音楽で提供できることの限界を感じた転機

今井了介氏(以下、今井):私は音楽家として30年近くこの仕事をやらせていただいたので、自分でも潮流の変わり目にいたなという認識があります。

最初に自己紹介させていただいたとおり、なぜか今Gigiというフードテックの仕事をしている。「なんでやねん」と思うじゃないですか。

今飲食にまつわる予約やデリバリーサービスがたくさんあります。みなさん、スマホを使って、星がいくつとかお店の評価を見たり、いろいろなWebサービスを使っていると思います。こういうものを全体的にフードテックと呼んでいます。予約台帳もそうですね。

なぜ音楽家である私が、Gigiという食にまつわる仕事を始めたかと言うと、まさに先ほどちょっとお話ししました、3.11の東日本大震災がきっかけでした。

ちょうど昨日(3月11日)。家族を失った方もたくさんいらっしゃると思うんで、被災地のみなさまもすごく胸を痛めた日だと思いますが。この3.11以降2~3ヶ月は音楽家としても大変でした。

私たち音楽家に限らず、スポーツ選手やエンタメに関わるお笑いタレントさん、タレントさん、いろいろな方から同じような意見が出ましたが、僕も同じ想いでした。

それはなぜかと言うと、本当は自分が信じた音楽で被災地の人たちをなんとか元気づけてあげたい。アーティストと一緒に行って音楽を聴かせて、「がんばってね」と思うんですが、もう本当にダメージがすごすぎて、とてもそれどころではなかった。

やっぱり人間に本当に必要なのは衣食住。衣食住ファーストで、それが最低限満ち足りて初めて音楽で安らぎを得たり、スポーツで汗を流したりという段階に入る。

例えばさっきの『ベイビー・アイラブユー』のTEEを被災地に連れて行って、「『ベイビー・アイラブユー』をみんなに聴いてもらって、元気を出してもらおうよ」と行ったとしても。

目の前の人の困り事は「それはいいんですけど、お腹が空いているんです」だったりする。やっと食べ物が流通するようになっても、冷たいおむすびやサンドイッチが届くだけで、温かいものが食べたい。家が流されちゃって、住む場所がない、もしくは寒さを凌ぐための衣服が足りていない。車も津波で流されちゃって、移動手段がない。

今を生きることに非常に困窮されているのを目の前にした時に、エンタメや音楽はめちゃめちゃ力不足というか、無力感と言いましょうか。それをすごく突きつけられたのが、この3.11でした。

「食」で解決できる問題

今井:そこから12年が経ちましたが、いまだにすごく心を痛めている方がたくさんいらっしゃる。エンタメだけで、自分が信じてやってきた音楽だけでは救えない。危機的な時にはやっぱり衣食住。

食べることって、けっこうダイレクトに元気になるじゃない。例えば、寒かった体があったかくなる。お腹が満たされる。単純に自分が元気がない時には、衣服を変えるより、食べ物をちゃんと食べたほうがいいじゃないですか。やっぱり「食事はめちゃめちゃ大事だなぁ。人と食事を共にする機会は、本当に楽しいすてきな時間だな」と思ったんです。

「衣食住の中の食というジャンルで何か起業してみたい。3.11のような危機があった時に、そこに手を差し伸べられるようなプラットフォームを作ってみたい」と強く思うようになりました。

みなさん、明日ついにマスクも外れますよね。旅行もだんだん戻ってきました。海外の方もいっぱい来るだろうし、海外に行かれる方もより増えてくるかと思います。みなさんは実感があると思うんですけど、日本のご飯はめちゃめちゃおいしくないですか?

今はもしかしたら円安の影響もあるかもしれませんが、円安をさしひいても、こんなにうまいものをこの値段で食べられる国はそうそうないと思います。

今、食料自給率が激減している中で、各地方のおいしいふるさとの味や技術、食の文化を守りたい。ちなみにミシュラン店舗が世界で一番多いのは日本ですからね。

司会者:そうなんですね。

今井:こういった飲食産業がもっとちゃんと世界で評価されるといいなと思います。音楽でグローバル化を目指しても、K-POPに後れをとった20年だった。これから音楽ももちろんがんばりますが、無念な気持ちもあるので、食の産業で日本のバリューを海外の人にもっと長く知ってもらえる応援がしたいなと。

食で解決できる問題があると思うんです。例えばさっき言った3.11の時に、もし僕たちがいろいろな地元の飲食店とつながっていたら、そこにダイレクトに支援できたんじゃないか。

ちなみにウクライナの侵攻があった時に「Airbnbを使って地元の人たちに少しでもお金を送ろうよ」という動きがありましたが、自分がプラットフォームを持っていたらそんなこともできるじゃんと。

また今日本ではお子さまの貧困問題もけっこう深刻です。この話はあとで大きくフォーカスしますが、子どもの食の貧困。それから食文化の存続や働き方や経済の変化。みなさんも働く場所や働き方がすごく変わってきていると思います。

飲食店の手数料をゼロにした理由

今井:このように食で解決できる社会問題がいろいろあるということで、2018年にこのGigiをスタートしました。Gigiでは、飲食店のメニューを誰かにギフトできるプラットフォームを作りました。しかも飲食店の手数料ゼロは、けっこう珍しくて。

どことは言いませんが、みなさんがふだん使っている予約サイトや星をいくつか調べるサイトやデリバリーサービスを思い浮かべてみてください。自分がそのサービスの提供者に対して、手数料を払ったことはありますか?

司会者:ないですね。

今井:たぶん、ほぼみんなない。一部の有料ゾーンの人はあるかもしないけど、基本的には僕も同じです。無料ゾーンで、ほぼ使っている。これは、飲食店がその手数料を払ってくれているんです。飲食店は送客効果があるから払っているんですけど、ちょっと考えてみてください。

例えば、GOやS.RIDEなどのタクシーアプリで配車する時、僕たちはたぶん400円ぐらいでしたっけ。配車料を払うと思うんです。なんで払うかというと、自分がそのサービスを使って便利だったからですよね。サービスを使って便利だったのに、飲食サービスの手数料が無料で済むのはおかしくないですか? 

お中元・お歳暮を友だちに贈る時に、のし代や送料は手前どもで払いますよね。例えばサントリーさんのビールを贈ります。サントリーが「今井さん。サントリーを使ってくれてありがとう。のし代、送料とメッセージカードはこっちで持っておきますね!」とか、そんな都合のいいことは起きないわけです。

僕は音楽業界にいたから、逆に隣の産業を冷静に見ることができたのかなと思うんですが、なぜか飲食業界は飲食店舗からだけ手数料を取って、ユーザーからは課金しない。非常におもしろい、興味深いなと思いました。

自分たちのカルチャーなんだから食文化を応援しよう。タクシーを配車した時と同じような方法で、サービスを使った人が手数料を払うビジネスモデルにして、もっと飲食店を応援できたらいいなと、お食事をギフトできるサイトを作りました。

ローンチ後に直撃を受けたコロナ禍

今井:この「ごちめし」というサービスは2019年10月にスタートしました。この頃から、実はこども食堂の支援もスタートしていました。

2019年10月というと、みなさん「はっ」て思うかもしれません。僕らはそれまで1年かけて何千万円のお金もかけて、このWebサービスの開発をしたんですが、すぐコロナが来ちゃうんですね(笑)。

飲食店開拓や飲食店にご飯を食べに行くというレベルじゃないインシデント、ディザスター(災害)が起きてしまう。

そんな中「じゃあ飲食店を支援をしていこうじゃないか」と「さきめし」という活動をしたところ、グッドデザイン賞に入ったり、ACCでブロンズをいただいたり、『Forbes』に取り上げていただいたり、日本ギフト大賞をいただいたり、非常に大きな活動になりました。

先ほどの「働き方が変わったよ」というところでは、福利厚生サービスや食事補助のサービス、toBのギフトサービス、医療従事者の支援、先ほどの子ども食堂といったものの支援をやってきました。

この4年で流通総食数はなんと168万食を突破しました。いろいろな方にうちのサービスを使っていただいています。

便宜上「GOCHIプラットフォーム」と呼んでいますが、これで何をしているかというと……。うちのサイトでどなたかが飲食店のメニューをスマホで購入します。例えばスイーツで有名な飲食店のパンケーキを、アプリやWebの中で買って、お友だちの誕生日にLINEやメッセンジャー、SNSで送ってあげられるというサービスです。

個人から個人、AさんからBさんへ、飲食店のメニューをデジタルバウチャー化して送れます。送られた人は、もちろん飲食店ではただで召し上がれる。なぜならギフトサービスとして送った人が払っているからですね。

また「コロナ禍の飲食店を応援しよう」ということで、自分がひいきにしている、応援したい飲食店の食事を先払いで買い、「緊急事態宣言が明けたら食べに行くから、今ちょっとがんばってね」と飲食店を支援する活動もしました。

さっきの飲食店のデジタルチケットで、AさんからBさんに送れる話をしたかと思うんですが、例えばAさんが企業、Bさんが社員さんで、「近隣の飲食店でご飯を食べておいでよ」と福利厚生や社食などにもできる。僕らは社食のDXと呼んでいますけど。

さらには、お子さまの支援でこども食堂もプラットフォームやDX化できるんじゃないかと。

この「GOCHIプラットフォーム」は、食を通じて社会問題の解決につながるんじゃないかと考えて作ったサービスです。

送る人と送られる人の図式の応用

今井:AさんからBさん、送る人と送られる人がいるんですが、このサービスモデルはすべて共有です。例えば僕がBさんに「いつもありがとう」や「お誕生日おめでとうございます」という気持ちを伝えたい。遠くに離れていても、何かギフトしたいと思った時に、こうやって飲食店のメニューを買います。

僕が2,000円のパンケーキを買いました。そうすると、僕は2,200円払います。この200円が弊社Gigiの手数料として入る。飲食店の手数料はゼロなので、2,000円で提供していた食事に対し、飲食店にはきちんと2,000円が入る。さらにこのサービスによって、より利益率の高いお客さんの送客につながると。

送られた人は、お店に行って食事を提供していただく。もちろん僕が払い終わっているので「今井からごちられて来ました」とスマホの画面で消し込むと食事が提供される。すると、送られた人は送った人にありがとうみたいな(気持ちが生まれる)。

こんなサイクルで送る人、送られる人の図式が全部に応用できます。先ほどの「びずめし」という福利厚生も、企業が食事代の10パーセントのプラットフォーム手数料を払うことで、社員さんに提供されます。

「子どもに支援したいよ」と思った人が、10パーセントの手数料込みで払うことによって、9割方のお金が子どもたちの食事代になります。食事で解決できる社会問題は、けっこういっぱいあるんじゃないかなと思っています。

今ソーシャルギフト市場が流行っています。みなさんご存じのところだと、スタバのLINEギフトなどを使ったことがありますよね。ああいうのを今、ソーシャルギフト市場と言います。

こんなこと言ったらめっちゃ怒られるかもしれないですけど、例えばみなさん、プレゼントでコップやお皿、タオルをもらって「めっちゃうれしい! 助かった。なぜだかうちにコップがなかったのよ」ということは、このご時世もうなかなかないと思うんです。

物を増やしたくない、少なくてもいいから気に入ったものに囲まれて過ごしたいというミニマリストも多いご時世なので、物をちょうだいするのはありがたいんだけど、モノよりも「コト・体験」「おいしかった」という経験を送るのが今の流行。

そんな中で体験型のギフトは社会的なムーブメントになっています。さらにソーシャルギフトマーケットは2,500億円ぐらいと非常に広い。こういったところを僕らは狙っていこうと始めました。

あえて社食を置かないという企業の試み

今井:このサービスを始めてすぐコロナになっちゃったので、「飲食店支援に何かつながるといいね。この先払いでお食事をごちるぞ」という「さきめし」といったプロジェクトが始まりました。

これはサントリーさんからも1億円の協賛をいただいて、非常に大きな活動になりました。

「さきめし」の仕組みを使って、いろいろな地方自治体さんのプレミアム商品券事業をお手伝いすることにもなりました。自治体の職員さんは、GoToで集まってきた飲食店からの紙を集めて、「じゃあ、いくらでしたね」と集計するのがすごく大変だった。

ほぼどこに行っても、数字が合わないわけですよ。「枚数が合わないものはデジタル化しましょうよ」と60ぐらいの自治体さんに向けて、プレミアム商品券事業といったかたちでデジタルチケットを導入するお手伝いをするようになりました。

先ほどの福利厚生「びずめし」は、ニューノーマル時代の福利厚生と私たちは呼んでいます。サンフランシスコでは、今、新しいビルができた時に社食を作っちゃいけないという条例ができつつあります。

司会者:そうなんですね。

今井:例えば今ITなどいろいろな企業を誘致しているんですけど、そこに社食を作られたことで、近所の飲食店が閑古鳥になっちゃって。本当はその土地に対する経済効果を見込んで企業を誘致していたにも関わらず、地元の人たちが困ってしまうことが起きている。それだと本来狙った誘致ではないと、社食を作ることを禁じたり。

それこそ中野に引っ越したキリンさんは、わざと社食を作らないで、もっと地元に馴染んで溶け込んでいくようにしています。「キリンの者ですが」と地元の飲食店に食べに行き、もっと地元とつながる経済圏を作っていこうじゃないかと。つまり食事のあり方も変わってきています。

企業さんにこの「びずめし」の仕組みを導入していただくと、出社した社員は、企業の近くの飲食店でご飯を食べる。テレワーク中の社員さんは、スマホの位置情報から自分の今いる場所の近くの飲食店の中で、うちに登録されている店舗を探してご飯を食べることができる。全国どこにいても使えます。