)。わかります。
中川:そう。だから100人いて100分の1というよりは、下手をしたら100分の0.1ぐらいの気持ちなんですよね。だからその質問が一番困って、いつも「中川政七商店はヒールを履いている人がいなくて、だいたいみんなぺたんこの靴を履いています」とか言ってお茶を濁すんです。
唐澤:(笑)。
水野:それで笑いを取って?
中川:いや。「なんだそれ」みたいな微妙な顔をされます。これが一番言語化が難しいと思っていて。
水野:なるほど。
文化を明文化することが重要な理由
中川:これは次の質問なんですが、ましてや「組織文化は作れる」なんてことは、経営者として思ったことがないんです。経営者として一番作れないとずっと認識して、20何年経営者をやってきたんですが、唐澤さんの本には「カルチャーモデルは意図して作るものだ」と書いてあって、「もっと早く教えてよ」と思いました。
唐澤:(笑)。
中川:これは作れるものなんですかね?
唐澤:作れると思っています。僕もいろんな企業を見てきて、中で作る側もやったり、受け止める側もやったりという経験をしてきていますが、さっきみたいに「厳しい数字を上に上げづらかった」みたいな話とか、意図しなくても勝手にできてしまう面もあるんですよ。だから、文化は意図せずともできちゃうので。
なんとなく毎朝あいさつをめっちゃするというのも、別に「あいさつをしろ」とは決めていないし、社長もしていないかもしれないけど、みんながしていたら「あいさつをしている会社」じゃないですか。
そういう意味では、中川さんが言われるように、社長だけでも作れないというのは間違いないと思います。ただ、意図して作らないと意図しないものになることがある。
逆側を言うと、意図すれば一定分は作れるはずです。やり方はいろいろあると思いますが、「とにかくあいさつをしろ」と言って、していないやつがいたら「しろ」と言い続けたら、たぶんするんですよ。それか、社長がバカみたいにあいさつし続けていると、なんとなくみんなもあいさつするようになっていくわけですよ。
それは、意図的にやっているので作れるものなんですよね。あいさつは別にどうでもいいと思うんですが、それを明文化することが、「チームとしての共通事項をみんなで約束しましょう」ということだと思うんです。
組織のスピードを遅くする“ズレ”の正体
唐澤:僕はよく山登りで例えるんですが、山登りしようという時に「10人チームでやります」といっても、崖を上がってでも早く登りたい人と、迂回して確実に行きたい人がいるじゃないですか。ただ、山登りはどっちもありなので、これは好き嫌いの話です。
先ほど水野さんが言っていただいた採用の話もそうで、これがみんなそろっていないと無理なんです。「僕たちは迂回で行く」と決めて、迂回で行きたい人だけを集めないと、山を登る前に「崖がいいか、迂回がいいか」の議論をずっとしていたらいつまでも登れないんですよ。これが組織のスピードを遅くするんですよね。
なので、なぜ組織文化が重要かという話にもちょっと絡みますが、意思決定のスピードが早くなり、「僕たちはこうだ」ということを現場現場で判断できるので、ずっと同じ方向を向き続けてスピードが上がるということですね。「僕たちはこの点だけはぶらしたくない」ということを決めて、それを言い続けることによって組織文化は形成されると思っています。
中川:なるほど。いわゆるミッション・ビジョン・バリューで言うと、バリューがそれに近しい話かなと思うんですね。バリューをどうやって決めるかはさまざまあると思うんですが、中川政七商店で言うと、僕が2~3年ぐらいコツコツ書き溜めたメモをある時にまとめようと思って10個にしたのが「こころば」です。
1番の「正しくあること」から始まって、最後は10番の「楽しくやること」で終わるんです。でもそれを作ったものの、それと企業文化が連動しているようにあまり思えないという感覚があるので、たぶん「(組織文化は)作れない」と思っているんです。
唐澤:なるほど。
「自分の会社が普通」だと、みんな思っている
中川:今回、参画企業・出展企業のみなさんに「みなさんの企業文化はどうなっていますか?」と聞きたかったんですが、自分の会社のことも言えないぐらいなので、この際、本とかをいろいろと読ませてもらいながら、いろんな質問をして第三者的にヒアリングして。
当たり前ですが、みなさん自分の会社が普通だと思っているので、第三者的に「普通じゃないな」と思うところを取り上げて編集したのが下のカルチャーパネルなんですね。
水野:自己申告じゃなくて、取材の結果「できている」と。
中川:そうです、取材の結果です。一番左上のバーになっているやつだけは、各企業さんに何十人か選んでもらって、その人たちが答えたものの平均値を取っているんですが、それ以外はヒアリングを重ねて整理したやつです。例えば左上のバーにしても、僕が思うあってほしいことと、ちょっとどころかけっこう違うんですね(笑)。
水野:(笑)。
中川:これを見るにつけ、やはり「こころば」みたいなものは作っているが、「こころば」のレイヤーと、企業文化という日々の日常、言動、行動とは距離があるように思います。これを見て、僕と社長で「うーん」と言っていたんですが、「やっぱりもうちょっとこうなってほしいよね」みたいなものはあるんですよね。
唐澤:なるほど。
水野:じゃあ、これはけっこう正直に書かれている。
中川:たぶん、もちろんなんの忖度もなくもちろん書かれていて。
水野:でも、「こころば」がなかったとしたらどうなっているのか? というのはあって。(「こころば」が)あってこうなっているということもあり得ますよね。
中川:確かにそうですよね。自分のことは自分が一番わかりにくいから難しいんですが、例えば「内向的」とかは、完全に僕も内向的なのでそんな感覚でいいんだけど、「感覚」「ロジカル」とかは、もうちょっと真ん中に来てほしいなと思うし。
水野:(笑)。経営者としてはね。
中川:そう。あと、会社のフェーズとしても「もっとスピード重視でやらなきゃいけないんじゃないかな」と思ったりするんですね。だから、組織文化を作れないと思ってきた結果、こうなっているという感じなんです。
水野:これ、おもしろいですね。
唐澤:おもしろい。
中川:こうなると、中川政七商店のカルチャーについてのコンサルティングみたいになっている。
水野:(笑)。公開コンサルティング。
唐澤:(笑)。
「社長が行きたい世界」と「現実」のギャップ
中川:でも、わりと抽象的な話になりがちなので、実例があるほうがいいかなと思って。これはどうしたらいいんですか?
唐澤:水野さんは中川さんの近くでやられていますが、バーの感じを見てどうですか。
水野:私ね、中川政七商店の中のことはそんなには知らないんですよ。
唐澤:ああ、そうか。たぶんですが、「社長が行きたい世界」と「現実」にギャップがあることってよくあるんですよ。社長ご自身が作られたミッションやバリューって、現状に対する課題感も含めて「こうありたい」というありたい姿で書いているので、現状からギャップがあることは多いと思います。
自分たちのバリューとかを作る時に、現状の自分たちを言葉にするパターンと、今はそうじゃないけど理想を描くパターン。あと、今課題があるから、この課題を解決するために行動に落とすという3パターンぐらいがあって。
恐らく中川さんのケースは、中川さんが理想を描かれていて、現実は現実で過去の感性のまま来ている部分があると思うので、その影響を受けて「まだここまでは行けていない」ということだと思います。物足りないと思われているのであれば、このギャップが何で、何が問題かを適切に議論して、何かを変えないといけないのかもしれないです。
中川:そうですね。20何年やってきたので、まあまあ長いことやってきたんですけどね。
唐澤:そうですよね。
水野:アップデートするとか、何年に1回改訂するとか、そこをどういうメンバーで議論するということはやってきているんですかね?
中川:「こころば」の改訂は一度だけやりました。ただ、その時は僕が主導権を握っていて。6条か7条に「謙虚であること」というのがあったんですが、うちのメンバーはもう言われなくてもけっこう謙虚だったんですよ。
メンバーも若かったから、取引先さんとの関係性でけっこう強く出られることがあって、「謙虚すぎることは良くないな」と思って、「対等であること」に変えたんですよね。
唐澤:なるほど。おもしろいですね。
中川:その1ヶ所と、ちゃんと記憶はないですが、もう1ヶ所変えたかもしれません。その1回だけですね。たぶん定めたのが2010年とか2011年だから(改定は)14年で1回だけ。
唐澤:なるほど。たぶん、言葉以上ににじみ出ているものや、日々のトーンがあるんだと思うんですよ。今の中川さんも謙虚な感じがあって、なんとなく謙虚さというものは伝わり続けていて、それはそれで別に悪いことだと思わないんですよね。