異なる意見が出てくる時は「評価判断を保留」にする

熊平美香氏(以下、熊平):対話のポイントは、自己内省、先ほどから申し上げているように、4点セットで自己内省をし、評価判断を保留にして、相手の世界の4点セットを聴き取ることになります。

まず最初に自分の内面をメタ認知し、自分の考えを横に置いていただくことが必要です。先ほどのように「何でここにいるんですか」という話の場合は、ほぼ対立が起きないので、評価判断を保留にする、自分の考えを横に置くことはそれほど難しくりません。

けれども、異なる意見が出てくるような時には、自分の考えを横に置き、相手の「意見」の背景にある「経験」「感情」「価値観」を聴き取ることができるように、「評価判断を保留」にしていただくことが大事になります。

例えば、自分は長時間労働の削減に賛成なんですが、世の中に反対している人がいるらしいと思い、ちょっと違和感を感じているという事例を見てみたいと思います。

この方の場合は、長時間労働の削減に賛成しています。長時間労働が削減されると、夫も家事や子育てに参加しやすくなるからいいと考えています。夫の会社は長時間労働が当たり前で、平日の家事や子育てに協力してもらうことは難しく、今大変な状態。気持ちも残念、辛いと(感じている)。家事や子育てを夫婦で分担したり、ワークライフバランス、あるいは休息や健康維持のために、長時間労働の削減はとても良い取り組みだと思っています。

ところが、どうも反対してる人がいるらしいということなんですが、それをおかしいと考えるのではなくて、いったん評価判断を保留にして、相手の世界を聴き取ってみようというのが対話です。対話的なアプローチでは相手の世界、自分の知らない世界から学びます。

実際(反対の人に)話を聞いてみると、長時間労働の削減に反対なのは、20代でキャリアの土台となる実力をつけることが大事だと思っているからだとわかってきました。その方には、20代は時間を気にせずに仕事をしていて、その時の「経験」が今の自分を支えているという思いがあります。

「感情」としては、その経験から達成感や誇り、喜びを得ていることがわかります。「価値観」も先ほどの方とはまったく違ったものが出てまいりました。自己成長、自己研鑽、キャリアアップ、実力などが大事なので、長時間労働の削減にはあんまり賛成できないなと思っている。このような意見の違いには、必ずその背景に「経験」「感情」「価値観」があります。

なぜ意見は対立するのか

ここで少し整理してみたいと思います。まずなぜ意見は対立するのかという原理ですね。それを確認していただきたいと思います。意見が違う背景は「意見を形成する際に用いる判断基準が違う」ということです。もちろん経験の違いもあるのですが、最終的には意見の違いよりも価値観の違いですね。「判断基準に用いているものが何なのか」に注目すると、意見の背景がよく理解できます。

まず意見が対立するのは、この判断基準が違うからだということを押さえていただきたいと思います。では、なぜ人は反対意見を受け入れられないのか、受け入れにくいのかを確認しましょう。それは「意見」が「感情」にひもづいているからなんです。

例えば、「賛成だ」と言ってる人は、この長時間労働によって辛い経験をしていて、悲しい思いをしているので、長時間労働をなくしたいと考えています。そのため、この状態が変えない方がよいという意見には賛成できないということです。

また若い頃にがんばって長時間働いたことが成長につながったという人は、いい思い出ややりがいにひもづいた価値観を守りたいと考えます。だから、「やりがいや成長の機会につながる時間が奪われていくのは良くない」と思ってしまう。実は感情が、考え方を変えたり異なる意見を受け入れたりすることに抵抗を示す要因になっています。

だから、反対意見に出会った時には、まず「感情」のコントロール(をする)。「評価判断の保留」と言っておりますが、そのためには、感情をコントロールする必要があります。そして、なぜ人は意見を変えられないのかというと、やはりものの見方に対する執着ですね。自分が大切にしている判断の尺度を手放すわけにはいかない。「これが大事なんだ」と思うことを守り抜きたい。これが意見を変えることができない理由になります。

対話の醍醐味は「相手の世界に入るからこそ生まれる合意形成」

でも、もしお互いが評価判断を保留にして、相手の世界を聴き取って、相手の世界から学ぶ姿勢を持つとどうでしょうか。「私はワークライフバランスは大事だけれども、同時に成長も大事にしたいと考えている」とか。

成長が大事だからこの考えは受け入れられないと思っていたけれども、自分には経験のない子育て世代の働き方を聞いてみると、「なるほど、ワークライフバランスという我々の世代とは違う新しいニーズが存在するのか」ということがわかる。お互いがそれぞれのことを理解することが可能になります。対話による合意形成の世界では、この事例の場合「ワークライフバランスも、成長も共に実現する方法を考えよう」という話に発展していきます。

こんなふうに評価判断を保留にして、相手の世界に入るからこそ生まれる合意形成の世界。これが対話の醍醐味になります。対話においては感情をコントロールし、評価判断を保留にすることで、初めて自分の知らない世界が手に入るということになります。

もし、多様性のない世界で、評価判断を保留にする必要性のない場所にいるとしたら、それは別の意味で非常に危険な場所です。つまり新しい視点や考え方が何も入ってこていない。自分たちの枠の中でずっと暮らしていて、硬直化する可能性のある危険な状態だと思った方がよいです。

逆に、対話を実践し、評価判断を保留にしなければならない状態が多い方が、思考の柔軟性も高まり、新しい発想が生まれやすい環境です。しかし、それをストレスにしてしまうと、とてもつらいものになりますので、ストレスにしないために、この対話の基礎力である「評価判断の保留」をしなやかに行っていただくことがおすすめです。そして、多様な世界との出会いを、良い経験にしていただくことを期待したいと思います。

人の「意見」だけを聴いてわかった気になっている危険性

「メタ認知」「評価判断の保留」ができたら「傾聴」になります。先ほどの事例で「傾聴」まで含めておりますが、あらためて「傾聴」について解説します。「傾聴」で特に申し上げたいのは、多くの場合、私たちは相手の意見だけを聴いて、相手の意見を理解することに慣れ親しんでいますが、それは、実は危険であるということです。

人の意見を聞いて「理解をしている」と思っている時、私たちは自分の経験や価値観を当てはめて、相手の話を聞いて「理解した」と考えています。つまり自分の解釈を加えて理解をしています。しかし、相手の世界は同じとは限らないので、経験や価値観など相手の世界の背景を聴くことができると、自分とは違う相手の世界を知ることができます。

また、私たちが「この人の話はよくわからない。変なことを言う人だな」と違和感を覚えるような時、その違和感はその人の意見を理解するために必要な「経験」や「感情」「価値観」を、私は持ち合わせていないというサインです。

そういう時こそ「変なことを言う人だな」と思って終えたり、自分の解釈で終わりにするのではなく、「相手の世界を聞いてみよう。自分の知らない世界がそこにはあるはずだ」と考えて、4点セットで相手の世界を聞いてみることがおすすめです。

例えば、簡単な事例でご紹介させていただくと、「一番好きな食べ物は何ですか」と対話をしている時、相手が「カレー」と答えました。「そうだよね。カレーはおいしいよね」と言って、2人は意気投合しているんですが、実はどうでしょう。

2人が頭の中に思い描いているカレーは同じではない。こういったコミュニケーションを、私たちはあらゆる場所でやっている可能性があります。なぜなら私たちは意見だけを聴いて「わかった」という気になっているからです。

ダイバーシティが拡大する中で、この意見だけを聴きあうコミュニケーションは危険であると考えていただくと良いかと思います。ずっと同じ経験をしてきた人たちだけで、暮らせた時代はもう終わっているのです。「意見だけで相手を理解することはやめましょう」というのが「傾聴」でのご提案になります。

4点セットとご紹介しておりますが、さすがにいつも相手の感情を聴くわけにはいかないと思います。状況に合わせてで結構ですが、せめて2点セットで背景にある経験を理解することは必須だと思います。2点、3点、4点は使い分けていただき「意見だけを聴いて理解したと思うのはやめましょう」ということです。

「学習と変容」に進める3つの聴き方

では続いて「学習と変容」を説明します。「メタ認知」をして「評価判断を保留」にして「傾聴」したら、「学習と変容」のタイミングです。ここであらためて、聴き方について押さえておきたいと思います。「評価判断を保留」にして「傾聴」すると「学習と変容」に進めるはずなのですが、なぜか学習と変容に進めないという場面が多くて、その時に何が起きてるのかを確認したところ、1番(知識を得る)と2番(自分の解釈で理解する)の聴き方を行っている場合があるようです。

1番目の「知識を得る」という聴き方をする方も結構いらっしゃいます。これは学校のテスト勉強のように、「インプット=得た情報」でそれに何かを加えるということは一切しない。思考を加えない情報の取り方です。それが大事な場合もあると思いますが、対話におけるる「傾聴」はそうではありません。

そして2番目の「自分の解釈で理解する」というのは、先ほどご説明した聴き方です。す。対話では「傾聴」のあとに、3番目の「学習と変容に向かう」ことが大事です。「学習」には「想像」と「共感」が含まれます。

「相手のメンタルモデル」を聴くとは、相手の「意見」「経験」「感情」「価値観」を聴くことを意味しています。です。この部分を「メンタルモデル」の世界を想像する。「それってどんな世界なんだろう」と想像します。

さらに、共感のレベルになると相手の靴を履いてみる。「その世界にいる人になってみるとどうだろう」というところまで踏み込んでいきます。体験まではしないのですが、相手の世界を想像し、より主体的に感じ取れるレベルになるのが共感です。想像して共感する。

そこまで行くと、自分ごととして、相手の世界をイメージすることができるのでで、学びの質が変わります。その結果、新しいものの見方、視点が手に入るという学びが起きて、結果的に自己変容、自分の中に何か変化が起きる。特にものの見方において変化が起きることになります。

いい対話の経験は、最後に「学習と変容」がやってくる

いい対話の経験は、最後に「学習と変容」がやってくる。自分で自分に向き合って問いを立てないと、学習と変容の機会をスルーしてしまい「傾聴」で終わりになり、一番刈り取るべき部分を刈り取らずに、対話を終えていることになります。これはもったいないと思うんです。

「学習と変容」を忘れない。誰も「学習と変容が起きたのか」と問いかけてくれないので、忘れてしまう人が多いのですが、学習と変容を忘れないでください。

対話によって新しいものの見方が手に入るとはこんな図のイメージでしょうか。「before」は自分1人の考え。でもいろいろな方と話をすると、それぞれいろいろな経験やものの見方があって、同じことに対しても違う意見があるのは当然だなと思えるようになる。

そして、自分の知らない世界には、自分の知らないものの見方もあることがわかり、そこから「学習と変容」(が起こる)。このような対話を行えば、「変容」まで行くことが可能になると思います。そのためには、やはり「メタ認知」「評価判断の保留」、そして「傾聴」というステップも欠かせません。

そして最後に「リアルタイム・リフレクション」です。もうこれは言うまでもないことですが、この一連のプロセスの中で今自分がどこにいるのか。自分は「評価判断(の保留)」をしているか。あるいは自分は「変容」まで行っているのか。「学習と変容」を忘れていないか。

そういったことをリアルタイムで「メタ認知」する。無意識や無自覚でいろいろなことをやってしまいますので、そうならないためにリアルタイムでリフレクションできる、自分を俯瞰して、自分の対話の状況を把握できることが大事です。

『ダイアローグ 価値を生み出す組織に変わる対話の技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)