「心理的安全性を高めたい」という企業からの依頼

安斎勇樹氏(以下、安斎):ここまでお互いの書籍の概要をお話ししてきました。ここからは少し石井さんとディスカッションをしながらやっていければなと思っています。

石井遼介氏(以下、石井):安斎さんのおっしゃっていた、「なるほど、わかった。うちがだめなのは心理的安全性がないからだ! すっきり」というのは、本当にあるんですよね。

安斎:今日はこれを掘り下げましょうよ。僕、困っているんですよ。

(一同笑)

安斎:先に困っていることを言っていいですか。

石井:もちろんです。

安斎:僕、『問いかけの作法』で講演の機会をたくさんいただけて、ありがたいなと思っていて。呼んでいただいたところに「過去にどんな方が登壇されたんですか」と聞くと、だいたい石井さんが登壇しているんです(笑)。石井さんが登壇した会社の社内セミナーに、僕が数ヶ月後に行くパターンが多くて。

『問いかけの作法 チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

なので、たいてい依頼背景には「心理的安全性を高めたい」と書いてあるんですね。これはドンピシャだ、そのために書いた本だから、と。

心理的安全性が低くて、心理的安全性が上げられない?

安斎:ところが、講演で「具体的に問いかけのテクニックをお話しします」と言うと、だいたいQ&Aで参加者の方から、「そんなことより、心理的安全性の上げ方を教えてほしい」と言われるんですよ。

石井:(笑)。それが今日のこの会のテーマですけどね。

安斎:そうなんですよ。「問いかけよりも心理的安全性が大事だよ」と言われるんですね。

石井:(笑)。

安斎:「あー、そうでよね」とか言いながら、「心理的安全性を上げるために日々の会議のやり方をどんなふうに変えられそうでしょうか」と聞いてみると、「心理的安全性が低いので、変えられません」と言われるんです。

石井:(笑)。

安斎:これは「服を買いに行く服がない」みたいな現象ですよね。心理的安全性が低くて心理的安全性が上げられないけど、心理的安全性が大事だと思います、ということが起きている気がするんです。どうしたらいいんですか?(笑)。

「『名前をつけること』と『説明すること』は違う」問題

石井:いいですねぇ。でも僕は、できない理由に「心理的安全性」というワードが使われているけど、そのせいではないと思っているんですね。それが自己肯定感と呼ぼうが、自尊感情と呼ぼうが、何かチームにXが足りないと言おうが、そういうことを言う人はだいたいそれを言い続けていると思うんです。

安斎:あぁ、なるほど。

石井:「うちの上司、Xだから本当にだめなんだ」みたいな。

安斎:そのXをずっと探しているわけですね。本屋さんで(笑)。

石井:「なるほど、わかった」と言って、安斎さんが「問いかけを使えば、Xがなんとかなる」と言っても、「いや、でもXがないので僕は上司にそういうことはできません」となっていくわけなんですよね。

これを「『名前をつけること』と『説明すること』は違う」問題と呼んでいます。

つまり「これがXだ」と名前をつけたからといって、そのメカニズムがわかるわけでも、目の前の“現実”が変わるわけでもないですよね。単に名前をつけることと、何から、どのようにアプローチすれば、そのいま困っているXが、いい感じのYになるんだろう?と考えるのは、レイヤーが違うじゃないですか。

でも、Xという名前がついて、そのXが「あー、それだ」としっくりくる。まだその時点では、”現実”をXと呼び替えただけなのに、「あとは自分じゃない誰かが、Xをなんとかするだけだな」と、なぜか自分を問題解決の当事者から外し、腰を落ち着けるモードになる。それこそ我々が揺さぶるべき「とらわれ」なのではないかという感覚を持っていますね。

「心の中のラベル」の見直しで、コミュニケーションは上手くいく

安斎:なるほど。Xを探し続けているのはわかる気がしますね。健康とかを例にしてもわかりやすいですよね。「なんか体の調子が悪い」とか「やる気が出ない」とか「ダイエットができない」とか、その理由がわかると「ああなるほど、自律神経のせいか。すっきり、すっきり」という感じで、その後は特に何もせず。ある種、メカニズムに名前がつくと……。

石井:ラベルを貼っただけなので。付箋を貼っても、問題は解決しないじゃないですか。

安斎:「やる気が出ないのは気圧のせいかぁ、じゃあもう寝よう」みたいな。

石井:納得するだけ。

安斎:それは確かにあるな。

石井:自分がつい「ラベル貼り職人」になっていないか、たまに振り返るといいですよね。大事なのはラベルではなくて、その中身だったりするので。

あとは最近研修などの場でよくお伝えしているのは、「やる気」とか「自律的な」とか「主体性をもって」という「心の中のラベル」もけっこう危険だなと思っていて。みんなお互いに、上司にだったり部下にだったりに、それがあるとかないとかラベルを貼るわけです。でも言っている内容は、ばらばらだったりするんですよ。

「部下がどんな行動を取ってくれていたら主体性があると思いますか」と話を聞いてみると、だいたいの部長さんは「相談に来る」と仰るんですね。「主体性を持て」と口酸っぱく部下には言い、そして実際に「部下の主体性の無さ」に困りながらも、相談もなくバリバリ進められたらストップをかけるわけですね。

安斎:なるほどね。

石井:そういった管理職の方が部下に求めているものは、実は「主体性」ではない、何か違うものですよね。少なくとも「主体性を持て」は、的確なラベルではないですよね。自分が本当はどういう意味でこの「主体性」「やる気」「危機感」「連携して」といったラベルを使っているのか、それぞれの角度から見直してみた方が、コミュニケーションが上手くいくはずです。

横行する「マジックワード」は、だいたい人によって定義がズレている

石井:「あなたのそのラベルはどういうつもりで使っていますか?」と問う重要性については、『問いかけの作法』の中でもあったと思います。例えば「『健康的な美しさ』とはどういう意味ですか」とか、みんなが当たり前にふだん使っているラベルをいったん問い直してみることが、すごく大事だと思っています。

安斎:そうですね。ある種「すっきりワード」に近いかもしれないですけど、『問いかけの作法』の中でも、そのチームや組織の中で「マジックワード」という、すっきりしているけど特に定義されていない言葉があると書きました。組織の問題を語る時や、組織の現状を語る時に「マジックワード」が横行し始めるんですが、その言葉の定義はだいたいの場合、人によって定義がずれているんです。

そこを疑うと、組織を変えていく手がかりが得られるという話を書いたんです。まさにそうかもしれないですね。若手の主体性が低いとか、「“○○”」付きの言葉で現象を見立て始めた時に、“若手”とはいったい何なのかとか、“主体性がない”というのはどういうことなのか、疑ったほうがいいと思います。

石井:38歳は若手なのか、違うのか。

安斎:そうですね。そういう言葉の定義をまずみんなで擦り合わせていくのがすごく大事なのかなぁと思っています。そういう意味では『心理的安全性のつくりかた』という本は、ちゃんと定義されて書かれていますよね。

本を読んで定義を持ったら、解像度の高い眼鏡が手に入れられるはずだと思うんです。

本の前半を読んですっきりして、後半は読まれない問題

安斎:もう1個言っていいですか? 

石井:もちろん(笑)。心理的安全、やっていきましょう。

安斎:僕はある説を持っています。『心理的安全性のつくりかた』は、今何万部発行されているんでしたっけ。

『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)

石井:12万部です!

安斎:いや、すごいですね。12万部も発行されている。本屋さんの在庫とかもあるので、まだ12万部すべてが読者の手に届いているわけではないと思うんですけれども、まぁ10万人近い方が持っているとして、その中には、全部読んだ人、本棚に置いてあるだけの人、その間に「前半だけ読んだ人」がいると思うんです(笑)。

これはどんな本でもあるじゃないですか。僕は、流行っている本はいったん買っておいて本棚に入れておくというのが絶対あると思うんです。

石井:うちもね、積んである本が大量にありますからね(笑)。

安斎:みなさんも大量にあると思うんですけど、僕の説は前半で読んで、「なるほど。すっきりすっきり」と思って、後半にいってない人がけっこういるんじゃないかと。

石井:最後までいってほしい……(笑)。

安斎:そう、いってほしいじゃないですか。そこらへんをあらためて石井さんに(おうかがいしたくて)。

石井さんの本はすばらしくて、前半で心理的安全性というものに対して目を開かせていく。「あぁなるほど」と解像度を上げて、すごいものの見方を手に入れて、目から鱗が落ちるので、前半で撤退してもすばらしい読書体験になるんですけど。

石井:ありがとうございます。

安斎:これ、サブタイトルに「心理的柔軟性」という言葉が入っているじゃないですか。

石井:お目が高い。そうなんです。

安斎:後半では、ちゃんとどうやって行動を変えるかというメカニズムの話が、精密機械工学出身らしく、構造化されて書かれているんですよね(笑)。

「最高のやり方」を模索している人は、模索をし続けてしまう

安斎:さっきスライドでもちらっと出てきましたけれど、「具体的にどう行動を変えればいいのか」については、もうちょっとうまく届けられるといいんじゃないかなと思います。そのあたりで伝えたいことはありますか? 

石井:それで言うと、安斎さんの「あとがき」もけっこう近いと思うんですよ。「あとがき」にも、やっぱり行動しましょうと書いてあるじゃないですか。安斎さんのすばらしいところは行動しましょうだけではなくて、こうワークショップをやれるよ、ここで5分取って質疑応答が何分で、と……。

安斎:あぁ、社内勉強会のやり方ですね。それを書いたら売れるかなと思ったんです(笑)。同僚に広めてくれという下心もあったんですけどね。

石井:そういうのも含めて大事だと思うんですけど(笑)。やっぱりアクションを取るのは大事じゃないですか。

安斎:そうですね。

石井:ある日、気づいてしまったことがあって。「最高のやり方」を模索している人は、「模索する」以外のアクションをしていなかったりするんですね。例えば「苦手な上司を一撃で変えられる、いちばん良い問いは何だろう…」という模索をスタートし、模索し続けてしまうんです。

「それを考え込む前に、あなたが苦手なその上司と、まずは一言会話したり、質問したり、してみるところからじゃないですか?」という話は、意外とアクションできていなかったりするんです。

100点を目指して動けなくなるより、30点でも動いたほうがいい

石井:『心理的安全性のつくりかた』の2章、そしてサブタイトルに心理的柔軟性、心のしなやかさが大事ですよと書いたのは、そういった模索ループにハマるのではなく、未来に向けてアクションをとる、行動を起こす。その足がかりを作りたかったからなんです。

もちろん、模索ではなく目の前の人に向き合おうとすると、いろんな躊躇することとか、これをやったらどう思われるかな? とか、いろいろな困難があるかもしれないけれど、それでも「役に立つこと、大事なこと」のために行動してみませんか? というのが2章「リーダーシップとしての心理的柔軟性」で書いたことです。

正直この2章はカンタンでは無い章だと思っていますが、難しくとも読み解く価値のある章だと信じて、ここに置きました。ぜひ読んで、ご自身の体験に照らし合わせて、解読し、何より実践・アクションしてみてほしいです。

すると、さっきの話のように「なんだ意外と話してみると、自分が勝手に怖がっていただけで、相手もいいやつだったじゃん」と感じることは、いくらでも起きると思うんですよね。

周囲の人に一言頼ることができたら前に進むものを、うーんと辞書を引いたりこの本に何かヒントがないかとか考えて「あれ、単に依頼するってことを、やってないですよね?」という話はけっこうあるんですね。

安斎:確かにそれは重要かもしれないですね。前半で、ものの見方と定義と理論を手に入れて、実際行動する時に100点のアクションとか、100点いかないにしても80点のアクションを目指そうとしてしまう。これ、実際問いかけの作法もあるなと思います。やっぱりいい問いかけをしようと思うと意外に難しい。

石井:見立てが終わりません、みたいな。

安斎:いい問いかけをしようと思ったまま、地蔵のままで終わるよりは、1個質問をしたほうが確かにいいです(笑)。

石井:(考えていたら)半年経ちました、みたいな。

安斎:そうそう。30点でもいいから、何かアクションを取ったほうがいいかなと思います。

アクションへの「お礼」は、相手の次のアクションを強化する

安斎:心理的安全性を作るための30点のアクションで、何かおすすめはあるんですか。

石井:30点というか1歩目としておすすめなのが、やっぱり「会議の冒頭でいい問いかけをすること」が大事じゃないですか。

安斎:1歩目としてね。そうですよね。

石井:だから安斎さんの『問いかけの作法』からひとつピックアップして「問いを変えてみる」のは、すごくいいと思います。あとはちょっと受け身ですけれど、よりやりやすいのは、相手が心理的安全性だったり、いいチームを作るためにいいアクションをした時に、すかさずお礼を言いに行くことです。

安斎さんは問いの専門家なので、「安斎さんはこの間の会議でこんなふうに投げかけてくれて、すごく答えやすくて助かりました」と言われても、別に響かないかもしれません(笑)。ですが、普通の上司だったら、今の時代、みんなマネジメントに悩んでいるわけですよね。リモートをどうしたらいいんだとか、ロシアの話は僕らのビジネスに影響あるんだろうかとか、いろいろ考えるわけですよ。

その中で部下が「あの投げかけ方、助かりました」と一言言ってくれれば、「あ、このマネジメント正解なんだ」と思って、また次回も同じことをやってみようと思えるじゃないですか。なのでお礼を言いにいくのは、相手にアクションを促す問いかけというよりは、相手のアクションを強化する、いわばフォローアップ寄りの話ですが、大切だと思います。

重要なのは、意見が出てきた時のリアクション

安斎:でもそれ、めちゃくちゃ大事だと思いますね。『問いかけの作法』でも、後半に意見が出ない時のフォローアップの話を書いたんですけど、意見が出ない時にどうやってフォローするかよりも、意見が出た時にどういうリアクションをしているかが、実はけっこう中期的には重要です。

単発で「この1時間のミーティングでどういう質問をすればうまく引き出せるだろうか」というよりかは、1ヶ月の中で毎週ミーティングが全4回あった時に、そのうち1回でもいい意見が出た時に、「言いづらいことを言ってくれてありがとうね」とか、「あーなるほど。それはなかった視点だわ」とか言えるかどうか。

僕、この講演をやる時に、「今まで意見を潰されたリアクションは何ですか」とか、「意見を出づらくする、阻害する介入はどんなものがありましたか」と言うと、だいたい意見を言った時のリアクションですね。「意見を言った時に遮られた」とか。

石井:せっかく意見を言っても「いや、求めているのはそういう意見じゃなくて」みたいなことを言われると「えぇー……」ってなりますよね。

安斎:開口一番、「ROIは?」「投資対効果うまくいくの?」「誰がやんの?」とか。

石井:「うまくいくのわかってたら新規事業じゃないんですけど……」みたいな。

安斎:そういうコメントが出てきてしまうことがある。そういう一発が意見のしづらさを生み出していることがあったりするので、問いかけを工夫するのもそうですけど、意見が出てきた時にどういうリアクションをするかは、めちゃくちゃ重要だなぁと思いますよね。

石井:あらためて、1発の銀の弾丸のようなものをあまり想定しないほうが、逆にうまくいく気がしますよね。ちょっとうまくいったので、それに似たことをやって、ちょっとうまくいかなかったら「ごめん」と言って変えてみる。一撃&最高ではなく、間違いも認めながら、軌道修正しつつ、メンバーと一緒に前に進んでいく。こういった事が、けっこう大事だと思うんです。

安斎:そうですね。