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新たな事業が生まれ続ける組織のつくり方(全7記事)

新規事業を阻む「お手並み拝見おじさん」 新たな事業が生まれづらくなる“自分を守るバリア”を外すには

新規事業施策をリードする担当者や経営者に向けて開催された本イベントでは、「新たな事業が生まれ続ける組織づくり」をテーマに、新規事業家の守屋実氏、株式会社aba代表取締役CEOの宇井吉美氏がゲスト登壇。アイデアが育まれやすい環境を、組織の中でいかにデザインするかについて語られました。本記事では、「誰のためにやっているのか」が見えない事業の多さや、宇井氏の熱量の源泉についてお伝えします。

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「やってしまった」という原体験が、事業への熱意に

小田裕和氏(以下、小田):あらためて聞いてみたいことがあるんですが、学生の頃から、宇井さんの原動力、心の動き、「なんとかしたい」という熱量は尋常じゃないなとすごく感じていたんですけど。

宇井吉美氏(以下、宇井):(笑)。ありがとうございます。

小田:本当に根源的な体験や経験から(起業家の熱量が)くるのはあると思うんですけど。ちなみに本(『アイデアが実り続ける「場」のデザイン 新規事業が生まれる組織をつくる6つのアプローチ』)でも紹介しましたが、「なんでやったんですか?」じゃなくて、「その気持ちはどこからきたんですか?」と問うたほうが、根源にたどれるなと思っています。

宇井:すごい。確かにそうだな。

小田:宇井さんは大学の時も、気がついたらアクションを起こしていることが多かった気がするんですが、それだけ純粋なアクションを起こしてしまう熱量、想いは、どこから来ているんでしょうか。

宇井:今思ったんですけど、だいたいは「やってしまった」と思う場面というか原体験に出会って、それが一生忘れられないことが多いかなと思っています。例えば、私が排泄センサーを作ろうと思ったのは、大学生の時、介護施設さんに実習に行って、介護職さんから「おむつを開けずに中が見たい」と言われて作り始めたのがきっかけなんです。

排泄介助で目の当たりにした壮絶な光景

宇井:実はその台詞を言われる2~3時間前に、排泄介助を見させてもらったんですよね。「今から排泄介助に入るけど、見る?」と言われて、「見たいです」と言って見たんです。

自分の力では座っていられない、お話をすることも難しい高齢者の方だったんですけど。その方に便座に座ってもらうと、2人の介護職さんのうち1人は押さえつけに専念していたんです。高齢者の方が「わーわーわー」と叫ぶのを押さえつけながらお腹を押して排便を促している。それが介護施設さんに行った日に、人生で初めて見た光景でした。

小田:最初にそれを見たんですね。

宇井:そう。今見たらたぶんそんなふうには思わないんですけど、当時は地獄絵図のように見えたんですよね。ご本人が「うわー!」と叫んでいる中で、職員さんがお腹を押していくシーンがすごすぎて、当時の私は泣いちゃったんですよ。

さらにマジで生意気なんですけど、そこにいた介護職さんに「これってご本人が望んでいるケアなんですか?」と聞いちゃったんです。超生意気じゃないですか(笑)。

小田:(笑)。

生意気にもド正論をぶつけてしまった

宇井:初めて介護施設に来た若者が超ド正論をぶつけるという。きっとその介護職さんは反論すると思って、私も聞いたんですけど、そうしたら「わからない」と言われたんです。

あとから状況を説明してくれたんですが、まずこの人はこのあと家に帰らなきゃいけない。帰ったあとは家族が家で排便処理をしなきゃいけなくなる。でも排便処理は、プロでも大変だから、道具がそろっていない家で素人がやるにはものすごく大変。

家族からは「人間だからそんなにうまくいかないとわかっているんだけど、できれば施設にいる間に排便させて帰してほしい」と言われていると。だからこの人は、毎朝来たらまず下剤を飲んで、夕方になったら帰る前に腹圧をして、帰ってもらっていたんです。

「私たち介護職は、家族のケアも含めて介護しなきゃいけないからやっているけれど、これを『ご本人が望んでますか』とあなたに聞かれちゃうと、わからない」と職員さんに言われたんですね。

この腹圧をかける作業を楽しんでやっているわけがない。たぶんご本人や家族や職員さん、ケアマネさん、ドクター、いろいろな人たちの話し合いの中でこれをやろうと決まったに違いない。

ラストワンマイルの手をかけている人に「これがご本人が望んでいるケアですか」と聞いちゃったことに、すごく「やってしまった」と思ったと同時に、「この人たち、すごくかっこいいな」と思ったんです。

こんな大変な答えのない問いにずっと向き合い続けていてすごいなと、介護職さんのことを一瞬でリスペクトしてしまって。だから彼らの力になりたいと思って、その2~3時間後に「どんな介護ロボットがあったらいいですか」と聞いたのが、さっきの話なんですよ。だから15年も走り続けられるというか。

あの時の、なんとも言えない苦笑いで「わからない」と言われたこと。「やってしまった」という自分で自分を許せないことが何個かあって、それが原動力です。

「誰のためにやっているのか」が見えない事業の多さ

小田:今の話の中に、自分の中で許せないポイントが2つありましたよね。1つは「この現場は本当にいいんだろうか」という、自分の中である種、景色として許せない感覚があったこと。プラス、介護士さんにそういうことを聞いてしまった自分に対して許せない気持ちがあった。

このあとのアントレプレナーシップの話や土壌の話にもつながると思うんですけど。事業を作る人は、最初にシステムだのなんだの話よりは、そこを感じ取れる感性やセンサーがあるかないかが、すごく大事だと思うんですよ。

宇井さんはどうやってそうした感性を獲得してこられたんですか。今のスタートアップの現状はどう見えるのかな?

宇井:なるほどね。それで言うと、本当に言いたいことがあって(笑)。去年、さっきのCRAZYさんが一緒に関わってくれているプロジェクトは、「注文をまちがえる料理店」の発起人の小国(士朗)さんに総合プロデューサーとして入ってもらってやったんですね。

よく小国さんとしゃべっているのが、みんながみんなそうじゃないんだけど、「n=1」の大事さをぜんぜんわかってないスタートアップがちょっと多いよねと。別にスタートアップに限らずなのかもしれないですけど、新しいことをやろうと思った時に「誰のためにやっているのか」が見えないままやっている感じがしていて。私たちは「なんか違和感あるよね」という話をしています。

小国さんはNHKのプロデューサーだった時に『プロフェッショナル 仕事の流儀』のプロデューサーをやっていて、介護福祉士の方を追いかけていたんですね。その時認知症のある方が「ハンバーグを作る」と言ったのに、出てきたのが餃子で「餃子やん」とずっこけそうになったんだけど。

「別に間違ったってよくない?」と思ったら、認知症の人もぜんぜん普通にいられる世界になるんだなと思えると。その原風景を再現したくて「注文をまちがえる料理店」をやっていらっしゃるわけなんです。だから小国さんにとっての原風景は、あの日のハンバーグが餃子になって出てきた原風景だし、私にとっては「わからない」と言わせちゃった原風景。

その原風景を見られるかどうかが、スタートアップの土壌を耕す上でも、あとアントレプレナーシップをどうとらえるかという意味でも、すごく大事なんじゃないかなと思っています。

課題を見つける前に、いきなりアイデア出しから入っている

宇井:例えばここにいるみなさんも、きっと新規事業をやられていると思うんですけど。原風景をどこまで解像度高く見ているか、さっきの巻き込み力でどれだけ熱っぽく相手に語れるか、顧客の解像度を上げてソリューションを提供できるか。全部がひもづいている気がしています。

小田:そうですね。

宇井:ただこれも小国さんと話していたのが、その原風景を「どうやって見られるのかがわかんないよね」と。これはまさに、小田さんへのリクエストになっちゃうんですけど(笑)。

どうしたらみんなが原風景を見られるのか、みんなが見られなくても、原風景っぽいものにたどり着けるのか。そこのプロセスをもっと明らかにできたら変わるんじゃないかなと思っていて。

小田:そうですね。特に大企業だとそうだと思うんですけど、1人に向き合うことが許容されないじゃないですか。例えばさっきの注文を間違えちゃう話も、たぶん普通の人は流れていっちゃうんですよね。それをちゃんと感じ取れるかがすごく大事。

宇井:センサーとしてね。

小田:だから1つは、本にも書いたんですけど「喜ばせたい人は誰なの?」というのを徹底的に言語化できるかだと思います。でも(多くは)これをやる前に、アイデア出しに入るんですよね。課題のストーリーを見つける前に、いきなりアイデア出しの方法から入って、なんかありそうな課題を捻出してストーリー化して、を繰り返しちゃっている。

でもその手前に課題の状況に向き合い、いろいろな状況に触れる、そういった自分の感性と向き合わなきゃいけない。だから果たしてそういう状況を用意できているんだろうかというのが、1つベースにあると思っています。

「体験」を「原体験」にするのは自分自身

小田:加えて「原体験が大事」という話はもう散々言われてきたと思うんです。でも「原体験はどうしたら経験できるか」じゃなくて、「体験を原体験にするのは自分自身なんだよ」という感覚を持てるかどうかだと。

宇井:なるほどね。確かにそうだね。

小田:毎日の日常にあるささいな気づきをいかに感じ取っていけるのかが、すごく大事なんじゃないかなと思っています。先週ドミニク・チェンさんと対談させていただいたんですけど、ドミニクさんと「発酵」の話をおもしろがって、ひたすらぬか床の話をしまくっていました。

宇井:(笑)。

小田:「ぬか床でそんなおもしろがる?」というぐらいおもしろがるんですよね。やはりおもしろがれるかはすごく大事。日常に広がってる景色、例えばこうやってみなさんが並んで座っている状況も、いろいろなおもしろがり方ができると思うし。

もっと言えば、今日みなさんがどうやってここまで来たのかを一人ひとりに聞いていったら、むちゃくちゃいろいろなストーリーがあるわけじゃないですか。宇井さんも今日(ここに来る前に)実際にけっこうな人たちの前で、緊張感のあるテストをやっていたというね。

宇井:そうですね、たまたまそういうのがあって。

新規事業のリーダーに必要な「自分の感情」との向き合い方

小田:そういうのも一つひとつ、その時心がどう動いたのかをちゃんとひもといていくと、原体験化できるんじゃないかなという気はしています。見つけるものというよりかは、自分で深堀っていく、おもしろがってあげるのがまず大事だと(思います)。

今デザイン界隈だと「ケア」という言葉が、けっこう注目を集めています。文化人類学などの領域からきているんですけど。

自分の心の動きにちゃんと意識を向けてあげる、そのケアをしてあげられているか。それができているかできていないかは、すごく大事なんじゃないかなと思っていますね。

宇井:それはもう大賛成です。というのは、私はコーチングを2年ぐらい前から受けるようになったんですけど。その時執行役クラスのメンバーが、けっこうバーッと辞めたことがあって。

「基本的に会社で起きているすべてのことは、経営者の責任だって思うべきだよね」と、よく先輩社長さんに言われてたので。辞めていく原因は何だったのかと考えた時に、若干卑屈になってたのもあって「私の人格的な問題かな」と。それをきっかけに、コーチングを受けることにしたんです。

それから半年くらい、自分がどの場面でどんな感情を感じるかを、ものすごく解像度を高く見ていく訓練をしました。半年ぐらいして何かの話をしていた時に「私はこれがすごく悲しかったんです」と言って、Web会議中にコーチの前で号泣するという(笑)。

小田:(笑)。

宇井:コーチと「やった、感情を感じられた!」と、よくわからない喜びを(笑)。

小田:号泣して喜び合うみたいな(笑)。

宇井:号泣して「イエーイ! 感情を感じられた!」でも「うちら、ちょっとやばいね」という感じだったんですけど(笑)。

でもその時コーチに言われたのが、社長や経営者、もしくは新規事業を作るリーダーの人たちは、周りに与える影響が大きいから、まず自分の感情を感じて欲しいと。

その人がまず自分の感情をちゃんと正しくとらえて、「今、すごくムカついた」「今、本当はすごく怒っている」と、ちゃんと自分で受け止めてあげないと、周りに適切に伝えられない。自分の感情すらとらえられていないのに、ほかのことに気づけるわけもない。

だから経営者のメンタリティという意味でも大事ですけど、たぶん新規事業を作る時でもそのまま重要なんだろうなと今、話を聞いていてすごく思いましたね。

新規事業を阻む「お手並み拝見おじさん」

小田:本当にそうですよね。だからそういうところをちゃんと1on1でやっていけるかどうか、すごく大事になってくるんだけれども。今、そういうのがない中で、新規事業を阻んでいる「お手並み拝見おじさん」というのがけっこう言われていて(笑)。

「どんなもんだ、やってみろ」と言っている人が、実は新規事業を阻んでいると研究でも言われています。でもその人も、ある意味自分の感情を出せずにいるわけですよね。ある種、自分を守っているというか。世の中がどう変化していくかわからないし、やはり怖いじゃないですか。

たぶんここにいらっしゃるみなさんの中にも、事業を形にしてきた方もいらっしゃると思いますし、どうしても自分を守りたくなっちゃう気持ちは絶対にあると思うんですよね。それをお互いに認めつつ、でもその中にある小さなモヤモヤを開示できるかどうか。そこから始めていかないと、なかなか見えてこないのかなと思います。

宇井:絶対にそうですね。そうやってバリアを張っちゃっていたら、新規事業も作れないと思うので。

小田:宇井さんだって、モヤモヤしたら全部出しますもんね(笑)。

宇井:うーん、そうですね。でも結局コーチングを受ける前は、適切でない時・人・場所でぶわーっと出しちゃっていて、「あれれ?」となることがあったんですけど。最近は、落ち着いている時は「さっきのあなたの発言、すごくムカつきました」と相手にちゃんと冷静に伝えています。「さっきのはちょっとないと思います」とかね。

「このプロジェクトをやる上で、その発言は違うと思う」とちゃんと言うようにしたら、結局そういう人しか残らなくなった気もするし。

小田:そうですね、ありがとうございます。

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