21世紀は「先が見えない」ことが課題に

司会者:続いては、早稲田大学商学部 准教授 村瀬俊朗さんによる基調講演です。セッションタイトルは「イノベーションの源泉〜革新的な組織はなぜ心理的安全性を重視するのか〜」です。それではどうぞお入りください。ようこそお越しくださいました。よろしくお願いいたします。

村瀬俊朗氏(以下、村瀬):よろしくお願いします。

司会者:ではさっそく、よろしくお願いいたします。

村瀬:みなさまこんにちは。早稲田大学の村瀬と申します。本日は「イノベーションと心理的安全性」についてお話しします。21世紀のビジネス環境や市場の特徴を考えると、「先が見えない」ということが大きな課題になると思います。

みなさんがいろいろ考えてみても、今後どうなっていくのかなかなかわからないところがあると思います。ここに(いろいろな課題を)一覧にしてみました。「どうタレント(社員)を採っていくのか」「どんどんシェアが小さくなっていく」など、いろいろ悩みもあり、先が見えない要素がたくさんあります。

2017年頃に行ったアンケートによると、約半数の企業が「10年後を見越して、今後ビジネスモデルを大きく変化させないといけない」と考えているということです。

先が読めない中、成長し、市場で活躍するには、計画だけでスケーリングを進めるわけにはいかないんですね。我々が考えなければいけないのは、「どうこの不確かさに対応していくか」なんです。

Amazon創業者の「挑戦」に対する言葉

村瀬:Amazonの創業者の数年前の言葉に「挑戦するということを考えていかなければならない」というものがあります。彼らの場合「挑戦」とは新しい開発をどんどん行っていくことですが、この場合、それだけでは難しいんですね。

「新しいことをやるには、どうやるのが正解であるか」「作ったものが市場で受け入れられるかどうか」などは予測がつかないので、失敗した時にどう対応するのかが大切です。

彼は言っていました。「失敗をほとんどの企業が重要視しているが、その苦しみから逃れてしまう傾向がある。だから『開発をしよう』『挑戦をしよう』という割には、失敗をなかなか受け入れられない傾向がある」と。

「新しいことをする」「新しい発想を作る」ことの難しさの1つに、「組み合わせ」があると思います。いろんな要素や情報を組み合わせて、それが新しければ「ああ、新しい発想だね」ということになります。だから「我々の周りの膨大な情報と要素をどう組み合わせるのか」ということを考えていかなければなりません。

新幹線の事例から学ぶ「組み合わせ」の重要性

村瀬:例えば、新幹線は規制の中でがんじがらめになりながらも、鉄の塊が超高速で街中を走っていくことを(実現しました)。1980年代までは、新幹線のエンジニアたちの課題は「騒音をどうやって少なくしていくか」だったんですね。

この時、新幹線はスピードを上げること自体はできていました。ただ、新幹線が走る場所は街中が多いと。そうなると、スピードが速くても騒音が出てしまうのならば、規制の壁が出てくる。だから、「騒音を削りながらスピードを上げる」という、まさに曲芸師のようなことをやらないといけなかった。

なぜ騒音が生まれるかというと、新幹線は車内に電気を引っ張っていて、室内で乗客はその電気をエンジョイする。上に有刺鉄線のようなものがあり、そこに電気が流れていて、(スライド左のような)ひげ状の構造をしたものが鉄線に触れることによって電気を車内に引っ張っています。その時に、ノイズが発生してしまうんですね。

エンジニアの人たちは、このノイズを削るためにいろいろ考えて、最終的にはフクロウの羽根の先端部分に着目したそうです。フクロウは鷹のような猛禽類と違って、飛ぶ時にばさばさ音を立てないんです。超高速で下降して獲物を捕って、また戻っていく時にほとんど音を出さないそうです。

フクロウの羽根の先端部分はギザギザのノコギリ状で、これが騒音を削っていることに着目しました。これを応用して新しい構造に変えて、(騒音が)30パーセントカットできたということです。我々の周りにはいろんな情報があって、その情報や考え方の組み合わせが非常に重要になります。

2つの軸で考える「メガヒットの仕組み」

村瀬:我々はやはり「失敗したくない」と考えます。この組み合わせ方がひどければ失敗するし、組み合わせ方によっては、市場にいい反応があって大ヒットになる構造があります。

ここで、メガヒットの仕組みをみなさんに紹介したいと思います。(スライドの図の)横軸は「専門性の多様性」ですね。左にいけばいくほど、専門性が低くなる。そうなってくると、似たような人たち、似たような考え、似たような価値、似たような情報を持っている人たちが会議をすることになる。

「こういうのはどうだ」「ああいうのはどうだ」「こう組み合わせたらどうだ」と(話し合っても)やはり組み合わせのパターンはどうしても少なくなる。組み合わせ方も、なんとなくなじみのある情報と情報を組み合わせてしまう。

この図の左側の縦軸が上にいくほどメガヒット、下にいくほど大失敗なんですね。問題なのは、似たような人が作業して、慣れ親しんだ情報で、ありきたりの組み合わせを模索していてもだいたい80点は取れるんです。でも120点とか200点は取れない。同時に、30点とか20点になるわけでもないんです。

右側のようにいろんな人が所属する組織になってくると、いろんな情報や要素を持っている人たちがいるので、組み合わせ方の幅も増えてきます。そうなると、よく知らない組み合わせ方も作り出すことができるんですね。

「失敗するな」と不安を煽ると、「すごい発想」は生まれない

村瀬:組み合わせが新しくなってくると、どれが正解かわからないですよね。だから市場がどう反応するのか予測できない。いろんな組み合わせの幅を作っていくと、たまたまそれがメガヒットになる可能性もあるし、大失敗をしてしまう場合もある。

ただ、「すごいことをやる」「新しい発想をする」「新しい挑戦をする」という時には、「幅を作る」ことがとても大切です。

だから「失敗をするな」とか、不安を煽るような管理方法(の下)では、「似たような発想」「どこかで見たような組み合わせ」しか出てこない。「まあちょっとは変わっているけど、どこかで見たよね」という発想になってくるんです。

しかし不安を煽られているので、調整することもできない。「失敗することができない」という状態では、すごい発想もなかなか出てこない。この構造を、みなさんに理解してもらいたいと思います。

専門性が高くかつ多様性があるチームは、大失敗をうまく抑えられる

村瀬:これをどう乗り越えていくか。1つは、チームワークをうまく使っていくことです。チームワークがなぜ重要かというと、メンバーの持っている情報がより多様になればなるほど、いろんな発想を作ることができるからです。つまり組み合わせが増えるんですね。

もう1つは、メンバーの専門性を高めること。専門家は、組み合わせに関して大ヒットするかどうかはわからなくても、「これはうまくいかないんじゃないか」ということはけっこうわかるんです。

(つまり)専門性が高く、かつ多様性があるチームでは、大失敗をうまく抑えることができる。その上で、ヒットのパターンを模索する力も獲得できるので、チームワークが大きな装置となり得ます。

「考え方」は、固定化してしまいがちなんですね。どんなにワイルドな発想ができる人でも、長年いろんな作業を行う中で「勝ちパターン」を身に付けて、考え方や発想が固定化してしまう。

ここで記憶の構造を紹介します。我々は情報をなんでもかんでも頭にためておくわけではなく、ある程度類似性の高い情報をカテゴリーごとに頭の中にしまっておくんですね。

いろいろ考えようとする時に、例えば「A」という要素からスタートすると、「A’」とか「A1」「A2」という情報の探索、頭の中の探索になります。いきなり「Z」に飛ぶことは、なかなか難しいんですね。

やはり1人の人間がいろんな発想をすることはなかなか難しい。かつ似たような人をチームに引っ張ってきても、新しい組み合わせはできない。そう考えると、どうしても組織の中に、あるいは発想を担当するチームの中に「多様性」を育まなければいけない。人間のメモリー構造を考えても、その点は重要だろうということです。

多様な人が増えれば増えるほど「連携」にはマイナス効果

村瀬:でも、チームや組織の中に多様性を作ったら、すぐに創造性やイノベーションにつながるかというと、そうではないのが悩ましいんですよね。組織の中に多様な人たちを取り込めば、いろんな考えをどんどん組み合わせて新しい発想ができるというわけではないんです。

我々は異質な人と連携するのが苦手なんですよね。自分と似ている人、価値観が似ている人、似たような情報を持っている人とのほうが連携は楽ですよね。そうすると、多様な人がチーム内に増えれば増えるほど、連携という意味ではマイナスの効果が起きてしまうのがデフォルトのルートです。これを理解していただきたいと思います。

「チームに多様性を作りました。はい、終わり」ではないんです。我々はがんばってチーム・組織の中に、多様な意見や発想がきちんと出てくるような雰囲気やチームワークを作っていかなければならない。(それをしないと)結局、連携が大変で創造性やイノベーションが生まれないまま終わってしまう。この部分はとても大切です。

この前提があって、近年では「心理的安全性が重要なのではないか」という文脈が生まれています。

イノベーティブなチームが持つ「心理的安全性」

村瀬:多くの方が、心理的安全性についてはもう十分理解していると思いますが、おさらい的に紹介します。心理的安全性の概念は、20年くらい前にエドモンドソン教授が発見しました。学習する上でも、失敗から学ぶという点でも、チームワークにおける非常に重要な概念が「心理的安全性」であると発見したんですね。

その後しばらくして、みなさんの大好きなGoogleが「プロジェクト・アリストテレス」というものを立ち上げ、「イノベーティブなチームというのはどんな要素を持っているのか」ということを(調査)しました。

「リーダーの行動」「メンバーの性格」「チーム内の文化やプロセス」など、いろんなチームの特徴やデータを集めてみたら、創造性に関連するデータは5つしかないことがわかりました。この中で、特に重要なのが「心理的安全性」だったんですね。

では「心理的安全性」とは何なのか。先ほど言ったように、いろんな人がいて、いろんな発想をしないと幅広い組み合わせはできません。

ただ、我々はいろんな意見を考えなしに言えるわけではないですよね。「こんなことを言ったら怒られるんじゃないか?」「ばかにされないかな?」などいろいろ考えてしまう。こうした時に、「『いろいろ言っても大丈夫だろう』という感覚が、所属している多くのメンバーに共有されている雰囲気」のことを「心理的安全性」と呼んでいます。

個人的に「大丈夫」と感じているのではなく、そこに所属するメンバーたちがこの感覚を共有している状態ですね。いろんな人たちがいろんな意見を言って、チーム内で議論が活性し、幅広い組み合わせを探索し、それがいいかどうか精査できる。この心理的安全性が、多様性の高い組織においては、非常に重要だと考えられています。

創造的すぎるアイデアが受け入れられない理由

村瀬:とはいえ、心理的安全性があれば、意見すべてが議論の中に反映されるかというと、そうではありません。やっぱり情報の価値(が大切です)。

情報を提供された時に、それに価値があるかどうかを感じなければなりません。突拍子もない意見や情報が出されたとしても、すぐにその価値を理解できるわけではないと。

我々はその情報単体ではなく、それが生まれた前提やコンテクストのセットの中に価値を感じるんですね。このセットを越えて、情報だけを持ってきて「とある組織では、こういうことをやっているらしいから、これは重要だと思いますがいかがですか?」と言われても、その情報から価値を感じることは難しい。なので、相手が価値を見出してくれるような情報の伝え方も、併せて考えなければなりません。

例えば、簡単な心理的な実験です。真ん中のものは、相当ひねくれていなければ「13」だと解釈すると思います。同時に、こちらだと(同じ文字でも、AとCの間にあるので)普通は「B」という解釈になりますよね。

つまり、真ん中にある要素の解釈は、「その前提となる、(あるいは)それを包んでいる状況やコンテクストとセットで判断する」ということです。このセットを超えて情報を単体で提示されても、なかなか胸に刺さらない。人間は、こういう感じ方をするんです。つまり、我々はアイデアの価値がなかなかわからないんですね。

「創造的なことをやろうよ」とか「新しいことをやろうよ」とよく言いますが、それに関しておもしろい研究があります。組織の中で受け入れられるアイデアとは「みんなが知っているアイデア」なんですね。

創造的になりすぎて真新しいものになると、自分たちが持っている情報との関連性が薄くなります。だから我々は、そういう情報を拒絶する性質があるんです。

人間「なじみがないもの」の価値はわからない

村瀬:例えば(スライド)右側の製品(iPhone)は、多くの方が知っていると思います。しかし最初に世に出てきた時、メディアでは多くの専門家や有名なプロ経営者の人たちが「この製品は流行らない」と言っていました。

(一方)左側の(絵画)を見て、「これに価値はありますか?」と聞かれると、多くの人が「よくわからない」と答えると思います。でも「これは過去100年ぐらいずっと取引されていて、最初は1,000万円で、1億円、10億円、100億円、200億円にまで(価値が上がっているんですよ)」と言われると、「よくわからないけど、なんか重要なんだな」とみなさん感じると思います。

我々は「なじみがある」「見ていると心地いい」「聞いていると心地いい」ということを、物事の良し悪しの判断材料としていると言えます。情報の要素や内容を適切に評価しているのではないんですね。

例えば、みなさんがスーパーに行って左(コカ・コーラ)と右(JARRITOS(ハリトス))のどちらの商品を買うかというと、多くの方が左だと思います。メキシコで同じ実験をすると、右が相当増えてくる。なぜなら、右の商品はメキシコでは非常に有名だからです。

みなさんはスーパーで、一つひとつの商品の質をチェックしているわけではなく、「どこかで見たことがある」「なじみがある」ということで判断しているんです。つまり、我々は良し悪しを「アイデアそのもの」ではなく「なじみのある・なし」で考えてる。なじみがないものの価値がわからないからです。

新しい情報を提案する時ほど「伝え方」が重要に

村瀬:脳は「聞いたことがある」「見たことがある」ものに対して心地よく感じます。本当の良し悪しではなく、「心地いいものは良いものに違いない」というポジティブな反応が起きて、身近なものを選んでしまう。我々は多くの情報や商品、物体や要素の価値をこのように判断しています。

だから「心理的安全性を高めましょう」「いろいろ情報を共有してね」と言って、いろんな情報を共有してもなかなか刺さらないんですね。

例えば、スチームエンジンが生まれた時に、これをビジネス化したのがジェームズ・ワットという人です。まだスチームエンジンが世に出ていない中でビジネス化をするわけだから、みんなの胸に刺さるように情報提供する必要がありました。

つまり、製品を作るだけではなく「製品を理解してもらう言葉」まで同時に発明しないといけなかった。これが「馬力」という言葉なんですね。この当時は動物を使って、または人間そのものがいろんなことをやっていたので「『スチームエンジン』がいろいろやりますよ」とか「すごい力ですよ」と言ってもピンと来ないんですね。

(そこで)「馬10頭分の力がありますよ」という伝え方をすれば、「なるほどね」と理解してもらえた。当時は発掘がさかんに行われた時代で、山を掘ると水が出てきました。これまで人力でこの水を排出しなくてはいけなかったのを、「馬10頭分の力を持った機械がやってくれる」と伝えればわかりやすかったんですね。

新しい情報を提案する時、「受け手側がどう感じ取るか」ということを考えながら伝えないといけないんです。(やみくもに)いろんな情報を提案してみても、組み合わせのプロセスの中に反映されないで終わってしまう。だから相手のことを理解することがすごく重要なんです。

「情報」が重要なアメリカ軍で起きた、連携の課題

村瀬:アメリカ軍にはいろんな部隊がいて、その連携(の仕方が)プロジェクトレベルでの成功に影響するそうです。例えば今、いろいろ悲しい出来事が起きていますが、情報を正しく理解して戦局を把握しないといけない。そして次に何をしたらいいのか、集めた情報を分析して組み合わせ、理解するというプロセスに落とし込んでいく。ただ、情報を集めるのは現場の人たち、上の人たちなんですね。現場でいろんなことを実行して情報を集めてくる。

そこで終わりではないんですね。情報単体ではなく、「その情報を集めた時の状況はどうだったのか」「どういうことが起こっていたのか」「それが自分たちにどういう意味があるのか」などを含めて、下の分析官たちに伝えないといけない。分析官たちは、(単体の)情報を渡されても理解できない場合もあるからです。

また現場の人たちは、現場での作業がタスクでありゴールなので、それ(情報を集めてくること)を遂行した後は「なんで情報をいちいち現場を知らないやつらに提供しないといけないの?」となってしまう。そうすると、実際の現場での状況を正確に理解することが難しくなるんですね。

彼らがやるべきだったのは、「いろんな人が入ってきた時に、それぞれがお互いの考えを理解し、信頼できる組織の構造を作ること」でした。

お互いの理解を育む組織構造の構築

村瀬:(アメリカの元陸軍大将、スタンリー・)マッククリスタルはこのことについて悩み、情報の共有化を図りました。部隊が違うと、「俺ら」「あいつら」となってしまうことがある。身近なところでは、「営業」と「マーケティング」と「エンジニア」と「営業」では、本来同じ組織なのに「俺ら」「あいつら」と考えてしまいがちですよね。

こう考えると「あいつらのことは信頼できない」という発想になってしまう。なので、マッククリスタルは、重要な情報会議にいろんな部隊に参加してもらって、情報がタコ壷化しないようにしたんですね。

もう1つは、(互いを)信頼させるために、それぞれの組織のエース級の人たちを交互に異動させた。それで、お互いが「何をやっているのか」「どういうことをゴールにしているのか」「どういう作業が重要なのか」「何を考えているのか」ということを理解できるようにしました。

こうして(彼は)、チーム・組織の一体化を図り、情報を届ける重要性や伝え方を(説き)、お互いの理解を育む組織構造を作っていきました。