会社の問題とズレている“ハズレの研修”

石井遼介氏(以下、石井):では安斎さん、よろしくお願いします。

安斎勇樹氏(以下、安斎):はい。先ほども冒頭でご説明した通り、『問いかけの作法』は石井さんの本(『心理的安全性のつくりかた』)がベストセラーになってから、そのブームに乗っかっていくかたちで出しました(笑)。

『問いかけの作法 チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)

石井:いえいえ(笑)。

安斎:僕がどんな問題意識でこの本を書いたのか、少し概要とともにお話しさせていただければと思います。

あらためまして自己紹介です。私は今、株式会社MIMIGURIという約50名のベンチャー企業の経営をしながら、東京大学大学院情報学環で特任助教をしております。

企業の経営と研究を往復しながら、人や組織のクリエイティビティをどうやったら高められるかということについて、ファシリテーションやマネジメントの研究をしています。

今回、『問いかけの作法』というものを書かせていただいたんですけれども、先ほどもお話ししたように、2020年に『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』という本を出版しました。

それまでは、ずっとワークショップにスポットライトを当てて、ワークショップのプログラムデザインとかファシリテーション、人、集団が集まって短期間で行われる非日常的な実践を10年くらい研究して、博論もそういったテーマで書いてきました。

みなさんもワークショップとか研修とか会議のファシリテーションをされたことがあったり、参加したことがあると思うんですけど、「この研修、そもそも何のためにやるの?」ということはありますよね。「完全にうちの会社の問題とずれた状態で研修が始まっちゃったんだけども。今日はハズレの日だ」みたいな日はありませんか?

石井:(笑)。

解くべき本質の「Why」と、明日の現実の「How」

安斎:やっぱりいくら処方箋が良くて、特定の場面では効果的なお薬でも、症状の診察が間違ったまま解決策を実施すると、なかなか物事はうまくいかないわけですね。

本当に解くべき上流の課題をどう立てるかが大事なんじゃないかというところで、ワークショップの現場のHowをずっとやってきました。「そもそも何のためにワークショップをやるのか」「何を解決するためにワークショップをやるのか」という問い(Why)をちゃんとデザインしましょうと書いたのが『問いのデザイン』という本なのです。

この『問いのデザイン』は、「HRアワード」で最優秀賞をいただいて、今4万部くらい突破しています。組織変革をしたいとか新規事業を立ち上げたいっていうところで、非常にご好評いただいています。

しかし研修・講演に立たせていただくと、よくいただくフィードバックに「とはいえ、うちにも歴史があるんで大きくは変えられません」とか「で、明日のミーティングはどうすればいいでしょうか?」というものがあります。

石井:(笑)。

安斎:「やっぱり本質も大事だけれど、明日の現実のHowも大事だよね」という時に、上流は大事なんだけれども、明日の1on1、定例ミーティングでどうやって問いを投げかければいいのか、ということにスポットライトを極限に振って書いた本が、『問いかけの作法』です。

石井:今日から、明日から使える。

安斎:そうですね。即効性をより意識した本です。

お願いや説教でも変わらない、お通夜のようなミーティング

安斎:その中でも、よくこの本が響いている場面があります。最近もしかしたらみなさんの会社でも見聞きしたことがあるかもしれません。

特にZoomとかTeamsのオンラインミーティングが増えてきてよく耳にするようになったのが、「ミーティングがまるでお通夜のようだ」ということです。ZoomとかTeamsで、ファシリテーターとかリーダーが「みなさんどうですか? いかがでしょう? ほら、自由に」と言うんだけれども誰も意見しない。

石井:(笑)。

安斎:活発な意見どころか、誰も画面や音声のミュートを切ってくれず、本当に真っ暗な中でずっと投げかけ続けていることがあって、一切意見が出ない。まさに心理的安全性が低い状態です。誰からもリアクションがない。

そんな時にマネージャーとかリーダーの方がどうするかと言うと、けっこうありがちなのが、翌週の1on1で部下を呼び出して、「君さ、社会人なんだから1個ぐらい意見を言えませんか?」とか「主体的にもっと会議に参加してください」と、直接お願いもしくは説教をするわけです。

そうすると、だいたい相手は「はあ、意見と言われても。すみません」と言う。そこで「本当にやるんだろうか」「どれどれ」と翌週の会議へ行ってくると「意見を言わないんかい!」となって、結局また何も出てこない。

「孤軍奮闘の悪循環」は、最初の問いかけの工夫で変わる

安斎:現実が変わらないとすると、結局「こいつらに頼るよりも自分でがんばったほうが早い」となって、優秀なプレイングマネージャーほど孤立無援になります。僕はこれを「孤軍奮闘の悪循環」と呼んでいます。

これはこれで気持ちはわかるんですけれども、僕の『問いかけの作法』の提案は、メンバーの主体性とか会議の空気のせいにするんじゃなくて、「何かないですか?」「いいアイデアはないですか?」「何か意見はありませんか?」という「最初の問いかけ」を、ちょっとでも工夫したら状況は変わるんじゃないかということです。

例えば「この企画について、ちょっと意見を言いづらいかもしれません。どこか1個だけ変えるとしたらどこですか?」と聞く。もしくは「企画者目線で出せなかったら、お客さんの目線で考えた時に何か気になるところはありませんか?」と(聞いてみる)。

あるいは、「アイデアはじっくり考えて来週聞かせてください。でも、今頭の中に浮かんでいることを何でもいいのでちょっと書いてもらえませんか? 言ってもらえませんか?」と言ってみる。

百発百中で意見が出てくるとはもちろん言わないんだけれども、意見が出てくる確率は何パーセント、何十パーセントか変わるんじゃないかというのが僕の本の提案なわけですね。

このように、ミーティングや1on1において、いい問いかけをするところにレバレッジポイントを置いて、そこの工夫、試行錯誤を回していけば、出てこなかった内面の意見とか個性が出てくる確率は上がります。

そうすると、みなさんもどこかで経験したことがあるかもしれませんが、「あれ、この人何も考えていないと思っていたけど、意外にこんなことを考えていたんだ」とか、「こいつ、意外にいいやつだったんだな」と、意外な側面が出てきた時に喜びを感じると思うんです。

ミーティングの場を、意外に見えていないみんなのポテンシャルが発露する場にして、そこに喜びを覚えて、「じゃあもっといい問いかけをしよう」という好循環に変えていくと、チームは良くなっていくんじゃなかろうか。それならば、良い問いかけをするところにレバレッジを置きましょう、というのがこの本の提案なわけです。

「問いかけ」で高める心理的安全性のシナリオ

安斎:僕は『心理的安全性のつくりかた』を名著中の名著だと思っていて、本当に日本企業の2020年代の一大ムーブメントというか、歴史を変えた一冊になっているんじゃないかなと思います。

そんな中で、僕は副作用みたいなものもあると思っていて、今日はそこをぜひ、石井君と議論したいんです。「なるほど。うちの会社は心理的安全性が低いから駄目だったんだ。原因がわかった。すっきりした」となっていないだろうか?ということを今日は問いたいんですよね。

石井:(笑)。

安斎:「うちの会社がクソな理由、よくわかったわ」「なるほどな」となると、人は安心して「意見が出ないのは心理的安全性が低いからだわ」「心理的安全性が上がれば意見が出るに違いない。誰か上げてくれないかな」と、他責的になるのではないかと懸念していて。

確かにそれは当然で、心理的安全性が高いチームになれば、おのずと変数である話しやすさが上がるわけなので、意見は活発に出ると思うんです。

僕は「それってどうやるんですか? いつ誰がやってくれるんですか?」ということに問題意識を持ちました。考え方を変えて、心理的安全性が高いから意見が出るのか、意見が出るから心理的安全性が高まるのか。これは、いわゆる「鶏と卵」の関係性だと思うんですよね。

そこで『問いかけの作法』は、問いかけを変えて意見が出てきやすい会議をやっていくうちに、「気付いたら心理的安全性が高まっていました」というシナリオを目指して、1つの処方箋として書きました。そのほうが建設的なんじゃないかと思ったので。

こだわりを問い直すことが、イノベーションの本質でもある

安斎:そんなかたちでこの本を書いたわけで、今日はその詳細はお話ししませんけれども、1つ、この本の中で伝えたいメッセージとしては、チームはやっぱりポテンシャル、まだ発揮されていないポテンシャルです。

これはメンバーも、チームも、組織もそうだと思います。それを学習させる、発達させる時に、僕は極論、今表示している図の状態を作っていくのが大事なんじゃないかと考えています。

1つには、目に見えていない、スポットライトの当たっていないこだわり。「こだわり」は僕はすごく大事なキーワードだと思います。「こだわり」を辞書で調べると、「取るに足らない、些細な、くだらない、つまらないもの」とが書いてあります(笑)。「そんなもの捨てちゃおうかな」と思うくらいに散々なことが書いてあるんですけど、確かにそうなんです。

ある人のこだわりとか趣味は、別のある人からしたらどうでもいいことだったりするので、本質的な定義だと思います。でも、そういうものにスポットライトが当たるようにしていかないと、やっぱり組織は変わっていかない。チームや会社としてもそれを持つべきだし、それがたぶんパーパスとか理念だと思うんです。そういうこだわりを見つけてちゃんと育てるということ。

同時に、「これが自分のこだわりだ。これを一生やっていこう」と確信した瞬間に、それが明日から自分の身を縛るとらわれの始まりでもあります。「これは本当に自分がこだわるべきことなんだっけ? 本当に守るべきことなんだっけ?」と疑って、ぐるぐるととらわれを問い直すことが人間や組織の発達の本質だよな、イノベーションの本質でもあるよなと思います。

こういう状態を作りながら健全に回していけるのが、たぶん心理的安全性が高い状態なんだろうなと思っています。

これを起こすために質問も、相手に寄り添いこだわりを深掘りしていくような「深掘りモード」と呼ばれるものと、本当かなと疑いをかけて、相手がとらわれているものに時に揺さぶりをかけていく「揺さぶりモード」というものと、それぞれに質問のパターンがいくつかあることを、この本ではご紹介しています。詳細はぜひ本を読んでいただければと思っています。

石井さんの書籍と背景を呼応しながらも、ちょっと切り口の違う問題意識で書いたのが、この『問いかけの作法』の本の概要になっております。