『GHOST IN THE SHELL』は悲しき男たちが作った映画

山田玲司氏(以下、山田):それね、押井(守)さんも言ってたんだけど。スカヨハファンなのね。

乙君氏(以下、乙君):ファンなの?

山田:そうそう。アニメでできなかった部分でなにを超えられたかって話をしてるんだけど、やっぱり現場にいると生の人間がいるという、その存在感はアニメには出せないという。

人間の存在感みたいな。だから、スカーレット・ヨハンソンが画面にバーンって出たときに、その奥行き・存在感みたいなものが、アニメ以上のものを感じさせるみたいなことは言ってるんだけど。

久世孝臣氏(以下、久世):なるほどね。

山田:ちょっとおもしろくて。あれ実はね、もうめんどくさいから核心的な話しちゃうけど。

久世:やっちゃえよ〜!

山田:ネタバレではなく。

乙君:ネタバレじゃないんだ。

山田:結局さ、悲しき男たちが作った映画なわけよ。もともとが。

乙君:まあまあ。

山田:原作は、けっこう士郎正宗ってバブル世代だしさ、ちょっとリア充によってんだよね。女に絶望してないの。だから素子が、ああは言っても、原作ではけっこう生な女として出てくる。

乙君:そうだし、快楽を貪ってますからね。

山田:そう。肉感的になるのもあれで正しいんだよ。だけど、あれを押井に変えた時点で、押井の絶望が入っちゃって。

乙君:そう。

山田:押井の絶望がなにをしたかというと、人間性をもう全部バーンって奪っていくという作業で、それで本当の義体というか人形化させていくという。だから『INNOCENCE』はやりすぎんだよね。

だけど、そのなかにわずかに残った魂みたいなところで、もうミニマムにぎゅ~っていく。だからこそ余計にあの「好きな人がそこにいる。そして消えてしまう」ということの切なさみたいなものが、あの2作品にはあった。

久世:よう言うてくれはった。

乙君:ようわかっていらっしゃるよ、ほんま!

山田:お前らがやらせたんだべえ! 俺は観たくなかったんだよ!(笑)。

久世:やばいわー。

押井守=バトーである

乙君:去年の今頃からなんだか。玲司さんもう、どうしたんですか?(笑)。

山田:うるせーよ(笑)。

久世:素子ー!

乙君:こんなに押井守を守ってくれる、この……。

久世:うれしいな。ソムリエはやっぱり。

山田:俺はヒデ派ですけどね。

乙君:いや、俺は守派ですけど。

山田:お前は守……嘘だろう!

乙君:完全に守派ですよ。

山田:守派なんだ?

乙君:うん。

山田:いや、だから守って、寅さんじゃん。

乙君:……うん?

山田:だから、置いてかれる男なんだよ、あれ。犬と一緒に置いていかれる男なんだよ。だから、バトーが中心になって描くことになっちゃうんだって。

乙君:そうなんです。バトーの話なんですよ、これは。だから、バトーの話なのに……。

山田:そうなんだよ。押井=バトーだからな。そして、バトー=お前だからな。

乙君:そう。だから、どこにも感情移入できるものがない。

久世:Uh-oh.

乙君:Uh-ohじゃねーよ。

山田:この人は、セブであり、バトーでありたい。

乙君:そうなんですよ。

しみちゃん:普通に(笑)。

久世:「Uh-ohじゃねーよ」って言われた(笑)。

乙君:「素子ぉーー!」って叫ぶつもり満々でいったら、なんにもないんだもん。

山田:そうなんだよ。素子で叫ぶところねえんだよ。

乙君:うん。

久世:1回あったけど。1回いきかけたけど、いかへんかったもんね。

乙君:なあ。

久世:1回あったんですよ。素子チャンス。

山田:だから、あのチューニングが、こっち側に乗ってた人たちは置き去りにされるんでしょ。

乙君:そうそう。だからやっぱり日本人で攻殻(攻殻機動隊)好きな人は、……まあ、それは見れたもんじゃないですよ。「こんなものは違う」ってなります。

押井守の世界は、果はあっても因がない

山田:いやいや、だから、表面的に好きな人はいいんじゃない?

乙君:いや、だから、やっぱりこれを知らない人ですって。マジで。知らない人は、ただのハリウッドSF映画なんです。

山田:初見で楽しめる映画になってる。

乙君:なぜかというと、これには因果があるんですよ。原因と結果がちゃんと提示されるんですよ。

山田:もうめちゃわかりやすくね。

乙君:だけど、押井の世界って果はあっても因がないから。そして、果もなくなっちゃうという。そこなんですよ。

山田:スタイルだけが残って、形式だけが残る。

乙君:さまよう、「ゆらぎとかゴーストの囁きとはなんぞや?」ということをずっとやってるわけで。目に見えないもの。

山田:日本画なんだよな。あいつな。

乙君・山田:そうなんですよ!!

山田:うるせー!(笑)。

乙君:朦朧体なんです。あれは。

山田:みんなついてこない。ついてこれない(笑)。日本画の話すると、みんなついてこれなくなる。

乙君:あれは朦朧体をやってるんですよ。

山田:でも、朦朧体なんだよな。そうなんだよ。本当に。

乙君:そうなんです。そこにあるのにない。

『GHOST IN THE SHELL』は「『ドラゴン・タトゥーの女』とかぶる

山田:でも、それをハリウッドでやれというのが、もう無茶な話で。

乙君:まあ、しょうがないですね。

山田:でしょ。だから、カメラをバトーから素子に変えることによって、ポピュリズムに合わせるというか、みんながわかるようなかたちにして。女のアイデンティティの話とか自立の話……みんな大好きやつに。

久世:わかりやすい話になりましたねえ。

乙君:そうそう。女の自立の話になってた(笑)。

山田:そう。みんなそうなんだよ。最近のやつって。

久世:「『ドラゴン・タトゥーの女』を見てるのかな?」と思ったもん。

山田:俺も、でも『ドラゴン・タトゥーの女』はちょっとかぶった。

久世:かぶりますよね。あの作品の系統とほぼ。

山田:かぶる、かぶる。

乙君:かぶる?

久世:かぶるよ。

乙君:かぶるか。俺は違うなぁ。

山田:でもね、俺、スカヨハでいったらさ……。いや、スカヨハはいい仕事してると思ったけど、『LUCY/ルーシー』のほうがやっぱりいいよなとも思うし。映画としては。

久世:ぜんぜんよかった。『LUCY/ルーシー』のほうが。

乙君:ルーシー?

久世:アクション映画の彼女の代表作というかね。

山田:うん。だから、『LUCY/ルーシー』があったから今回のでしょ? 

久世:うん。たぶんそうだと思います。

山田:じゃないかなと思って。そういう意味ではよかったなと。

久世:でも、走るの遅くなかった?

乙君:遅い。走るの遅いし、もう体ぼてぼてしてっから。

(一同笑)

久世:走るの遅い。

山田:あれが好きな人もいるよ。

乙君:まあ、いるのかなあ。

久世:そうどすかぁ?

しみちゃん:(笑)。

山田:そうどすかぁ(笑)。ホンマやね。

山田氏「守はがんばった」

いやいや、そうじゃなくてね。今回さ、「アジア人が主人公なのに、なんでキャストを白人にするんだ」つって、大炎上してたらしいじゃん。向こうでは。

久世:そうなんだ。

山田:でも、日本では「キョトン」みたいな。「えっ、別によくね?」みたいにな。

久世:別に大丈夫だった。それは。

山田:アジア人は怒ってねーの。向こうでは「勝手に怒ってくれて」っていう感じになってたんだけど。

でも、すごく思ったのが、SK-IIのくだりもそうなんだけど、なんか義体? だから、アジア人のなかにあの白人女性がボーンっていると、義体感すごい出るよね。

乙君:それはありますね。

久世:ああ、なるほどね。

山田:そうするとさ、あのSK-IIとのくだりもさ、「義体になっちゃった」という感じでは見れる。

乙君:それはそうですね。それはそうだ。

山田:魂はアジア人なんだよ。だけど……というふうには見れるので、一応その効果はあったかと思うんだよね。

久世:そうですね。うまくやってたと思います

乙君:結果的に、「じゃあ肌に色ってなんなの?」「肉体ってなんなの?」っていうところをふわっと考えさせられる、というのがいいところでしたね。

山田:いや、でも惜しいね。

乙君:おしい?

久世:押井だけに?

山田:もう守はいいわ。守はがんばった。

久世:(笑)。

山田:いや、守は切ねえだろうなと思って。

乙君:いや、切ないっすよ。

山田:「俺に撮らせろよ」だろうな。大人のコメントしてたけど。

乙君:でも、諦めてるんじゃないですか。ハリウッドの時点で。「どうせ、こいつらには……」。

山田:でも、最近まで近いことやってたじゃん。その最新作がもう誰もなにも言ってくれなくて(笑)。

久世:(笑)。

山田:ねえ。タイトルすら出てこないみたいなさ。「押井ストどうしたんだよ?」みたいなさ。「お前ら押井スト、今こそ押井を守る機会なんだよ」って。

久世:「声をあげろー!」って?

山田:「吠えろー!」みたいなさ。ねえ。みんな「シン・ゴジラ、シン・ゴジラ」言ってたよね。その頃ね。なんか切ないことになってて。

乙君:まあ、そんな感じで。

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