紙とオンラインの共存は可能か?

本田哲也氏(以下、本田)):2番目のテーマ。ずっとある話ですけれど、「紙とオンラインの共存」。

これはぜひ可能な範囲で、山田さんに。『週刊東洋経済』という歴史ある紙と、それから今、飛ぶ鳥を落とす勢いの「東洋経済オンライン」。この共存はどういうふうになっているんですか、今?

山田俊浩氏(以下、山田):これは幸いなところがあって。いい面だけをまずお伝えしますと、我々の紙というのはデイリーではなくてウィークリーなので、タイムサイクルがまったく違うんですね。

それで、オンラインとペーパーメディアのなかでも、新聞ですと、どうしても「24時間のなかで人は8時間働いてなにして……」という流れが一緒なので、コンフリクトしちゃうところがあるんですけれども、そこがまず、共存できる要因にはなっていて。

あと、我々は無料ですけれども、紙は無代紙ではないので、有料であると。

というところでいくと、共存するためのポイントを見出しつつあるんですけど、私の頭のなかでは。オンラインは絶対に無料のままでいくということなんですね。

そして、これによって自分たちは、軽自動車とか、普及するものを作ってると。

いわばiPhoneをバーっと配っておく。iPhoneというのはみなさん有料だという認識がひょっとしたらないかもしれないんですよ、多くの人にとってみたら。みなさんはわかってますけれども、もう今0円商法なくなっちゃいましたけれど、通信費を月々払っているだけで、タダだと思ってると。

紙を伸ばす方法はまだまだある

東洋経済オンラインも、ある意味ではタダかもしれないけれど、実はその人は重要な時間を消費することで、なにかのインベストをしてるわけですね。そういったお金ではないところでインベストしてもらう媒体としてのオンライン。これはどんどん裾野を広げていくべきだと思ってます。

このオンラインの上に、さらにオンラインでもってプレミアムコンテンツを作るということをやれば、紙はイコール不要になるんですけれど。まだそれをやるのは早すぎて、我々も多くの紙の読者がいますので。

オンラインで見てくれた人の一部の方たち、1週間に1回、土曜日・日曜日に2時間ください、あるいは1時間くださいと。その間、パラパラと(雑誌を)めくってくださいと。

トイレに置いておいてくださいと。トイレにいる間、スマホをいじるんじゃなくて、トイレでは、『週刊東洋経済』をぐるぐる回してください。

本田:トイレは『週刊東洋経済』? いいですね(笑)。

山田:ええ(笑)。あるいはお風呂に置いておいてもらって、びしょびしょになってでも、お風呂の間は週刊東洋経済とか。つまらなかったらすぐにパッと出られますけど、おもしろければのぼせちゃうとか。

そういった感じで、なにかリズムのなかに紙を入れるということは今、本当に難しいので。そういうある時間、隙間時間というか、ある10分、20分というところをぜひ紙にあててほしいなということですね。

それはまだ伝えきれてないと思うんですよ。我々のようなメディア側の人間のほうがむしろ読者以上に紙を諦めてしまっていて。紙に対して「もう終わったよね」ということを言うほうが、今っぽい。

ただ、経営ということを考えたり、あるいは日本というのは全国に配れる、Amazonも頼りにするヤマト運輸がありますので、いろんなかたちで配布することが今できますので、もう少し紙を伸ばすための投資はやっていける、と。それによって共存できるんじゃないかなという感じがしています。

紙とオンラインの読者層は?

本田:今、読者のオーバーラップというか、紙とオンラインでの読者層というのはどういう感じなんですか? 話せる範囲で。

山田:やはり少ないですね。『週刊東洋経済』にはデジタル版がありますけれども、それを利用してる方も少ないですし。事実上、紙を見るということで専念しちゃってる方なんですね。

それで、東洋経済オンラインをご覧の方が、『週刊東洋経済』の存在を知ってるかといったら、それもかなり少なくて、認知が低い。

実は6月1日、昨日、始めてるんですけれども「週刊東洋経済プラス」というサイトを始めまして。これは東洋経済オンラインと同じIDなんですけど、IDでログインをすると少しだけ『週刊東洋経済』のコンテンツを見ることができると。

そして、月額2,500円……。あ、宣伝になっちゃっていいですか?(笑)。月額2,500円お支払いいただきますと『週刊東洋経済』が毎週もれなく自宅に届くと同時にデジタル版もフル活用できる。そういった月額課金モデルを始めました。

本田:なるほど。

見ていること自体に価値があるプレミアムな媒体に

山田:そういったかたちで、今まではスマホを、例えば、電車のプラットフォームで見てるというのはそんなにカッコ悪いことじゃないですか、今は。

だけども、「歩きスマホがどうの……」とか言われてくると、だんだんあんまりやっちゃいけないことになってくるかもしれない。そのときに『週刊東洋経済』をピッと開いて……。

古田大輔氏(以下、古田):でも、“歩き『週刊東洋経済』”のほうが危ないと思いますけど(笑)。

山田:やばいね(笑)。

本田:絶対危ないですね、それ(笑)。

山田:電車のなかで見ていると、「あの人はほかの人と違う」と思われるようなプレミアムな媒体になっていければなと。『The Financial Times』がいいのはやっぱりサーモンピンクの。

本田:FTはうまいですよね。ピンクね。

山田:あれを持っているというのが。あと、『The Economist』も表紙のイメージがものすごく“Economist”という感じなので、やっぱりちょっとステータスの高いものだということをアピールできるんですよね。

本田:アイテムとして。

山田:ただ、彼らのデジタル版はものすごく使いやすいので、本来であれば紙がなくたって代替できるじゃないかと思うかもしれない。けれど、紙は、あるシンボリックなものとして残るということなんじゃないのかなと。

デジタルの強み「シェア」

本田:なるほどですね。紙版BuzzFeedというのは想定もないと思うんですけど、どうですか、古田さんは、この紙とオンラインの話というのは?

古田:僕、いまだに朝は新聞紙を読むんですよね。5紙、全部読みます。理由は簡単で早いから。読み終わるのが早い。朝刊って1つにつき200本くらい記事が載ってるんですけど、200本をクリックするのってやっぱり大変なんですよね。

なので、そういう意味では、僕は紙の愛好家なので、紙はいつまでも生き残ってほしいなと思ってます。

ただ、デジタルの素晴らしさは紙には絶対できないこと。もちろん紙にできてWebにできないことだってあるんですけど。大きさとかね。大きいインフォグラフとかはデジタルでは作れないので。

でも、デジタルにしかできないことってあって。それを大きく2つ指摘すると、1つはシェア。

シェアできないんですね、紙って。これってつらいよなと思います。インタラクティブに人と情報を共有できない。「あれ、見た?」と紙を持っていくのは大変ですよね。それがやっぱりできないのはつらいよな、と。

BuzzFeedを好きなUSの方が言っていたことで、BuzzFeedをどうやって使ってるかという話で、「へぇ」と思ったのが、「ちょっといい感じの女の子と付き合い始める前ぐらいに、その子に『あのBuzzFeedの記事読んだ? 君の話みたいだね』とかって送るとすげぇ使いやすい」と言っていて(笑)。BuzzFeedのエンターテイメント系のコンテンツですね。

そういうふうな、コミュニケーションの起点になることができるというのは、とても素晴らしいところです。

紙、オンライン、両方の強みがある

あと、もう1つは、先ほどBuzzFeedの説明のなかで言いましたけれども、データ検証ができる。どういうふうに読まれたか。

僕らは単純にPVだけではなくて、コンテンツのどの段落まで読んでもらえたかということもすべてデータでチェックできます。それがどうシェアされたかとか、どういう文言と一緒にシェアされたかとかを、すべてトラッキングできるんですね。

そうすることによって、よりよいコンテンツを作って、コミュニケーションの起点になっていくことができるというところがデジタルの素晴らしさですね。

話を元に戻すと、やはり紙の強み、オンラインの強みって両方あるので。僕は紙の世界からデジタルの世界に来た人間ですけど、本当に「喧嘩せずに仲よくやりたいな」っていつも思ってます(笑)。

本田:そうですね。朝日新聞さんからいらしたわけですから。ちなみに、朝日さんの紙とデジタルの共存あるいはシナジーはうまくいってると思ってます? 想定外の質問ですが(笑)。

古田:自分の経歴に触れると、もともと社会部や国際報道部で特派員やったりして、最後、シンガポール支局長をしたあとに、「デジタルをやりたい」と言って、デジタル編集部というところに行ってデジタル版をやっていたんですよね。

シナジーというと、やはり新聞社が抱えている膨大な取材リソース、取材網。それをデジタルに展開できるというのはやっぱり素晴らしい強さだと思います。

世界中見ても、新聞がデジタルに力入れ始めたら、うまくいってるところが多いので、ぜひがんばってもらいたいなと思いますね。

本田:ありがとうございます。美しすぎる回答で(笑)。

オーディエンスファーストで手法を最適化

山田:BuzzFeedが、さっきの「テニスのスキャンダルを報じました」といったら、例えばそれを書籍化ということはありえますよね。その書籍が紙になるかどうかは別にして、Kindleかもしれないですけど。やはりそれを1つのまとまったものとして提供するというようなことが。

古田:ですね。それでいうと僕ら、さっき言ったようにハリウッドに動画制作チームが300人いるんですけれど、今そこでなにをやっているかというと、映画作ってるんですよね。

BuzzFeedのコンテンツで『Brother Orange』という世界的に爆発的に流行ったコンテンツがあるんです。「BuzzFeed ブラザーオレンジ」って打ち込んだら、たぶん出てくると思います。翻訳もやったので(「第1章:僕のiPhoneに知らないおっさんの写真が流れてきた話」)。

そのコンテンツがめっちゃくちゃおもしろいんですよね。BuzzFeedの記者が中国まで行って、自分のiPhoneを探しに行くという物語なんですけど。「あまりにもおもしろすぎるからもう映画にしようぜ」と言って、今、ハリウッドで映画撮ってるんですよね。

だから、そういう感じで、書籍化というよりは、もう、あらゆる手法。僕らは「おもしろいこと」をすごく大切にするので、本がおもしろいのであれば本という形態にするだろうし、映画だったら映画にするという感じですね。

本田:今の話おもしろいんですけど、そうすると、結局そういうパッケージコンテンツが出てくる、映画とか本とかってなると、やっぱりおもしろいコンテンツを生み出すという理念に戻っていくと、BuzzFeedのあり方というのも、これからそういう意味で進化していくんですかね?

古田:僕らは本当にオーディエンスファーストなんですよね。オーディエンスがそのコンテンツをどう受け取るか。

それによって僕らは、いろんな表現手法、例えば普通の記事であったり、クイズにしてみたり、動画にしてみたり、Vineにしてみたりするわけですよね。

それは、我々が今、作ろうとするコンテンツをどの形態にしたら、それを見るであろうオーディエンスが喜んでくれるか、笑ってくれるか、刺さるかということをすごく考えるので。

それによって最適化していくし。今はまだない表現手法でも、僕らは、新しい表現手法が現れたら、世界で真っ先にそれに取り組むメディアというのは間違いないです。

“読者の気持ち”を常に考え続ける

本田:なるほどですね。どうですか、山田さん、そのへんは? 東洋経済が映画作るとか、ありますか?

山田:ね。でも、東洋経済映画部ってのが昔はあったみたいです。「film」というもの訳語として「映画」。スチールカメラとは違って、動画を撮ってる部隊があったみたいですね。……映画作るということはないんですけれども。

さっき古田さんが、「オーディエンスファースト」っておっしゃいましたけれども、やっぱり「お客様は神様」ということで。来てくれる人に対して、あるいはコメントに対して、すごくセンサーを張って見ることをしています。読者がどういう見方をしたのかを見る。

私たち、ツールは弱いかもしれないですけど、仮説を持ちながら常に考え続けているんですね。どういうお客さんが今、来ているか? なぜ朝、読まれてるのか、といったら、これはおそらく通勤電車で見ていると。

みなさんは私たちより起きるのが早いな、と。ある特定の人格をイメージするんですけど、だいたい5時にみんな起きてますね、読者の人たちは。雨が降ると傘持ってるからスマホはポケットに入れちゃっててあまり見ないとか。だから、天気にも左右されるな、とか。

そういったこと、「お客さんが今、なにを知りたいんだろう?」ということが非常にわかるようになってきたので、そこに刺さるもの、いま欠けてるものというのもわかるので、欠けてるものをどんどん出していきたいと。

それとあと、他社がものすごく強いものに関しては、それは自分たちでやらないと決めていることもあって。すごくコストをかけて動画を作るぐらいだったら、それを作るのがうまい人と組みながらやりたい、とか。

自分たちだけですべてやるのではなくて、うまく組みながらやっていきたいなと。これはやっぱりデジタルの世界というのはやりやすい。そこはすごく感じてます。

メディアも高齢化の時代、雇用問題も

本田:なるほどね。ありがとうございます。いろいろ話してると本当にあっという間に時間が経ってしまっていて、もう締めなきゃいけないんです。このセッション、メディアの未来というところも大きなテーマです。今、旬なお二方のこの2つのメディアのあり方というところに、やはりヒントがあるんじゃないかと。

どうでしょう? 自社媒体、お二方の媒体でもいいし、もうちょっと広げて、デジタル・メディアなのか、メディア一般なのかわからないですけど、向こう10年ぐらいを予測するとするとどんなことが、というのを最後に一言ずつ。では、山田さんから。

山田:10年という単位ですと、やはり今50代の方たちが新聞社も含めて、多いと思うんですね。その方たちが定年退職を迎えます。そして、読者も高齢化が進んでいくなか、その意味で、要するに大きくデモグラフィックが変わる。

あるいは出版社とか、新聞社の雇用の構造も変わってくる。もうおのずとシフト、シフトというのは、「紙じゃなくてデジタルへ」というのが進むと思うんですね。10年であれば。

ただ、この10年にどういう道を進んでいくのかというところで非常に苦しみ、うまくやれる会社もあれば、うまくやれない会社もあるという、非常に難しいところかなと。

あと、その10年の間にきちんとした道を見せられないメディアは、今度新しい人を取れなくなるので。やっぱり10年という単位でいくと、新人、22歳の人を採ったら、その方が32歳で中堅になるわけですね。こういう方たちをコンスタントに採れないと、本当に見捨てられることになると思うので。

今、非常に気にしているのが「メディアが第一希望」という方が本当に減っているんですね。テレビはなぜかまだ人気なんですけれど、新聞とか出版社というのは非常に人気がなくなってきているので、これをなんとか変えていかないと、会社ということで見たときには、そこが一番厳しい部分じゃないかなと思ってます。

未来はわからないから変わり続ける

本田:なるほど。ありがとうございます。では、古田さんも同様に。

古田:僕がBuzzFeedに誘われて、最終面接みたいな感じで「ちょっとジョナ・ペレッティCEOと話してくれ」って言われた時、Google Hangoutで彼と話したんですけれど、その時に僕、似たような質問をしたんです。

「これだけ今、BuzzFeedがでかくなったけれど、今後、未来ってどうなるの? 将来どうするの?」ってジョナ・ペレッティに聞いたら、ひと言で「わからん」って言われたんですよね。

「インターネットの変化なんてあまりにも早すぎるから、そんなのわかるはずないじゃん」と、彼は言っていて。

僕も、BuzzFeedに入ってようやくわかったのは、もうとにかく今の最先端のトレンドをものすごいスピードでキャッチアップすると。1週間、2週間ぐらいのペースでどんどん戦略を変えていく。

だから、僕が10月に入って最初にBuzzFeedのニューヨークに2週間研修に行った時のBuzzFeedの戦略と、今のBuzzFeedの戦略は違うんですよね。だから、6ヶ月前にBuzzFeedに書かれたコンテンツ、BuzzFeedについて解説した記事を読んでも、今のBuzzFeedは、それとは変わっていてわからないと思います。

いろんなメディアがいろんなトライアルをやってるので、「あれ、あそこのトライアルよさそう」と思ったら、それをどんどんキャッチアップしていく。やっぱりそういう姿勢で臨まないと難しいのではないかなと思います。

BuzzFeedの戦略は真に受けないほうがいい!?

本田:なるほどですね。そうなると、みなさん、今後BuzzFeedの戦略の記事とかが出てもあまり真に受けないほうがいいですね、これね。

古田:いや、でも……(笑)。

本田:真面目に取り過ぎると(笑)。僕も今、話を聞いていて、「なんだ、あのとき読んだのは変わったのか」と思いました。

古田:本当に半年前と違うことを言っていますからね。

本田:でも、メディア経営だけに限らないかもしれないですけれど、そういう走りながら考えるというか、変化の時代に対応しながら運用・運営していくということはけっこう大事な考え方なんじゃないかなと思います。

山田:それを悲劇と思わずに、ワクワクできるかどうかということですよね。前に道がないということを楽しいと思えるかということだと思うんですよね。

本田:なるほど。東洋経済さんの戦略は信用しても大丈夫ですか?

山田:東洋経済の戦略? もしなにかあるのであれば、ということですけど。それほど明確にあるわけではなくて(笑)。

本田:でも、紙とオンラインの共存戦略。

山田:きっちりと、今まで120年続いてきたので、さらに続くようにというのがたぶん戦略だと思います。

「やるべきことは、やることだ」BuzzFeedの思想

古田:でも本当に、BuzzFeedの全社員に送られてくるメールのなかでよくあるフレーズが、「なにか新しいのが飛び出したから、新しいプラットフォーム、あそこでなにかやれ」と。「やるべきことは、やることだ。やるべきではないことは、やらないことだ」というメールが来る。「あとは、お前が考えろ」「やれ!」みたいな(笑)。そんな感じですね。

本田:ありがとうございます。単純にメディアがデジタル化するとか、そういう表面的な話じゃないということは、今日伝わってるかなと思います。それはやはり企業のマーケティングとか、私のようなPR業界、それから広告業界、みなさんに非常に関係ある話で。

逆にいうと、これだけ柔軟にメディア自体も変化していっているというところで、やはり足並みをそろえていかないと、これまでのメディアとのビジネス的な付き合い方、あるいはエディトリアルなPRみたいなお付き合いというのも、少しかたちを変えていかないといけないなと思った次第です。

いろんなバックグラウンドの方が、(客席には)今日いらっしゃると思うんですけれども、一緒にメディアの未来を見ていければいいなと思います。どうも今日はありがとうございました。お二方に拍手をお願いします。

山田:ありがとうございました。

古田:ありがとうございました。

(会場拍手)