スタートアップは直観を信じるべきではない

ポール・グレアム氏(以下、ポール):では始めます。準備はいいですか? 「皆さん、聞こえますか?」とマイクの調子は確認しませんよ。このコースの毎回のお決まりになっているようですがね。マイクがきちんと作動していることにしますからね。

会場:聞こえません!

ポール:うそだろ!? 勘弁してくれ!

(会場笑)

誰か早くなおしてくれよ!

会場:大丈夫です。ちゃんと聞こえています(笑)。

ポール:よし。では、始めます。今日話すことはエッセイにしてオンライン上にあげていますから、ノートを取る必要はありません。私の話を聞くことに専念してください。子供を持つ親であることが有利な点、それは誰かにアドバイスをする時にまずこう考えることができることです、「自分の子供にも同じアドバイスをするだろうか?」。

こう考えることで、適当なアドバイスはしなくなります。今日、私の2歳の息子に「君は2歳の次には何になるでしょう?」と聞いたところ、「こうもり」という答えが返ってきました(笑)。「3歳」と答えて欲しかったところですが、こうもりだなんて面白いですね。

私の子供たちはまだ幼いですが、彼らが大学生になり、スタートアップを始めるとしたらどんなアドバイスをするかもう決めています。そしてそれと全く同じことを皆さんにこれからお話します。ここにいる多くの皆さんは私の子供であってもおかしくないくらいに若いですしね。

何故だかはわかりません。しかしスタートアップにおいて自分の直観を信じることは危険です。

スタートアップとスキーの類似点

これはスキーに似ています。大人になってからスキーを習ったことのある人は? 初めてスキーで滑る時、スピードが出過ぎないようゆっくり滑ろうとします。

ゆっくり滑ろうとして反射的に背中を後ろにそらしてしまう。しかし、それでは逆にスピードアップしてしまう。スキーにおいては反射的に体を動かしてはならないのだと私は学びました。背中を後ろに反らせたい衝動を抑えるのです。

そうするうちに体の新しい動かし方が身につきます。しかし、初めてすぐのうちは意識的に覚えておかなくてはならないことがいくつもあります。足の入れ替え、S字ターン、内側の足を引きずらない等々です。

スタートアップはスキーと同じくらいに不自然なもので、スキーと同じように始める前に覚えておかなくてはならないことがたくさんあります。今日お話するのはそれらのほんの序盤です。

すべては皆さんが衝動的に行動して失敗に終わることを防ぐ為に、覚えておかなくてはならない「直観に頼ることができない」ものばかりです。

創設者は自分の直観を信じすぎている

実はその覚えておかなければならないことリストの最初に来るのが今お話したことです。スタートアップとはおかしなもので、「自分の直観にしたがってしまうと間違った方向に物事が進んでしまう」のです。

Yコンビネータ―を運営している時、「私達の仕事は創設者に彼らが見逃していることを教えることだ」とよくジョークを言っていました。これは本当なのです。

YCのパートナー達はいつも創設者に彼らが間違いを犯しそうな時、重大なポイントを見逃しそうな時には警告しました。大抵の場合、創設者が1年後に、「どうしてあの時、彼らの警告をきちんと聞いておかなかったのだろう」と後悔することになるのですが。

なぜ創設者たちの多くがこのようにパートナーの助言を無碍にするのでしょうか? これが私の言う「スタートアップとは直観に頼ることができない」という意味です。パートナーの助言が皆さんの直観と相違する場合、皆さんはパートナーのアドバイスは間違っていると思います。

その結果、もちろん皆さんは彼らのアドバイスを無視しますよね。これはYコンビネータ―だけに限りません。そのアドバイスに特段珍しいことがない限り、他人のアドバイスになんて耳を貸さないでしょう?

スキーに比べ、ランニングのインストラクターが少ない理由

創設者が自分の直観が正しいと思えば思うほど、他人のアドバイスに耳を貸すことはないでしょう。これが「スキーインストラクター」が多く存在するのに比べ、「ランニングインストラクター」の数が少ない理由です。

「ランニング」と「インストラクター」、この2つの言葉が一緒になる機会は「スキー」と「インストラクター」が合わさるよりも少ないです。なぜならスキーとは自分の勘に従えさえすれば上手く出来るスポーツではないからです。例えるならYCはビジネスにおける「スキーインストラクター」です。斜面を降りるのではなく、登っていく場合限定ですがね。

反面、人々に対して自分が感じる直観は信じてください。皆さんのこれまでの人生はスタートアップを始めることとは全く関係のないものだったことでしょう。

しかしこれまでの人生での人との関わり方と、ビジネスの世界での人との関わり方と全く同じです。むしろ創設者が犯す最も大きな間違いは人に対する自身の直観を信じることができないことだと言えます。

例えばこんな場合。ある創設者がどうやら大物そうな人物に会う機会があった。その大物からはなぜか胡散臭い印象を受けた。後にその人物と関わったおかげで大問題が起こる。すると創設者は言うのです、「あの人には最初から何かひっかかるものがあったんだ。でも彼は仕事が出来そうだったし……あの嫌な感じをそのまま流すんじゃなかった!」

スタートアップの成功に知識は関係ない

皆さんもそうだと思うのですが、ビジネスの世界にはある特殊な思い込みがあります。特にエンジニア畑出身の人にはこれが強い。ビジネスとはドライで、時に不愉快、センスなど必要とされないものであってしかるべきと思っていませんか?

例えば、スマートそうな人に会う。しかしなんだか信用できない印象を受ける。でもここで皆さんはこう思うのです、「ビジネスなんだからこんなもんだろう」と。しかし、それは違います。一緒に仕事をする人を皆さんがプライベートの場で友達を選ぶように選ぶこと。

人を選ぶ時は思い切り自分の感情中心に考えましょう。人に対しては自分の直観を信じること。長いこと付き合いがあり、自分が確実に「この人は好きだ、尊敬できる」と言える人と仕事をしましょう。世の中には最初のうちだけ良い人面することが得意な人が大勢いますからね。意見が分かれた時に初めてその人の本性が出ますよ。

さて、2番目の「直観に頼ることができない」ポイントです。もしかしたら皆さんをがっかりさせてしまうかもしれませんが、「スタートアップについての知識を詰め込むことは、スタートアップで成功するか否かには関係ない」です。

これが皆さんが履修している他の授業とこの授業が違うところです。例えばフランス語のコース。コースを修了するころまでには、皆さんはネイティブ並とはいかずとも、かなりフランス語が話せるようになっているはずですよね? このクラスでは皆さんはスタートアップについて学びますが、必ずしもクラスで話される内容は皆さんが成功する為に必要なことではありません。

スタートアップについての知識を詰め込むだけでは成功することはできません。皆さんがやらなくてはならないのは、プロダクトのユーザーについて知り尽くすことです。