起業するメンバーの理想像は、タフで上を目指し続ける人間
ポール・グレアム氏:スタートアップとは直観に頼ることができないものであるポイント、「無理かどうかは誰にもわからない」です。皆さんはこれまで生きてきて、ある程度自分というものをわかっているはずです。自分が数学者、あるいはプロのフットボール選手に向いているか向いてないかはもう既にわかっているでしょう。ものすごく数奇な人生を送っていない限り、スタートアップを始めることと似た経験をしたことがある人はいないはずです。
スタートアップを始めて、もし成功すると皆さんは大きく変化します。皆さんが考慮するのは今の自分がどんな人物かではなく、どんな人物になる可能性があるかです。それを考えるのは皆さんの仕事です。
その人が賢いかどうかは、会ってからすぐに10分程度でわかります。テニスボールを打ってみる。彼らはそれをうまくこちらに飛ばし返してくれるだろうか、それともネットにひっかかるだろうか、という風に。しかし、人を見る時に最も重要なのは、彼らが今後どれだけタフで上を目指し続ける人物になる可能性があるかを見極めることです。
今この場にいる私達の中で最もスタートアップの経験値が高いのは私で間違いないでしょう。スタートアップのプロがどれだけスタートアップのことを知っているかお教えします。
彼らが知っていることはそんなに多くはありません。私は自身の経験を通じて、どのスタートアップが大成功するかを最初から決めつけたりせずにオープンでいることを学びました。創設者の中には始める前から自らの成功を確信している人もいれば、どんな失敗をしてしまうだろうかとビクビクしている人もいます。
彼らの態度と彼らの後の成功には何の関連性もありません。軍隊でも同じことが起きるのだそうです。強気な新兵と、もの静かな新兵が後にタフな兵士になる確率はほぼ同じだそうです。スタートアップにおける「試験」はこれまで受けてきた「試験」と全く違います。
もしもスタートアップを始めることが怖くて仕方がないのであれば、おそらくそれはあなたがスタートアップを始めるべきではないというサインでしょう。
少し不安を抱えているくらいの人、その場合にはやってみなければどうなるかわからないということを覚えておきましょう。でもまだ始めてはいけませんよ。
素晴らしいアイデアがサイドプロジェクトとして始まる理由
さて、ここまで言ってもまだ皆さんがスタートアップをいつかは始めたいと考えているのであれば、大学にいる間にしておかなくてはならないことがあります。スタートアップを始めるにあたり、必ず必要なことが2つあります。アイデアと共同創設者です。この2つに共通することがあるのですが、ここからスタートアップが直観に頼ることができないという説明に移ります。
それは、「良いスタートアップのアイデアを思いつく方法は、スタートアップのアイデアを考えなければ、と思わないこと」。これについてはエッセイを書いていますので、その全てをここでは話しません。
簡単に言うと、スタートアップのアイデアをどうしたらいいだろうかと考えすぎると、皆さんが思いつくものは面白くないものである上に、もっともらしく聞こえてしまうアイデアばかりになるからです。
つまり、皆さんも周囲の人もそれがとても良いアイデアだと思い、多くの時間をそれに費やし、最終的には「こんなつまらないものでは成功できない!」という状況に陥るということです。
良いアイデアを発案するために、1歩下がってみること。一生懸命頭を悩ませるのではなく、無意識に問いかけてみるのです。素晴らしいアイデアは無意識に眠っていますが、それが無意識すぎて気がつかないことがあります。
YahooもGoogleもFacebook もAppleも、これらすべてがそのようにして始まっています。これら、どれもが会社を設立する目的で始められたのではなく、サイドプロジェクトとして始まりました。
素晴らしいアイデアとはほとんどの場合、サイドプロジェクトとして始まります。なぜならそれらは常に会社を設立する為のアイデアとしては「ありえない」ものだからです。
優れたアイデアを生み出す3つの条件
では、どのようにして意図せずともスタートアップのアイデアが生まれるようになるのでしょうか? まず第1に視野を広げる。2番目、興味があることに取り組む。3番目、そしてそれを皆さんが好きな人、または尊敬する人と一緒にやる。3番目のポイントは同時に共同創設者を見つける方法でもあります。この原稿には当初1番目のポイントとして「テクノロジーに精通する」と書いていました。しかし、それでは範囲が狭すぎました。
Airbnbのブライアン・チェスキーとジョー・ゲッビアが特別なのは、彼らがテクノロジーのエキスパートであるだけではありません。彼らはアート学校へ行ったデザインのエキスパートでもあります。恐らくそのことよりも彼らが特別である理由として、彼らに人をまとめる才能があったことが挙げられます。必ずしもテクノロジーだけが皆さん自身の成長の幅を広げる武器であるわけではないということです。
つまり、テクノロジー以外にどんなことをすればいいのか? これには全ての人に当てはまる答えなどありません。歴史を見れば、そこには誰もが思いつかなったことをやり遂げた若い偉人がたくさんいます。
それらの中には彼らの両親が「またこの子はバカなことをやって」と思っていたケースが多いです。しかし、時間の無駄だと親に思われていて、実際にその通りになってしまった夢見る若者は、成功した若者よりもはるかに大勢存在します。
どうやってそのプロジェクトが成功するかどうか見極めるか? 私の答えは、「成功するプロジェクトは面白い!」。自分が面白いと思うかどうかで決めます。誰にバカにされようとも、自分が面白いと思ったことに取り組みます。
自分が面白いと思ったものを追求すべき
どんなに重要なプロジェクトであろうとも、それに面白さを感じなければ集中してそれに取り組むことに苦痛を感じます。これまでの私の人生には、ただ私が面白いと思ったからやっていたプロジェクトが後に役立つことになった例がたくさんあります。Yコンビネーターだってそうです。面白いと思ったからやっているだけです。どうやら私の中の「何か」が私を面白い方向に導いてくれているようなのです。まぁこれはあくまで私のケースです。
頭で考えても良いアイデアが出てこなかったのは、もしかしたら私の考えが足りなかっただけかもしれません。しかし、今ここで私が言えるのはこれしかありません。スタートアップを始める準備として……もしかしたら最高の人生を送る為の準備とも言えるかもしれませんが、自分が面白いと思ったことを一生懸命追求しましょう。
全員一致で「面白い」プロジェクトがどんなものかはわかりませんが、大抵の場合それはどんなものであるのかはお教えできます。テクノロジーがフラクタルのようなものだとすれば、その図の中のどの角もが面白いプロジェクトです。
意識せずに素晴らしいスタートアップのアイデアを生み出してしまう確実な方法は、その分野の最先端の現場にいることです。ポール・ブックハイトが言うように、「未来に生きる」のです。最先端の現場にいる人の仲間に入ると、「これはもしかしたらものすごい未来の可能性を秘めているのでは!」と多くの人が感嘆するアイデアを自然と思いつくようになります。
その時は自然と思いついたアイデアが、後にスタートアップを始めることに繋がるとは思いもよらないかもしれない。しかし、皆さんはそのアイデアを形にして世に生み出さなくてはならないと確信するはずです。
エキスパートになる分野を決める
例えば、90年代のハーバード大学での話です。私の大学院時代の仲間、ロバート・トレバーはIPソフトウェアで自らの声を作成できるシステムをつくりました。彼はこれでスタートアップを始めようなど全く考えていませんでした。彼はただ、台湾にいる彼のガールフレンドに自分の気持ちを自分の声で、音声ファイルで届けたいと思っただけなのです。ネットワークのエキスパートだった彼にとって、インターネットを通じて無料で彼の言葉を音声で届けることのほうが、高い国際電話通話料を払うことよりも理に適っていました。
どうして誰もそれをやろうとしなかったのか? 他の人にはこのようなソフトウェアをつくることが出来なかったからです。彼がこれを元にスタートアップを始めることはありませんでしたが、大抵の場合、このようにして最高のスタートアップは生まれます。
不思議なことに、成功するスタートアップの創設者になりたいと思うのであれば、大学在学中にやるべきことは大学で開講する「起業家育成プログラム」に参加することではないのです。
「パワフルなもの」を学ぶのです。もしも皆さんが真の知的向上心を持っているのであれば、自然と「パワフルですごいもの」に惹かれていくはずです。「起業家精神」を語る上で最も大切なのは「どの分野でエキスパートとなるか」です。
ラリー・ページが「ラリー・ページ」であるのは、彼がサーチシステムのエキスパートだったからであり、彼がサーチのエキスパートとなった理由は彼がサーチシステムに夢中だったからです。
最初から成功したい! と下心から始めては成功しません。自分が夢中になれることをやる、ここから始めます。下心を出すのは後々まで取っておきましょう。学生の皆さんへの究極のアドバイスはとてもシンプル。「ひたすら学べ」です。