サイボウズは「チームワークを提供する会社」になる

大槻幸夫氏:「イノベーター理論」における一般層の人に大事なことって、信頼感だなと思っています。

サイボウズにとっての信頼感は何かというと、私は4つあると思っています。それは「機能・評判・デザイン・ストーリー」です。

機能とか評判というのは、グループウェアのシェアナンバー1を取っていましたので、大丈夫かなと思ってました。続いてデザインですね。ボウズマンがいたり、企業ロゴもちょっとダサい感じになってきていました。

これがどんどんどんどんアップデートして、イケてる感じのデザインになってきて、これも大丈夫そうだなと。

足らなかったのはストーリーなんですね。「なぜサイボウズはグループウェアを提供しているんですか?」というお客さんの無言の問いに、あのボウズマンはなにも答えていなかったんです。一般層の人たちはその製品よりも、「それを提供しているあなたたちって、そもそも信頼できるんですか?」と値踏みしているんですよね。その情報をぜんぜん伝えてなかったということなんです。

「サイボウズにストーリーはあるのか?」と。ここもちょっと端折りますが、28パーセントだった離職率が、副業を解禁したり、100人100とおりの働き方が実現できて、子連れ出社もできるし、リモートワークもできる。育休も6年取れるみたいな、いろんな施策を10年以上かけて取り組んできて、離職率は4パーセントになりました。このストーリーを伝えるのはぜんぜんアリだよねと。

グループウェアメーカーだったんですけれども、私たちはツールを作っている会社というところから、「お客様に届けているバリューは何だ?」というのを再定義しました。つまり「チームワークを提供する会社なんだ」と考えました。

先ほどの「イノベーター理論」の先端層はスペック重視でいいんだけれども、一般層はバリューだよねというところにつながる話です。

自分たちのストーリーを正しく伝えるための「編集力」

なので先ほどの「なぜグループウェアを提供しているのかという質問に対しても、「チームワーク向上を通じて、よりよい社会を実現するために組織のワークスタイル変革をサポートしたい。だからグループウェアを提供しているんですよ」と答えられるなと思ったんです。

でも、みなさんがそういったことに興味があるわけではないので、そのまま伝えようとしても伝わらないんですね。いきなり「サイボウズの人事制度を紹介します」と言われても、「いや、どうでもいいよ」となっちゃう。

だったら、自分たちのストーリーに、見ている人にとっての価値を乗せて伝える編集力が必要なんじゃないかなと考えたんです。サイボウズに編集部を作ることで、社会的課題に取り組む企業というストーリーを知ってもらう。

単にサイボウズという名前を知ってもらうのでは意味がなくて、ストーリーで知ってもらうということで、2012年5月14日にオウンドメディアの『サイボウズ式』をスタートし、チャレンジしてきたというかたちです。

続いてコンセプトです。ターゲットはビジネスパーソン。先ほど言ったように「ユーザーの高齢化」という問題があったので、できるだけ若手の方にサイボウズのチームワークというバリューを知ってもらおうと取り組んできました。

お金もないし、成功するかもわからないので、最初はやっぱり小さく始める。3人いましたけど全員兼務で、無料のWordPressを使って作った感じですね。ただ記事のクオリティを上げたいので、ライティングと写真撮影はプロにお願いしました。社内で持ち回りでやると、仕事の二の次になってたぶん続かなくなっちゃうんですよね(笑)。ここだけは予算をいただいてやってました。

広告無しで160万回以上再生された、働くママを応援する動画の公開

これがいい感じに成長してきたので、編集という概念をオウンドメディア以外にも拡大していこうということで取り組んだのが、2014年12月に始めた働くママを応援するムービーです。

これを見ていただければと思います。

※公開時は実写。現在は公開を終了しているため、イラストアニメ版の動画を掲載しています。

こんなムービーを作りまして、2014年にテレビとネットで公開しました。製品の話はまったく入っていなくて、サイボウズの企業ミッションや、どういったところでどういった社会を作りたいと思って活動しているのかを伝えるようなムービーだったんです。

これで何が起きたかというと、YouTube広告をぜんぜん入れなかったにも関わらず160万回突破の再生数になりました。企業PRだったんですけれども、これはニュースになるなと。当時はまだ働き方改革なんてそれほど言われてないし、働くママにスポットを当てるなんてことはなかった。

でも社長の青野が「今1番大変なのは働くママだから」ということで作ったムービーが、社会問題になって、テレビ番組で全2分46秒をノーカットでこぞって流していただいたりしました。

いろんな賞を受賞しまして、ニューヨーク・フェスティバルのブロンズなんかもいただいたりしました。

それでちょっと調子に乗りまして(笑)。一昨年はまた「働き方改革が進んできたけど、現場に無茶振りだよね」ということで、『紙兎ロペ』のアニメーターの内山さんにお願いして、ちょっとふざけた感じのシュールなアニメを作って流してみたりしました。

これもACCのグランプリをいただいたりしています。

こんなことを、サイボウズは外向けのコミュニケーションとしてずっとこだわってやってきました。

ビジョンの浸透から採用ツールまで、幅広い価値を生む「サイボウズ式」

じゃあ、外向けなのはいいけども、社内にどんな効果があったのかというところです。

社長の青野が「これからはチームワークだ!」と言い始めたのが2008年なんですが、まったく浸透しませんでした。上から言われるとなかなか聞き入れたくないんですね(笑)。「これからはチームワークだ!」と言っても、「いや、社長は何を言ってんだ?」「『チームワーク』でグループウェアなんて売れないでしょ」という冷ややかな現場の目線だったんです。

それが『サイボウズ式』などを通じて、社長が講演する記事が何千件もいいねがついて、何万ページビューも読まれるという定量的なデータが出てくると、「うちの社長って、いいこと言ってるんだな」となるんですね(笑)。1回外を通らせると、そこに客観性がついて、社員に対してビジョンがより浸透するという効果がありました。

ぜんぜん意図してなかったんですけれども、これはすごく大きな効果でした。これによってサイボウズ社員が「うちはチームワークを高める会社なんだ」という意識をみんなが持って、一丸となって働くための下支えになったんじゃないかなと思っています。

もちろん紙の社内報とかもトライしました。『サイボウズ式』があったせいもあるんですけど、続かなかったんですね。(『サイボウズ式』が)だいぶ人気のメディアになってきたので、社員も登場したいと言ってくれるようなメディアになってきました。

もちろん社員が登場しますから、社外の方々から見ると「こういう社風なんだ」「こういう社員がいるんだ」ということが素直に伝わるメディアとして今読まれるようになってきています。

人事が「サイボウズへの応募を決めたきっかけは何ですか?」というのを内定した方に聞いたんですね。そしたら1位がサイボウズ関連本ですね。先ほどの書籍です。2位が他のWebメディアで、広報PRの分野。3位のところにオウンドメディアというかたちで、私たちの活動がいろいろと回り回って採用を決めるというきっかけになっているということがデータでも出てきています。

「日本社会の課題を解決する日本企業」という差別化

これらの活動がどう響いていくかというところは、最初に申し上げたとおり、ターゲットはすべてのステークホルダーになっています。既存のお客さんは「サイボウズっていいね」ということで、契約をご継続いただいたり口コミをいただいたりしました。

新規のお客様に対しては「サイボウズを使ってみたい」という指名買いが起きるわけですね。「EXCELで企業比較を作って、価格を比較して一番安いのを使う」という競争から抜け出すことができました。1番大きかったのは採用ですね。中途の応募者が3倍にまで膨れ上がって大変なことになっております。

中小企業向けだったので、大企業から相手にされないということもあったんですが、社外的にもワークスタイル変革のリーダー企業として認知されてきました。大企業のCEOから直接青野にメールで「うちの働き方を相談したいんだけど」と相談されるようなポジションになることができました。

株主も、短期売買の株主から長期視点のファンにどんどんどんどん移行しております。販売パートナーさんにもやっぱり働くママさんがいらっしゃって、「私はサイボウズ製品を取り扱っていて誇りに思います」と、ファンになってサイボウズ製品を売ってくれるような方が増えてきている。

もちろん社員からのロイヤリティも向上します。私が1番嬉しいのは、やっぱり競合との差別化ですね。サイボウズの競合はGoogleとかMicrosoft、Salesforceという超グローバル企業で簡単には勝てないわけです。けれども、少なくとも日本社会において、日本社会の課題を解決する日本企業だということで差別化され、彼らよりも上にいけるわけですね。

彼らは本社の決めたマーケティング施策を実行して、売上予算を達成するためにいるので、製品が登場しないコミュニケーションなんてできないんですよね。それを日本企業であるサイボウズはできたというところはすごく大きいなと思っています。

社会の関心事と取り組みをつなぐ、ブランドジャーナリズムという手法

離職率が下がり、伸びていなかった売上も2013年くらいから伸びてきた。第2の創業と言えるかもしれません。成長の下支えとして、ある程度はコーポレートブランディングが貢献しているんじゃないかなと思っております。

後付けで整理して学んだというところですが、ブランディングって広告で形成するイメージとか、高級品だよねとか、ロゴとかネーミングだよねという誤解があるなと思います。けれども、私がこの活動を通じて学んだことは、ブランドというのは意味のある差別化であり、一貫性のある体験であるということです。

サイボウズは他のグローバルメーカーと違って、日本社会の課題を解決するブランドですよと。発信しているメッセージもそうだし、プロダクトもそうだし、社員も毎日そういうかたちで仕事をしてるよと。この一貫性というのが、他と違うブランドを作るんじゃないかなと思っています。

オウンドメディアをやっていて、コンテンツを考えるヒントというところでは、ブランドジャーナリズムという言葉で考えてます。社会の関心事と私たちの取り組みというのを、ジャーナリズム、すなわち客観性の架け橋をかけて作っていくということが大事かなと。

何を言っているのかよりも、誰が言っているのかのほうが大切。これが先ほどのイノベーター理論で、先端層ではなく一般層で「お前たちは何者なんだ?」ということを問う人たちに1番大事なポイントだと思います。

サイボウズにおけるブランディングとは何かは、どうやるかというやり方の問題、つまりDoingの問題ではなく、私たちはどうあるか、Beingの問題だと考えています。

サイボウズは行動するブランドである

多くの会社が働き方のムーブメントに乗って、いろいろな働き方のメッセージを広告で出してきます。(スライドを指して)これなんかは、今年の正月に見事に炎上した西武の……あ、ここに西武の方がいらっしゃったらすみません、西武そごうのものですね。女性の時代だと言いながら、なぜパイを顔に投げつけるのかと炎上しました。メッセージもよくわからないですよね。

僕が最近ひどいなと思うのは……すみません、この中に日産の方がいたら申し訳ないのですが、日産さんですね。「やっちゃえ、NISSAN」ということで、まあいろいろやっちゃってるわけです(笑)。社員の声がぜんぜんソーシャルで出てこないですよね。これはそういう会社なんだなという、ブランディングと真逆のことが本当に日々起きているんじゃないかなと感じるわけです。

でもサイボウズは違うよと。私たちはコーポレートブランディング部がきれいなクリエイティブを作って、おもしろいムービー、感動するムービーを作って伝えるのではなくて、「みなさん、日々私たちの価値観にしたがって仕事をしてください。そこでいろんな業務改善、新しいチャレンジをすることが、私たちのブランドにつながるんだよ」と言っています。

「この価値観にしたがって、多様な個性を活かして、自立と議論で働いてください」と。その結果が、ある意味記事のネタになるということなんですね。それを伝えていくだけで、実はブランドになるんだよということです。

今年、期初にキックオフしたときにみんなに言ったのは、「サイボウズは行動するブランドですよということを伝えます」ということです。まず自分たちがキントーンを使って業務改善する。多様な働き方にチャレンジする。それを実現する。

それを私たちは取材して、編集して、記事にして伝えていくよと。総務だったりマーケだったり営業がいろんなことにチャレンジしているのを伝えていくんだ。これがブランディングだよということです。

製品セミナーでも社員が登場して語るということをやっています。

自分たちの働き方改革を発信すると何がいいのか? マーケティングでももちろん役に立つんですけれども、働き方改革が真に解決するのは採用力の向上と離職率の低減です。いい会社、いい働き方をしている会社だなというのが見えれば、もちろん応募する人も増えますし、社内で満足する人が増えて定着していくということになります。

働き方の取り組みというのは、ただ社内でやっているだけではあんまり意味がないんです。人がどんどん減っていく中で、いかに優秀な人材を確保できるかというところにおいては、働き方改革をしつつ、さらにそれを発信していくところまでやっていかないと、実は働き方改革はクローズしないと思っています。

「コンテンツ」と「方法」と「場所」を編集する

こちらに、今年の期初にキックオフで使った資料をそのまま持ってきました。今私たちが何をやっているかというのを、最後にちょっとお伝えしたいなと思っています。

『サイボウズ式』の編集部というところからスタートして、今やいろんな部署の方々と連携してサイボウズを編集するということにチャレンジしてみようということです。会社だけではなく製品とか採用とか、最近採用広報とか言われているような、そういったものです。いろんな部署と連携して、コミュニケーションをプロとしてサポートしていくチームになっていければいいなと思っております。

活動の方向性としては、「コンテンツ」と「方法」と「場所」の3つをターゲットにしています。

コンテンツに関しては、他部署とのコネクションによる社内コンテンツの発信ということで、社内の人たちがいかにトライしているか、トライアンドエラーをどんどん伝えていこう。そのために社内にどんどん取材していこうということです。

それ以外に、働き方改革のテーマをどんどんどんどん深掘りしていって、最近は「これからの株式会社ってどうあるべきか?」「会社ってどうあるべきなのか?」みたいなことをお話ししています。

社長の青野がいつも「会社というのはフィクションだよ。虚構なんだよ」と言っているんですね。「フィクションに生身の人間が振り回されて、それで幸せじゃないって不幸だよね」「じゃあ、新しい会社の形態って何だろう?」と。ティール組織とか、最近はいろいろあります。あるいは、マイノリティといった問題を深掘りしていこうねということを今年のテーマにしています。

場所の部分に関しては、とくにUSですね。今US市場に1番力を入れていて、今年7月くらいに英語版の『サイボウズ式』を立ち上げるべく、今準備を進めております。

あとは『サイボウズ式』ファンとのコネクションということで、コミュニティなんかにもチャレンジしたりとか。最初に出てきた株主ともチームになっていこうということで、株主総会そのものを見直すようなイベントにチャレンジしたり、あとは書籍の出版なんかも続けていきます。

外向けのブランディングが、最良のインナーブランディングに変わった

コーポレートブランディング部としてやるべきことというのは、「私たちのバリューって何だろう?」ということを言語化することです。そういう仕事をする人はほかにいないので、私たちが日々発信してリアクションから学びながら、この社会におけるサイボウズの価値って何だろうというのを言語化します。

それを企業PR、製品プロモーション、採用、グローバル市場に活かしていく。事業と企業をつなげるストーリーを編集していくことが、私たちのミッションだと感じております。

最後にまとめです。最初にお話しされたLIFULLの山岡さんのお話にもあったことに、まったく同感です。外向けのコーポレートブランディングこそ、サイボウズにとっては最良のインターナルブランディングだったよということです。効果の面でも体制面、継続性など、社内向けにやってたらたぶん終わっちゃってたんですけれども、外に響くということがすごくよかったなと思っています。

最後にちょっと告知です。毎年11月にサイボウズのイベント、CYBOZU DAYSというのをやってます。東京幕張で11月7日、8日です。ぜひこちらにお越しいただければと思います。もうすぐ申し込み開始です。

あと、こんな活動をしていて、ぜんぜん人が足りません(笑)。もしこういう新しいコミュニケーション、コーポレートブランディングを開発していくことに興味のある方は、ぜひご応募いただければと思います。私の話は以上で終わります。ご清聴ありがとうございました。

(会場拍手)