スペシャリストか、ジェネラリストか

及川卓也氏(以下、及川):これまでの話は、スペシャリストとジェネラリストという話とも、少し関係してくると思います。石川さんの講演のなかでも「『〜だけできます』は本当のプロフェッショナルとは言えない」というお話がありましたよね。それはとても共感できます。

私もGoogle時代の最後のほうは、Chromeというブラウザのチームにいました。Googleのような会社だと、もともと汎用性が高いエンジニアが多かったように思います。例えば、サーチエンジニアで入った人も、Google Mapsをやるかもしれないし、広告商品をやるかもしれない。

さらに、エンジニアはいろんな経験を積むと、やはり幅が広がって、スキルも伸びて成長する。だから、プロジェクト間の移動を推奨しているところがありました。

ただ一方で、Googleもだんだんとさまざまな事業を手がけるようになってきて、AndroidやChromeのようなかなり領域が絞られた製品が出てくる。例えば、「この人はしばらくはブラウザしか作っていかないんじゃないかな」という人が出てきます。

実際、Google時代の同僚でも、Web標準などに長く関わっていた人で、「どう考えてもこの人はブラウザ作りに特化していて、GoogleではChrome以外はやらないな」という、スペシャリティがとても高い人もいます。

結局は、その人のモチベーションと、もう1つは、なんだかんだ言って能力だと思いますね。圧倒的な技術力があれば「私はこの技術以外やらない」と言っても、会社も組織も認めざるをえないところがある。

なので、自分がどれくらい「そこに対して能力を向上できるか」「それだけで仕事をしていけるか」を考えることも大事になってくると思います。その点についてはどう感じますか? 語っちゃいましたけれど(笑)。

古川陽介氏(以下、古川):完全にそんな感じだと思っていますね。自分なりの能力がある、だから最初からそれを突き詰めようと思っている人は、それはそれで強いと思います。

それこそ、さっきの話ではないですが、専門学校へ行って、プログラマーの資質を持っている人が、最初のスタートラインに立ったときには、すでに何歩か先に行っている感覚があります。結局、最初のほうのスタートダッシュで、差がついてしまっているんですね。もちろん知識や経験の量などが、それを挽回する可能性ももちろんありますが。

とはいえ、最初にスタートしたときから、それぞれが全く違うスタートラインに立っているパターンはけっこうありがちです。自分なりの素養や性質、自分らしさみたいなところも含めて考えられるといいとは思いますね。

及川:なるほど。

ステージごとで、どういう仕事をするのか

石川さんにもう少し具体的なかたちで質問したいと思いますが。石川さんの仕事はデータサイエンティスト的なものですよね?

石川信行氏(以下、石川):はい。

及川:ここ数年のデータサイエンスは、米国だと「最もセクシーな仕事」と言われており、注目されています。おそらく日本でも、コンピュータサイエンスの分野で、すでに能力が極めて高い新卒の方も入ってくると思います。

そこで先ほどの話です。そんな彼らに「最初の配属先は営業です」と言ったときに軋轢が生じたとしたら、どうされるんですか?

石川:それ、すごく難しい問題ですね(笑)。

誤解を恐れずに言うと、先ほど古川さんが言ったとおりです。本当に突き抜けていればいいと思います。いわゆる自分のポジションとして「アルゴリズムを書けます!」「データサイエンスやれます!」など、本当にもう突き抜けていればいいです。もちろん、能力の使いどころや自身のポジションもあると思いますが。

私でいうと、大学では虫を研究していました。4年間やっていましたが「虫についてなら完璧にわかります」と言えるかといえば、そんなはずはありません。虫といってもたくさんの種類がありますし(笑)。

(会場笑)

エンジニアだと、先ほど古川さんが言っていたように、いろんなレイヤーがあり、インフラまでやらなきゃならないところもあります。どんなに学んでも完璧ということ自体、あまりないと思っています。

そこも踏まえると、最初に視野を広げる観点では、営業……だと確かにちょっとエンジニア職からは遠いかもしれないですけど、なにか違う仕事を最初にやることは、実は「武器を増やす」という意味でいいと私は思っています。

及川:わかりました。

けっこう難しいテーマですが、人間の想像力には限度があって、実際に我々が作っているものの、ユーザーの立場を考えるときに、少しの経験でもそれが糧になることは多いと思います。

私もどちらかというと、いろいろな経験はするべきだと思っています。最初の会社で、上司がおもしろいことを言っていました。最初は「及川、仕事は断るな」と、上司は言っていました。「なんでも受けろ」と。

しばらくすると「及川、なにをしているんだ。そろそろ仕事を選べ」と言い出しました。これは、人間の成長のステージにおいて「その人がどういう立場で仕事をするべきか」によって変わってきますし、「社会人として」といった、ステージによっても変わってくるからなのだと思いました。

自分の思い入れと、組織リーダーとしての振る舞い

次のテーマは「プロフェッショナルとしての生き方を考えてみること」です。少しわかりにくいですが、質問としては単純です。

今まで「興味」という話が出てきたと思います。お2人とも「係」というところで、モチベーションに関連するお話しをいただきましたが、一方で、今までも何回かキーワードで出ている「会社組織における事情」とは相反する部分もあると思います。

そこでお2人に、ちょっとタフでシビアな質問をしてみたいと思います。

例えば、「Tech Lead」とはCTOみたいなものです。ここでは、技術選定をします。今、古川さんはNode.js、Javascriptをやっていますが、自分が会社のトップで技術選定をする立場になったときに、「Node.jsはもうスケールしないからダメだよ」と言われたとします。でも、本人はユーザーグループの代表をやっているくらいですから、それに対する思い入れがあるとなったときに、どのように振る舞うかという話です。

石川さんに関しても、データサイエンティストとしてHadoopを使用していると思います。ただ、今では機械学習やAIはライブラリーからクラウド系のプラットフォームを作るというように、利用する立場の技術者と、そこを作る立場の技術者というかたちに変わってきている。

そうすると、もしかしたら今石川さんが行っているところも、利用する立場の技術者であれば、別に詳細を知っている専門家でなくてもよくなるかもしれません。今まで投資してきたものを「すべていらないよ」というような、ハードなディシジョン(判断)をしなくてはいけないかもしれない。

こういった、自分の思い入れと、組織のリーダー、長としての振る舞いにコンフリクトが生じたときにどうされますか。

古川:これはもう、とても難しい質問ですね(笑)。でも、基本的には技術の進化の過程で、機械化するか、廃れて使えなくなってくることは、もちろんあり得ると思っています。

もしそんな状況になったとすれば、個人的な意見としては「Node.jsは捨ててもいいかな」と思っています。「今はもう、社会的なニーズを満たせなくなってきた」と判断したのであれば、それを新しいもので置き換えられるよう、自分の持っているものを捨てることも、1つの技術だと思っているので。それをできるような組織づくりをしていきたいという思いもあります。どうやって作るかは、及川さんに聞いてみたいと思っていますが(笑)。

及川:はい。石川さんはどうですか。

石川:そうですね。私も今、AIや機械学習、データ解析などの分野にいますが、ストレートに質問に答えると、自分の今やっている仕事自体はなくなってもいいかなと思っていたりします。

ただ、1つ視点を加えるならば、技術を使う側に回る場合でも、結局、中身を知らないとどう使っていいのかわからないケースも出てきます。

私たちがこれまで積み重ねてきたことは、単に「データ分析のメカニズムを知っている・分析基盤を作れる」という知識レベルのことだけではなくて、「どう使うのか」という利用シーンを想定するような、概念的な領域も強いと思っています。

そちらの強みを全面に出して、関わり方を「データを分析し、つくる立場」から「利用する立場」に変えていくことは、たぶん自分でもできると思いますし、いつかそういったチームを作りたいと思っています。

及川:なるほど。結局、何回かキーワードで出てきた、環境順応性ですね。いかに環境に順応して生存していくかということですね。

リクルートテクノロジーズで「環境順応力があると思う人」は6割

よく言われる人間の能力開発の概念として「T字型」がありますよね。薄く広く知っておくことと、なにか軸をしっかり持って、そこにおいては専門家としてしっかりと競争力を持ち続けること。

T字の代わりに「π」のような、もう1つの軸を持っていることが大切です。例えば今の話でいうと、データサイエンティストではなかったらなにができるのか、またJavascriptだけではなくて他になにができるのかなど、できるだけ軸足を多く持っていたりするといいのではという考え方はあると思います。

ここで、会場のみなさんに、青と黄色の紙を事前に配っています。今申し上げたところで、みなさんがどう考えているのかを聞いてみたいと思います。

まず、自分自身は「環境順応力、順応性が高い」と思う人は青、「そうではない」という人は黄色を挙げてみてもらっていいですか?

(会場挙手)

けっこう青が多いですね。黄色もパラパラといますが。リクルートテクノロジーズのなかの人として、これを見てどう思います?

古川:青が6割いるのはすごいと思います。ですが、環境順応性がないと言っているのが4割いるのも、それはそれでうちらしいと思っています。個人的には、もっと青が増えるといいなと思っていますが。

及川:石川さんはどう思いますか?

石川:私はどちらかというと、「あ、黄色も意外といるんだ」という感想です。ほぼ青で埋まるのではないかと思っていましたが、そこも変わってきたのだと今結果を見て思いました(笑)。

(会場笑)

及川:私のような外の人から見ると「いい感じのバランスかな」と思いましたね。

もう1つだけ聞きましょうか。さっきちょっとT字やπ字といった感じで話しましたが、「ジェネラリストであると同時に、いくつか自分の武器を私は持っている」と言える人は青を、「まだだ」と言う人は黄色を挙げてください。

(会場挙手)

及川:今度は黄色が多いですね。これも、感想をひと言ずつもらっていいですか?

古川:9割くらい黄色ですね。

石川:「実際はもう少し青が多いのではないか」と思いました。

及川:これは単純にみなさんが謙虚だってことじゃないですか。

石川:そうかもしれませんね。

1人の専門性だけでは限界がある

及川:なんとなく我々の話と、あとは会場の人たちの雰囲気もわかったところで、最後のまとめに入っていきます。

今までいくつか「受動的に」「能動的に」という話や、自分の興味と組織がやるべきところのコンフリクトの解消方法を聞いてきました。それらを踏まえて、お2人に今回のテーマをもとに、それぞれひと言ずつご意見いただきたいと思います。石川さんからお願いします。

石川:スティーブ・ジョブズの言葉になりますが、やはりあとになって気づくことが多いです。「あのとき、やっていてよかったな」と思うことが、こういう振り返りのシーンでふと思うことが多いですね。

最初でもいいですし、途中でもいいですが、自分の可能性や範囲を狭めないで、いろんな経験をして、あとで「あのとき、おもしろかったな」「苦労したな」「役に立ったな」と振り返るのは、最高におもしろいと思うので、そこを今後も経験していただけるといいと思います。

石川:ありがとうございました。では、古川さんお願いします。

古川:私もスティーブ・ジョブズの言葉を借りると(笑)。先ほどコネクティング・ドッツという話がありましたが、あれは自分だけのドットではなくて、たぶんチーム全員のドットのコネクトでもあると思うんですね。つまり、チーム1人ひとりのドットもつなげるということです。

さっきT字型やπ字型といった話がありましたが、1人の専門性だけでやれることには限界があります。それに加えて、チームのみんなが集まることでそのT字やπ字がさらに広がっていくわけですね。

そうやって、なるべくチーム全体でも専門性をカバーできるような組織作りを行っていくべきだと思いますし、お互いに学び合うことで、自分の柱も増えるのではないかと思っています。そのあたりを心がけながら進められるといいと思います。

及川:私も同じようなことですが、いろんなことを試されるといいと思います。

ただそうはいっても、「若いときからなんでもやれ」と言われてもやらなかったものや、偶然的なきっかけがあっても自分が選ばなかったものは、ありますよね。それはなんだろうと考えると、やはり本能で「これはあぶない」と思うものですね。「ここへ行ったら、このプロジェクトは失敗しそう」「この技術、なんかダメそうな気がする」と、本能で感じる部分がある。なので、自分の本能に忠実になることも大事だと思っています。

もう1つ。「これをやりましょう」と言われて、やらないときの大きな理由は、自分がそれをできないと思っていることが多いですね。しかし、やってみると意外とできることが多い。自分の可能性は、自分が思っている以上に広いと思います。

いわゆる食わず嫌いにならず、飛び込んでみる。人間の成長の理論でよく言われるのが、コンフォータブルゾーン。自分の快適なゾーンから少し出てみることで成長する、という概念です。

組織から「営業へ配属です」と言われたときは、「自分のコンフォータブルゾーンではないところへ行け」と言われているということかもしれません。それに対する抵抗感・拒否反応はありますが、あえて飛び出してみることによって学べるものもあります。さらには、自分が「もしかしたらそっちのほうが合っている」とわかることもあるのではないかと思います。

以上、短い間でしたが、3人で今回のテーマについてお話しさせていただきました。ありがとうございました。

(会場拍手)