問いかける前の「枕詞」の重要性

安斎勇樹氏(以下、安斎):そういう(意見が出ない時のフォローアップという)意味で言うと、問いかけをする前の一言というか、枕詞もけっこう重要かなと思っていて。『問いかけの作法』の「質問をどう組み立てるか」というところでは、「それをどう投げかけるのか」を中心に書いているんです。問いかけの前のワンクッションで、その質問がどう受け取られるかがすごく変わってくるなと思っています。

『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)

例えば石井さんが何か言ってくれた時に、「なんでそこにこだわってるんですか」と聞くとする。たぶんそれだけ聞かれると、「そんなところにこだわるんじゃねー!」という意味なのか、「そのこだわりをもっと聞かせてほしい」という意味なのか、解釈に迷う時があるんです。たぶん心理的安全性が高くないと、その解釈が邪推の方向にいくと思うんですよね。

石井遼介氏(以下、石井):「いや別にこだわってるわけではありませんけど」みたいな。

安斎:そうそう。例えば、僕は今日、二子玉川の蔦屋家電さんに来て「あぶねー、名刺持ってきてよかった~」と思いながら、すごく久しぶりに名刺交換をしていたんです。

そこで「今、ビジネスマナーって変わっているじゃないですか」と聞いた時に、「石井さんさぁ、本当の意味での正しいビジネスマナーは何なんだろうね」と聞き返されたら、どう感じますか?

たぶん議論としておもしろいから興味を持って問うているんだけど、これがもし心理的安全性が低い組織の若手だったら、「なんかミスったかな」「さっき名刺の渡し方、間違えたかな」と思うかもしれない(笑)。

石井:名刺の渡し方で検索して、「失礼いたしました」みたいな。

安斎:私は「すみません。正しいビジネスマナーを知らなかったです」みたいな感じになると思うんです。

良かれと思ってした質問が「責め立てられている質問」に受け取られる

安斎:だから良かれと思ってした素朴な質問が、相手にとっては、自分が責め立てられている質問だと受け取られてしまう可能性がけっこうある。

「これ、こういうつもりで聞いているんですけど……」とか、「他意はないんですけど」「これは興味関心で聞くんですけど」「答えられなかったらぜんぜんいいんですけど」「○○ですけどどうですか」と(枕詞を置いて)聞く。そういうテクニックは、Zoomや、オンライン会議とかが増えてますます重要になってきていると思いますよね。

石井:我々は「前置き」という言い方をしていますけど、どういう前置きから言葉を発するかはけっこう大事ですよね。学会で恐れられるのがあれですよね。「素人質問で恐縮です」という……。

安斎:(笑)。そう、そう。

石井:これは本当に冗談みたいでよくないケースなんですけど、研究者さんたちが集まる学術集会などで、どう考えても大御所、超大物の、素人のはずがないという人が、「素人質問で恐縮ですが」という枕詞から始めて、メンバーに脅威を与えるという“お作法”があったりするんです。そういうのはよくないですね。

安斎:そうですね。悪い枕詞の使われ方ですよね。まったく素人質問ではない。

石井:もちろんアカデミアだけではなく、日常の職場で使われる「悪い枕詞」もいっぱいありますよね。先輩が後輩を指導する前に一言入れる「なんでこんなこともできないんだ」というセリフ、教育効果って観点からすると、意味がないどころか、有害に働きますよね。

何かを教えて、相手がうまく出来なかったとき「ごめん、教え方がちょっとわかりにくかった?」などと聞いたほうがたぶん相手が伸びやすいわけですよね。相手を謝らせるとか、相手をへこませるだけのものは、あんまりよくない枕詞だなと思いますね。

安斎:そうですね。

熟達したリーダーは、点ではなく線でマネジメントをする

安斎:そのへんのコミュニケーションテクニックは、聞き方から話し方から、中長期的なミーティング外の言動とかも含めてけっこう複合的です。結局ミーティングではふんふんと聞いてくれたけど、その後は「ぜんぜんあのマネージャー実行していない」みたいな(笑)。私のストレスを解消するためだけに傾聴してくれてたのかしら、みたいなことがありますよね。

石井:あの人の「わかりました」は、単に言ってるだけで、「わかりました」ではないと。

安斎:そうそう。最近ミドルマネジメントに関する研修をやらせていただくことが増えてきて、1つ鍵になるなと思っているのが「点じゃなくて線でマネジメントする」こと。うまくマネジメントできない新任のリーダーと、熟達してきたリーダーの違いとして、感覚としてあると思っています。

新任のリーダーは1on1とか定例のミーティングとか部下に相談された時とか、イベントを点で捉えてしまうんですね。例えば1on1で、部下から「もやもやします」と言われた時に「お、『心理的安全性のつくりかた』を発揮する時が来たぞ!」と思う(笑)。

「もしくは『問いかけの作法』を発揮する時が来たぞ」と思って、「この1on1の中でちゃんと問いかけてちゃんと話を聞いてちゃんと意見を言いやすくしないと」と、その1on1をがんばる。だけど「すっきりしました」と部下が帰ってくれるとミッションクリア。

石井:「よし解決、終了! 1on1大成功!」で、頭から消えるんですね。

安斎:部下の景色からすると「すごく話を聞いてくれたということは、明日からこの組織とか現実は何か変わるんだろうな」と期待をもって1on1を終えるんですけど……。

石井:翌朝目が覚めると……? 

安斎:(笑)。何も変わっていない。マネージャーからすると「すっきりした、悩みが解消された」と言われてよかった、よかった。部下のもやもやが晴れた、となってしまって、次に活かさないということがあるので。

1on1を良くするには、ノウハウではなく「ふだんの接し方」

安斎:その問いかけの実践にしても、やっぱり点でコミュニケーションをするのではなくて、1on1の定例、日常の行動を、どうやって線でつなげながらやっていくかが、心理的安全性の作り方という意味では大事なのではないかと思います。

石井:線の意識があるだけでもだいぶ変わりますよね。今の1on1から外側へという話でしたけど、1on1自体を良くしたいという相談もけっこういただいたりするんです。1on1に絞ったノウハウを求められるんですが、冷静に考えてみれば「ふだんの人間関係が最悪なのに、このノウハウのおかげで1on1を最高にできました!」とか、そんなことはまぁ起きないじゃないですか。

なので、ふだんからどういう接し方をしてるかは1on1にも当然影響してきますよね。そういうのは、線で捉えるという観点の別の例かなと思いますね。

安斎:そうですよね。そういう意味では、僕は、“心理的安全性らしく見えるパフォーマンス”にとらわれすぎなくてもいいのではないかと思う時があって。なんて言ったらいいのかな。言い方は難しいんですけど、柔らかな笑顔で「うんうん」とすごく傾聴してくれて、すぐ批判せず……(笑)。

心理的安全性を全面的に上げてくれる1on1をされ続けたら、人は逆に不安になるのでは、と思う時があるんです。

心理的安全性を作ろうと無理に取り繕う必要はない

石井:特に昨日までパワハラだった上司がいきなり優しくなっていたりすると、「私クビですか」みたいな気持ちになりますよね。

安斎:そうそう。「さてはこの人、昨日石井さんの本読んだな」みたいな。だから、心理的安全性を作ろうと無理に取り繕う必要はない。

石井:傷つける事が目的ではないので、言い方への留意は大切ですが、違うな……と思ったら率直に「私はちょっと違う意見を持ってるのですが……!」と言えるのが、本来の心理的安全性ですよね。目の前の相手の意見や考えを否定することになっても、それは成果や、相手の未来を創造するためというか。

安斎:そうですね。だから時には全力でフィードバックして叱るし、興味ない時は興味ないんだなとわかる。すごく興味がある時はすごく聞いてくるし、みたいな。ある種その人の鎧の中にある「人間味」みたいなものと、パフォーマンスが一定連動していたほうが、噛み合っていくんだろうなと思っています。

「つまんねえな、こいつの話。でも心理的安全性を上げるためにちゃんと聞かなきゃ」「フカボリモードで質問しとくか~」みたいなのは、相手にわかるじゃないですか。

石井:まぁバレますよね(笑)。

安斎:この人1on1内でめちゃくちゃ深掘りしてくれているな、と。だからそのへんを、点と線を捉えるじゃないですけど、マネージャー自身だけではなくみんなが無理をせずに、健全に相手に関心を持てる状態を作るのが大事なのかなと、具体的行動とか問いかけという意味では思います。

健全な衝突がおきた後の「フォローアップ」

石井:会場のみなさんの意見とかもね、聞いてみたいですね。

安斎:そうですね。たくさんチャットをいただいておりますけれども。

石井:今日参加されている方は、(普段会社で)熱いディスカッションとかあったりするんでしょうか。みんなすごくヒートアップする、みたいな。むしろ発言そのものが出なくて困っている人のほうが多いんですかね。

という質問をみなさんにする背景には、今日16時ぐらいに我々の会社では、けっこう熱いディスカッションをしてきたんですね。僕が「こうしたほうがいいのではないか」という意見が、メンバーのみんなから、2つぐらい続けてリジェクトされたんですよ。いちおう役員なのに(笑)

でも結論が出てみると、みんなが言っているのそのとおりだし、言ってもらえなかったら気づけなかった観点だし、そう変えたほうがよかった、といういいぶつかり合いができて。つまり、意見の衝突が、会社やプロジェクトの成果に繋がった実感があります。

でもけっこうお互いにぶつかった感がある、つまり組織や人間関係についてはちょっとダメージ、というか「石井さんに言い過ぎちゃったかな……」ってメンバーもいそうだなって思いました。なので、「今日のディスカッションは本当の意味で “健全な衝突” でしたよね。お陰でいい結論が出せたと思っています!」と、フォローアップの意味もこめてSlackに書いたりしたんです。

ちゃんと言いあえるのと、でも言いあったら言いあったで、心理的安全性があっても「そこは違うのではないか」が何回か続くと、やっぱりそれぞれのメンバーの心に残るものがあると思うんです。それは、意見が採用された側であれ、そうでない側であれ。だから、衝突がおきたその後に、フォローアップしていくのはけっこう大事だと思っています。

会議の後でシェアできる「内面の出来事」

安斎:まぁ、でもそういう意味でさっきラベルXの話がありましたが、健全な衝突をそこでラベルづけをするのは、むしろいいことですよね。今の、すごくいい健全な衝突だと思いました。ある種意見を健全に批判しあっているんだけど、やっぱりちょっと「あれ、言い過ぎたかな」とミーティングが終わった後に思ったりとか。

「石井さんの意見をリジェクトしてしまったけど大丈夫かしら」、と思わなくもないなって。「これって健全な衝突でしたよね」って、会議に意味づけをするというか、そういうリフレクションをしながら、その景色を揃えていく。なるほどね、フォローアップしながらというのは、すごくいいですよね。

石井:安斎さんのさっきのフレームで言うと、僕が持っていた意見は「とらわれ」のほうだったことに、みんなに反対意見を言ってもらったお陰で気づけたと思っていましたね。

安斎:なるほどですね。でも、健全な衝突もそうだし、言ってくれた意見が自分に及ぼした作用が、内面で起きている出来事だったりもする。ミーティングのさなかは、瞬発的にリジェクトされたぞと思いながら。「あ、これはとらわれでしたね」とすぐ言えないじゃないですか。

終わった後に、あぁ、あれはとらわれだったなぁ、と気づいたりするから。そういうフィードバックというか、その後内面でどういう出来事が起きていたのかをシェアできるのは、心理的安全性を作っていく上では大事だなと。

石井:ですね。僕は、「僕は自分の意見のここがいいと思っているんだけど、なぜそっちのほうがいいのかが、普通にわからないので、理解できるように背景や意図を教えてほしい」という趣旨でお互いに対話ができると、前に進める感じがしますね。

安斎:なるほど。そうですね。

『問いかけの作法 チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)