ユーザーを喜ばせるしか成功する道はない
ポール・グレアム氏(以下、ポール):スタートアップでは卑怯な裏ワザを決して使うことは出来ません。ゴマをすることができる上司すらいない。ユーザーを喜ばせるしか成功する道はありません。ユーザーが喜ぶのは皆さんがつくるソフトウェアが優れている場合だけです。ユーザーはサメのようなものです。彼らは賢いので、ダマすことは出来ませんよ。
赤い旗をひらひらさせてエサのように見せかけることは出来ません。肉がなければサメは食いつきません。人々が何を求めているのかを知り、皆が欲しがるものを発展させることが皆さんの成功する唯一の方法です。特に皆さんの場合、恐いのは場合によっては投資家をある程度まで「裏ワザ」で説得できてしまうということです。
口が達者で、何を話せば投資家が投資してくれるかがわかっていれば、1回や2回は投資を受けることができるでしょう。
しかしですよ、これは皆さんがする必要がないことです。皆さんの狙いはエクイティですので、投資家を「ハメる」ことはある意味皆さん自身を罠にハメることになるのです。時間の無駄です。
投資家を上手く話に乗せるためだけに、膨大な時間を書類作成に勤しみ、自分のスタートアップをダメにするのですから。小手先で「裏ワザ」を使って楽をしようとするのをやめましょう。
「何を成し遂げたいか」が最も重要
しかし、スタートアップに暗黙のゲームのルールがないわけではありません。例えば、資金繰りについて本から徹底的に研究して知り尽くしているにも関わらずユーザー数がまったく伸びないところより、資金繰りについて全く知識がなくともユーザーに喜ばれるものをつくったところのほうが比較的楽に資金を集めることができます。
ある意味これは皆さんにとって悪い知らせです。これまでの20年間ほどかけて皆さんがマスターしてきた「人生というゲームの攻略法」が、皆さんが持つ最も強力な武器「効率よく物事を進める力」が、もはや通用しないのですから。
「仕組みを攻略して効率よくやる方法」がまったく通用しない世界というところに私はとても魅力を感じます。もしも大学時代にそんな世界が存在することを知っていたら私はとてもわくわくしていたでしょう。
「どうやって異なった種類の業務をこなすか?」「それをやることによって何を成し遂げたいか?」これが皆さんの将来設計において考えなければならない最も重要なポイントです。
これがスタートアップにおいて直観を頼ることができないポイント第4番目です、「スタートアップとは消耗的である」。スタートアップを始めると、皆さんの想像をはるかに超える勢いで会社に自分の時間をすべて捧げることになります。
成功すれば少なくとも2、3年は。もしかしたら10年ほど。今後引退するまでのすべての時間、の可能性もあります。つまり成功するには覚悟がいる。ラリー・ページは誰もが羨む人生を送っているように見えるかもしれません。しかし彼の人生には全く羨ましくない要素もあるのです。
世間は彼を25歳で会社経営を始め、それ以来止まることを知らずに成長を続ける人物とみなしています。彼には彼の「グーグル帝国」の中で起こる「皇帝」しか解決することができないすべての問題を解決する責任があります。もし彼がたった1週間でも休暇を取ろうものならその分、彼の仕事は溜まっていく一方です。
彼はこれを文句ひとつ言わずに解決していかなくてはならない。なぜなら、第1に「企業の父」という立場上、彼が恐れや弱みを見せることは許されない。第2に、億万長者が「自分の人生は困難だらけだ」と嘆いたところで、同情し「かわいそうに」と慰めてくれる人は誰もいないからです。
(会場笑)
起業は、押すだけで人生が180度変わってしまうボタン
成功したスタートアップの創設者は、どれだけの困難を経験したとしても、栄光の舞台裏を公にすることはありません。オリンピックの100メートル走で勝った選手は走り終えた後、ゼエゼエ息を切らしてますよね。ラリー・ページも100メートル走を終えた選手のように全力を尽くし、ゼエゼエしている事だってあるはずですが、私達がそれを知ることはありません。Yコンビネータ―が投資した会社の中に「大成功した」と呼べるものがいくつかあります。「大成功した」会社の創設者は誰もがこう言っています、「時間が経つにつれて仕事が楽になることは絶対にない」。
問題の質やレベルは変わります。同じオフィススペースの問題でも「借りている小さなアパートのエアコンが壊れた」というレベルから「ロンドンに新しく設立するオフィスの工事が遅れている」という具合に変わることはあります。
しかし、経営者として常に多くの問題に頭を悩ませるという事実が変わることはありません。抱える問題が増えることはあるでしょうけれどもね。
スタートアップを始めることと、子供を持つことは似ています。それらはどちらも押すだけで人生が180度変わってしまうボタンのようなものです。もちろん子供を持つことは最高です。
今回の講義で覚えておいて欲しいことはこれです。子供を持つ前にやったほうが比較的易しくできることがたくさんあります。
そして、それらの多くは皆さんが子供を持った時に、良い親となる為に役立つことでもあります。豊かな国では多くの人がこの「ボタン」を押すことを遅らせます。皆さんもよくご存知の通りです。
大学でスタートアップを学ぶことは出来ない
それなのになぜ多くの人が「スタートアップは大学在籍中に始めるべきだ」と思いこんでいるのでしょうか。気は確かですか? 大学は何を考えているんだ!? 大学は学生がきちんと避妊するように避妊具を配布することには気を配るくせに、「起業家育成プログラム」をつくったり、スタートアップインキュベーターをつくって新たな学生起業家を生もうとしていますね。(会場笑)
大学側がすべて悪いわけではありません。彼らは学生のニーズに応えているのですから。大学は皆さんの今後のキャリアの為になるカリキュラムを揃えるべきですので、学生がスタートアップに興味があるのであれば当然スタートアップについて教える必要性を感じますよね。
もしそれをしなければ今後多くの学生の入学を見込むことができないのですから。果たして大学はスタートアップについてきちんと教えることが可能なのでしょうか? まぁもし出来ないのだとしたら、今この場に集まっている私達は一体ここで何をしているんでしょうね? という話になりますが(笑)。
(会場笑)
答えはイエス、そしてノー、です。先ほども言いました。大学が教えることは出来ますが、スタートアップは実践において必ずしも知る必要のない内容であることが多いです。もしフランス語を習いたいのであれば、言語学として大学で学ぶことが出来る。
どうやって新しい言語を学ぶか教えましょう、そしてある特定の言語がどのように組み立てられるかを教えましょう、という具合に大学は皆さんに教えることができる。
皆さんが学ぶ必要があるのはユーザーのニーズです。それは実際に会社を始めてみなければ学ぶことは出来ません。これはつまりスタートアップを学ぶには、とにかく実際にやってみるしかないという意味です。大学でスタートアップを学ぶことは出来ないというのはつまりこれが理由です。
学生起業はやめておけ
スタートアップを始めると皆さんの人生はそれ一色となります。大学在籍中にスタートアップを始めることは不可能です。なぜなら、スタートアップを始めると皆さんは学生でいられなくなるからです。形ばかり、名ばかりは「学生」として名前を大学に残しておくことはできるかもしれませんが、それも長くは続かないことでしょう。選択肢はふたつにひとつ。皆さんはどちらを選びますか?
「本物の学生」として学業を終えるまでスタートアップは始めない、または「本物のスタートアップ」を始めて学生をやめる。私がその答えを教えましょう。
自分の子供にアドバイスするように皆さんにもアドバイスをすると言ったでしょう? 大学在籍中にスタートアップを始めてはいけません! 皆さんをがっかりさせたくはないですが。野心溢れる人にとって、スタートアップを始めるということは「理想の人生」を歩むために必要なものかもしれません。
今話している事は皆さんが思っているよりも人生の歩み方を考える上での大きな命題ですよ。皆さんの命題は、「どうしたらより良い人生を、理想の人生を送ることができるか?」ですよね。スタートアップを始めることは理想の人生を歩む為の「良いこと」になり得ますが、20歳がその時であるとは思いません。
20代前半だからこそ出来ること、それ以前でもそれ以後でも出来ないことがあります。例えば何の得にもならなそうなプロジェクトに一心不乱に取り組んでみるだとか、期間も決めずに格安旅行に出てみるだとか。どんなことに取り組もうと、ここでの考え方はひとつです。
野心がない人はそのような「ムダ」なことをするのは「負け犬」だけだと思っています。人生に真剣な人は、このようなことをするのは視野を広げる為に必要だと考えます。もしも20歳でスタートアップを始めて、そしてそれに成功してしまうと、一生そのような「ムダ」なことをするチャンスは巡ってきません。
学生起業でFacebook並みに成功するのは天文学的確率
マーク・ザッカーバーグが外国を貧乏旅行するチャンスはこの先絶対にないでしょう。彼が外国に行く時は現地視察訪問だとか、お忍び旅行でパリのフォーシーズンズ・ジョージVに滞在するだとかでしょう。彼がタイをバックパッカーとして旅行するなんてことは今後もないでしょうね。学生さんは今の時代も貧乏旅行と言えばタイへバックパックを背負って、なのでしょうか? みんな、どうなの?
会場:そうです!
ポール:このクラス始まってから初めてみんなのイキイキした顔を見たよ!
会場:(笑)。
ポール:この授業、タイで開講すればよかったかな……。
会場:(笑)。
ポール:もちろん彼には皆さんが出来ないことが出来ます。例えば、物凄く大きなジェット機をチャーターして外国へ行くとか。しかし、成功は彼の人生から多くのセレンディピティ(運をつかみ取る能力、思わぬところから何か価値あるものを見出す能力)を奪いました。彼はFacebookを経営していますが、それと同じ程度に彼はFacebookに操られています。
もちろん「これぞ私のライフワーク!」だと言える仕事が出来る状態にあることは素晴らしいですが、それをしていない状態で生まれるセレンディピティにも利点があります。
まず第1に、色々なものに触れる事で価値観が広がります。すなわち自分のライフワークの選択肢が広がります。しかも失うものは何もありません。20歳でスタートアップを始める計画を卒業後に先延ばししても、失うものは何もない。
20歳で始めずに後でチャレンジしたほうが成功する可能性は高いからです。20歳でスタートアップを初めてFacebook並みに成功するのは天文学的数字レベルで有りえないレアなケースですよ。
もし実際にそうなった時に始めて、「このまま続けるか、学業はどうしようか」という問題に直面するでしょう。むしろ実際そこまで成功したのであれば続けることが賢明でしょう。
しかし大抵の場合、スタートアップが成功するのは創設者が自らの手で自分のすべてを賭けて取り組む場合だけです。これを20歳でやろうなんて世の中をナメてはいけません。
ここまでお話してきてどれだけスタートアップを始めることに覚悟がいるのかをわかってもらえたはずですが、もしまだ理解していない人がいた場合の為にもう1度言います。スタートアップを始めるのは本当に大変です。