締め切りが生み出す、創作活動のモチベーション

小禄卓也氏(以下、小禄):ありがとうございます。ではでは、次のテーマに移っていきましょうか。次は「創作活動とモチベーション」についてです。

漫画を描き続ける上で、モチベーションって絶対に上下すると思うんです。そして、モチベーションが下がったら、作品って描けなくなるんじゃないかなと思っています。そういった視点でお話伺えればと思います。

小沢高広氏(以下、小沢):モチベーションは上がるし下がるよね。

末次由紀氏(以下、末次):小沢さん、めっちゃ安定してそうです。

小沢:表に出さないだけで、意外に僕は上下していますよ。モチベーションがぜんぜんない時は、描いているフリして一日中座っているだけですね。

(会場笑)

末次:それも辛くないですか(笑)。苦しんでいる感じなんですかね?

小沢:いや、苦しんでいるというより……原稿用紙っていってもノートパソコンなんですけど、パソコンに向かいたくない感じですかね。

末次:なのに机に座っているの偉いですね。私なら遊びに行っちゃうわ。

小沢:ブラウザ立ち上げて、関係のない何かを見ている可能性はありますよね。Twitterとか。

結局は、これは本当に鶏と卵ですけど、締め切りがモチベーションを生むところもあるじゃないですか。やんなきゃという責任感もあるし。ちなみに僕、今日原稿上げてきたんですけど。

末次、小禄:おめでとうございます!

(一同拍手)

小沢:ありがとうございます。結局、締め切りがあるから、行動って決まっていくじゃないですか。そうするとなんとなくやる気にもなるし。

末次:締め切りは確かに大事ですよね。

小沢:でも1回だけ、原稿を渡した後に「ちょっとストップしてください、この原稿」と言ったことが『東京トイボックス』を描いている時にありました。

東京トイボックス(1) (バーズコミックス)

末次:迷いがあったというか。描き直したんですか?

小沢:迷いがあって書き直しました。このままだったら、それこそモチベーションが持たない。これを世に出したらモチベーションが持たないと思って、「止めて」と言いました。でも、ページが足りないということで、編集さんが「あと4ページ追加します!」と言ってきて。

末次:プラス4ページの原稿を土壇場でやり直す。すごいですね。

小沢:よくやりましたよね。編集部の皆さんにも対応していただいて。

外部に「モチベーションの理由になるもの」を作っていく

小禄:末次さんはどうですか?モチベーションについて。

末次:私の場合は、モチベーションと連載が下がっちゃったら、もう1回始めるのにものすごいエネルギーがいるなと思いますね。「出産を4回しても休まなかった人間が、ここで休まずにいつ休むのか」みたいな気持ちもあって、ちょっとくらい休んだっていいじゃないかって思うんですけど。なんかそうならないためのシステムを作ろうと思って。

小沢:おうおう。しばらく休む権利はあると思いますよ。これだけ漫画界に貢献しているんですし。

末次:う〜ん、でもそこでがんばらない自分が嫌だなと思って。基金(一般社団法人ちはやふる基金)を作ったのも、自分ががんばり続けるためにという気持ちがあって。これがある以上、私はがんばらないといけないじゃないかというような。

小禄、小沢:なるほど。

末次:外部にモチベーションの理由になるものを作っていく。そしたら、私、がんばるなって思ったので、そういう意味もあって作ったんですね。

小禄:モチベーションが落ちないように備えると。

末次:備える。なんとなく、連載がそのうち終わるような気がしてきたので、これを作っておかないといけないと思って。それこそ社会的要請を外部に作っておいたんですね。

小沢:なるほど。

末次:モチベーションの揺らぎがないもので、自分ができるものを作ろうと思ったら、競技かるたの支援に行き着いて。そういうのを作っておいたら、社会的意義みたいのが、自分の責任感になるだろうなと思ってみて。まぁ、なんでそう自分の首を締めるのか? とも思いますけれども。

作品が終わったあとの、次へのモチベーション

小禄:(笑)。逆に言うと、1回立ち止まったらもう動けなくなるんじゃないか、みたいな怖さはありますか?

末次:はい。ものすごくあります。1回止まった馬車は、もう1回走り出すのにものすごいエネルギーがいるから、ずっと走っていろと言われました。

小禄:マグロが止まったら死ぬみたいな(笑)。

小沢:ある漫画家さんが、宣言をして1年休んだんですよ。そしたら、元のペースに戻すのにさらに1年かかったと。

末次:ああ、辛いんですね。やはり最初は。

小沢:あと、出版業界に椅子がなくなっちゃって。いろんな自分が描いている雑誌にも。それも含めて怖い話は聞いたことがありますね。でもこれ、脅しみたいだ。あまり言わないほうがよかったかな。

末次:(笑)。

小禄:でも逆に言うと、うめさんとしては、2作品同時とかでやり続けてきていると思うんですけど。作品が終わった後の「次行くぞ〜!」みたいなモチベーションはどうですか?

小沢:僕も1年くらい休みたい願望があるんです。でも、それをすると動かなくなる感じは本当に目に見えているので、連載が終わる少し前に自分でコントロールする。次の企画を同時並行で進めるのはやっていますね。

末次:えらいですよね。やっている最中に仕込んでおくの大事ですよね。

小禄:先ほどの話で末次さんも話されてましたよね。

末次:そうですね。システムを作っておくみたいなところですかね。

小禄:なんかもう本当、アスリートですね。練習とか止めちゃうと、回復させるのに何倍以上も時間がかかるみたいな話もありますけど。

末次:でもたぶん、キツいの嫌なんだと思います。もう1回スピードを上げるために労力を使うよりは、惰性で走りたい。今の80キロを保ちたいみたいな感覚ですかね。

「作品終わったら、グッバイ」の危険性

小禄:めちゃくちゃおもしろいですね。そういう意味では、1つの作品にモチベーションを委ねちゃうとけっこう危ないなみたいな話にもなりますかね?

末次:そうですね。人気とかってわからないじゃないですか。

たぶん、ファンの方は作品を愛すんですね。作家の名前までちゃんとわかっている人って、そんなに多くないと思っているんです。作品の人気を作家にちょっとずつ移行できたら、幸せなんだろうなと思ってます。そういう努力もしていくといいんだろうなと思います。

小沢:うん、うん。わかります。それは。

末次:作品終わったら、グッバイになっちゃうから。

小禄:そうですね。本当に漫画が好きだったら、作品と作者さんってセットで覚えるもんね。

末次:でも、実はそれって濃い漫画好きなんですよ!

小禄:そうなんですよね。

小沢:だって、かわぐちかいじさんの『沈黙の艦隊』がすごく売れたじゃないですか。それこそ国会で話題になるくらい売れたわけですよ。でも、次の作品ってみなさん『ジパング』だと思っている人が多いと思うんですけど、違うんですよ。『COCORO〈心〉』という、レオナルド・ダ・ビンチを主人公にした漫画があって。それはもう終わっちゃったんですけど。

小禄:ええ! 知らなかったです。

小沢:あれだけ売れても、次が売れる保証はないんですよ。

末次:何でもかんでも売れるわけじゃない。

小禄:歴史が証明してるわけですね。内容が硬いやつを描いても……というところもありますよね。

小沢:硬くても当たるもんじゃないからね〜。

パーソナルな“人間としての作者”のファンになってもらうには

小禄:と考えると、作品のファンではなく、作者のほうにもちゃんと目を向けてもらうことが重要になると。

末次:それはやはり作家の努力も必要だと思います。作品だけ出していたらわからないですからね。作家がどんな人で、どんな努力をして生活して、生きている人間なのかというのを見せていく努力を、漫画家はあまりしてこなかったので。パーソナルな人間のファンになってもらいたいならば、見せていく必要があるなと思っています。

小禄:うめさんとか、昔からそういうお気持ちでやられていたのかなと思うんですけど、どんな感想を持たれてますか?

小沢:いや、ただ、どっちかというと性格が露出狂的なだけだからさ。

(一同笑)

小沢:しかも、そこを狙ってやってたわけじゃないと思うですよね。

結果的にパーソナリティが露出しているところもある一方で、数年に1冊くらい単行本出して、私生活も何も明かさないで食べていけるスタイルに憧れはしますね。

末次:それは一番の理想ですね。スターで天才ですね。

小沢:SNSで何も露出しない方っていらっしゃるじゃないですか。あれはあれで格好いい気はするんですけど、たぶん僕は寂しくなっちゃうのでやっちゃいますね。

末次:SNSで露出をしない漫画家さんたちは、何をモチベーションにしているんですかね。

小沢:ね!

末次:漫画が好きという思いだけで、やられているのかもしれない。

小沢:ただのプライベートでSNSやっていたりとかね。もしかしたらすごい嫌な粘着な絡み方をしてくる可能性もあるし。

末次:何でその嫌な想像するんですか(笑)。