石破茂氏が振り返る60年代
誰もが「今日より明日はよくなる」と思っていた時代に流行したもの

山本一太の直滑降ストリーム ゲスト:石破茂 前地方創生担当相 #1/7

自民党のトーク番組「CafeSta」内で公開されている、山本一太参議院議員による「直滑降ストリーム」シリーズ。今回のゲストは前地方創生担当大臣の石破茂氏。同年代だという2人が、日本の音楽史と社会を振り返りました。

同世代の2人が振り返る、日本の音楽史と社会

山本一太氏(以下、山本):(歌)真っ赤なリンゴを頬張る、ネイビーブルーのTシャツ、あいつはあいつは可愛い年下の男の子。

ということで、今週も「直滑降ストリーム」始めたいと思います。今日は、年下の男の子の代わりに、石破茂前地方創生担当大臣をお迎えいたしました。石破前大臣、ありがとうございます。

石破茂氏(以下、石破):どうも、お世話になります。

山本:今日は「石破さん」ということでよろしいでしょうか。

石破茂:どうぞ。

山本:はい、実は政治家としては大先輩なんですけど、同世代なので。

石破:歳変わらないじゃん。

山本:そうなんです、1歳しか違わないっていう。

石破:とてもそうは見えないでしょうが。

山本:1年、先輩ということなんですけど、なぜ最初にこの曲をお送りしたか。キャンディーズの最大のヒット曲である「年下の男の子」なんですけども。

今日は、もう石破前大臣はあちこちのメディアに出て政策を語り尽くしているので、覚えていらっしゃると思いますが、実はこの番組も2回出ていただいていて、最初、農水大臣の時、さらに地方創生担当大臣としても出ていただきました。

その時にもう次は歌とプラモデルの話だけにしたいという約束をしましたので、今日は歌とプラモデル中心に、石破、山本が同世代として振り返る日本の音楽史と社会、みたいな感じで今日はお送りをしていきたいと思います。

大臣がお生まれになったのは……「石破さん」でもいいですね?

石破:はい。

山本:石破さんが生まれたのは59年。

石破:57年だよ。

山本:そうだ、私が58年だから。

石破:そう、1年上だもの。

山本:1年上ということで、ほとんど同じ音楽を聴いて育ってきた。

石破:全く同じ音楽を聞いて育っていますね。

ビートルズ来日、東京五輪などさまざまあった60年代

山本:石破さんほどじゃないですけど、もちろん私もキャンディーズが好きなんです。

石破:いやいや、一太さんのほうが俺より知ってると思うよね。

山本:そんなことないです。石破さんより知っている人はいないんですが。そこで1年に実は3回ぐらい、2人だけで歌いに行って、もう何時間も歌うっていう関係なんですが。

石破:終わらないですね、あれね。

山本:もうずっと2人で歌を歌っているという。

石破:「お前この歌知ってるか」みたいなことで。

山本:そうなんです。だいたい、我々が私は石破さんが57年生まれで私が58年だから、小学校高学年ぐらいから、たぶん、歌謡曲に親しんでいくということで、1960年代ですね?

石破:そうですね。

山本:はい。そのあたりからちょっと振り返っていきたいと思いますが、よろしいですか?

60年代はいろいろなことがあって。例えば東京オリンピックがあったり、ビートルズが来日するとか、アポロ11号の月面着陸とか、いろいろあるわけなんですけども。

これはどういう時代だったかというと、まさに高度成長期だったんですけども、どんな小学校時代を過ごされたのでしょうか?

石破:よく学びよく遊びましたよ。

山本:なるほど。

石破:やたらめったらよく遊んだし、家が政治家やってたんで、「勉強できなきゃいけません」みたいな強迫感はありましたからね。それから、「田舎の小学校で一番でいなきゃいけません」なんてのは、めったに一番にはならなかったですけど、結構重圧でしたね。

けど、その代わり、海でもよく泳いだし、川でも泳いだし、山にも登ったし、本当に毎日毎日が楽しかったですね。

山本:60年代は、石破さん。本当に日本が輝いていた時代で高度成長期で、なにかみんな夢があって、こう見ているといろいろなことがあったんですけど、60年って我々が2歳とか3歳で、ジャイアント馬場とアントニオ猪木デビューとか書いてありますが、このなかでもっとも印象的なのってどれですか?

アポロ11号は私もテレビで見たのを覚えてますし、ちょっとビートルズの来日はうろ覚えですね。小学校2年生ぐらいだったですかね。東京オリンピックは親父に連れられて観に行ったんですけど。

石破:私は田舎の小学校2年生だった。聖火リレーというのは日本中走りましたよね。鳥取県庁に聖火リレーが到着するというので、私の学校、鳥取県庁の真ん前にあったので、動員されて日の丸の旗を一生懸命振ったのを覚えてますよ。

山本:なるほど。このあたりの、例えばケネディ大統領暗殺。これも小学校。

石破:私はこれ、小学校1年だった。だから、初の宇宙中継、初の衛星中継っていうのかな。一番最初のニュースがケネディ大統領暗殺で、「なんだかすごいことが起こったね」っていう、その衝撃は今でも覚えてますね。

「今日より明日はよくなる」とみんなが思っていた時代

山本:なるほど。この時代は石破さんから見ると、もちろん日本高度成長期で、みんななにか夢があって、なんかすごく元気だったんですけど、どんな時代だったですかね? 今振り返ると。

石破:「今日より明日はよくなるよね」「今年より来年はよくなるよね」とみんなが思っていた時代ですよね。だから、もちろん、交通戦争って言葉があった。そのころ1年に1万人だったかな、交通事故の死者が。交通戦争って言葉があった。あるいはその四日市ぜんそくとか、イタイイタイ病とか公害もあった。

山本:成長の歪みもね。

石破:歪みもあったけど、でも、貧しかったけど明るかった時代だったと思いますね。

山本:なるほど。さてそういう時代に流行っていた曲ね。今日はやっぱり洋楽じゃなくて邦楽に行きたいと思うんですけど、いいですか? ちょっと映してもらって。なにがヒットしていたか。これ60年代ね。いいですか?

石破:はい。

山本:だいたいこれがオリコンのヒット曲のランキングなんですけどね。

石破:よく作りましたね。

山本:もうちょっといってもらうと、このあたりはちょっと古い。まだ子供だな。もうちょっと後ろかな、だいたいこのあたりから物心付いてきた。

石破:この辺だ、この辺だ。

山本:感じですね。そうすると、やっぱりこの時代って、私は小学校低学年だったんですけど、グループサウンズの時代だった。

石破:グループサウンズは中学年じゃない。

山本:66年、7年。

石破:だから山本さんや私が小学校5、6年あたりじゃない。

山本:そうですよね。これが2年ぐらいものすごくブームになって、このへんからですよね。68年、見事に終わっちゃったっていう感じで。今日、ミュージシャンが来てるので。毎回この番組、シンガーソングライターが出て。例えばブルーシャトー。

石破:あったね。

山本:大ヒットしたんですけど、ちょっと触りだけいいかな? 「森と泉に囲まれて」みたいな。石破さんの歌はちょっと後でキャンディーズにトライしていただきますが、これどうですか? 覚えてらっしゃいますか? このグループサウンズブーム、見事に2年間で終わってしまったんですよね。

石破:そうでしたね。だからあの頃は、「グループサウンズは不良だ」とか言われて。もう今では信じられないような話だけど、NHKがいろんなクレームつけたり、あるいは視聴者からクレームがきたり、良き母の会みたいなものから文句が来たりですね。だから、その、「ああいうものに熱狂するのは不良のやることだ」みたいな。不思議な時代でしたね。

山本:これ確か、「学校でコンサートに行っちゃいけない」とか言われたんですよ。

石破:言われました。うちは田舎だからそんなのなかったけど。

「ジュリー、ショーケン、欽ちゃん」は社会現象に

山本:我々、小学校高学年ぐらいだけど、石破さんが好きだったグループってありますか。

石破:私はヴィレッジ・シンガーズって好きでしたね。

山本:ヴィレッジ・シンガーズ。

石破:ザ・ワイルドワンズも好きでしたね。

山本:ザ・ワイルドワンズ、「想い出の渚」ですね。

石破:そうそう。メジャーなのはザ・タイガース、ザ・テンプターズだったんですよ。女の子たちはそっちのほうにキャーとかって言ってたけど、私はワイルドワンズとかヴィレッジ・シンガーズとか好きでしたね。

山本:オックスは?

石破:オックスは失神しちゃったですからね。

山本:そうですね、愛ちゃんがね。これはちょっと、おじさん同士しかわからなくなっちゃいますけど。スパイダースというのもありますけどね。

石破:何年か前にね、東京ドームで、ザ・タイガース再結成の1回だけのコンサートあったんですよ。私ちょっとご縁があって行ったんですね。これはすごかったね。行った?

山本:行きませんでした。

石破:そうか、もう東京ドーム一杯。年代から言うと50代から60代、往年の女子中学生というのかな。

山本:でも今、みなさん60代ですよね。

石破:60代ですよ。それがね、もうとにかく東京ドーム一杯。「キャー」とか「ジュリー」とか言って、すごいなと思いましたね。

山本:あのころ、ジュリーは1つ社会現象で、「ジュリー、ショーケン、欽ちゃん」という言葉を使って、だから吉田拓郎のフォークソングにあるくらいで、これは一種の社会現象でしたね。

石破:社会現象でしたね。ああいう場面に遭遇すると、みんなあっという間に40年ぐらいワープしちゃうのね。50年ワープするかもしれない。

「月の石」を見るのがステータスだった

山本:そのコンサート行けなくて残念だったんですが、そこで、時間の関係もあるんで、まだもう少しいろいろ振り返らないといけないので。

貧しくても、みんなが夢があって明日はもうちょっとよくなるさと思った60年代が終わって、70年に入る。

だいたい、俺の青春時代になっていくわけですよね。70年代、なにがあったかというと、万博があって。

石破:行ったね。

山本:万博行きました。中学生ですか。

石破:中学2年だ。

山本:私も行ったんです。万博でなにが一番印象に残っていますか。アメリカ館ですか。

石破:いや、やっぱり私はね、アメリカ館とか日本館とか月の石も見ましたよ。だけどね、意外と民間企業が出しているパビリオンが面白かったですよね。

東芝とか日立とか、ああいうのが出している、三洋館ってのがあってね。今無くなっちゃったけど三洋電機。あれは人間洗濯機とかね。おもしろいものがあったんですよ。それに入ると勝手に機械が洗濯してくれる。だから、あれって1970年でしたよね。

「21世紀はきっとこんなになってるよ」というののオンパレードみたいで。日本の電機メーカーが出してるパビリオンはおもしろかったですね。

山本:三洋館って確か私も行ったんですけど、4時間ぐらい並んだんですよね。

石破:並んだ並んだ。

山本:それからアメリカ館ってのがあって、月の石が見られるとか言って6時間並んだんですよ。意味ないでしょう、万博に行って6時間も時間を使ったら。

石破:でも月の石見たってのはステータスだったもんね。

山本:みんなが月の石を見に行ったんですよね。

石破:見に行きましたね。

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