ダイバーシティは「対話」を経て価値となる

熊平美香氏:みなさま、こんにちは。今日は「自分を、組織を、未来を変える『対話』の底力~多様性を生かすために欠かせない対話の技術~」というテーマでお話しいたします。昭和女子大学キャリアカレッジ学院長を務めております熊平美香と申します。

「対話とは何か」を学んでいただくとともに、対話の基礎力についてもご説明させていただきます。対話をする力をパワーアップしたいなと思っていらっしゃる方は、ぜひ(対話力の)磨き方を学ぶ観点からもお話を聞いていただければと思います。

結局のところ、こういったものはやってみないと先に進まないものですので、みなさんにはまずやってみて慣れて、無意識にできるようになるまで、対話の底力を上げていただきたいと思います。

あらためまして私どもは、ダイバーシティの経営として、多様な人材がその潜在能力を開花させることでイノベーションを生み出し、価値創造につなげていくためにさまざまなことに取り組んでおります。

一方で、多様性の面ではかなり充実しているのに、「ダイバーシティの価値が、今一つ実感できないんだけれども、どうなんだろうか」「ダイバーシティをどう価値に変えていけばいいのか」など、みなさんからさまざまな疑問を投げかけられることが多いんです。

しかし、ダイバーシティはそこにあるだけでは価値にはなりません。ダイバーシティは、対話の力を借りて価値に変わっていくものなので、これまでとは違うスキルやマインドセットが必要になってきます。

今日のお話は多様性を価値に変えていくために、対話がどう役立つのかという観点からも、みなさまにとってお役に立つものとなるよう、お話させていただきたいと思います。

「対話」はコミュニケーション手段であり、学び方である

まず最初に、「対話」とは何かということですが、対話とは実はリフレクション(内省)とつながっています。先の本では『リフレクション』というタイトルで出版させていただいたんですが、自己内省をし、そして評価判断を保留にして、他者に共感する聞き方や話し方のことを「対話」といいます。

聞き方と話し方といってしまうと、コミュニケーション手段と思われがちです。もちろん対話はコミュニケーションの手段でもありますが、実は学び方でもあります。

お子さんがいらっしゃる方はご存知だと思うんですが、義務教育の新しい学習指導要領の改定により、授業で「主体的・対話的で深い学び」というものを実践していくことになりました。このような深い学びのためにはリフレクションと対話が必要で、対話もリフレクションも併せて「学ぶ力」と置き換えることができます。

特に対話については、評価判断を保留にすることによって、自分の枠の中にある世界だけではなく、多様な世界に共感し、自分の枠の外に出ることができるようになります。自分の枠の外にある世界からの学びを自分の中に取り込んでいくためには、対話的な学びが欠かせません。

対話を「コミュニケーションの手段」と小さく捉えるのではなくて、少し大きめに、「学ぶ力」も含めて捉えていただきたいと思います。

書籍『ダイアローグ』の中では、「対話というものは現状とありたい姿のギャップを埋める。そういった活動すべてに活かせる」と述べています。その活動(対話)は1人で行うものではなく、たくさんのメンバー、時には利害関係が一致しないメンバーと一緒に取り組むこともありますよね。そういった多様な人々と共にありたい姿を実現していくプロセスに、対話が必要であると考えています。

『ダイアローグ 価値を生み出す組織に変わる対話の技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

「共創するチームを作る」「多様性を価値に変える」「創造性を高める」「厄介な問題を解決する」この4つの力すべてに、対話は欠かせないのです。

「対話」と「ディベート」の違い

さて、なんとなく今、「対話は難しそうだな」と思われてるかもしれないんですが、対話とディベートとの違いから捉えてみましょう。ディベートでは、私たちは主張を変えません。自分の主張を通すことが大事ですから、相手が納得するために「私は主張の正当性を証明しなければならない」というマインドセットで、相手と対峙することになります。

一方対話では、主張は変わるものだと考えます。対話をすることによって主張を傾聴して、相互学習を行った結果、意見は変わっていくものであると。もちろん意見自体は変わらないこともあると思います。しかし意見が変わらなかったとしても相手の意見を聞いたことによって、何かしら自分の考えには変化が生まれているはずです。

「私はこう考えるけれども、世の中にはそういう別な考えがあるんだな」と知った上で、自分の考えになる。「それしかない」という世界観での自分の考えとは、まったく違うものになっているはずなんです。つまり、ディベートでは主張は変えない。しかし対話では主張は変わる。これが大きな違いです。

ところが多くの場合、会話においてもディベート的なスタンスで、人の話を聞いてる方もけっこう多いのかなと感じます。これからは「対話とはこういうものなんだ」というコンセンサス(合意)が生まれてくるといいなと思っております。

こちらは、対話を説明する上で4種類のコミュニケーションを表しています。一応、縦軸の下が「現状維持」、上が「想像・変化」、そして横軸の左が「一体」、右が「個々」という4象限になっております。

左の下からまいりますと、「一体」で「現状維持」。今私がやってることが、これなんですが、ダウンロードで、私が一方的にお話をしています。この段階では私の意見以外の意見はここに存在しないので、「現状維持」になります。私は意見を変えるチャンスがないまましゃべっています。

そして右のほうに行きますと、先ほどご説明いたしました「ディベート」になります。「現状維持」とは、「AさんかBさんかどちらかの意見になる」という意味で「現状維持」です。それ以上の発展はないと。そしてそれぞれが違う考えを持って発言をしているので、「個々」ということになります。

右上が「対話」です。「対話」は「個々」かつ「想像・変化」という枠組みになります。これはお互いに相手の話を聞き自分の考えを変えていく総合学習をとおして、考えに変化が生まれる、新しい何かが生まれるという可能性があるからです。

さらに本来私たちが目指したい「共創」が、左上の世界になります。ここは、対話がさらに進化した状態です。一つの目標に向かってみんなが話し合ってるけれども、それが誰の頭から生まれてきたアイデアなのか、誰も意識していないような状態です。

そのよう、共創を前に進める、共創力を高めるためには、まず対話力を磨いていただくことが大事です。ディベート的なコミュニケーションのスタイルでは、共創が起きることはまずありません。

従来みなさんが感じておられる対話とは少し違うものかもしれませんが、もう少し広く捉えて、対話には学習の効果があることをぜひご理解いただきたいと思います。

対話のための5つのスキルセット

対話を起こすためには、全員が対話の基礎力を持つ必要があると考えています。心理的安全性も一緒ですが、コミュニケーションをしているとき、そこに1人でも破壊者がいると一気にその場の空気を支配することになります。そうすると、対話も心理的安全性も破壊されてしまう。それを防ぐためにも、全員が対話の基礎力を持っていることが大事なのです。

先ほどのような相互学習、そして共創に発展するような対話を行っていただくために、対話を5つのスキルセットで表しております。この5つを実践することによって対話が可能になります。

これからこの5つについてご紹介したいと思います。まず簡単に「その5つが何か」を確認しておきます。まず1番最初が「メタ認知」です。これは自分の考えについて内省する「リフレクション」のことです。自分の考えがどこからやってきたのか、自分の内面をリフレクションし、俯瞰して理解することになります。

この「メタ認知」があることによって、初めて2番の「評価判断の保留」が可能になります。まずこの「メタ認知」をする力を高めることで、対話の力が高まっていくと考えます。

2番目は「評価判断の保留」です。これは自分と自分の意見を切り離して中立の立場で対話に臨むこと。おそらく誰もが一番難しいと感じていることだと思います。

そして3番目が「傾聴」です。相手の話を聞くときに、相手の考えだけではなくて、その背景まで理解して聞き取ることが「傾聴」です。

そして4番目。忘れられがちなのですが、「学習と変容」です。聞いて終わりではなくて、「傾聴」を通して得た新たなものの見方を自分のものにする。これが対話の醍醐味です。相互学習と言われている部分ですね。

そして5番目が「リアルタイム・リフレクション」。4対話のプロセスをしっかりと行うためには、今自分が何をやっているのか、今どういう状態なのかをメタ認知する必要があります。自分の言動と内面をメタ認知する。そのために「リアルタイム・リフレクション」の力が必要になってきます。

特に「評価判断の保留」は、無意識に忘れてしまうことがあります。感情が先に優先されることもあります。そういう自分に気づき、評価判断を保留にして自分と自分の意見を切り離す。これができると自分を制御できる。ここが対話の力とつながっていますので、リアルタイムに、リフレクションしていただくことが大事になります。

認知の4点セットを活用した「メタ認知」

ここからは1つずつ、その中身についてご説明したいと思います。まず「メタ認知」です。「メタ認知」は、「認知していることを認知していること」。認知とは、人間が何かを知る、理解する、学ぶといった過程のことです。それを客観視することができるのが「メタ認知」になります。

本の中でもご紹介しておりますが、「認知の4点セット」を活用すると、簡単に自分を、特に自分の内面をメタ認知することが可能になります。自分の「意見」、その意見の背景にある「経験」にひもづく「感情」。そして意見の背景にある大切にしている「価値観」。これは判断の尺度のようなものになります。

「価値観」はものの見方も含まれているので、少し広く捉えていただければと思います。「意見」「経験」「感情」「価値観」(の4点セットで)自分の意見の背景をしっかりとメタ認知することができると、自分の意見がどこからやってきたのかを簡単に分析することができます。

簡単な事例としてご紹介しているのは、犬の事例です。Aさんは犬が好き。背景としては犬を飼った経験があって、喜びや安心の感情がひもづいています。「犬は癒してくれる存在である」というものの見方を持っています。

Bさんは犬が苦手で、犬に噛まれてけがをした経験があって、「怖い」という感情が犬にひもづいています。ものの見方としては「犬は危険な存在である」と捉えている。

こんなふうに私たちの意見の背景には、必ず経験して知っていることがあり、その結果、判断の尺度となるものの見方、ないしは価値観を形成しています。実は私たちの思考は、その価値観や判断の尺度から意見を生み出すメカニズムで動いております。まずは自分の考えの背景を俯瞰することが対話の第一歩になります。

例えば、今日みなさんはお忙しい中、このセミナーにご参加いただいていますが、なぜ参加してくださってるんでしょうか。例えば、「対話力を高めたいと思ったから」という答えかもしれませんね。でも実はこれで終わってしまうと、対話にはならないということです。「うーん、そうなんだ」とそれ以上の深い対話にはなりません。

4点セットで話を聞くと、意見の裏にある「背景」がわかる

でも、この次にお示ししているとおり、具体的に4点セットで説明すると、「ああ、そうなんだ」と少しレベルが変わってくると思います。実際に見てみたいと思います。「対話力を高めたいと思ったから」という意見は変わらないんですけれども。

背景を聞いてみますと「職場の多様性が増す中で、コミュニケーションが難しいと感じることが増えたため、新しい手法をいろいろ試している最中。ここでも何か新しい手法を見つけることができるんじゃないかと思って参加しました」という話になっています。

(この事例の場合)「感情」としては、「コミュニケーションが難しい」と感じていて、それは嫌だと思っている。そしていろいろ新しい手法を試すとおもしろいという発見もあるようです。

「価値観」としては良好な人間関係を大事にしたい、楽しい職場でありたいと思っている。多様性が増しても良いコミュニケーションがとれる職場を作っていきたい。つまり「良い人間関係を作っていきたいと考えて、ここに参加しています」という答えになります。

このように4点セットで聞くと、「対話力を高めたいと思ったから」という話だけではなくて、その背景がわかります。(この事例の場合は)良い人間関係を作る上で、良い職場環境を作っていくために、ある意味対話が役に立つというものの見方を知ることもできます。

別な人は「創造性などを考えて、対話を活かしたい」と思っているかもしれませんし、いろいろな考え方があることを知ることができます。まず「意見」だけではなくて、「経験」「感情」「価値観」、意見の背景を理解することが大事です。まずは自分の意見の背景を理解し、自己の内面をメタ認知するところことがスタートになります。

この「メタ認知」ができて、初めて「評価判断の保留」ができるという話に移ってまいります。