過労死は社会的な定義

西村創一朗氏(以下、西村):少しずつこの本の内容に入っていきたいと思います。かれこれ1年ちょっと前ですね、日本中を席巻したのが過労自殺事件だったわけですが。

あの瞬間、いろんな意見が日本中を渦巻いたわけですよね。当然一番多かったのは「過労自殺なんて良くない」「そうさせてしまった企業体質を改めなきゃいけない」という話がありました。

一方で、逆の意見もやっぱりありました。「日本の競争力を維持するためには、働きたい人が働けるようにしないといけないんだ」「十把一からげに労働時間にキャップをはめるのは良くない」といったような。

そんな意見もある中で、1つ典型的な批判としてあったのは、あの若手女子社員が自殺したのは労働時間だけではないということです。「僕だって残業を月100時間〜150時間もしたことがあったが自殺なんてぜんぜん考えたこともなかった」というようなこともおっしゃるので、確かに量的な労働時間だけではなく、その質であったり、プライベートももちろん影響しているのだろうなと思います。

そんな中、いろんな企業の内側を実際にご覧になっていて、過労自殺や過労死というのはなにが主な要因となって起きるのか、あるいは複合的だとしてもなにが要因となって起きやすいものなのかというところをお話いただきたいと思います。

大室正志氏(以下、大室):過労自殺というのは、過労死の一形態と言われています。もともと残業時間が2ヶ月から6ヶ月の平均が80時間、もしくは直近で100時間を超えた方が亡くなってしまった場合に、とくに突然死ですね。心筋梗塞、脳卒中で亡くなった場合が過労死です。

また過重労働では自殺率が上がることがわかってきています。この状態下での自殺も、過労死の一種として過労自殺と呼ぶことになりました。

西村:過労死ラインというやつですね。

大室:ただ、普通の病気の場合はこういう定義の仕方はしないのですね。過労死というのはなにが言いたいかというと、もしかしたら過重労働より、高血圧とか高脂血症とかその人自身の問題で亡くなってしまった可能性も否定できないじゃないですか。本当はこんな(太っている)体でめちゃくちゃメタボでといったことや、もともとずっとうつだったなど。

ただ、それでもそうした状況の中で亡くなってしまった場合は過労死とするというように決めたという。ある意味、過労死は社会的な定義なんです。その中で過労死なのですが、よくみなさんが言うのが「なにがきっかけだったのでしょうか?」などと、すごく自殺に対してのトリガーを気にするのですよね。

西村:ですよね。

大室:「なにがきっかけですかね?」「あれがストレスだったのかな、これがストレスだったのかな」と。

自殺したくなる「今の状態」が問題

大室:僕、震災のあとにいろんな会社で産業医をやっていたのですが。震災のあと、メンタル不調の人たちがすごく増えたのですよね。なぜか。だいたい聞いてみると、仕事は別に変わっていない、でも実は介護などでヘトヘトだったといったように、なにか自分の中でいろいろなものを抱えながらギリギリでがんばっていた人が、震災がきっかけになってしまったケースが多かったんです。

でもそれは震災が原因というよりも、むしろそれはトリガーだと思っています。コップの水が溢れるとしたらなにが降ってきたのかを大変気にするのですが、最初にどのぐらいコップに水が溜まっていたのかということをやっぱり考えなくてはいけません。

よくトリガーになったことだけを問題視するけど、そんなことくらいで死にたくなってしまう、そんなことぐらいでという……ぐらいと言っては失礼かもしれないけど、そういう議論になってしまいます。

でもそこはあくまで「きっかけ」。むしろ問題視すべきは、ささいなきっかけでも自殺したくなってしまうような「今の状態」です。私はよく基本水位とよく言いますが、水が溢れた場合は、基本水位のほうに目を向けることが非常に重要だと思います。

今回の場合もいろいろと言われていますが、例えば12月のクリスマスイブの日に亡くなったというある種メッセージ性の強い日に亡くなっているわけですし、「なにがあった」「これがあった」などいろいろと噂をする人もいますが、実はあまりその部分を僕は問題視していません。

なにかちょっとしたきっかけがあったことで自殺をしてしまいたくなるくらいの状態に持っていったことが問題であると思っていますね。

とことん追い詰めるという“伝統”

大室:新人が入ってきたら、とりあえず一発ガツンとかますという日本企業の「伝統」を考える時、よく思い出すものがあります。

僕の高校は田舎にある県立のちょっと歴史が長い高校で、高1のときにいきなり応援団の人が教室の中へ刀を持ってガーンッと入ってきて、全員でっかい声で歌わされたという思い出という名のトラウマがあるんですね(笑)。今考えるとあれなんだったのだろうなと思うのですが。

そういうことをずっとやっている。いわゆる伝統と言えば伝統らしいのですが。おしなべて日本の会社もそうしたところがありますよね。

西村:あると思います。ある種の洗脳ですよね。入社式や内定式で内定者全員を山登りをさせるとか、無人島に行かせて、メンタルが壊れるくらいの体験をさせることで一体感を生むといったようなことなど。逃げ場をなくすというものがありますよね。

大室:電通なんかもね、新人山登りをやっていますが。

西村:伝統ですからね。

大室:レジャーとしての富士登山ではないのですよね。神事とかもそうですが、伝統って得てして合理的なものではないですよね。だから「伝統」と言われてしまうと合理的な理由で中止するきっかけを失ってしまう。伝統はもちろん尊重すべき側面もありますが、このあたりの塩梅が難しいです。

西村:そうそう(笑)。

大室:レジャーとすると自由参加になってしまうのでね。

登山研修の手段が目的化している

大室:関係ありませんが、僕、実はすぐそこにあるH&Mという会社の立ち上げで産業医をやっていたことがあります。

H&Mという会社は変わっていまして、社員の名前、よく外資系などは社長も含め〇〇さん、メールでも〇〇さんにしなきゃダメであるといった社内ルールがありますよね。H&Mはなんていうと思います? 世界共通でファーストネームを呼び捨てなんですよ。

西村:はぁ~!

大室:普通に「たけしがまだ来ていません」「え、たけしまだ?」「たけし!?」みたいな(笑)。

(会場笑)

日本語にするとめちゃくちゃ変なのですよ。英語であればあまり違和感はないのかもしれませんが。日本でファーストネームの呼び捨てはものすごく不思議な感覚になるのですよね。

そうした会社がこの間「先生、結束を固めるために社員みんなで登山りをしようと思うのですが注意点とかありますか?」と。富士登山だとどうかとかといろいろ聞かれました。しばらくして「あの話はどうなりました?」と聞いたら、「ん~、危なそうだったので高尾山にしました」と言われまして。さすがはH&M、ゆるいなと(笑)。いや、悪い意味ではないですが。

西村:完全にレジャーですね(笑)。

大室:3,776メートルから599メートルに。

西村:3,000メートルダウンですね(笑)。

(会場笑)

大室:なにが言いたいかというと、別に富士山に登らないと好業績が取れないわけではなくて、H&Mの世界的な業績を見てればわかる通り、そっちでもいけるのですよ。やり方は1つじゃなくて、あくまで手段なのですよね。

それが、みんながやっていると「これができないやつは社会人じゃない」というような。もともとは目的における手段だったことが、いつのまにか手段が目的化してしまうというか。こういうことはよくあるのですが。

西村:ありますよね。

手段の目的化の象徴的な事例

大室:手段がいつのまにか目的化してしまう。これはね、どこでも人間はちょっと油断するとあるのですよね。僕の友人であやまんJAPANという人がいるのですが(笑)。あやまん監督はかなりよく飲むのですが「なんでそんなこと(試合)を始めたの?」と昔真顔で聞いたことがあるのですよ(笑)。

西村:素朴な疑問ですよね。みんなが聞きたいと思います。

大室:そうしたら、昔、Jリーガーにどうしても会いたくて、先輩がJリーガーと合コンするから行こうと。その先輩がものすごく芸達者だったのだそうです。ものすごく芸達者だから「合コン行ったらこういうことをしなきゃダメなんだ」と思ったのだと(笑)。

最初はJリーガーの彼氏を作ることが自分の目的だったのに、いつしかその目的を忘れてJリーガーの全リーグの選手と合コンするということが目的に変わって来てしまったと(笑)。

いつのまにか手段と目的が、彼氏を作る手段が合コンだったものが、いつのまにか合コンに行くこと自体が目的になってしまったということです。そういうことはよくありますね。例えがちょっと微妙ですが(笑)。

西村:いや~象徴的な例ですよね(笑)。でもそうなりますよね。とくに目的が強烈であればあるほど、目的のために手段にコミットする、だから気づけば手段が目的化してしまうことはよくあると思いますね。

自我を崩壊させた後に優しくする洗脳プロセス

大室:その中にもう1つありまして。なぜそうしてまで鼻っ柱を折るかと言うと、新入社員の鼻っ柱を折ったほうが、会社としては自社ルールを叩き込みやすいという側面はあったと思います。

これ、新興宗教がよくやることなのですが。1回まず自分のプライドをズタズタにするという。昔X JAPANのTOSHIさん洗脳されていたことを告白しましたよね。その洗脳された相手と言われるMASAYAさんもずっとTOSHIさんのことを「アゴおばけ!」と言っているわけですよ。「お前はなんとかだ!」と。

TOSHIは当時けっこう心が疲れていたわけですね。全米進出などと言って、YOSHIKIという「上司」が「ネイティブ並みに英語がうまくなかったらお前行けねぇぞ」とプレッシャーをかけられ。

西村:どっかの海外バンドみたいな。

大室:X JAPAN株式会社の中でTOSHI部長はめちゃくちゃ疲れているわけですよ。そんなときに、カウンセラーなのか占い師なのかわかりませんが、MASAYAさんがフッと入ってきてね。そこでまた自分の心をボロクソに言いながらも最後には救うのですよ。そうすると、もうMASAYAさんの言うことしか聞かなくなる。これはよくあることなのですが。

1度自我を崩壊させたあとにフッと優しくする。そうするとみんな持っていかれちゃうのですよね。これは新興宗教によくあるパターンなのですが。知ってか知らずか日本の多くの会社はそういうことをしているということですね。ですから、ある種の洗脳プロセスに極めて似たやり方をしているんです。